墓標・4

 

 

覆いかぶさって、泣き顔も潤む狭間も隠せなくして、重なった中心はお互いの熱が伝わって、鼓動がそこに移ってしまったように脈打つ。

「ん、んー、……、っ、う、ぁ……」

 四十男のように、若い御曹司は気長だった。気持ちよさが混乱にかき回されている少年に辛抱強く付き合う。少年がおずおずと、快楽に負けて本能にそそのかされ、自分の背中に腕を回してくるまで。

「ザン、ざ……、す……」

 指の先まで真っ赤なのは羞恥でなく発情。未熟な、だからこそ盛んな自分の年齢に銀髪の少年は負けた。

「……」

 御曹司はその髪を撫でて。

「イヤじゃなくなったか?」

 尋ねる。こくりと、少年は頷いた。指でほぐされる場所からどう仕様もない火花が散る。腰骨の奥から下腹全体に広がってとぐろを巻く痺れは、勃ちあがった自分の蕊を抱き合った相手の硬い腹に擦り付けるだけでは開放されようのない刺激だった。

 どう、されれば開放されるのか、なんとなく分かっているけれど怖い。暗い激しい目をしたボンゴレの御曹司の、胸の中の闇に気持ちをそそられて、さそわれるまま近づいたのは少年の方からだったが、それでも。

「ん……」

 少年の下腹が収縮する。きゅ、っと御曹司の指が曲がりそうなほど締め付けられて、凛々しい口元が少しいやらしく綻ぶ。粘着質の音をたてて指が引き抜かれる。身体をうつ伏せにされて、少年は腰を高く、引き上げられて、ぎゅうっと目を閉じた。

 若い御曹司はうなじに片手を廻し、肉食獣が交尾の為に雌を押さえつける時にそっくりの姿勢をとる。それから然るべく、自分の、擦り付けあって既に興奮しきっている蛇の、頭を洞の入り口へと当てた。が。

「……、かてぇ」

 軽く、突いただけで、引いて。

「おい」

 ソファに押し付けていた頭を、髪を掴んで引き起こす。起こされた少年は怯えた。御曹司は怖い顔をしていた。役に立てなかったから、うまく出来なかったから殴られる。てっきりそう思って歯を食いしばった、ら。

「……、ん……、ッ」

 与えられたのは拳の痛みではなくて柔らかな唇。もう何度目のキスなのか分からないくらい繰り返し、くちづけられて後ろ髪を撫でられる。こんな風にされるとは思っていなかった。もっと、勝手なオトコだと思っていた。

「咥えろ」

 外れた唇で耳元に囁かれ素直に頷く、触れる御曹司もいい加減、興奮していて限界なのは少年にも分かっていた。寮の部屋で何度かさせられた真似だ。その時は、まぁ、それなりに、なんというか、納得して、やった。

 女が居ない寄宿舎に十三から十八までのガキが集団で閉じ込められているのだから、自然、そういう弊害は起こる。シニアの強いのがジュニアの可愛いのに目をつけて、恋人の代わりにするのもよくあることだった。ギラギラした才能を見せ付ける少年を引き寄せる度胸のある上級生はそれまでにおらず、自分以外を睥睨しながら暮らしているボンゴレの御曹司が他人に腕を伸ばしたこともなかった。だから。

契約というか従属の証明というか、猿がオス同士でも上下関係を示すためにマウンティングするように、立場の確認の為に必要なことだという意識と、学校には女が居ないという現実が合わさって、命令されて納得して従った。マフィアは上下社会、偉い男は無茶をしてもいい。

気まぐれで使われているだけだと思っていた。休暇になって本邸へ戻ればボンゴレの本邸には相応しい美女が応接用に飼われている筈で、それが御曹司の帰宅を歓迎しないとは思えなかった。マフィアというのはそういうものだ。なのに若い御曹司は少年を車に引きずりこみ、故郷へ帰さず自分の本邸へ連れて帰ろうとしている。

本格的に、モノにされようとしている。車に乗った時点で少年に拒否権はなかったのだ。そうしてそれはなんとなく分かっていた。マフィアの世界で圧倒的な力を持つボンゴレの、御曹司というのは王侯に近い。気に入ったと腕をとられることは名誉だ。その名誉も正直、魅力でないことはなかった。一匹狼が許されないのならばそのへんの有象無象ではなく、とびきり一番の男の首輪を受けたかった。ザンザスという名の御曹司にはその価値がある。ピカイチではなくて唯一。

「……、くちゅ……」

 後ろ髪を掴まれながら絨毯の敷かれた床に裸の足でぺたりと座り込み、シートに座る男の蛇を咥えて唇に吸い込み粘膜で絞り上げ、ときどき、歯をわざと押し当てて刺激する。御曹司が満足そうに息を吐く。

少年は相手のことを喜ばせたい気持ちになって無茶なくらい深く咥えてみる。身体の重心が不安定になって思わず手を伸ばし、ソファに拡げられた逞しい腿に手を触れてしまう。自分が触った途端、御曹司の内股の筋肉がぴくぴくするのが見えて少年はゾクッとした。欲情『されて』いる自覚に目眩がした。

「ん……、ッ」

 膨らんだ蛇が牙から吐き出す苦い毒を、飲みこまされる覚悟をしていたのに。

「ざ……、ッ」

 乱暴に口から引き抜かれ、先端は狭間に押し当てられる。挿れられる、犯される。そう思った。ぎゅっと手を握り締めて抵抗しないでいた覚悟はまた裏切られた。御曹司は自分もソファから床に転がって、仰向け乱暴に押さえ見込んだ少年の狭間、洞の入り口に、ほんの先端を押し当てただけで。

「あ……、っ、ちィ……、あ……」

 泣き声を、思わず漏らす少年の口元を満足そうに舐める。

「っ、ちぃ……、灼け、る……、あちぃ……」

 若い御曹司が吐き出した体液が、押し当てられた場所から敏感な狭間の粘膜を伝っていく。生々しい熱に衝撃を受けて泣き出しそうな少年に、くくっと、喉の奥で笑って。

「悪魔じゃねぇ証拠だ」

 御曹司は珍しい軽口。中世の魔女裁判の時代、悪魔と交わった女は魔女と認定されていた。悪魔の精液が冷たいことは数々の魔女が証言を残している。

「って……、っち、ぃ……、……、ゥ、ア……」

「力ぬけ」

「ん……、ッ」

 素肌に熱を撒かれたのは初めて。服を着たままの奉仕とは何もかも違っていた。自分も相手も裸の肌が重なって、体液でぬらされた場所をまた、弄られて少年は泣きそうになる。

「、……、る?」

「ん?」

「今、事故ったら、俺たち……」

 泣きそうになりながら、でも、ふっとおかしくなって、軽口を返してしまった。この車が今、事故でも起こしたら裸で絡みあっている自分たちはどうなるのだろうか、と。

「祈れ」

 簡潔に答えられて笑った。笑わされたら負けだと少年はまだ知らなかった。身体を明け渡す。何もかも、惚れた御曹司の好きなようにさせるつもりだった。でも、途中で、耐え切れなくて暴れかけた。

「動くな」

 悠揚と押さえつけられたが。

「ヤ、だ……、やぁ……、イヤ、だぁ……」

 少年の泣き声は、今度は。

「ザン……、なぁ、手……、離せ……、よ、ぉ……」

 さっきまでとは、意味が違っていて。

「イキ……、てぇ……」

 甘えたように素直に願っていた。

「オレの好きにさせろ」

「い、いぜ……。でも、な……、一回……、ろ、よ……」

 狭間に顔と指を埋められて、前後を同時に弄られて、とけきった少年はもう、自分を抱こうとする御曹司に対する態度にも警戒心を失って、開かされた膝の間に黒髪に指を絡めて哀願の仕草さえしてみせた。

「なぁ、ザンザス、なぁ、なあ、って、ぇ……」

 立てた膝で御曹司の頭を挟んで腰を揺らす、強請る仕草まで。

「……」

 若い御曹司は願いを無視して執拗な愛撫を繰り返す。根元を押さえられて昇華できないまま与えられ続ける刺激は苦しい。下腹を引きつらせ喉をさらして仰け反り、のたうちながら、少年は自分が蜘蛛の糸に、がんじがらめに捕らわれる幻想を視た。

 

 

 

 

 目を覚ましたとき、ひどく気持ちが良かった。目を閉じてしばらくじっと動かなかったくらい。

 それもその筈、シルクのボアシーツとミンクの毛皮で素肌を包まれて横たわっていた。ベルベットのような光沢の立毛加工されたシルクもミンクも極上、ふかふかですべすべで、思わず力を抜いて全身を委ねてしまう。起きようとか、逃げようとか、そんなことは夢にも思わなかった。

 思わなかったが、コートの襟から頭だけは出して周囲をそっと見回す。部屋は案外、狭かった。天井も高いとはいえない。その天井ちかくまで天蓋のあるバカでかいベッドに自分は横たわっている。まるで童話のお姫様のベッドだ。

 薄暗いので室内の細部は見えない。ただ気がついたのは窓もドアも、すぐに目につく場所にはないということ。隠し部屋かな、という気がした。ボンゴレの強大権力は安定しているが裏切りと下克上が満ちるマフィアの世界に平穏はありえない。そういうモノも、必要なのだろう。

 目を閉じてコートの中へ頭ごと戻る。なんだかひどく疲れていた。どうなったっけと思い出す。泣き喚く自分の声が、だんだん遠くなったのは覚えているが、ヤられたのか、どうだったかな、と。指でそっと狭間に触れてみた。きれいに拭われて乾いている。誰にかは考えたくなかった。痺れたような重さはあるが痛みはなく、弄られただけで終わったんじゃないかという気がした。

「……」

 多少情けなくないでもない。でもまぁ、家に帰された訳ではない。棲家の私室のベッドに連れ込まれた以上、来るべきものはやがて来るだろう。待っていればいい。

 そう思って目を閉じた。途中で誰かの、多分あのオカマなマッチョの、気配がした気もしたが、面倒だったから寝たふりを続けた。

 

 

 

 どれだけたったかは分からない。

 壁にしか見えなかった部分がカタンと開いて、シーツとコートの狭間で少年は目を覚ます。

「ハナシがなげぇんだよ、クソ面白くもねぇ」

 声は御曹司のものだ。不機嫌そうに何かを言っている。口数が少ないヤツだと思っていたが一人のときはぶつぶつと、けっこう独り言を喋る。、今日一日でずいぶんその声を聞き慣れたなぁと思いながら、コートの下から身体を起こす。薄暗い明かりの下で御曹司が外すネクタイは学校の制服のものではなく、養父との夕食のために着替えさせられたらしいスーツ。

「おきてたか」

「いま、起きた」

「起きとけ。ヤるぞ」

「うん……」

 宣言をごく当たり前のこととして受け取りながら、御曹司のストリップに見惚れる。座っている車内では上半身にばかり目についたが、全体的に均整のとれた骨格のいい身体つき。

「なぁ、ここって」

「オレの部屋だ」

「うん。そりゃ分かってっけど……。ボンゴレの本邸だよな?」

「オレの部屋があるんだからそうだろ」

「ご」

「ご?」

「挨拶とか、しなくっていーのか?」

「親父に?尻尾振って取り入ってみる気か?」

「まさか。そんな大それたこたぁ思ってねぇ」

 トップというものは側近に固められているものだ。下っ端や新入りに簡単には会わない。お目見え以上と以下では随分と身分が違う。ましてマフィアの頂点に立つボンゴレのボスが、たかが息子の『友人』に直接会うと思うほど、少年は世間知らずでも『業界』に疎くもない。ただ。

「九代目じゃなくって、執事とか秘書とかそーゆーのにさぁ、仁義きっとかなくってもいーのかよ。勝手に連れ込んで怒られねぇか?」

「オレを誰が怒るんだ?」

 鼻の頭に皺を寄せた御曹司は不愉快そうに言った。ボスの一人息子とはいえまだ部屋住み、秩序を破れば叱責されるのではないかと少年は危惧したのだが、要らぬ心配だったらしい。

「ジジィの耳にはルッスーリアが入れてる。身体検査はオレが済ませてる。素っ裸にしてケツの穴まで広げて確認済みだ」

「……、オマエな」

「違うか?」

「チガイねぇけどよ……」

 ミンクとシルクに埋もれてお姫様気分だった少年の意識が覚めていく。けれどまぁ、そっちがお互い、らしくはあって、不愉快ではなかった。

 膝を抱えて待つ。さっさと裸になった御曹司がベッドにやって来る。腕を伸ばされる。暖かさと重さを受けてシーツに身体を伸ばす。さすかに度胸が、もうついていて、煮るなり焼くなり好きにしろと心から思った。

「……やわらけぇ」

 御曹司が呟く。足首を掴まれ披かれながら。不機嫌なへの字に曲がっていた口元が綻ぶ。

「ヤレそうじゃねぇか」

そりゃそうだろうぜと少年は思った。こっちも十分すぎるほどその気。体中の関節から力を抜いて、全身緩めて、オトコを迎え入れるつもり。

 なぁ、と、右手の肘をつき状態を起こし、何を考えているか分かりにくい真っ黒な目に向かって左の指を伸ばしながら。

「痛く、すんなよぉ?」

「ジェル塗ってやる。力ぬいてろ」

「おー」

 何もかも任せて、エロイことは容赦なくされたがそれでもけっこう甘ったれながらの初体験、だった。