「ベッド、あるぜ?」
「もたない」
いいか、の確認にはどうやら、床でいいかという意味もあったらしい。
「いいぜぇ、スキにしろぉ」
どう扱おうが、当然の権利。そして銀色の鮫も。
「オレもさっきから、ちょっとブルってるぞぉ」
相手に向かって膝を開いた姿勢で座り直しながら、正直な事実を告げて腕を伸ばす銀色の鮫も、オトコを欲しくない訳ではなかった。寂しい時間を長く過ごしていた時期と違って、怪我が治ってからのここ半年間、腰骨がやわらかく融けて形を変えそうな快楽を毎日のように味わっている。
男同士のオンナ側に過度の負担のかかる本番は週に一度か二度のごちそう。普段はペッティングどまりだが、だからといって手を抜かれているのではない。訳が分からなくなるまで、優しいくせに隙のないやり方で、いつもぐちゃぐちゃにされる。
床の上に仰向けに寝かせられる。オトコが重なってくる。ゆっくり掛けられる重みを受けながら銀色の鮫は細く息を吐いた。胸郭を圧迫してくる存在感の厚みがキモチイイ。
「……、なんだ?」
目を閉じて、のしかかる肩に腕を廻してきた銀色の鮫に男が問う。口元が笑っている理由を尋ねられる。押し倒されたのは床に敷かれたふかふかムートンの上で、ふっくら空気を含んだ羊の毛が頬に当たって少しくすぐったい。
「お前、中身は、詰まってるよなぁ」
褒め言葉だった。人間の体を刃で切り裂く手ごたえを知っている鮫だから少し表現がおかしいが本当に感嘆している。金髪の跳ね馬が服を着ている姿は少女が焦がれる白馬の王子様だが、中身は帝王。重量感があって、堅くて、手ごたえが重い。
「なぁスクアーロ。待てない」
そうして、柔和な顔立に似合わずセックスは貪欲。
「……おぅ」
話は後にしてくれという懇願に応じて銀色の美形は目を閉じ、全身の力をぬく。唇が重ねられる。セーターの裾を胸元まで捲り上げられる。部屋は暖かかったが突然の外気に震えると宥めるように撫でられる。オトコの唇が喉を吸い上げ、セーターで帯状に隠れた場所をとばして胸に落ちる。黒いセーターを、白い身体が邪魔がって脱ごうとしたが。
「着ていろ。傷が見えると加減が効かなくなる」
命令口調で言われて腕の動きを止めた。あのガキにワイヤーでつけられたほんの少しの傷が気になるらしい。なんだかなぁ、と思いながら自分の胸に顔を寄せる金色の髪に触れる。男の神経質さは、愛情というものかもしれないと思いながら。
「ん……」
胸は弱い。もう半年も、身体を重ねていればお互いの癖も弱点も分かってくる。いやそれ以前、大雨のがけ下でのふれあいの頃から、この男は乳首をしゃぶるのが好きだった。なんか可愛いなぁと和んだのが伝わったのか、ガリっと、柔らかな唇の中に隠れていた歯を容赦なくたてられて。
「ゥア……ッ」
身体が浮いた。瞬間にベルトを外されスラックスをずらされる。腰を捻ったのはそれを拒もうとしたのでも協力しようと思ったのでもなかった。歯をたてられた後にキツク吸われると、剥かれた先端を弄られるような感じで、神経に響く。
「お……、ぁ、ッ」
思わず顎を上げる。もう一方の手が容赦なく狭間を割って、下着の中へ入り込む。乾いた場所を、まず撫でられた。
「……」
男の雰囲気がほんの少し和む。別の男の痕跡がないことに気がついたらしい。それを分かってくれた様子に美形も内心、安堵の溜め息をついた。ベルフェゴールとは確かに一緒に寝たが、もちろん何もしなかった。兄弟のように同じ寝床で寄り添っていただけ。子供時代のベルを知っている銀色の美形には不自然なことではなかったが、世間一般ではおかしいことだと、その程度の常識はあった。
「ん、ン……、っ、ふぁ……」
男の掌は性急。乾いた場所を包まれて擦られる。イイというより、まだ違和感が強い。胸を最後に舌で挨拶のように舐めて、男の頭がソコから離れる。ああ、と思った。される。
なんでするんだろう、と思って、尋ねたことがある。何度目かの、まだなじみのない頃。休日に二人で殆ど裸で絡み合って過ごした日だ。合間のインターバルで、バニラアイスを載せてメープルシロップを掛けたワッフルを食べた。驚いた。
行儀が悪い自覚があるスクアーロにして、ベッドの中でモノを食べたのは初体験だった。戸惑う相手に、だって飲み食いしないと目を廻すじゃないかと金の跳ね馬は笑ってワッフルと冷たいミルクを渡した。
もっと驚いたのは、義理で口をつけたそれらが妙に、美味かったことだ。カリッとしたワッフルに乳脂肪分たっぷりで甘さ控えめのアイスの食感はよくあった。そこにメープルシロップ、糖蜜に人工的な色と香りをつけたのではない本物の香りと甘みが混ざってそれはそれは。
ばくばくと食べ終える頃、男がろくに口をつけず自分を嬉しそうに眺めていることに気づいた。とけるぜ、と、銀色の鮫に促されうんと答えて食べ始めたけれど、その時、昔のことを少し思い出した。知っている別の男も、自分がモノを食べるのを面白そうに見た。
似ているとか似ていないとかは、あまり考えないようにしている。けれどその時は、そう思ってしまった。
表情が曇ったことに男はすぐ気づいて、どうしたと問いかけてくる。前の男を思い出していたとも言えずに尋ねた。なんでお前が舐めるんだよ、と。それはオンナがやることだろ?
女性経験といえば姉の友人だった年上の女と娼婦しか知らない銀髪の美形はココロからそう思っていた。可愛がってくれていた頃の別の男も、撫でてくれるのは掌でばかりだった。自分がオンナにされた時期もよくさせられていたから、そういうものだと、思い込んでいたけど。
ワッフルに齧りついた瞬間にそんな質問をされて男は目を白黒させていたが、気合を入れて噛み千切り、むしゃむしゃと咀嚼して、そして。
はっきり言った。銀色の鮫の認識は間違っていると。男女は関係ない、抱き合う相手に気持ちよくなって欲しいとしたら、自然にしたくなるものじゃないか、と。
……自然に?
そこのところがよく分からないまま、自信を持って言われたことにはつい納得してしまう素直さで銀色の鮫はそのことを受け入れた。まだ少し苦手で、最初のうちは違和感はあるけれど、拒む権利は自分にはないのだ。
力を抜いて相手に自分の体を明け渡す。別の男との時は自分で脱いでいた服も男が脱がせたがるから、手足を伸ばして大人しくするだけ。下着がするりと脱がされる。外気に触れたと思う間もなく、暖かな粘膜に包まれる。
「……、ヴ……」
衝撃に思わず声が漏れた。
「っつ、ッ……、うぁ……」
熱心に、される。カラダが暴れそうになる。腰を掴まれる。指の熱さにビクッとすると男が喜んだのが分かった。男の口の中がますます熱くなる。火傷しそうだ。衝撃が強くて、最初は、うまく刺激を快感に変換できない。
「……、ん」
優しくやさしく舌先で舐められて、じゅくっと、自分が体液を分泌しだすまで。
「ん、ふぁ、あ……、ぁあ……」
男の掌が腰と腿とを微妙に行き来する。張り詰めた肌が湿っていくのを悦ぶ。膝裏を掬ってぐっと押し開くと関節の柔軟なカラダは女より開いていく。片方を肩に担ぐと内股の、吸い付くような肌が頬に触れる。愛しい。
セックスも『運動』の一種には違いなくて、剣術と同時にあれだけの体技を磨きぬいた銀色の美形は唇をつけて啜ると素晴らしく美味い。腰は細くて薄くて、女の厚みのある骨盤に慣れた腕には心細いほどだ。それがしなったムチのように捩れる。このしなやかさをすぐにナカから味わえると思うと下腹が滾る。
「ん、ッ、ン……」
最初は戸惑っていた蕊を優しく下の先端で嬲ってやる。口の中に苦い体液が滲み出して男はほくそ笑む。いっそう熱心に舌を絡め、唇と粘膜で圧迫して、たまに敏感な先端を前歯で押すようにしてやる、と。
「……ッ」
声にならない鋭い息を漏らしながら細腰が悶える。苦味に応じて自分の唾液が舌の下から分泌されていくのを男は感じた。それで蕊を包み込んでやると、イヤイヤ、というように開かせた膝が跳ねるほど悶える。最初は戸惑い、可愛がると和み、気持ちよくしてやると跳ねだす、いい感度だ。
「……」
口の中から唾液をわざと零した。それを指先で受け止めて、浅く咥えた蕊の裏側を指先でなぞってやる。ヒンッと高い声が漏れる。気持ちよかったらしい。蕊がピクピク、口の中で跳ねる。でも白い小さな尻は恐れるようにキュッと締まる。何をされるか、分かっているのだ、勿論。
ちゅ、っと、咥えていた蕊を吐き出した男は敏感な先端にキスで挨拶して、一旦それをぬらつく口内から出した。
「……あー、?」
心地よさに溺れかけていた美形が素直な声を出す。ナンだよヤメんな、という、言葉はないが文句を言いたそうな声に男は笑う。嬉しくて。権勢ずくで無理矢理に強いた関係ではあるけれど惚れている相手。愉しんで悦んでくれる方がイイに決まっている。
「オシオキ」
顔を上げ、体をずり上げて顔の位置を合わせる。とろん、とした目でぼんやり見返してくる綺麗な銀色のにくちづけた。肩を竦めて捩られるが嫌がられているというより、くすぐったい刺激にピクピクしている感じで凄く、カワイイ。
「仕置きぃ……?」
ぼんやり霞んだ嗜好がようやく、男の言葉の意味を拾った。
「な、んの、だぁ?」
「オレとの約束を破ったお仕置きだ、スクアーロ」
耳たぶを舐めながら形のいい渦巻きへ向けて囁く。それもくすぐったいらしく、くすくす、笑いながら右手で男を押しやろうとする。させなかった。肩を抱いて押さえつけ、外耳の渦を舌先で辿って耳の穴を犯す。
「ん、ン……、ん、ぁ」
ここ半年というもの、この男に散々舐められて、そこももう性感帯。熱心にちゅくちゅくと舌を出し入れされて腰が跳ねる。口から外され、今は見かけより遥かに硬い掌に包まれて、安心しまって喘いでいた。
ら。
「……、ッ!」
「おっと」
尻のポケットから男が取り出したものを勃ちあがる蕊の、根元に巻きつけようとする。
「て、め……ッ!」
「暴れんなスクアーロ。加減できなくなる」
「ヤメロぉ、変態ヤロォッ!」
「全くだ。オスってのは変質的だ」
揶揄ではなく心から男は同意した。
「気晴らしに撫でる相手には紳士のフリもしてられたけど、マシになったらダメだなぁ。オマエにヤらしー真似することしか最近、考えてねぇよ。オマエが居なかった間は特に酷かった。朝昼晩晩、アタマの中で抱いてた」
淫らな言葉を濡れた耳元に優しく囁きながら、男の手は容赦ない力で蕊を握る。
「イ……ッ」
痛みに、細くて白くて引き締まったカラテダが硬直する。
「イイコにしてないからだぜ」
当然の罰だといいながら、男は蕊の根元に巻きつける。マジックテープ式のペニスバンド。それから痛みを与えた蕊を撫でてやる残酷さに銀色の美形は抱かれた肩を震わせる。でもそれは優しい残酷さだ。『契約』で逆らう権利がないことを、こんな細かいことでは一々持ち出してこない男は鷹揚で優しい。
「へ、ンタ……ッ」
これからされることを怖がって、なかなか震えの収まらない肩を撫でながら。
「オチて欲しくないんだ、オマエに」
男は正直なことを言う。それはウソではない。
「付き合って欲しい。オレの寂しかったのが埋まるまで」
男がソレを使って、美形の欲望を拘束するのは遠征で暫く留守をするようになってから。留守にした後だけ。
「外せぇ……ッ」
それも時々だけ。連絡がなかったとか、予定より遅かったとか、そんな理由で男を心配させ不安がらせてしまった時だけ。
「イヤ、だぁ、イヤ……」
銀色の美形はよく、オチル。暗殺部隊の構成員として拷問に対する訓練を受けているせいか、単に性的な刺激に弱いのかは分からないが、昇華しきれない刺激を繰り返し与えられて、下腹を引きつらせながら犯されながら撒き散らした後はよく意識を失う。その案外なヤワさは可愛くて、普段はくたりとなった背中にキスを落として男は、そのまま眠らせてくれる。
長い時間かけて骨の髄までしゃぶり尽くす気分のとき以外は。
「あ、って、いい、って言った、じゃねぇかぁ」
衝撃が収まってもズキズキ響く存在感に顔をぐしゃぐしゃにしながら、涙目で訴えてくる美形に男は生唾を飲んだ。隠すつもりのない欲情はごくりと音をたて、男の顎から喉にかけてをうっすら汗ばませる。
「そうだ。これからは会っていい。でも今回はオレがいいと言う前の行為だ。侘びを入れてもらうぜ。……なんでもするって、オマエ、自分で言ったじゃないか」