一年間の謹慎処分。それがザンザスに下された処罰。外出及び来客は許されないが、場所はボンゴレ本邸ではなくヴァリアーの本拠地。そうすることでザンザスの監視の責任をヴァリアー幹部たちに負わせた。そうしておかなければザンザスは、今にもふらりと、消えていなくなりそうだった。

 ボンゴレリングに自分の血を拒まれたことが余程の衝撃だったらしい。宿敵である家光が時々、様子を見に来ても無感動に見返すだけで敵意を見せない。無気力さが本来のこの男らしくなくて周囲を心配させた。

 部屋に閉じこもって、していることは大抵、読書。昔から気性の激しさに似合わぬ勉強家で、外国語の新聞も各種、取り寄せて読むことを日課にしていた。タブロイド版で八年分のそれらを読んでいるとやがて一日は終わる。罰金を喰らうだけで済んだ幹部たちと食事をすることも滅多になくなり、反省しているとか大人しくしているとかを通り越して、生きる力を失っているように見える。実際その通りだった。

 何もかもが、嘘でそして、虚しい。

 誰も居ない部屋で時々、新聞を拡げたまま何時間もぼんやり、してしまうことがあった。一年を過ぎたらどこかへ行こうと思っていた。どこでもいい、どこかへ。自分がボンゴレに引き取られたことがそもそもの、間違いだったのだから。

 そんな一年の中で、一度だけ、ザンザスの牙が光った。いつものように門外顧問の家光が現れ、いつものように体調や来客の有無を尋ねた後で。

「キャッバネーロに出向中のスペルビ・スクアーロだが、幹部会の承認がとれた。今月末をもって、所属を正式にキャッバローネへ移す」

 それは相談ではなく、決定事項の通達。

「手続きとして直属ボスからの紹介状が必要だ。氏名だけでも構わない。書け」

 でかい机を挟んで仇敵にそう言われた途端、ザンザスの頭の中をざーっと、通り過ぎていったのは記憶。幼い頃から今に至るまでの色々な場面が時間も場所もバラバラに、パッパッと瞬間にも満たない速度で脳裏に浮かんでいく。九代目に息子として迎えられたあの日からのことが。

途中で何度か、脳裏にフラッシュが焚かれる。

 嘘をついていた、許してくれと頭を下げて自分に詫びた歳を取った『養父』の姿。

撫でてやったら素直に懐いてきた銀色の鮫。

 八年間の不在の間も自分を待ち続けていた証拠の長い髪。

 再会からは冷たくあしらった。一度も優しく触れてなどやらなかったし、ろくな言葉もかけなかった。負けて死んでくれたときはほっとした。哄笑は嘘ではない。

アレに近くに居られるのは辛かった。ボンゴレの御曹司である自分を無邪気に慕うあの目が、鬱陶しいのを通り過ぎて息苦しかった。あの髪には物理的な圧迫さえ感じた。燃やしてやろうか、と本気で思うほど。ついでに顔も焼け爛れて、二目と見られぬナリにしてやろうか、と。

何度も思った。

 確かに昔から、口を閉じさえしていれば、けっこう小奇麗なガキだった。でも再会のとき、八年の時を経て笑った銀色の鮫の、顔がザンザスには恐怖だった。アレはナンだ。あんなにガラの悪かったガキが、あんな美貌に育つなんてありえない。眉も目元も鼻筋も唇も細面の形のいい顎も、文句なく完璧に美しかった。許しがたいほど。

 フカに食われて居なくなってくれた時は本当に嬉しかった。信じてもいない神に感謝したくなるほど。それが何故だか、頭の中で焚かれるフラッシュの合間にザンザスはようやく理解した。

 うそをついていてすまなかった、と、ヤツに謝罪をしたくなかったからだ。

 だましていた、からだ。

 本当は御曹司でもないのに、ボンゴレ十代目になれる筈もなかったのに、当たり前の権利だという顔で手を伸ばして抱いて玩具にした。再会後も人形のような顔で曖昧に笑いながら、それを待たれていることは分かっていた。背中がざわりと、嫌悪感で粟立つ。嫌悪の名前は、自己嫌悪だった。

 死んでくれてよかった。

 だましていた、ことを知られる、前に居なくなってくれてよかったと心から思った。勝負に負けたルッスーリアを背後から撃たせたのも同じ動機だった。知られて、責められ軽蔑される前に消したかった。

失望されたくなかった。なんだ、と思われたくなかった。自分が分家の連中に向けてきた、お前らなんか相手にしていられるかという軽蔑を、奴らから向けられたくなかった。時々は八つ当たりして無茶をさせて、それが許されていたのは自分がボンゴレの御曹司だからだ、ということは知っていた。

なのに。

「不服があるのか、ザンザス。重傷の部下をお前は見殺しにした。あれの命を助けたのはディーノだ。移籍をいまさら、拒めると思っているのか?」

 なのにあの、バカは分かっていやがった。真実を知って、だまされていたことを知って、それでも自分に笑いかけていたのだ。それを知らなかった自分が冷たく黙殺すると傷ついた顔をした、あれは、ボンゴレ御曹司の気に入られたかったのではなくて。

 ……オレを好きだったか?

なぁ、と呟いて座った椅子の背後から、願うように額を肩に押し付けて来たのか。手を振って乱暴に押しやったら、泣き出しそうに悲しそうな顔をしていたのは、自分が『御曹司』だった、からではなかったのか。オレを愛していたのか。本当のことを知った上での、あの態度だったのか。

「ザンザス」

 名前を呼ばれる。無視した。後悔でそれどころではなかった。抱いてやれば良かった。本当は抱きたかった。顔もカラダも、恐ろしく好みだった。実母が、美人は美人だったが肉感的な崩れた色香の女だったから、その反動でザンザスはお人形顔が好きだ。一見、冷たく見える澄ました美しさに欲望を感じる。目を細めて微笑むと睫の影が濃い、あの、目元を思う存分、舐めておけばよかった。

「ザンザス」

頭の中のフラッシュに、あの銀色の髪が光る。家光にペンと紙を指差されて、ザンザスぱテーブルに手を置いた。銀色の鮫を手放すという書類にサインをするとでも思ったのか、背後に控えたヴァリアーの幹部たちが息を呑む音。

 何本でも持って行け、と。

 だました上に信じてやらなかった、詫びのつもりで、そう言った。本当に切られるつもりだったが家光は舌打ちをして出て行く。そんなことが、あった。

 

 

 

 一年間の謹慎を終えて、でも。

 ボンゴレ九代目の息子は、謹慎させられていた部屋から出ようとはしなかった。養父からの食事の招待、パーティーの案内、そんなものには一度も応じようとせず、ヴァリアーの奥の一室、自分の部屋から出てこようとしなかった。

 そんな話を金の跳ね馬は聞いて不安になった。養子と名づけ子の仲で、もとへなちょこのディーノはザンザスという名の男にひどいコンプレックスを抱いている。殆ど憎んでいる。比べられるといつも惨めだったから。その傷は、リング争奪戦で沢田綱吉の陣営に組して勝利を掴み、憎い相手の隣にいつも立っていた初恋の相手を腕の中に奪い取って尚、癒えない。

 名付け親である九代目が自分よりザンザスを愛しているから。以前は実子だから仕方がないと思っていたその愛も、本当は違うことを知ってからは嫉妬の対象。同盟ファミリーを率いるボスとしてボンゴレにこんなに貢献している自分より、二度の反逆を企てたザンザスを愛しているのか、と。

 これは逆縁。ギシギシ、擦れて軋んで血が流れるほどの。愛情を欲しいと思う相手にはことごとくふられる。いつも、ザンザスと比較されて、オマエはつまらないよと言って棄てられる。

 辛い。

「……、ぁ、あ……ッ」

 そんなことを考えながら、愛しているオンナを抱く。この相手をやすやすと掴んだあの男のことを死ぬほどに妬み憎んだ、昔の自分をふっきれていないまま、いい匂いのする肌を舐める。毎晩一緒に眠っているけれど繋がるのは時々と決めている。カラダに負担を、あまりかけるのは可哀想だから。

あの男と、きっと毎晩愉しんで、滅茶苦茶にされていると思っていたのに。体も肌のあの男に馴染んで、好みにあわせて形を変えているんだろうなと、想像しては口惜しく悲しく、腹が煮えていた夜もあったのに。

手に入れて剥いて披いてみれば殆ど手付かずでびっくりした。バージンとはさすがにいかないがごく若い短い体験しか持たずに、容姿と年齢からは有り得ないほどつるんときれいなまま、手に入ったオンナを跳ね馬は大切にしていた。

女、でさえ、娼婦として常態的に過度のセックスを繰り返していれば変形する。男同士のセックスはもっと軋む。ムリをさせ続ければ可哀想なことになる。だから、粘膜に、捻じ込むのは本当に時々。それ以外の夜は。

「あ、うぁ、あ……、ぉ、う……」

 裸に剥いて組み敷く。自分も脱いで肌を重ねる。吸い付くようなキメにゾクゾク、しながら前を擦りつけあう。

その戦い方から連想されるとおり銀色の鮫には余分な肉がない。贅肉どころか筋肉でさえ必要な以外はそぎ落としたギリギリ、細いというよりも薄い。触れれば弾力としなりは凄まじく、喉をごくりと鳴らす手ごたえだが形としては痩せぎす。腰は片手でつかめるし、尻の肉は片方の掌に収まりそう。その尻の肉を両手に納めて『奥』へ、ぐりぐり、押し付けるように揉むと。

「あ……、ぅあ、あ……。は、ぁ、ふ」

 生殖腺を刺激することが出来る。分かりやすい生殖器ではなくその奥に隠れた前立腺を、後ろから弄る。男の、オスの、カラダから突起した器官ではなく、内側の腺を撫でられる刺激は、オンナが受ける深くて甘い快楽。

「……、ま、ぁ……、な、ぁ」

 その快楽を銀色のキレイな『オンナ』は嫌がらすに受ける。十四の時にミチはつけられて、それからずっと独りで居たらしいけれど、快楽というのは一度覚えさせられればお仕舞い、二度ともとへは戻れない。麻薬と同じこと。

「し……、ねぇ、か……?」

 髪と同じ色の瞳が薄く開かれこっちを見る。すぐに瞼の重さに耐えかねるように閉じられたけれど、一瞬だけ潤んだ視線に男は死にそうに興奮。男の硬い指に力が篭って、あぁ、と、細い体がシーツの上で悶える。頭が左右にうち振られるのは快感の波に攫われそうな証拠。びく、びくっと、細いのにしたたかな腰がはねて重なった男を誘っている。

「ヤ、ん……、ねぇか……?」

 優しいペッティングできなくキツイ本番を、肉の繋がりを欲しがって『オンナ』が言葉を紡ぐ。男の返事は熱烈な口付け。息さえ奪い取るような。

「はは……、っ、るし……」

 唇が離れた途端に唾液が零れ、尻から離した両手で手首を押さえられながらオンナは苦情を言ったが笑い混じりだった。零れた唾液を男が啜って、手首をシーツに押さえつけたまま膝の間に腰を入れ、足を広げさせる。

「ん……」

 前を擦り合わせる為にオンナの腰の下には枕が押し込まれていて、その上で位置をほんの少しズラせば、そのまま、繋がりやすい姿勢になる。オンナは誘った立場上自分から動いた。男はそれでまた興奮したらしい。義手と生身の手首を掴んでいた掌が熱くなる。

「押さえ、つけん、なぁ……、逃げねぇ、よ……」

 発情でうっとり、とろけた声でオンナに言われるまで、男は自分がそうしていたことさえ気づかなかった。それくらい無意識。

「なぁ、スクアーロ」

 両の手首を開放すると、右手で自分から肩に縋ってくる肢体を抱く。顔を寄せながら、愛おしくてもう、どうしてやろうかと思いながら耳たぶを舐める。

「ん……ッ」

 ベッドの枕元に用意してあるオイルを手に取り、掌に零す。ひらかせた膝の奥、狭間のくぼみに塗りつける。異物感にどうしても最初は竦むオンナを宥めながら、けっこう、強引に指で犯した。ぐちっ、という音をちてながら、根元まで突っ込んで指先で粘膜のひだを掻く。一番奥の、しこりは。

「あ……、ッ、あ、アァ……ッ」

 コリコリ、固く膨れて、弄る男を満足に微笑ませる。

 膀胱のすぐ下に、男だけある、胡桃くらいの、弱点。直腸ごしにソレを刺激されると射精をせずに男でもイケる。いわゆる、ドライオーガズム。吐き出さないので何度でもイケて、ペニスだけでなく全身に火花が散って、快感の強さも持続時間も、種を撒けば終了の単純明快なオスの満足とは比べ物にならない。

「硬いぜ?」

「……おぅ……」