一時的とはいえ双子の子供たちが母親に『奪い返され』てしまった事に関して男は責任を感じている。

 一月ほど前に行われたボンゴレ九代目の誕生日パーティーで、自分が要らぬ情けをかけしまったのが原因だと思っている。

自分の戸籍上の妻であり双子の子供たちの生母である女を数ヶ月ぶりに見かけたとき、女は珍しくしょんぼりとして見えた。ボンゴレの血統に連なる女年寄りたちに囲まれて。

年寄りたちは口々に、同じことを言っていた。双子だったんですってね。まぁ、あなた双子を生んだの?ボンゴレに双子の筋はない筈なのに。双子なんて、まぁー。

どれもこれも好意的な声音ではなかった。双生児が畜生腹と称され忌避されていた時代の残り香を漂わせる古いババァどもは、ボンゴレの正当な血を継ぐ女が双子を産んだことを、なにかというと大騒ぎのネタにする。双子ってどうなの、やっぱりおかしいところがあるの?身体は弱いの、頭は悪そうなの?双子だなんて、まぁー、信じられないわ。

意地悪やあてこすりではなく真っ当な議論をしているつもりの年寄りたちの声はでかい。聞く気がない男の耳にまで入ってくる。聞いているうちに、たまらないほど不愉快でムカムカした。

同じ口調でこいつらは、かつて下町の私生児だった自分のことも騒ぎ立てたのだった。こんな年齢まで外で育った子供がボンゴレに馴染めるのかしら。きっと笑われるわ、わたしたちまで恥をかくことちになるわね。どうして九代目はこんな子を家に入れるのかしら跡取りならばキチンとした育ちの甥っ子たちがいるのに、と。

 男が、その集団に、歩み寄ったのは。

 双子ふたごと罪悪のように連呼され俯く『妻』を可哀想だと思った訳ではない。

別居して久しく、同居していた時期も後半は顔を合わせることを避けていたほど権高で嫌な女。彼女が責め立てられているのはいい気味でさえあった。

年寄りたちへの今更昔の恨みを思い出したからでもない。その復讐は既に果たしてある。キチンとした育ちの九代目の甥たちを始末することで。

 では何故、歩み寄ったのか。男自身にもよく分からない。分からないが、押さえようのない不愉快さを抱いて静かに、集団の前に立った。

「……、あ、ら……」

「まぁ……、あの……」

「あらぁ……?」

 普段、ボンゴレの親戚たちには全く近づかない男の登場に年寄りたちは戸惑った。俎上に上げている双子の父親であることを思い出し、口を押さえた者もあったけれども、遅い。

男は黙ったまま年寄りたちを眺める。実は男も、少し悩んでいた。むかつきのまま年寄りたちに近づき存在そのもので威嚇して口を閉ざさせたが、さてこれからどうしようか、と。

黙って離れてもいいが、それでは『妻』の窮地を救いにきたようになる。そんな風に解釈されるのは不本意だった。

考えた結果、ゆっくりと。

「双子の、さすがにいいガキを産んだ」

 口を開く。ボンゴレのパーティーでこの男が声を出すのは数年ぶり。年寄りたちのような騒ぎ声ではなく、尋常な、通常の会話の音量だった。が、その言葉を広間中の人間たちが聞いた。

 轟き渡った、といってもいい。あのザンザスが口を開くという椿事に皆が注目していたからだ。お供に連れていたルッスーリアまで目をまん丸にしてぽかんと口をあけている。バカみてぇだから閉じろと男は心の中で思った。

「そう、とても利発で健康で可愛らしい、いい子たちなのだよ」

 男の発言を、さらに上座から近づいてきたボンゴレ九代目が補完する。

「双子の出生は一定の確率であるものだ。病気や遺伝ではない。むしろ父親の強壮と母親の芳情の証だ。身体の弱い場合もあると聞くがうちの子供たちは元気いっぱいで、わたしはそれを、とても嬉しく思っているよ」

 普段は本心を韜晦することの多い九代目には珍しいはっきりとした意思表示。それは、子供たちのことを庇った養子の行為を喜ぶあまりだった。マフィアの社会で男と女は完全に分離されたイキモノ。だから女たちの会話に男が口を挟むのは本来、非礼な真似だったが、話題になっている子供の『父親』と『祖父』には発言権がある。

「ぜひ一度、きみたちも会ってみてほしい」

 最高権力者の意向は敬意をもって迎えられた。双子の子供たちのことが、双子であるというだけで奇異の目で見られることは二度とない。代わりに妙な感心を、集めてしまったことは仕方がない。権力におもねる資質があったからこそ、ボンゴレの内部で生き延びてこられた年寄りどもだ。

 双子の孫を九代目がこよなく愛しているということ。そうして子供たちの父親でありボンゴレ最強部隊・ヴァリアーのボスであるザンザスも子供たちを、愛していない訳ではさそうだ、という、たいへんに貴重な情報が、そのパーティーで一族たちに齎された。

 失敗した政略結婚、仲が悪くて別居中の両親、その間に生まれた子供はろくな後見を受けられず、将来性はないも同然と思われていた。

 けれどそうではないらしい。日本人に奪われたボンゴレボスの座を、『奪い返す』次代の有力候補であることを一族たちは察して、今更の興味を示しだした。噂はめぐって、保養地として知られるサン・カッシャーノ・テルメに隠棲している八代目の未亡人が、自分の誕生日パーティーに連れておいでと男の『妻』に要請したのが、一週間ほど前。

 長老を尊ぶマフィアの習慣のもと、九代目より更に世代を遡る、百歳に近い老婆のもとへ双子は連れて行かれた。

双子は最初、『お出かけ』を喜んだ。大きい変なイヌのところに行くのかと目をキラキラさせて尋ねた。避暑に行った山の別荘がとても楽しかったらしい。半分野生化した山羊を『大きい変なイヌ』と覚えてしまった認識は訂正されないままだったが。

 けれど行き先は知らないところで、そこにはダイスキなシュクアーロもベリュもルッシュも来ないのだと聞いて嫌がった。行く義務があるのだと双子を懇々と諭したのは銀色の鮫。

 ヤユジのオヤジはなんだ?ジーサンだなぁ、九代目がお前らのジーサンだ。ジーサンのお袋はヒイバーサンってゆーんだ。すんげぇヨボヨボで、お前らに会いに来たくても来れねぇから、訪ねてくれって言ってんだぁ。老い先みじけぇ年寄りのお願いだぁ。叶えてやれよ、お前らはイイコだろーがぁー、と。

 画用紙に、ヴァリアーのボスとその妻、そして九代目の似顔絵を家系図とともに描いて子供たちに関係を飲み込ませようとしていた。そんなガキに分かるものかと男は思ったが聞いている双子の表情は真剣で、理解したのかどうかは分からないが、ぐずることは止めた。

 可愛がっている双子がいなくなった後、王子様もオカマも銀色間オンナも寂しそうだった。けれど誰一人、男に文句を言わなかったのは、その対面が子供にとって悪いことではないから。現存するボンゴレの最高世代であるグラン・マに対面し、いい子だと頭の一つも撫でてもらえば生涯、双子たちはボンゴレの正当な血を引いていると認められる。厳密にいえば父系ではない二人は、その点でハンデを負っていないではなかったが、これから先、そんなことは気にする必要がなくなる。

 でもやはり、残された大人たちは寂しそうだった。仲でも銀色の鮫は一番落ち込みが激しく、ぼそりと、男に、寂しそうに言った。もう帰してもらえねーかもなぁ、と。

 ……そんなことは、許さない。

 アレらはオレがオマエにやったんだ。いまさら取り上げらると誰かが言い出しても取り戻してやるから心配するな、と。

 男は言いたかった。言いたかったのだが、優しい言葉や甘い愛の囁きが喉から出にくい体質のせいで言えなかった。たから代わりに行動で示した。銀色のオンナの襟首を引っ掴み、桜の美しい日本へやって来た。

 

 

 

 

 並盛の郊外にある、ボンゴレ日本支部から。

「もしもし、ザンザス?オレだけど」

 VIPが滞在中の市街地のホテルへ、沢田綱吉は毎日、まめに電話をかけている。

「昼間、かーさんと京子ちゃんとハルが助けてもらったってね。ありがとう。子犬、見つかってよかったよ」

 大事な女たちが困っているところを助けてもらった、と、母親から聞いた沢田綱吉の口調はいつもに増して丁寧だった。

「いつものよーに夕食のお誘いです。ってゆーか、オマエどーして日本に来たのに、ウチに来ないワケ?」

 ザンザスが日本に来るのは初めてではない。来訪の都度、日本支部の客用の館に滞在していた。二階建てのこじんまりとしたヴィラだが、そこで猫を拾ったりして、くつろいでいるように見えたのに。

「父さんは、確かに日本に居るけどさ、ココには勝手に踏み込ませないよ。あの人は門外だ。正式なボンゴレの構成員じゃない」

 沢田家光は九代目のお気に入りで懐刀と称されることも多い。けれど、その率いる組織はボンゴレの外郭団体であってボンゴレそのものではない。対照的にヴァリアーは独立暗殺部隊と言いながらもそのボスに九代目の養子を持つだけあってボンゴレの中枢ど真ん中の最強部隊である。沢田綱吉の日本支部に滞在する資格がある。

「スクアーロさんと蜜月旅行なら邪魔する気はないけどさ、ごはんぐらい、一緒に食べてくれてもいいんじゃない?」

 桜を見に、という風流な訪日の動機はウソに決まっている。余計な腹を探られないために滞在先は日本支部のある並盛にしたものの、支部には近づかず自由気ままな外国生活を満喫中の『身内』を沢田綱吉は口説こうとする。

「だって、オマエがせっかく日本に来てしかも並盛に居るのに、会わないまんまなんて嫌だよ。俺たち同盟したじゃない。仲良しじゃないの?!」

 どうして食事にそうこだわるのだと言われたらしい沢田綱吉が逆ギレ気味に叫ぶ。着られそうになったらしく待ってと騒ぐ。黙って控えていた獄寺が目顔で失礼、という風に詫び、すっと、電話に顔を近づけて。

「テメーが来るってーからベリーのタルト焼いてんだぜ。ブランデーたっふり効かせてよぉ。何回、焼き直しさせる気だよコンチクショウ」

 やや伝法に、今時の言い方をするならビッチ系に尋ねる。