息子と似ていないな、と、男は椅子の肘掛に頬杖をつきながら思った。

「詫びの言葉もない」

 人当たりはいいが基本的に自信家で傲岸な仇敵が、スーツを着込んで下げた頭を、座ったまま見下ろす。本当は詫びるべきなのはこの男ではない。ないが、代理として謝罪をする以上、代理として責められるのは覚悟の上だろう。

「全力を尽くして捜索している。オレもこれからイタリアに飛んで陣頭指揮をとる。ボンゴレ上層部も、オマエの奥方も、とても反省している。すまない」

 おぉーい、と、ここで男の代理として濁音の威嚇の声を上げる銀色は沈黙したまま。真っ青を通り越して真っ白、紙のような顔色をしている。双子の子供たちが行方知れずだと聞いてから、ずっと。

「全組織を挙げて捜索したいところだが、あまり騒いで行方知れずが広まると、逆に危険が増す心配があって困っている。捜索にヴァリアーの協力を仰ぎたい」

 その要請を男は拒否しなかった。ボンゴレ九代目の孫が行方不明なのだ。捜索は所属する隊員の義務だから。そうして、どうせ、探せと命令するまでもなくイタリア本国では幹部たちが総出で探しているから。

 以前、双子が『誘拐』された時も、身柄を探し出し取り戻したのはヴァリアーのメンバーだった。

「本当に悪かった。……殴ってくれていい」

 最大級の詫びの言葉。

「家光」

 と、男は、仇敵の名を呼ぶ。

「な、なんだ、ザンザス」

 行方不明になってしまった子供たちの父親が口を開いたのに少しだけ安心して、沢田家光は男の言葉を促す。どんな罵り文句を投げつけられたとしても沈黙より良かった。

「沢田綱吉の母親に、会った」

 それは沢田家光の妻に会ったということ。突然、そんな、思いがけないことを言われて、ボンゴレの門外顧問は戸惑う。

「そう、母さんが子犬を見失って、困り果ててたところを助けてくれたんだよね」

 その場に沢田綱吉が居るのは、ここがボンゴレ日本支部のコアな縄張りだから。他所ならともかくここで会う以上、場所はウチで、オレも同席させてもらうよという主張は当然なもので、沢田家光は拒めなかった。九代目の養子に頭を下げる姿を息子に見られたくはなかったが。

「ガキが見つからなきゃ、オレは離婚だな」

 淡々とした声でザンザスは言う。そうなる可能性は高い。この男の妻はボンゴレの血を濃く引く中で、子供を産める年代の、唯一に近い女。双子の子供たちが見つからなければ、新しい跡取りを得るために再度、妊娠・出産の義務を課される。

 課されるが、現在の夫である男は妻を避けている。脅しや懐柔が通じる男ではなく、二人の間に再び、子供が出来る可能性は限りなくゼロ。そうなれぱ、離婚と再婚を許さないカソリックの教義には目を瞑ってオンナに新しい夫をと、ボンゴレ上層部が考えるのは目に見えている。

「ザンザス、今はまだ、そんなことは」

 考えていないと門外顧問は言う。それはイタリア本国に居る別の権力者の意向。双子の孫たちの行方不明に心を痛め、かつ、子供たちの父親に対してたいそう申し訳なく思っている。

 母親の放置もしくは無関心が原因で双子がさらわれてしまうのはこれが初めてではない。初回の誘拐がきっかけで、妻には預けて置けないと父親が言い出して、それで双子はヴァリアーへ引き取られたのだ。なのに、自分が口ぞえしたことが原因で、預かった子供を『また』なくした母親を、さすがの九代目も今回は叱責した。

「とにかく今は捜索が最優先……」

「子種の第一候補は沢田綱吉だな」

「イヤだよ、オレは」

 胸を張って堂々と、名前を挙げられたボンゴレ十代目は十一代目の父親になることを拒否した。男の妻がどうこうではなく、政略結婚という発想自体が信じられないほど馬鹿馬鹿しいと、心から思っている。

「そもそもずるいよ、父さんは。自分は好きになったヒトを奥さんにしておいて、ザンザスやオレにはボンゴレの女を娶れなんて自分勝手すぎる。言うんだったらまず自分がすればいい」

「全くだ」

 世紀の椿事が、起こった。ザンザスが沢田綱吉の発言に同意して頷いた。

「自分は子犬の行方不明で泣くような女を妻にしておいて、オレには産んだガキを二度も見失うのを押し付けやがった」

 家庭内不和から別居して何年もたつが、この男が正妻に対する非難を、公の場で口にしたのは初めて。『夫』として『妻』を非難するのでなく、父親として母親失格だと責める言葉には、第三者たちが思わず頷く説得力がある。

「……」

 そこ、を責められると、沢田家光も、その背後に居る九代目も返す言葉がない。目の前の男が『親』としては遥かに義務を果たしていた、そのファミリーたちが子供たちに愛情をもって接しているのは明白なことだった。

「沢田綱吉が拒否した場合、次の子種候補はオマエだな、家光」

「え?」

 そうなの、と、驚いた声を上げたのは沢田綱吉。驚いて父親を見ると、父親は黙って口元を引き締めていた。否定しないということはそうなのだ。沢田家光も、生殖能力のあるオスの一員には違いない。かつて日本人の血が濃いということでボンゴレのボス候補から外されたこともあったが、更に日本人の血が混じった息子が十代目に選ばれたことで、家光自身の血統も本筋に昇格した。

「うわぁー」

 物凄く、嫌そうな顔を、童顔のボンゴレ十代目は、した。

「なにそれ、うわぁー、ヤだなぁー。でもそーなるんだね。うわぁー。ボンゴレってキタナイー。オレそーゆーのダイッキライ。ザンザス、苦労したんだねー」

 そのボンゴレのボスになるんだろてめぇ、汚いところも纏めてテメェのモンだ、と、男は『今は』言わないでおく。

 このガキならば血の穢さを拒絶しとおすような気がしないでもない。同性の恋人を『配偶者』として、ボンゴレ本邸でも扱わせている度胸と器量の持ち主。押せば通るものだな、という新鮮な驚きで、男は沢田綱吉がボンゴレ本邸のパーティーで、食べてばかりの雲雀恭弥を『エスコート』するのを毎度眺めている。

 男がこのガキに一目置いているのはそういうところ。案外やりやがる、と思っている。愛している相手をボンゴレの表玄関にも立たせてやれない自身への自己嫌悪と裏表の感心。

「そういうことになったら」

「ザンザス。オマエの、子供たちは必ず見つけ出す」

「オレの後妻にはてめぇの女房を寄越せ」

「……」

 咄嗟に、沢田家光は反応が出来なかった。

「ザンザス……」

 五歳に寄越せと言ったきり、また口を閉じて、静かにしている男に、沢田家光は戦慄に近いものを感じる。

「怒って、いるんだな」

 妻を譲れというのはマフィアにとって最大の侮辱だが、沢田家光は怒らなかった。そんなことを言い出すほど怒りが激しいのだと解釈し、本当に申し訳なさそうにうなだれる。

「言葉で詫びても何にもならないが、本当に、申し訳ないと心から思っている」

 血を吐くような詫びの言葉を残してボンゴレの門外顧問は辞去する。

 銀居の鮫はその間、一言も喋らなかった。

 

 

 

 

 ねぇザンザス、と、日本支部の応接室から中庭に面したリビングまでの廊下を歩きながら、沢田綱吉が話しかける。

「もう、このまんま、ウチに泊まっちゃうよね?」

 にっこり笑って確認する顔は可愛らしい悪魔。母親に本当によく似ていると、男は思いながら。

「世話になる」

 返事をする。それを聞いてらんらん、沢田綱吉はスキップしそうな上機嫌。けれどもふと、気がついて。

「あのぉ、スクアーロさん。大丈夫ですか?」

 男の後ろからヨロヨロと歩く銀色の鮫に言葉を掛けた。山本武は練習日で今日も居ない。す、っと、銀色の鮫に近づいたのは、沢田綱吉の右腕を辞任するアッシュグレイの美形。

「我慢、しないでいいぜ。苦しいだろ?」

 ぽんぽん、と親しげにその背中を叩く。叩かれ、必死に我慢、していた銀色の鮫は、たがが外れてしまった。

「      」

 最初の言葉は、というより、声は聞こえなかった。

「……」

 可聴域外だな、と、男は眺めながら考える。犬笛と同じ、殆ど超音波。

 それから後は声になったが、言葉ではない。敢えて音を極で表記するならひーっひっひ、ひーっ。げーら。げらげら、げーら、という感じだったが百年の恋も醒めそうなので、敢えてそうすることは避けた。

「あー、まー、キモチは分かるぜ、うん」

 ポケットから取り出して咥えた煙草の先を揺らしながら、アッシュグレイの美形は怪音波にも怯まずに同意。

「オレも噴出しそうで、困った」

 そんなことを話しながら、一行が到着した冬用のリビングはサンルームを兼ねていて広く、ガラス張りの天窓からは春の陽光が明るく室内に降り注いでいる。

「べりゅー」

「べりゅー、いたいー、べりゅー」

「うえぇぇーん。べりゅ、いたいー」

「いたいー」

 黒髪の双子が、ティアラの王子様の膝に乗りながら一生懸命、その頬に張られた湿布ほ撫でようとしていて。

「よぉ、スクアーロ。と、ザンザス」

 ボンゴレ日本支部の賓客の名を逆に呼ぶという、こちらも大した度胸の、金髪キラキラのハンサムは、自然光を浴びて一層きらめきながら肘の傷に包帯を巻いてもらっているところだった。