目指す患者はすぐに見つかった。
身分を証明するための銀時計を見せて、東方司令部司令官の印のある命令書を見せて、ついでに駅まで迎えに来てくれていた兵卒が窓口に問い合わせてくれたから、本当にすぐに。
東方司令部副司令官・ロイ・マスタングの病室はわかった。佐官用の特別室、シャワー・トイレと看護人用の別室がついた広い部屋。
一緒にいるはずの、『休暇中』の少尉もみつけるのは簡単。の、筈だった。喫煙所に行けばいい。なのにそこには居らず、そこから離れた中庭で、一人。
「ちゃーす、少尉―、ナニしてんのー」
タバコも吸わず、ぼんやりしているのを発見。
「……れ、大将、なんでここに?」
「お仕事デース。東方司令部に寄ったら命令書を出されましたー。大佐の東方司令部への帰還の護衛デース。動けるよーになったら即、帰って来てくれって言われたよ、中尉に」
「あぁ、そっか」
東方司令部副司令官からの命令は、副指令であるロイ・マスタング大佐が出す。が、司令官の印のある命令書はリザ・ホークアイ中尉が出す。それが東の習慣だ。
「少尉もホントは仕事なんだろ?」
出張のお供に二人の士官は派遣できない。加えて金髪の少尉には私事上の理由があって、公務としてここへ来ることは出来なかったが、報酬その他のことは後日、あの敏腕中尉がどうとでもするのだろう。それは、ともかく。
セントラルの乾いた寒空の下、厚いコートを着込んでいるとしても、私服でベンチに座り込んでいる姿は見ている方が寒くなりそうだった。
「ナニやってんの?」
少年の再度の質問に苦笑で答えるだけ。
「大佐と喧嘩したの?それで病室に入らねーの?」
「別に、そーゆーんじゃねーよ」
喋るつもりはないらしい。沈黙を守る男の手ごわさに一瞬、少年は戦略を考える顔になって。
「なぁ少尉、腹へってねぇ?」
「……は?」
「昼飯まだだろ、食いに行こうよ。奢ってやっから」
「おいおい、なに言い出すんだ」
この少年との付き合いは長いが、こんな親しみを向けられるのは初めてだった。きらきらした目の少年の表情に邪気は感じられないが、一筋縄でいかないことくらいは知っている。
「俺の方が上官だし」
「そりゃ分かってるけどな」
「たまには、メシぐらい奢ってやろーかと思って」
「気持ちだけ、いただいとく」
「いーじゃん付き合ってくれよ。アル居ないしさぁ、行きたい店があんだけど、一人じゃ入りにくいんだー」
「弟、どーした?」
「東方司令部の図書館に残してきた」
「珍しいな」
「最近、別ユニットって戦法を覚えたわけだよ、俺らは」
一流以上の錬金術師が二人、いつも同行していることの非効率にようやく気がついた。寂しさや心細さより成果を求めることに熱心になってきて、だから。
「俺が大佐のこと迎えに来るのと引き換えに、アルを図書館に入れて貰ってる」
本来なら国家錬金術師しか入れない筈の軍の図書館に。
「肉、食いに行こうぜ少尉。ジュージューに焼いたやつ。俺さぁ、どっかの誰かんちで食べたタンシチュー忘れられなくって、でかい街に着くたびに、肉料理ばっか食ってんだ。でもそのヒトが食べさせてくれたほど美味いのには、まだ当たんねーよ」
強引な誘いの末に、左手まで差し出されて。
「……そんじゃ、ご馳走になるかな」
金髪の少尉が立ち上がる。