エンドレス・ラブ 4
大総統府からの迎えの車は、午前中のうちにやって来た。早い時刻に驚きつつ、化粧に時間をとる必要のない若い娘は着替え、口紅だけ引いてマンションのエントランスへ出て来る。中庭の反対側、車寄せにどんと、この高級住宅地でさえ滅多に見ないクラスの高級車が彼女を待っていた。
「お待たせして、ごめんなさい」
後部座席のドアを開けてくれた運転手に挨拶をして乗り込む様子は感じがいい。明るくはきはきとして、明朗活発な女子大生。少なくとも昨夜、夜の街で男たちの大立ち周りの原因になったという、そんな陰りの気配はない。
身軽に身体をシートに滑り込ませた彼女はその直後、一瞬、ほんの少しだけびくっとした。広い車内に、別の人間が居たから。車寄せからは深く、雨や日差しを避けるための庇が出ていて車内は暗い。けれども向き直る動きにつられて金髪は、獅子のたてがみに似た輝きを見せる。
「……、よぉ」
運転手が乗り込み、車が動き出す。明るい道路へ出た途端、金目の表面に映った自分が見えて、彼女は微笑んだ。
「昨夜」
「ん?」
「ロイのお部屋に、居たのはあなた?」
「さーな」
否定しないことが肯定になっている。ますます明るく、彼女は蜂蜜色の瞳を和ませて。
「よかった」
オレンジがかったピンクの唇は新鮮な果実のよう。
「わたし昨夜、一晩中悲しかったのよ。ロイがお部屋に入れてくれなかったから。てっきり女の人をベッドに呼んでいるんだと思って、どうしてわたしじゃダメなのかしらって、ずっと悲しかったの」
「へぇ」
「あなただったら仕方ないわ。わたしじゃ代わりは出来ないもの。あーぁ、泣いてソンしちゃった。……ドコいくの?」
「警察」
金髪の将軍の言葉どおり、大総統の紋章をつけた公用車は大通りに出て、官公庁外へ向かう。
「その前にごはん食べたいわ。おなかすいてるの」
「メシ、いつもどうしてるんだ?」
「いろいろ。自分でも作るし、学校に行けば食堂があるし、街を歩いていればごちそうしてくれる人が沢山居るし」
「挙句にケーサツ沙汰になってりゃ世話ないぜ。ロイを呼び出したいんなら、もちっとうまく立ち回れ」
「他に思いつかなかったの。ごめんなさい、せっかくお休みなのに、付き添ってくれて」
「別に。お前がまた騒ぎ起こして、ロイが駆けつけるはめにならないよーに、見張ってるだけだ」
「嘘つき。わたしが可愛くて心配でたまらないんでしょ?……えどおにーちゃん?」
わざと舌足らずの発音で彼女にそう呼ばれ、金髪の将軍は苦笑。生身の左手を伸ばし柔らかな前髪に触れて、撫でる。撫でられて嬉しそうに彼女は首を傾げて笑い返した。
「警察、中までついて来てね。早く終わりたいから」
「断るわけにもいかねーな。お前のとーさんとかーさんには一宿一飯の恩がある」
「義理堅いのね、おにーちゃん。ついでに今夜は、あたしがロイのお部屋に泊まっていい?」
「ダメだ」
「おにーちゃんも一緒でいいよ、あたしは」
「ジョーダンぬかせ。ごめんだよ」
「どうして。あたしがパパに似てるから?」
「ホントにそっくりだよお前」
「うん、そうでしょ。全部、ロイのせいよ」
はきはき、彼女は答えていく。
「パパはセクシーないい男だった、って、私が言うと、ママは否定するの」
「なんでだ。お前の親父、そういう感じだったぜ」
憲兵隊の中佐。アタマが切れて性質の鋭い、相当のやり手だった。快活で見目もよく、そんなところはこの娘とも似ている。
「私が覚えているはずはないってママは言うの。私の記憶はロイが刷り込んだんだ、って。私の事を、ロイは本当に可愛がってくれたわ。ロイのお膝の上でパパの話を、聞くのが好きだった。……ママは、話してくれなくなったから」
ミセス・ヒューズは数年後に再婚し、ふたたび姓を変えた。娘は母親の再婚相手との養子縁組を嫌がり、名前をエリシア・ヒューズのままで変えなかった。
「でもね、私は、それは違うって思うの。私はちゃんとパパのことを自分で覚えてるわ。……覚えてるから」
明るい街角を高級車は静かに走り、警察署の敷地へ入っていく。大総統府の紋章に向かって門番が敬礼した。
「ロイの身体に、パパの形見が、あるでしょ」
「……」
「それが埋められるのを、私は見てたの。ロイが泣いて、何度もやめてって言ってた。……ママが私の弟か妹を流産して、入院してた時よ」
「とんでもねぇ話だな、おい」
「ロイは私が見てたこと知らないわ。だからこれは、私自身の記憶よ。その後で私、パパに聞いたの。どうしてロイを苛めていたの、って」
「……ナンて答えた?」
「スキで一緒に居たいから、って」
「は。……、ロクデモネー……」
「どうしてパパ、ママと結婚したのかしら」
金髪の将軍に向き直り、十八歳の娘は疑問をぶつける。自分が知らない新だ父親のことを尋ねたくて。
「出世のため、それは分かってるわ。ママの家系の、閨閥が欲しかったのよね。それは分かってるけど、じゃあなんで死んだの?」
そこが分からない、と、真摯な瞳で真実を知りたがる。
「ロイより出世を、ママを選んで結婚して、なのにどうしてロイのために死んだの。ママはパパのことそれで恨んで、今では憎んでるわ。その繋がりで私のことも、本当はもう嫌いなのよ」
「ンなこたねぇだろ、それとこれは、別だ」
「ロイより出世で命よりロイだった、矛盾が分からないの」
「着いたぜ、ほら」
来るのが警察署の正面に止められ、運転手を待たずに金髪の将軍は降り、娘のためにドアを開けてやる。付き添いで警察の受付前に立つと、署内にざわめきが走る。金獅子の異名をとるもと鋼の国家錬金術師の有名はセントラルにも轟いていたから。
昨夜は大総統閣下、そうして今日は東方司令官に付き添われ事情聴取を受けた彼女は、ほんの二十分で、署長室で待っていた将軍の元へ戻って来る。
「ごはん食べさせて。ねぇ、行きたいお店があるの」
「女子大生の群れ、掻き分けて座るよーなのはゴメンだぜ。こじゃれたナントカカントカじゃねーだろーな?」
「社会勉強と思って我慢してよ」
「ナントカカントカか……」
無骨な軍人は署内を去る時点でうんざりしていたが、娘について大人しく歩いた。