覚悟が、最初から違っていたのかもしれない。
剣帝と称された男は少年の才能を見込んで弟子にするつもりだった。
少年にとって剣帝は最初から獲物だった。
たべもの、だった。
噛み裂き噛み砕き、相手の技量ごと腹に収めて自分自身の一部にする、そんな規格外れの型破りなやりかたで少年は自身を成長させて来たのだ。左手のなかった剣帝が長年かけて磨きこんだ独特な技までも、自らの左手を棄てることで奪った。
そして学校にはもう戻らなかった。生家で新年を過ごすのもそれが最後になった。生家にとっては行方知れず状態、殆ど連絡をとることもなくなった。独立暗殺部隊に入るということはそういうことだと、生家も理解していた。
「キャピア、食わせろぉ」
「それしか言うことねぇのか」
代わりにボンゴレの本邸へは時々出入りする。もちろん裏から、ルッスーリアの手引きで。ボンゴレ御曹司が春休みで帰省中の部屋へふらりとやって来て数日を過ごす。こない間、何をしているのか少年は言わなかったし御曹司も聞かなかった。それは聞かなくても分かっていること。
「なに読んでんだぁ?うげぇ、ラテン語ぉー。俺それでぇキライだったぜぇ」
「好きで読んでるんじゃねぇ」
ヨーロッパの古代言語であるラテン語は上流階級の一種の『暗号』。裏社会の『お坊ちゃん』である御曹司には必須の教養だ。
「レポートか?いつ?ンなの置いて遊べよぉ。なぁ」
「揺らすな。いま大事なところだ。キャビア食って待ってろ」
「おー」
御曹司の部屋の冷蔵庫には最上級キャビア、ベルーガの瓶とクラッカーが常備されるようになった。家庭用の上品な三十グラム入りではなく、業務用113グラム入りの大瓶。庶民の一家が十日も暮らせる値段する。が、そんな世間の常識とは無関係な世界に二人は住んでいる。
左手の義手は指を曲げたりモノを掴んだりの簡単な動きならできる。キャビアの瓶を左手で持ち右手で蓋をあけスプーンで掬ってクラッカーに乗せてぱくぱく。乗せては食べながらクラッカーの箱と瓶を持ち少年は行儀悪く食べながら歩いて居間へ戻り、椅子に座ってまだ何かの手紙を読んでいる御曹司の足元にぺたりと座り込む。
「……」
うるさくしないからここに居させろという意思をこめて膝に当てられた頭を御曹司は撫でる。撫でながら、ボンゴレの家紋を梳き込んだ羊皮紙と見紛う厚みの上等な紙を机の上に置いた。指先で銀色の髪を弄りながら椅子に浅く、膝に寄り添いやすい姿勢で掛けなおし息を吐く。
「それ、なんだぁ?」
難しい文書だったらしいのを察して、御曹司の膝に頭だけでなく肘をうんしょと掛けながら少年が尋ねた。大型犬が、いつまでも子犬なつもりで大好きな主人に乗りあげる仕草に似ていた。
「花見のパーティーの招待客名簿だ。後でお前、ルッスに写真もらっけとけ」
「おぅ、わかった」
膝に上体を預けられクラッカーに乗せたキャビアをぱくつかれても御曹司は鮫の頭を追い払わない。優しさというより生態が珍しい。拾った犬に餌を食べさせて面白がる子供のように、自分以外の生き物への好奇心がある。
「ワイン、あるぞ」
酒を飲ませて酔ったところを見たくて、キャビネットを顎先で指し示してやるが。
「ここでは飲まねぇ。オマエが主人になるまではなぁ」
キャビアを食べ終わった鮫は長い睫の奥、切れ長の目尻を気持ち良さそうに細めながら言う。無邪気な表情を見せるくせに忠実な猟犬の血を思わせる台詞に御曹司は口元を緩めた。
「パーティーにお前も出す。ツラもだが、建物の場所よく覚えとけ。ノエルみてぇに、寝坊すんじゃねぇぞ」
「寝坊はしてねぇ。腰が立たなかっただけだぁ。共同責任だろぉ」
「ルッスと踊りすぎだ」
「それもあるなぁ。決行は?」
「次のパーティーだ。初夏の」
「夏かぁ。あの庭、キモチイイだろーなぁ」
恐れを知らず笑った少年の明るさが、嘘をついている御曹司には少し眩しかった。
夕食は相変わらず別々。ただし九代目が息子を『解放』する時間が少し早くなった。
「九代目がね、スクちゃんが帰るとき、お土産を持たせなさい、って」
息子が部屋に『友人』を連れ込んでいることを聞かされたボンゴレ九代目の反応はノエルの時とは違った。
「気になるみたいよ。まあ気になるでしょうねぇ」
「ふん」
「ご機嫌麗しいわ。スクちゃんを歓迎しているんじゃなくて、懐かせた若様が誇らしいみたい。褒められたでしょう?」
「忘れた」
養父の言葉が全て嘘にしか聞こえない御曹司は音を言葉として理解する努力をとぉに止めていた。意味の分からない外国の歌のように、響きでなんとなく感じているに過ぎない。
「じゃあ、お休みなさいませ」
上着を受け取ったスックーリアは屈みながら御曹司の耳元で。
「ボス」
小さな声で囁いて去った。オカマの格闘家が九代目のことをボスとは呼ばなくなってから久しい。口元をへの字に歪める嫌味な笑い顔で御曹司はその、あなたのことをそう思っていますという告白に応じた。
私室へ戻る。居間と寝室の奥、隠し部屋になっている本当の寝床に。しゅ、シュッと音がしていた。部屋の端に座り込んで少年が、義手に取り付ける剣を磨いているところ。細長い肢体は相変わらずだが、俯き気味の鼻筋から頬にかけての線は少し大人びたような気がする。十代の数ヶ月は長い。
「おぅ。早かったなぁ、ザン……」
顔を上げる目尻にそそられて御曹司は近づき、屈んだ。膝に剣をのせていた少年は立ち上がらなかった。武器を持ち込むことはルッスーリアにさえ許していないけれど、これに許可する気になったのは、抱いているからだ。
「いー、匂いするぜぇ、オマエの息」
唇を重ねた途端にそんな風に言われる。深くかみ合うまえに少し距離をとられて、まだ乾いたままの先端が触れ合う。
「ちょ、あ、ぶね、ぇ、って……」
抱きしめる。唇を重ねる。面白い。
愛しいとか好きとかよりも、そっちの方が気持ちにしっくりくる。見た目と体つきが好みで、手ごまにしても邪魔にはならないだろうと思った。好奇心で伸ばした指先を比較的素直に舐めたこの犬が、世間で吼えれば相当にイケている事実を思いながら押し倒すのはひどく気持ちがいい。
「ベッドで、しよーぜ。なぁ、背中、いてぇよぉ」
膝の剣を横に置いて足を伸ばし立ち上がりながら少年が言う。甘えるように腕を伸ばしてくる。床がイヤだという希望を御曹司は聞いて、腕を掴んで数歩を歩き、ベッドの上に放り投げた。
「いてぇ」
文句を言いながら少年は笑っている。子犬のように扱われるのが少年にも新鮮で、撫でられるセックスの味も気に入っている。さっさと自分からシャツを投げる御曹司の脱ぎっぷりの良さも脱いで出てくるヌードも。自分もさっさと服を脱ぐ。面倒だから、下着はもともと、身に着けていない。
「なぁ」
重なる相手の肩に右手を置いて、頭を抱え込まれながらキス。女を抱くときとは全く違う感じが少年にも楽しくて面白い。自分に適性があるのかなと、考えながら、肩口に顔を埋め縋りつく。体中が重なる。覆いかぶさ『られる』相手の暖かさと重さが気持ちがいい。
「ちょっと、さぁ……。してみてくれ、よぉ」
「なんだ」
「……ひどく」
少年が小さな、でもはっきりした声で乞う。御曹司はククッと笑って少年の喉を撫でた。
「泣くなよ?」
「わかんねぇよ」
「泣いたらやめた方がいいか?泣いてもやめねぇ方がいいか?」
「泣いてやめたらひでぇことになんないんじゃねぇかぁ?」
「力いれんじゃねぇぞ、俺がいてぇからな」
「んー……」
目を閉じ、自分の体の上を相手の指が、辿っていくのを感じる少年は既に息が荒い。可愛がって欲しくて膝が自然と開いていく。気持ちよさを覚えた若さには理性が利かなくて、もっと深くて後戻りできない場所まで、抱き合って目を閉じて落ちていきたがる。
「……あ」
狭間を、弄られた、と、思う間もなく。
「あ、あ、ぁ……」
押し当てられる、相手の、生々しい熱。
「う……、え、ッ、ちょ、おいッ」
「ちから抜いてろ」
「ムチャ……ッ」
「しろって、言いやがったのはてめぇだ」
少年は銀色の目を見開く。御曹司は暴れかける脚を片方は肩に担ぎ、もう片方に手を当て無茶なくらい開かせた。初々しい色の狭間はでも興奮して血を薄めた色が冴え、眺める御曹司の気をひどくそそる。
「……、ッあ……ッ」
口の中に唾が沸いて思わず、犯すより先に顔を埋めてしまう。銀色の恥毛に頬を擽られながら喉を鳴らしながら思い切りよく舐めしゃぶる。
「ひぅ、ヒ……、ん、ぅあ……」
しなやかな脚が暴れようとする。肩にかけた足首をきつく掴んで逆らうなと伝えた。威嚇をまともに受け止めてびくびく、怯える様子に可愛げがあって御曹司はいい気分になった。舌を伸ばして何もかも舐めてやる。最初は乾いていた粘膜が自分の唾液に誘われて少しずつ潤んでくる。体液に苦味が混じる頃には物欲しそうに腰が浮いてゆるくリズムをとっていた。
「ザ……、ン、ンッ」
その動きをわさと外して先端の膨らみに歯を押し当てる。白い内股が可哀想なほどひきつるのが見えた。気持ちよさそうにぷろんと膨らんでいた蕊がふにゃっと力をなくす。御曹司は喉の奥でまた笑う。他者を完全に支配する快感。
噛みゃしない、という意思をこめてまた優しく舌を絡め根元から絞ってさっき苛めた先端を舐めてやる。緊張していた白い身体が緩んでほっと溜め息をついた。
「ザ、ん、ザ……、なぁ……」
脚を押さえ込まれた少年が腹筋だけで上体を起こす。視線を向けると御曹司の黒髪に埋め尽くされた自分の股間が見えて赤面した。正視できずに目をそらす。でもその光景は一瞬で網膜に焼きついて、ちゅっと刺激されるたびに浮かび上がって少年をたまらない気持ちにさせた。
「く、ちで……、る、より……、キスしながらが、イイ……」
正直な気持ちを口にする。もちろん、気に入った相手の舌に吐くのは凄く気持ちがいいのだが、それよりも。
「ぜんぶ絞めて、ころしてくれ、ぇ」
気づかされた自分自身の嗜好を正直に口にする。
「……ぜんぶ?」
「ぜんぶ。セナカも、アシも……、クチも」
「……」
御曹司が笑う。
「してやったら、いうこときくか?」
「きく」
「なんでもだな?」
「……、ん……」
頷く少年の表情には怖れがあった。何を要求されるか怖い。けれど目の前の欲求がそれを上回る。でも怖い。そんな葛藤に寄せられた眉間を、狭間の蕊から外した唇で舐めてやる。蕊はすぐに掌で包み込んでやった。この御曹司はそれもひどく暖かくて熱くて、包み込まれて絞るように扱かれと、本当にたまらなくて。
「……、ア……」
透明な声が漏れる。欲望にひどく正直に涙を流した。腰と背中をのけ反らして悶える。御曹司の片腕が背中の下へ差し入れられる。脚が絡みあう。捉えられる。唇が重なる。
呼吸まで奪われ絡みつかれる錯覚の中で零す。二の腕も押さえ込まれて苦しい姿勢の中、懸命に伸ばして相手の黒髪に触れて愛情と感謝を伝えようとしたが、失墜の弛緩の心地よさに負けて指先はぱたりとシーツに落ちた。ボア加工されたシルクではなく、厚手の上等なエジプト綿のブロード。爪をたてても引っかからずに表面を滑っていく。
「……キモチよさそうじゃねぇか」
狭間はまだ包み込んだまま、背中を抱いていた腕を伸ばし、少年の指を捉えて爪を舐めながら御曹司が言った。機嫌は素晴らしくいい。
「ナン、か」
「ん?」
「ベツの、門がよぉ」
見えた。
「セックス、って、こんなか……?」
「オンナ、抱いたことは?」
「……、ある。けどなぁ、こうじゃあ」
こんな風ではなかった。抱いた自分の感覚だけではなく、自分に抱かれた女もこんな風にはヨがらなかった。全身から力が抜けていく。相手が舐めてくれる唇だけは辛うじてまだ動くが、もう、手足は全然、どこにあるかも自分では分からないくらい。
「相手はどんなだ。玄人か?」
「アネキのトモダチ。人妻、だけどなぁあんま旦那とうまくいってなくってよぉ。ガキの頃から可愛がってもらってたんだけどなぁ、旦那のことアネキに相談して泣いてたりしてっと、かわいそーで……、ッ、てぇ……ッ」
「密通には罰が必要だな」
「し、てねぇ、オマエとヤって、ら、……、あぁ、ひ、ンンッ」
「力抜け。オマエの中でそだてろ」
「い、って……、ムチャ……」
ぽろぽろ少年は泣き出す。まだろくに慣らしていない場所を熱い指で無理やりに拡げられ、そこにギチギチ、捻じ込まれている。
「ムリ……ッ」
「な、モンかよ。……、緩めろ。いてぇ」
「うう……、うぇ、え、ぇ……」
少年のナカのイイ場所にはまだ遠い。けれども御曹司は半ばまでを咥えさせ、浅く息を吐いた。泣き出した少年の目元を舐めてやる。涙の味はしょっぱい。
「い、って、えよぉ……、ナンで……。全然オレが、イ、タくねーよーに、オマエ、出来ンのに、なんで……、ぇ」
「ひどく、しろって言ったのはてめぇだ」
「ちょっと、って……、ぅあ……、ぁ」
「だから、ちょっとだ。馴染むのを待って、やってる、だろうが、オラ」
本気になればもっと酷くできるのだと、思い知らせるために腰を揺らす。悲鳴がまた上がる。今度は切実な声。ぼろぼろ涙が溢れる。甘美なものではなく、寛恕を乞うための。
「ゆっくり息しろ。……自分で呑んでみろ」
縋りつかれる。抱き返してやりながら囁く。人形のように従順に頷き、まだ細っこいカラダを震わせて懸命に緩め、一生懸命に、自分を飲み込もうとする背中を撫でながら。
「……イイ」
御曹司は少年を褒めてやった。じっさい、まだ潤みの足りない粘膜を軋ませながら、少しずつ包まれていく感触はヨかった。半勃ちの自分が固くなるたびに唇をわななかせ目をぎゅっと閉じる、見栄も体裁も忘れた正直さに舌なめずり。
「きもち、いいぜ。……、イイ」
褒めるたびに泣きながら腰を浮かす、相手をバカだと、御曹司は頭の隅で思う。自分と重なる。養父にだまされ愛情を受けてそれを信じていた頃の、馬鹿な自分を思い出すと残酷な気分になった。
「なぁ、おい、カスザメ。気持ちがいい、てめぇは」
自分に縋りつくバカを都合よく貪る。異物を押し込まれ分泌された腸液と自分の先走りとが粘膜の表面でなじみあうのがわかった。腰骨に手をかけ引き寄せる。のけぞりかぶりを激しく振ったが抗議も苦情も、少年は口にしなかった。
顔を覗きこむ。衝動に血の気が引いて青い頬をしている。そのくせムリして微笑んで唇を差し出す。健気だった。騙されていることも知らないで、なんて馬鹿な奴だ。
てめぇが今、咥え込んでるのは偽者の御曹司。格好だけウソで作り上げられたまがい物。ランプフィッシュの卵を染めて作ったキャビアみたいなものだ。
言ってやったらどんな顔をするだろう。そう考えながら抱きしめるカラダは気持ちがよかった。快楽を与えることも一瞬で壊すことも自分の意のまま。そう、思っていた。
ゆりかごの反逆、そして八年の眠り。リング争奪戦に敗れて、そして、それでも、そばから離れない馬鹿が一匹。
「ボンゴレの御曹司だから我慢したことったら、前だけ開いて舐めさせられた、何べんかだけだなぁ。その分はオトシマエつけてくれていいぜぇ。オレの前だけ開けて舐めてみるかぁ?」
人形のように整った顔が品のない台詞をポンポンと吐き出す銀色の鮫の、気持ちが微動もしていないのがザンザスには分かった。偽者だということを知られていたことに内心、動揺しきっている自分とは裏腹に。
「オマエのヌード拝んでからはおまえ自身にボタボレで、そっから先、オレのアタマん中はオマエとセックスすることばっかりだ。今も。オマエが大嫌いな無償の愛情じゃねぇぜぇオレのは。代わりにオマエの、カラダ寄越せよぉ」
真面目に言って、笑う銀色を、抱きしめてやることも出来ない。
「あいしてるぜぇ、ザンザス。カラダ目当てだけどなぁ。ナカの血とかは、どーでもいいんだぁ。あったかけりゃあ、それで」
愛おしい。抱きしめて噛み付いて牙をたてて、血と体液を混ぜ合わせてしまいたい。なのに、なぜ。
自分が一度も立たせてやれなかったボンゴレ本邸の正門。白黒の大理石を敷き詰めた床を踏む銀色の鮫が迎えに来た、男が自分ではないのか。