「硬いぜ?」

「……おぅ……」

 感じていることを隠す気のない潔い『オンナ』は長い睫を伏せながら男に腕を廻して体を寄せる。男がまた笑う。なんともいえない幸福そうな表情。

「キモチ、いいのか?」

「……ん」

「ナカから突かれるとイイのか?」

「だから、ヤれって、言ってる、だろぉ、がぁ……」

「オレのも挿れていいか?」

 指だけではなくて。

「……ナラセ、よ……?」

「うん」

 今夜は最初から期待していた。百番勝負のうちでも楽しみにしていた大物を這い蹲らせてきたとかで、オンナはたいへんに機嫌が良かったから。指を増やしてぐちぐちと出し入れ。オイルが馴染んで挿入がスムーズになり、粘膜がねっとり絡みついてくるまでの下腹が攣りそうな忍耐の価値を。

「わかって、くれてるか……?」

 唇や喉、鎖骨に乳首、耳元に脇の下。重ねた姿勢で舌が届く限りの魅力的な場所に吸い付きながら、男は言った。

「今すぐ突っ込んで、腰を振りまくりたいんだ。カクカク動かしてお前のナカ、ぐちゅぐちゅ掻きまわしたいんだぜ、スクアーロ。オレは、いつでも」

 告白を受けるオンナはもう正気ではない。形のいい頭を肩ごと左右に振って、カラダを捩って、ヨがり悶えている。それでも男の言葉を理解したのか、それとも息の熱さだけで感じたのか、悶えるカラダの中心の白い腰を、浮かす。

 きゅ、っと。

 男の胸が鳴った。本当に音をたてた。

「……、ありがとう……」

 他にどんな言葉があるだろう。最初の夜から男はそういい続けている。ずっと好きだった相手が自分に向かって披いてくれるという祝福。

 指を引き抜く。傷つけないためのゴムを纏って、愛しているオンナの中へ入る。悲鳴が上がる。最初はキツイ。男の方も少し痛い。でもその圧迫が圧倒的な快感に繋がることを知っている。息を吸い込むまで必死に待つ。それ以上はムリで捻じ込む。腰を進めるたびに高くて濡れた声があがる。あぁぁ、イタイ、あ、マテ、ひぃ、ああぁぁあああぁぁ。

 根元まで含ませた頃には大抵、唇を震わせて泣いている。愛し合う満足と犯す征服欲を、同時に満足させてくれる情人に夢中。一生死ぬまで手放さないと誓うたびに、少しも信じていない顔をする寂しい銀色を。

 幸せにしたい、と、思う気持ちには少しの嘘もなかった。

 

 

 

 

 

 

 ノエルが近い。ボンゴレ本邸で行われるパーティーに、幹部や同盟ファミリーのボスたちは招かれる。妻子も愛人もふりきって男たちはそのパーティーに出席することが、義務、若しくは忠誠の表明。当然、キャッバネーロの若いボスも毎年、招かれて出席している。そこへ。

「……」

 連れて来い、と、門外顧問に指示されて金の跳ね馬は不機嫌。自分のお供を指図される覚えはなかったし、その指示の意図がなんとなく分かっているからさらに不愉快だ。日暮れから頑張りすぎてそのまま眠り、目が覚めてしまった真夜中。

上半身を起こし何もない闇を睨みながら、同じベッドで寝息をたてる情人の、枕に散らばった銀色の髪を指先で撫でながらぼんやり、もの思っていたら。

「どう、した?」

 気配を察した銀色の鮫が目を覚ます。なんでもない、眠っていろ。そんな風に言って目元を覆ってやった。やったら、覆った掌を掴まれて、毛布の中へ引っ張り込んでくれて。

「肩、冷えてるじゃねぇかぁ。風邪ひくぜぇ」

 腕をまわして暖めてくれる。生身の素肌の体温がジン、と染みていく。抱きしめてくれる暖かさに男は目を細める。そうやっていると思い出すのは崖下ではじめて一緒に過ごした夜。はじめて、この相手の体温と、抱くと自分の腕が余ってしまう腰の細さを知った。

「……スクアーロ」

「んー?」

「どうして、オマエ」

 こんなに優しいんだ。あんなに怖い人食い鮫のくせに。

「なぁ、スクアーロ」

「なん、だぁ?」

 銀色の鮫は眠いらしい。返事はふにゃふにゃ、という感じだった。語尾にいつもの迫力がなくて可愛い。可愛くてかわいくて、金の跳ね馬はぎゅうっと、抱きしめてくれる相手を抱き返す。

 オマエ今、どっちを好きだ?

 オレと、あの男と。

 その質問が喉まで出そうだった。あまりにも身勝手な問いかけだったから我慢して飲み下した。別の男を愛しているのは分かっている。その愛情につけこんで今、こうして裸で一緒に眠っている。肉体関係の成立は合意ではなく強要。心から愛しているけれど、だからといって、罪が軽くなる訳ではない。

「ノエルに、オマエをボンゴレ本部に連れて来い、って、言われた。沢田家光に」

「……あ?」

「アイツを呼び出すための餌だ。引き篭もって、いやがるらしいから」

 あの男のことを話題にしたくはない。このまま忘れて自分の腕に馴染んで欲しいから。ましてや、会わせることなど、決してしたくなかったのに。

「家光はずるい。九代目もひどい。オレに嘘をついた。オマエをくれるって言ったのに紐付きのレンタルだ。招待状の追伸一筆で、連れて来いって、こんなのは……」

 酷い、と、嘆く男の声を聞きながら。

「あー、呼び出しやっぱ、来たかぁ。こンなに派手に、やる気はなかったんだがなぁ」

 銀色の鮫は身動き。眠気が覚めた声で。

「詳しく話せぇ、跳ね馬。呼び出しは家光だけからか?他の名前はなかったんだな?」

「スクアーロ?なにを言ってる?」

「だぁからぁ、このタイミングでボンゴレが俺を呼び出すのは、百番勝負だろぉ?」

「……」

 金の跳ね馬は口を噤む。抱きしめた情人は、どうやら自分とは全く違うことを考えているらしい。

「評判になり過ぎてやがる。ヒバリキョーヤが来たとき、ヤベェとは思ったんだぁ。つまりジャポネのガキにまで聞こえたってこったからなぁ。途中でトメられんのはイヤだなぁ。今いーとこなのによぉ。家光は昔っからオレが気にくわねぇからなぁ。オレがチョーシにノってんのが目障りなんだろぉ」

 口惜しそうに銀色の鮫はゴロンと寝返りをうった。長い髪が主人の動きにつられてシーツの上を蠢く。指先でそれに触れながら。

「……その時は、オレが庇ってやる」

 男が言った。誓いを立てるように。

「ホントだなぁ?」

「勿論だ」

「頼むぜぇ、跳ね馬ぁ。アテにしてっからなぁー」

「任せろ」

 男は一気にいい気分になった。そうかもしれない。きっとそうだ。その時は情人を庇って沢田家光と、またガチでやりあってやろう。自分のオンナを庇ってやれる自負心に頬が緩む。頼っているようなことを言われて不愉快さの中から一気に有頂天。

 その気分のまま。

「なぁ。パーティーでアイツに会ったら、オマエ、どうする?」

 尋ねる。腕の中で細い肢体が、ほんの少し強張る。

「来ねぇんじゃねぇか?ジジィの主催だろぉ?」

 そう、あの男は養父からの招待を、ことごとく断り続けている。

「来たらどうする。会ったら」

「……」

 銀色の鮫が口を閉じる。しゅん、という感じに見る見る、元気をなくしていく。

「どうする?」

 男はしつこく、答えを求め続けた。

「どうかする、権利はねぇだろぉ」

 小さな声で銀色の鮫が答える。

「オレは目下だ。ナンにも出来やしねぇ」

 公式な場所で身分の低い人間から偉い男に話しかけることは出来ない。マリーアントワネットの時代からの習慣は今に息づいている。顔を会わせたとしてもどうせ無視されると、そう思っていた。

「手を引かれても、付いていくなよ。いいな?」

「ンなこたぁ、有り得ねぇよ……」

 銀色の鮫は毛布の中へ潜る。その話はしたくない、という態度に、男は心慰められた。

「おやすみ」

 優しく囁き、自分も毛布の中へ。頭までもぐってオンナの胸元に顔を突っ込むようにして目を閉じた。

 

 

 

 ノエルのパーティーで。

 招待客は偉くない順に広間へ通る。その順番は招待状に同封されていた席次表の順番。ノエルは普通のパーティーとは違って祝宴というより儀式に近い。会場へ入れるのは招待された本人だけ。お供は順番に、広間に遠い位置から奥へ向かって赤い絨毯の敷かれた廊下に並ばされる。

 より多くのお供を連れてくるのも権勢のうちで、見栄えがいいのを選りすぐって、ボンゴレの幹部や友好ファミーのボスたちは連れてくる。跳ね馬ディーノも十人に近い配下を引き連れてやって来た。最後から三番目の彼らは広間にほど近い場所に左右に分かれて立つ。跳ね馬はじゃあな、ご苦労だなと、らしく部下たちを労わって広間へ入っていく。珍しいスーツ姿で。

やがて最後から二番目の客が到着した。ボンゴレ九代目の御曹司、ザンザス。八年間の消息不明、一年間の謹慎を経て、ほぼ十年ぶりにこの本邸の廊下を踏みしめて。

ずらり、居並んだお供たちは建物の入り口近く、下座から一斉に頭を下げる。それが礼儀だ。だが最奥、キャッバネーロの面々はそうしなかった。全員が直立したまま。

それは意思表示。オマエよりウチのボスの方が上なんじゃないか、という無言の主張。

「……」

 顔に火傷の跡のある御曹司はそんなことには構わない。ヴァリアーの幹部たちを背後に従えて、昔は住んでいた本邸をつまらなそうな顔つきで歩いていく。広間の手前で、ふと足を止めた。

「……」

 今を時めく経済マフィア組織らしく、跳ね馬のお供は全員が新品の仕立てのスーツに身を包んでいる。直立したままの中で一つだけ、深々と下がった頭があったから。

 背中で結んだ長い銀の髪を見るまでもなく、それが誰なのか、ザンザスと配下たちには、よく分かっていた。

「……」

 すい、と。

 通り過ぎざま、ザンザスの片手が伸びる。その指先は下げられた頭の髪を、巻きつけてすいた。束ねられた中から一房が引き抜かれ指に絡まる。でも手入れのいい直毛はすぐにほどけてしまう。歩く歩調は少しも変えずにザンザスは、指に絡めた髪を唇に持って行こうとした。したように見えた、一房の髪はそこへたどり着く前に骨ばった指先から逃れたが。

 ざわり、無言のどよめきがキャッバローネの一団の中に走る。最奥に立ったロマーリオが中指で眼鏡のブリッジを押し上げる。足取りを緩めることをせずザンザスは広間の中へ入る。ヴァリアーの幹部たちはキャッバローネの面々より上座の位置に立つ。銀色の鮫が頭を上げると、やっほ、という顔で廊下の向かいで手を振るティアラの王子様と目があう。

 声は出さずに笑ってやった。隣からはルッスーリアが上手な投げキッスを寄越す。それにも笑う。やがて最後の一人が現れる。ボンゴレ十代目、次期後継者、沢田綱吉が。

 お供は二人。山本武と、獄寺隼人だけ。

「あ、ロマーリオさんだ。こんばんは」

 キャッバローネの面々は、沢田綱吉に対しては頭を下げた。その中に顔見知りを見つけて少年は気軽く挨拶。ヴァリアーの幹部たちは頭を下げなかった。銀色の鮫も。それは反逆ではなく独立部隊の矜持というものだったが、沢田家光あたりが見たら、また問題にしそうなことではあった。

「スクアーロさんもこんばんは。お久しぶりです。怪我はもういいんですか?傷、残らなくって、良かったですね」

 同じ沢田の、でも綱吉は、銀色の鮫の前で足を止めた。