函兵器だが普段はペット、というよりもSP。主人がウィスキーを飲み過ぎた挙句にローストビーフを食い散らかしたまま椅子で寝てしまえば、椅子をそっと倒して転がった体により添って暖をとらせるという、たいへん健気なその生き物が。

「?」

 ドアを開けても出迎えなかった。この男の『私室』は殆ど一軒家の広さを持ち、玄関から居間までは何室も通り抜けなければならない。けれどそのペットは主人の足音を聞き間違えることなく、いつもは二重ドアの外側があいた時点で玄関へ出てくるのに。

「ベスター?」

 函兵器なのに睡眠もとれば餌も食い体温もあるペットの名を呼びながら奥へ通る。オマエは俺が居なくても気にしねぇくせになんでぇと銀色の鮫が唇を突き出し不満を表明したことがあるほど、男のその声は低い響きで優しくさえ聞こえる。

「どうし……、なんだ、それは」

 奥の居間に白いライガーは寝そべっていた。主人が部屋に入ってきても起き上がらず腹を床につけたまま。しかしその姿勢はくつろいでいるにしては不自然。右前足を放り出したその内側、真っ白かつふかふかふわふわの腹の柔毛の下に、何かが隠れている。

「非常食か?」

 尋ねる。物騒そうな言葉だったがペットは尾の先を持ち上げ主人に反応し、頭を持ち上げ視線だけ向けて服従を示した。グルル、と喉の奥で甘える声を漏らしたがほんの少しだけ。右前足を枕にしながら床に伸びている銀色の、鮫を起こさないように。

「そいつは不味いぞ。骨と皮ばかりだ」

 男が笑って話しかける。ペットは男の声に嬉しそうに尾を振る。普段は喋らないこの男がペットには饒舌になる。時には無駄口を叩いて一人で笑っている。その様子を見るたびに銀色の鮫は複雑そう。そっちにも男はけっこう喋るのだが、ペットに向かう方がより口数が多い。生意気な返事をしないからだろうか。

「交換だ。返せ」

 壁のサイドボードから男が取り出したグラスは大ぶりとかいうレベルの代物ではない。少し大げさに言えばクリスタル製のバケツに脚がついた、形のいい銀色の頭なら入るかもしれない、それくらいのものだった。二百年ほど前に作られたアンティークで、宴会の回し飲み用。

 それを見つけて買ってきたのは銀色の鮫。これならベスターも飲めんじゃねぇかぁ、と嬉しそうな表情で。そうして思惑通り、獣がそれに注いだ飲み物を大きな舌で舐めるのを見てひどく喜んだ。

無論、この男のペットがミルクやジュースを飲むはずもなくて。

「ほら」

 飲めと、絨毯に置いた巨大なグラスに注がれたのは世界最高のアルコール度数を誇るスピリタス。淡白な味わいのウオッカを男はそれほど好まないけれど、ウィスキーの香りが鼻に付く真夏はテキーラと交互に飲むこともないではない。

 一瓶まるまる注いでやると、白い獣はひどく嬉しそうにパタタと尾の先を揺らす。ふかふかの房が絨毯とふれあいふぁさふぁさと、獣の重量感には似合わないほど可憐な音をたてた。

「そんなカス、転がしてやりゃいい」

 気になって仕方がない様子なのに起き上がらない獣の前足の上、腹の毛並みの中から、男は銀色の鮫を取り上げた。無造作に乱暴に、腕を引っ張り細い胴を捕らえ、抱くというより肩に担ぐ。目覚めさてしまうことを躊躇していた獣はパッと絨毯を蹴って、まずは主人の腿に頭を擦りつけお帰りなさいの挨拶。たてがみを撫でてもらい憤怒の焔を与えられ、それからグラスへ駆け寄り男の大きな掌と同じくらいの幅のある舌をグラスに突っ込む。

「おやすみ」

 側近たちにさえかけることのない挨拶を与えて男は奥の寝室へ。

「……、ん……?」

 その広いベッドにどさりと投げ落とされてようやく銀色の鮫は目を醒ました。部屋の明かりはつけないまま、上着を脱ぎ捨てた男がその身体に重なる。男はかなりやる気だった。部屋で待っていろと出先からヴァリアー本部で留守を預かっていた副官へ帰路、電話を入れたくらい。

「あ……、ぅン」

 銀色の鮫の覚醒は曖昧。ぼんやりしたまま、重なってくる身体に組み敷かれ気持ちよさそうな息を吐く。腕を伸ばした銀色に、実にいとしそうに後ろ髪を撫でられ、満足そうに、男が目を細めた。

 が。

「ベ、スたぁ……?」

 違う名を呼ばれ、額に血管を浮かせた。

 

 

 

 大きな掌で押さえつけられたオンナは。

「……、いや、ぁ」

 身も世もなくという風情ですすり泣く。

「やぁ、……、いや、だぁ……、ぁあ、あ……」

 泣き声は震えてかわいそうだけれど甘い。エスプレッソコーヒーの苦味の中に沈んだ旨みのよう。

「な、らして……、ヤ……ッ」

 乾いたままのカラダの中に、わざと軋ませながら呑ませる。

「イタ……、て、イ……、ぅあ、@」

 ぼろぼろ泣き出すオンナを組み敷きながら。

「みさかいなく懐いてんじゃねぇ、カスザメ」

 のどの奥から、掠れた声を出す。

 慣らしていない狭間はキツく、そこに捻じ込みムリに含ませるのは、男にとってもさすがに苦しい。痛みを感じないではないほど。それでもするのは懲罰。ガクガク全身を震わせ、涙ながらに寛恕を乞うさまが可愛い。

「でかけりゃいいのか、てめぇは」

 男の言葉にふるふるもオンナはかぶりを振る。違う、と。

「お、マエが……、いっしょに、待って……、っ、ひッ」

「擦り付けて遊んでもらっていたんじゃねぇのか?」

「ちがう、ちが、ぁ、あ……、ヤ、まだ、い……、ッ」

「……、はぁ」

 意地悪をするつもりでわざと着せたままのシャツの上から胸元を齧った、報復はキュっと締め上げられること。オンナはヒィヒィよがり声混じりに泣き出したが、男もじわり、額に汗を浮かべる。

「ん……、っ、ぁ、ん……ッ」

「ノリが、はえぇ。遊んでやがったな?」

「ちが……、っ、あ……、ッ」

「仕置きがいるな?」

「いや……っ」

 何処までが本気で何処までが苛めるタメの嘘か分からなくなってきて。

「うぇ……、っ、あ、あ」

 背中を震わし全身で縋りつかれて、やっと。

「オレ以外に、気安く懐くんじゃねぇ」

 男は本心を漏らした。

 

 

 ベッドの中で、呆然と、シーツに座りこみながら。

「なぁ、フツー、違うんじゃねぇか?」

 半端に脱がされたシャツの袖を、なんとか脱ごうと努力しつつ、銀色の鮫が尋ねる。手首のボタンを嵌めたまま肩からひき下ろされたせいで、後ろ手に拘束されたようになっている。生地も仕立ても最高級の制服のシャツなので、多少引っ張っても暴れてもボタンが千切れることもなく、このままでは義手も外せない。

「……なにが」

 男は眠いらしい。大きな枕に逞しい上半身を預け目を閉じていたが、聞こえた抗議に返事はしてくれた。それは寝室の褥の中でこの銀色にしか見せない優しさ。

「オレがベスターに懐いてんじゃねぇよ」

 フツー逆だと、そういう抗議らしい。

「だいたいてめぇベスターに甘すぎねぇか。名前までつけてやりやがって。オレのことはまともに呼びもしねぇくせによぉ」

「……、カスザメ」

「それ名前じゃねぇしっ!」

「うるせぇ。寝るぞ」

「ちょ、おい、ザンザス、起きやがれ、話をきけぇ、せめてボタン外せぇ!」

 うるさい銀色に背中を向けていた男は。

「なんだよもぉ、ベスターばっかり可愛がりやがって」

 銀色に見えない位置でほそく笑む。

 やきもちは、やくよりやかれる方がイイ。