昼食

 

 

 

 陽が南天し昼食の時間になっても、ダイニングのソファで眠る美形は目を覚まさない。

「……、り。……、ヒバリ」

 警戒心も捨てて見える。自棄を起しているようにも。

「拗ねるなよ。ホントは起きてるだろ。葉っぱが落ちても目を覚ますくせに。昨夜のこと、まだ怒ってんのか?」

 館の主人が壁に向けられたソファを覗き込む。青白い目蓋のままぴくりとも相手は動かない。

「死んでんじゃねぇな?」

 頬に触れる。掌で包み込む。指先にかすかな息が当って主人は少し安心した。生きてはいるらしい。

「お前が悪いんだぞ。どれだけここに来なかった。何度も使いを出したのに追い返して。どうせ来なきゃならないんだから素直にマメに通ってこい。そしたら俺だって優しくしてやれる」

 言いながら主人は美形の眠るソファの背にかけていた、腕を思い切り、引いて。

「……ッ」

「さすがに起きたな」

 ソファをひっくり返す。驚いた顔で目を開けた美形の表情に虚偽は見えなかった。本当に眠っていたらしい。

「おはよう」

 その顔を見下ろす館の主人は優しい目をしている。眠っていた黒髪の賓客は整いすぎて柔らかさはないが、滅多に居ないレベルの美貌の持ち主。ただ本人には自覚がなくて自意識が薄く、時々、本当に稀にだが、驚くと可愛い顔になる。

「ゆっくり眠れた?お昼ゴハンだよ?何が食べたい?」

「学習能力がないのか君は」

「言ってみただけさ」

 館の主人は膝をつき賓客の顔を撫でる。十代のはじめの時期からお気に入りの美貌を。床に仰向けに投げ出されたままの姿勢で賓客はそれを受けた。目は閉じない。

 くちづけは長い。柔らかな粘膜を散々舌で犯されて、喉のおくまで狙われる。覆い被さられる客が苦しそうに眉を寄せてもまだ許されない。抵抗と言うより苦しさに足掻くと前髪の生え際に手を差し入れられ押さえられた。長い睫の目尻が潤む。ナニをされようとしているのかは分かっていた。促すようにもう一方の手で喉を撫でられる。

ごくり、と。

苦しさに耐え切れずに溢れるほど注がれる唾液を飲み込む。嚥下の動きを確認したオトコは組み敷くオンナにようやく呼吸を許した。浅く何度か喘がせて、また、すぐに。

「……、ッ」

 また塞がれる。寸前に視線が絡んだ。強いる主人の静かな目の奥には愛情がある。けれど苦しさを嫌って無意識に避けられる顔の、顎を捕らえて唇を割り開く指先に優しさはなかった。

「あけろ」

 短く告げられた言葉は命令形。

「……」

 蹂躙を受ける獲物には拒否権がない。言われるまま唇を薄く開く。重ねられながらおろした指先で膝にも触れられた。脚もひらけと催促されている。

「……」

 長い睫の揺れ方は碇と言うよりも哀しみ。でも大人しく意を迎え長い脚を折り、膝を開いて狭間にオトコがカラダを割り込むことを受け入れた。

「まだ、帰さない」

 解放されてもだるくなった唇はすぐには反応できず、混ざってどちらのものか分からなくなった唾液が端から伝い落ちる。緩慢に持ち上げた手の甲でそれを拭いながら。

「お好きなように。君の所有物だ」

「いつもそういう癖に反抗的なんだよオマエ。呼んだ時、なんで帰ってこなかった」

「別の用事があったからだ。地球のほぼ反対側でね。なぁ、澤田綱吉。僕はいつも、不自由に思うんだが」

「なにを」

「一つの身体を二人で使うから非効率だ。そう思わないか」

「オマエの認識が甘い」

「別のカラダへの憑依を許してくれるなら、これはここに置いていく。それで妥協しないか」

「それ以上へんなこと言うと霧のリングも取り上げる。契約は中身もコミだ。カラダだけなんてオレは一言も言ってない」

「ボクはそう思っていた」

「オマエの勘違いだ」

「君の説明義務違反だよ」

「どっちにしろ、もう契約は成ってる。あきらめろ」

「……」

 決め付けられて美形は納得していない表情。けれどすぐそんな場合ではなくなる。自分の膝の間で男が無造作に、Tシャツを首から抜いて脱ぎ捨てたから。

「……みどり」

「ん?」

「たなびく、ナミモミリの……」

「どうした、いきなり」

「なんでもない」

「そうか」

 オトコの指先に陽が燃えて、オレンジの焔は擦りあわされて真紅に変貌した。組み敷かれた美形が目を反らすのを今度はオトコは止めず、好きなようにさせた。

「衛星携帯」

 焔を纏った指先が組み敷いた相手のシャツをたくし上げ、直の素肌ごし腰骨を掴む。

「……、ッ、ひ……ッ」

 指先は肌に食い込む。焔は、その下にまで潜る。

「持ってる、だろ。地球の反対側からでもかけれるやつ」

「ぁ……、ツ……」

「なんで掛けてこない。簡単だろう、時間もかからない」

「……、う、ぁ……」

「たかがその手間惜しむからいま、こういう酷い目にあう」

「……、ん……ッ」

「案外バカだ。……アナタは」

 オトコの下でのたうつ身動きは、苦しむというより身悶え。

「おいで」

 オトコが伸ばした両腕に促されたオンナは、オトコの背中に縋りつく。喉の奥で笑いながらオトコはカラダを摺り寄せるオンナを抱きしめ、力で愛撫してやった。

「キモチイイか?」

 オトコが尋ねる。オンナは頷く。微熱を帯びた全身に汗が薄く浮いて、自分の喉からネクタイをむしり取った。シャツも自分で剥がすように脱ぐ。

「なぁ、地球の反対からテレホンセックスしろたぁ言わねぇよ。いま帰れないって、後で電話するって、それだけでいいのに、なんで丸無視なんだ?」

「……、サワ、ダ」

「アナタに振り向かれないと、凄く惨めな気持ちになるんだ、オレ」

「サワ……、っ、ヒ……ッ」

「なんで、だと思う?」

「あ……、ァ……」

「オレは、オレがアナタを好きだからだ、と、おも……、うん……、ん……、はぁ」

「あ……、ッ、ぁ、あ」

「……、だ……、……よ」

 

 昼食の時間は結局二時を過ぎた。