墓標・3

 

 

 

 二時間後。

 助手席から回り込みドアを開けたお付きの影を踏んで、ボンゴレ本邸の建物正面、滅多な人間には車を横付けされることがゆるされない大理石のそこに降り立ったザンザスはいつもの無表情。けれど機嫌が悪くないことを、コートを掛けるルッスーリアは気づいた。

何処がどうと言えるほどはっきりした違いはないが、敢えて言えば纏う空気の質量が軽い。機嫌が悪いとこの少年は、地球の磁場を狂わせそうな、ブラックボールのような重力を発揮する。

「九代目がお部屋でお待ちです」

 そう言うとフンという顔はしたが、悪態をつきたそうな水位まで感情の圧力は上がらなかった。頭にのぼるまでに足元で怒りの蒸気が抜けている、そんな感じがした。

「お客様は、どちらにお通ししておきましょう?」

「オレの部屋」

「はい」

 いかにも分かっていますという具合に、驚きを見せずルッスーリアは承る。内心でどんなに金切り声で、キャーウソォマジィと叫んでいても表には出さない。その嘘つきっぷりが若い御曹司はたいそう気に入っている。建物に入るなり御曹司はミンクのコートを自分で脱いだ。見た目こそ古城を模してあるが床にも壁にもスチームパイプが通った建物内で毛皮のコートは、確かに不必要だった。

 脱ぎ捨てたコートを掴んでバッと、ルッスーリアに投げる仕草に意思を感じ取って、機敏に受け取ったオカマの格闘家はそれを腕に掛け会釈する。若い御曹司はその勘のよさに少し、笑ったような気がした。顔は見えなかったけれど。

 九代目の愛息に九代目が待つ部屋の前までお供してルッスーリアは車庫へ回った。中に来客を乗せたまま、半地下の広大な空間にとられた駐車場には送迎用の高級車が二十台近く並び、その一角には整備のためのスペースもとられている。

「はぁい、坊や、目覚めているかしらぁ?」

 意識して明るい声を出した。ザンザスが上機嫌だから『相手』もそうだとは限らない。むしろ苛められてつつかれて半泣きでもおかしくはない。が。

「もしかしておねむなら、抱いて運んであげるわよん」

 自分と顔を会わせたくないなら寝たふりをしていていいと、逃げ道を与えたつもり。なのに。

「すぅー」

 まさか。

 本当に眠っているとは、まさか思わなかった。

「い、い度胸、ねぇ。なに、まさか坊ちゃんのお膝で眠っただけ、なんていうつまらないオチじゃ……、なさそうね……」

 L次のソファの長辺はオトナが五人、並んで座れる。座面も広くて少年は悠々とそこに、手足を引き寄せ安らかに横たわっている。掛けられていた本人の制服のコートの端から覗く爪先は意外なほど白く、足首まで素足だった。

「失礼、触るわよん。んまぁ、いいカラダしてるわぁ。十年後が愉しみねぇ。生きていられたらいいわねぇ」

 制服のコートに毛皮を重ねてからルッスーリアは少年を抱き上げた。腕に伝わる感触は素肌だ。銀色の髪が駐車場の蛍光灯の光を受けて静かに光っている。

「無事にお家に帰れるといいわねぇ」

 そちら方が、実は十年後より遥かに切実な直近の危機。

 

 

 

 うわ、うわ、うわ。

 心の中は、そればかりだった。

 色々、思いがけなかった。

うーわ、うあー、うぅあぁー。

「?」

 何か言ったか、という風に、すぐ横にある目が視線を自分に向ける。ぎゅっと目を閉じかぶりを振った。なんでもない、と言ったつもりだった。ボンゴレの若い御曹司はしばらく手を止め、少年が言葉をみつけるのを待ったが、じっとして何も言わないので続けた。

「……、ぅ、わ……」

 掌で優しく狭間を揉まれる。うわぁ、と思いながら唇を噛んで仰け反る。怖くて抵抗できなかった訳ではない。抵抗をするほどイヤなことはされなかった。どちらかといと、いやはっきりと気持ちが良くて、ぎゅっと掌と唇に力を入れていないとどうにかなりそうだった。

「息しろ。こっちが苦しぃ」

 御曹司が口を開く。無愛想で無口で、気が向かなければ視線も動かさないこの我侭な御曹司にしてはよく喋る。声は、冷たくもなければ厳しくもない。厳しいところか、どちらかというと優しいかもしれない。

さっきから膝を閉じたり声にならない悲鳴を上げてしまったり、手こずらせているのに怒る気配もない。触れる手つきははっきりと優しい。指先で掌で、狭間の竿も球も間の綴じ目も弄られて、感じて滲んだ体液がとろとろ、その手を汚しているのに嫌がる様子もない。

「……、も……」

 耐え切れず、ソファに腰掛向き合った相手の腕の中で、俯いたまま、少年は声を漏らす。

「もたね、ぇ、よぉ……、ザン、ざす、ぅ」

「イきゃいいだろうが。なに我慢してやがる」

 思いがけない台詞だった。促すように中指の先端で透明な先走りの体液を、敏感な膨らみに塗りこめるようにされて、びくびくとまだ華奢なほど細い、けれどしたたかなしなやかなを備えた腰を揺らす。

腕の中でそうやって自分が悶える都度、御曹司が笑っているのに少年は気づいていた。嘲笑ではない。馬鹿にされているのでもない。自分がビクンとするたびに嬉しそうだ。触れる指先が優しくなって、背中を支えてくれる腕に力が篭る。

「な……、んか……」

「なんだ」

「おかし……、ン……ッ」

 おかしい。色々と思いがけない。まさかこんな風とは思わなかった。半泣きの顔を寄せられて、そむける余裕もなく唇を重ねられて、ソレは寮でもされていたから慣れているキスさえ何処か違う。唇の内側を犯す御曹司の、舌が暖かくて気持ちが良くて、思わず自分から食いつくように吸った。ら。

「……、ッ、あ……ッ」

 とどめを、刺される。

 ぎゅ、っと、されて、もたなかった。

「あ、ぁ……、っ、あ……、あぁ、ア……」

 掌に受け止められながら零す。膝の上に引き寄せられ、全身を抱きしめられ震えながら。気持ちがいい。吐き出しながら無意識にこくこく、溢れそうな唾液を飲み干していた。御曹司に唇を吸われる。慰めというか、褒美というか、そんな風な気がした。暖かさを感じた。

「ご……、め……。ヨゴシ……」

 暖かさの中でイクのは自慰とは全然違っていた。震い付くほどだった。

「好きなだけ撒き散らせ。掃除すんのはオレでもてめぇでもねぇ」

 耳元で囁かれる低音の声にゾクリとする。変声期の既に終わったオトコの声だった。力の抜けた体をソファに引き上げられ横たえられて、覆いかぶさられてまたキス。喉を鳴らしながら受けた。そのままてっきり、ヤられるんだと思って、覚悟を決めて、ぎゅっと目を閉じたのに。

 す、っと、暖かさと重さが遠ざかって。

 え、っと、閉じていた目を開ける。視界いっぱすに広がったのは薄く青の混ざったシャツ。学校のシニアの制服の。それが目の前から流れると、自分に跨った黒髪の御曹司が今度はアンダーの裾を捲くって脱ぎ捨て、スラックスのベルトを外している。

「……」

 ウソ、だろうと、もう一度、少年は思った。思わず御曹司の顔を見上げてしまう。なんだ、という表情で、ボンゴレ九代目の愛息は少年を見返した。

「な、んで、オマエ脱ぐ、んだ?」

 我慢できなくて尋ねる少年の格好は、シャツは前ボタンを全て外されてスラックスも下着ごと膝までずり下ろされた上に片足を抜かれて、半裸というか、肝心の狭間と芯は剥かれて、丸出しにされていたが。

「……ヤるからだ」

 御曹司は辛うじて返事をした。顔にはなにバカなこと聞きやがるんだテメェはと書いてあったし、険のある目元にはなんだこいつもしかしてアタマ足りねぇのかという危惧が浮かんでいたが、とにかく一応、答えただけでも相当の『好意』。

「そ、りゃわかってっ、けどさ……」

 少年が尋ねたのはそういう意味ではない。いやそういう意味も含んでいるか、正確な質問の意図は、つまり。

 なんで、オレなんかヤルのにわざわざ脱ぐんだよ、ということ。てっきり前を開けるだけで、そういうことを済ませるオトコだと思っていた。御曹司自身もまだ少年と呼ばれる年齢で、大人のオトコの身幅はまだ手に入れていない。けれど体躯は、なかなかに。

「オマエさ……、骨の組み合わせいいな」

 状況を忘れて少年はそんなことを思わず口走る。御曹司は眉を寄せたがかなりはっきりと『我慢』した。それが珍しいことだというくらいは少年にも分かった。

「ごめん」

 気分を削いでしまったらしいことを謝る。そんな短い謝罪に気を取り直して、仕切りなおしという感じで御曹司が腕を伸ばしてくる。シャツの襟を掴まれてそっちは脱げなかったから、またキスをしながら少年は片足の膝にひっかかっていたスラックスと下着を、細長い脚を振って脱ぎ落とした。

 触れ合うカラダの、背中に腕を伸ばす。肩に右手を掛け左手で肩甲骨を撫でる。真っ裸を見て骨の組み合わせがいいと、言った言葉は少年の本心からの感嘆の言葉だった。人体を斬ることだけをとりあえずの人生の目標にしている少年にとって、人体は欲情の対象というよりも獲物になる。手ごわそうな、手ごたえのよさそうな体つき、関節がかっちり嵌って隙間のない、刃を指す場所を見つけにくそうな、そんな印象を言葉にしただけ。

「……気に入ったか?」

 御曹司はあっとり機嫌を直した。少年が自分から身体を寄せてきた途端に。

「おっかしーの。オマエがそんなの、オレに訊くなんて」

重ねるだけのフレンチキスを繰り返しながら少年も素直になって正直な言葉をこぼす。

「オマエってもっとさぁ、酷くて勝手で、乱暴で、突っ込むだけと思ってた」

「そのうちな」

「リクエストしてんじゃねぇってば」

「強引プレイは馴染んでならじゃねぇとこっちがイテェ」

「まぁ、なぁ……。急所だよなぁ、お互い。どっちかってーし案外、オマエの方がさぁ……」

「急所はてめぅも相当だ。……、ん?」

「……、と、ちょ……、」

「ナカにあンの、知ってるか?」

 御曹司は囁きながら少年の出を引き上げ少年の裸の尻を揉む。肉付き自体は薄いがピンピンに張り詰めた筋肉がノっていて、手ごたえはいい。

「ン、ン……ッ」

「バイク跨ぐと、ケツ気持ちいいだろ?」

 そこだと、言われて、少年はこくりと頷く。知識はあった。外から揉まれてソコを刺激されて、自分の身体の内側に、急所があるのを自分で感じてしまう。

「力、抜いてろ。いいな?」

 促される。こくりと頷いた。怯える気持ちもまだあったけれど、それより暖かさを慕う心情が勝った。こんなに、色々、ちゃんと、優しく、マトモに、扱われるとは、まさか思っていなかった。押さえ込まれる肩に縋りながら覚悟を決めた、のに。

「濡らせ」

 自分を犯すだろう指を、丁寧に舐めさせられて。

「……、っ、あ、……、ぁ」

 とどめを、今度は、なかなか貰えなくて。

「ひ、ン、ん……、ん……、んー、ッ」

 長くて硬い指で犯される衝撃は深かった。生まれてはじめての感覚に震える。もう一方の手で震える背中を支えていた両手の使えない御曹司は顎先と喉で少年を宥める仕草をした。右手の指は容赦なく少年の深みを抉り、掻きまわし、隠れている弱みを探り当てようとしている。前立腺の裏側、精液が溜まる場所のすぐそば、神経の集まっている場所。

「ざ……、ンザ……、ッ」

 少年の呼吸が浅くなる。腰がまたビクビクと跳ねる。ゆっくり蕊が目覚めて、それがツンと御曹司の下腹をツツク感触は笑えて可愛げがあった。けれど構わず、お気に入りの少年の、カラダのナカのオンナの場所を。

「ひん、ッ」

 探し当てて舌なめずり。

「ザ……、ヤ……、うぁ、あ、ぁ、……、ア……ッ」

 逃げようとする腰に腕を廻し、逃れられないようにして。

「あ、ァ、あう、あ……、ぁ……」

 指の腹でしこりを押さえながら、粘膜のひだに逆らうように擦り上げてやると反応は顕著だった。

「ひぅ、ぁ……、ッ」

 びくびく、どころではなく、ガクガク。

「あ……、ぁ……」

 縋りついてくる少年を見下ろす。性感に支配されて焦点を失った瞳が潤むと、がさつな気性とは裏腹の睫の長さが目立つ。生意気に口角の上がった唇が頼りなく震えていると、生意気な表情にふだん殺されている顔立ちの綺麗さが際立つ。

「……」

 まじまじと御曹司は少年を見下ろした。気に入って、引き摺り寄せて馴染ませて懐かせて、貪りやすい棲家に引きずり込むことに成功した獲物は改めてみると思った以上の上玉だ。正直なところ見惚れた。気に入ったのは才能と面白い気性をだったが、麗質の方もこうやって眺めると群を抜いていて、ほぅ、と、胸をつかれる衝撃があった。

「ん……、ヤ……、ン」

 カラダを引き寄せ、胸まで重なって、挑む姿勢でぐちゅぐちゅ、音がするほどかき回す。たまらなくなったのか少年が逃げをうとうと、御曹司の肩に手をかけ押しやろうとする、気配を見せた、瞬間を逃さず。

「逆らうな。手首まで突っ込むぞ」

 叱りつけると大人しくなった。代わりに顔を、ますますぐちゃぐちゃにして、ふるふるかぶりを振りながら。

「あ、あ、ぁ……、ふぁ……、ッ」

 噛み締めることさえ出来なくなった唇から零れる声は、もう意味を成さない。きゅん、と、指先が粘膜に包み込まれて、絡みつかれて、若い御曹司もゾクっとした。指を増やす。悲鳴が上がる。背中が跳ねて捩れる。これを芯から捉えて食い尽くすのは、さぞや気持ちがいいだろう。目を細める。溜め息をついた。美味そう。

「あ、ぁ……、い、ヤ……、だぁ、あ、ぁ、あーッ」

「ちから抜け。三本目、挿れるぞ」

「いやぁ……、イ……、ヒ、ん……ッ」

「いやならいやでかまわねぇが、イヤじゃなくなるまでこう、だ」

「ひ……、ッ」

「イヤじゃなくなったら言え。ウソはつかなくっていいがな」

「ん、ン……、ッ、ぁ……」

「時間は、ある」

 上物だからゆっくりシメを入れて、活きがいいまま骨の髄までむさぼりたくって、今まで待ったのだ。