エンドレス・ラブ  9

 

 

 

 翌朝、目覚めた時、部屋はもう明るくて。

「気分は?」

 ベッドから少し離れた椅子で、ヒューズが新聞を捲る。その音で、俺は目が覚めた。ヒューズは服装を整えて、今にも部屋から出て行きそうに見える。俺は下着姿に、毛布を纏っただけ。そういえば昨夜、皺になるから脱がすぞと声をかけられた覚えがある。

「……世話を、かけた」

「全くだ」

 俺の謝罪に苦笑して男が立ち上がる。眼鏡を外しテーブルの上に置いて、屈みこまれながらキス。俺は肩から毛布を落としてシーツに横になった。抱けよ、という意思表示。

 まだ帰したくなかった。

「服が皺になる」

 しがみつきながら引き寄せると、そんな苦情を呟かれて。

「脱げよ」

「時間がない」

「延長すればいい」

「昼からグレイシアを病院に連れて行かなきゃならない」

「昼にはまだ時間があるだろう」

 ちらりと見た時計は午前九時。

「セックスする、時間くらいあるだろう」

「明るいと気分がな……」

「贅沢を言うな」

「お前も大概、勝手だぞ、ロイ」

 分かってる。

 自分が昨日、別れ話の勢いのために酔って、そのせいで抱き合えなかった。夜通し優しくしてくれるつもりだったお前を裏切っておいて、こんな真似が自分勝手なのは分かってる。

でも。

「ヒューズ」

 ベッドの上で起き上がり、男に斜めに乗り上げてシャツのボタンを外していく。

「貴様が、悪い」

「俺の、どこが」

「……いい男過ぎるところ」

 言うとヒューズは笑った。でも俺は本気で、正直な言葉だった。朝日の中、新聞を眺める男は魅力的だった。社会面の記事を読んでいく横顔はいつもの、切れ者らしい鋭さを誤魔化すための笑みを浮かべておらず、凛々しくて、男の色気を、セクシーさを感じさせた。

「ヒュー……、ん……」

 シャツを脱がせてベルトに手をかけると、同時に下着に指を掛けられる。指先の固さにゾクっと、それだけで欲情した。

「……、あ、ぁ……」

 愛して、いる。本当に心から。

「ん……、っふ、……ッ」

 裸になった体を重ねあう。途端に皮膚が、じわっと潤む錯覚。両手を男の背にまわして、腰を浮かして、ぎゅっと抱き締めた。……離さない。

 うわ言のように告げると男は、真面目な様子で髪を撫でてくれる。昨夜は別れ話を自分からしたくせに、とか、そんな意地悪は言われなかった、男は分かっている。自分のオンナが、自分を好きだからこそ苦しんでいること。

「んふ……、ん……」

 キスを繰り返しながら、重なった互いの体の間で互いの手が蠢く。相手を裂きに興奮させようという勝負は俺に分が悪かった。寝起きの身体が妙に昂ぶって。

「……は……ッ」

 馴れた男に、撫でられるだけであっけなく喘ぐ。

「ん……、ん、ぅ……、ァ……」

「朝のお前、あったかぃなぁ、ロイ」

「ん……、う、ん……」

 喘ぎ声をわざと殺さずに漏らしていく。演技ではないが媚の要素はある。それほど露骨な作為でないとしても、オトコを誘い込むための技巧。抱いているオンナの熱気に煽られないオトコは居ないのだから。

 頬を擦り合わせる。身支度を済ませたらしい相手の、シェービング・クリームの匂いが懐かしい。身じまいのいい男だ。ふと自分のことが気になったが、薄い体質だからまぁ、気にしないことにした。

 巣穴の中で動物の仔がじゃれあうように、無心に肌を触れ合わせる。腕も脚も絡めあって、全身の感触で貪る。合間には狭間を愛撫されて喉を利毛空せた。開いた唇の先端が男の耳たぶに触れる。

 ぺろりと、それを舐めながら。

 噛み裂いて、痕を残してやろうかと、誘惑が心を掠めた。

 でもそれも、前の蜜で濡れた指が、奥に忍んで来るなり。

「……、ンーッ」

 ぎゅっと、相手に抱きつくことしか出来なくなる。

「ひゅ……、ッタ、……、ゆ……、っく……」

 狭い入り口に無造作に突き込まれ強引に掻掻き分けられると、たかが指一本でも涙が滲むほど苦しい。痛いというより、異物感と、ヤワな場所を好き放題に弄られているという衝撃が気持ちまで揺らしていく。

「いやだ……、らんぼう、する、な……、久しぶ……」

 涙声での哀訴に。

「本当に久しぶりか?どれくらいのご無沙汰だ?」

 男の返答は、語尾は掠れているものの、キツイ。

「お前は、知って……」

「途中で部下に舐めさせてないか?」

「して、な……、ひ……ッ」

 粘膜の奥に隠れた、欲望の場所を指先で抉られる。跳ねる体を胸でシーツに押し戻され、震えることしか出来ない。絶対的な支配を『受ける』、被虐の快楽は……、深い。

「ん、……、っふ……」

 苛められて、抵抗できなくて、むせび泣くだけなんて時間は他にはない。

「つめ、イタ……、ッ」

 前と繋がった前立腺の、場所を容赦なく抉られる。普段は意識しない場所の神経がオトコの指の感触を、おそろしくリアルに拾い上げる。固い指の腹の、指紋のザラつきまで感知しそうだった。膨れてきたそれをぐりぐり、潰すようにされて、短く切ってあるものの硬質な爪がかすめ、本当に。

「腰揺らしながら言っても説得力がないぜ」

 オトコの指に嬲られるまま、浮いてゆれ出す体を止められない。誘ってているようにしか見えないだろう。実際、全身で喘いでいた。

「ヒュー、ず……」

 しがみ付いて必死に強請ったけれど。

「昨夜、俺を何時間、待ちぼうけさせた?」

 強壮な男の、返答は本当に厳しい。それがなんだか愛情、独占欲、嫉妬、そんなものの証という気がして、怖い裏側で少しだけ、嬉しい俺も、おかしい。

「パーティー会場で、お前が不愉快そうなのには気付いてた。お気に入りの部下連れて俺を置いて、どっかにシケこんでんじゃないかって、何時間悶々とさせたよ?」

「……ごめ……」

「お前も毎回、泣いててるけどな」

「ヒュ……、ごめ……、」

「お前が別れるって言い出すたびに、俺だってびくびくしてんだぜ」

「……、ごめ……」

 泣き出す。本当に後悔した。こんなに愛しいオトコを苦しめてしまったこと。

「しない……、もぉ……」

「前も言ったぞ、同じこと」

「コンドは、ほん……、んー……ッ」

 苦しい呼吸を更に奪われる。ごめん、ごめん、もうしない。

「……は……ッ」

 誓いを繰り返す。男の肌も、熱が高まってきて。

「う……、ン……ッ」

 馴れた相手にぐすぐずに溶かされた場所は、濡れた女の子みたいなはしたなさで、オトコの蛇を含んでく。

「……、ん」

 痛いフリをした方が、疑いを晴らすにはイイだろうか。でも出来ない。キモチがヨさすぎて、粘膜が勝手に蛇を迎え入れて包む。男の方に縋りついて、自分から腰を前後に、左右に蠢かせ、カタくてアツい、俺のオトコを呑む。

「……、ロイ」

 耳とに囁かれる、かすれた声の甘さ。

「俺が平気だと、思うか……?」

 だってお前には奥方が居るじゃないか。今は妊娠中で、つわりが激しくて出来ないかもしれないけれど、あんなに若くて美人でスタイルのいい、世の男どもが羨む極上を侍らせて好きなときに抱ける。

「あ、ぁン、……、ひンッ」

「こんなカラダの、お前をな」

「ん、ン、ふぅ……、あぁ、ふ……ッ」

「遠くに、一人で、居させて、俺が」

 突き上げられる。ガツンガツン、容赦なく。抱えられた膝が痛い。肩に担がれてしまうと股間が上向いて、捏ねられる動きにあわせることも出来ず無抵抗。

「へいきとおもってる、か……?」

 頷いた。怒らせることは分かってた。怒りのままに俺にぶつけてくる。オトコの情熱を浴びたかった。