「俺です。ただ今、戻りました。開けます」
ノックもせずドアを開ける。ベッドの上の丸くなった人へまっすぐに近づく。
「牢の奴らに面会してきました。未成年者は、保護施設にもう移ってました」
ベッドの中で二枚目は掛け布団を目の下まで引き上げて顔を隠している。頭まですっぽり包まる癖は昔から。
「おかげで広くなって、体伸ばして眠れるよーになってましたよ。水と着替えとタオル差し入れて、体拭かせてメシ食わせてきました。あんたのことは誰も聞かなかったけど、心配してました」
「……そうか」
「江戸城の近藤前局長にも、お会いして来ました」
ぱっ、と、布団の下で丸くなっていた二枚目が起き上がる。
「会えたのか?どうだった?」
「なにその豹変。答えたくなくなってきました」
「ふざけんなッ」
二枚目が腕を伸ばす。山崎は避けない。着ているシャツは出て行ったときとは違う。借り物の似合わない縦縞ではなく、夏らしい薄い空色の無地。外出で買って来た服だ。
「だって土方さんが、仲間よりもう関係なくなった近藤前局長に親身なんだもん」
「だもんじゃねぇ、答えろッ」
「俺らを一番、最優先してくれなきゃイヤです」
「寝てんのかてめぇは。喋れッ」
「あなたが近藤さんより俺たちを大事だって、言ってくれるまでは命令を拒否します」
「てめ……ッ」
五体満足な時ならとっくに、鉄拳と回し蹴りの制裁が出ていただろう。残念ながら体はまだ関節が軋み、拳にものを言わせたら殴った指が血まみれになるだけ。
「……、あのな……」
落ち着けと、二枚目は自分に言い聞かせる。山崎が柔和なのは外見だけ、中身は沖田より時として頑固だ。言い出した事は滅多に引っ込めない。だから、ここは、暴力でなく理屈で納得させるしかない。
「お前らの方を愛してる。そんなのはもう、一年も前に分かってることだろ」
近藤勲を江戸城詰めとして『上げて』、真撰組の局長職と実権を、手にすることを了承したときに。
「ただ気になるんだ。江戸城で軟禁されてんだろ?」
「俺とあんただって昨日の今頃まで、クソ暑い狭い牢屋の中だったじゃないですか。軟禁ったって、城の出仕の間に朝から晩まで座ってるだけで、俺らに比べたら全然マシですよ」
「畳の上か。そうか」
山崎がこぼした情報に二枚目はほっとした表情。それが、この二枚目に心酔のもと監察の腕利きには気に入らない。
「……あんたね」
山崎の声が掠れる。
「もっと別に、聞くことあるんじゃないの。牢の様子とか、病人は居ないか、とか」
「居たらお前が報告してくれるだろ」
「ヤっちまいますよ?」
「止めろ。アイツは鼻が利く。気づく」
「いまさら旦那を怖くはないです。どうせもう、先は長くない。好きにする、って心に決めてんのは、あんただけじゃないよ」
「俺とお前が重ねて四つにされるだけじゃ済まねぇだろうが。口頭でも契約は契約だ。あいつらの明日のメシも、俺のカラダが担保になってンだろ」
その二枚目の物言いは。
「……そう、でした」
興奮しかけていた山崎の、頭に上りかけた血をすーっと、正常値まで下げた。
「近藤さんは」
「いまさらお前らを捨てて、近藤さんのそばに行こうとかいう気は、ねぇ」
「お元気そうでした。少し痩せておられましたけど」
「ただ気になるんだ。女とも切れて、あの人は一人だ。俺にはお前やら連中やらが、居るのに」
「同朋衆に賄賂渡して、用場(手洗い)の前でお会いできたんですが、あなたと俺の無事を喜んで下さいました。お身体に気をつけて、無茶をするなって伝言です」
「お前は信じないかもしれねぇが、あの人は本当は、いつもいつも、独りで」
「ご自身も、出来れば『反乱軍』に加わって暴れたいご様子でしたが、役付きは将軍様の膝下に引きつけられて、身動きとれませんからね」
「寂しい、人なんだ」
「だから自分がついててあげなきゃ、ですか?バカな女の定番ですね。なんであんた、近藤さんのことが絡むと、こうも馬鹿馬鹿しくトンマですかね」
山崎が遠慮なく罵る。罵りながら紙袋から、ごそごそ、買って来たものを取り出す。
「どうぞ。下着と煙草です。メシは今からすぐ作ります。一服したら風呂に入られませんか。新しい浴衣出しておきます」
「ん」
差し出される煙草を咥え、火を点けてもらう。
「新八君、来たでしょう」
「ああ。まだ居るのか?」
「もう家に帰しました。明日も来てもらう予定です。俺は外に出て回りますから、俺の代わりにこき使ってください。ここに出入りさせること、旦那の許可は頂いています」
「なんか、悪ぃな」
「別に構わないでしょう、志村はまだ近藤さん付きの隊士です。警視庁から手当てはまだ出ている筈です」
「だから悪ィんじゃねぇか・あいつ、江戸城に入れて近藤さんの世話係、とかはさせられねぇか」
「あんた俺とまた喧嘩したいんですか?それに城内にお供なんて、城代家老でも老中でも許されてませんよ。ご存知ない訳じゃないでしょう」
「金は、持ってんのか、あの人」
「志村君と同じで給与はまだ支給されてます。布位以上は五割召し上げ中ですが、お独りで城内に詰めておられる分には十分でしょう」
「そうか」
「あなたのその、ほっとした顔が憎い」
「許せ」
「風呂の用意、してきます」
「おう」
外は夕日が落ちようとしている。人生のうちの一日の、昼が終わって、夜になろうとする頃。