下克上・7

 

 

 

 当直の幹部たちの控え室。

「俺は」

 男ばかりが三人も四人も集まれば、話はついつい、そっちの方へ流れる。

「山崎さんとの時の方が好きだ」

 当直の当番隊が一隊、予備隊が二隊。それに通信や探索の専門職。当直隊の隊長以外は深夜に仮眠をとるが、まだ夕食後で、そんな時刻ではない。

「副、じゃない、土方さん、山崎さんとの時の方が安心してるってゆーか、リラックスしてるってゆーか。沖田さんだと緊張してて、可哀想くね?」

「緊張してっかどーかは分かんねーけど、ぎこちなくって、ナンか背徳感ってーか、あるよな」

「俺はそこがイイ」

「ナンだよ、いじめっ子かぁ?」

「沖田さん案外、寝間では苛めっ子じゃねぇのな」

「それオレも意外だった。んで、優しくされて戸惑ってる代行がさぁ、こー、コねぇ?」

「クルけど、やっぱ、山崎さんとの方が、とろとろでふんわりしてて、ゼッタイいーきもちなんだと思うぜ?」

「ありがとう」

 からり。

 襖を開けて入ってきたのは、まさに今、話題にしていた人物。

「や、山崎さん……ッ」

「お、お疲れ様っス」

「そう緊張しなくていい。別に怒ってない。差し入れだ、食べてくれ」

 監察の責任者、常に人当たりのいい山崎の手にあったのは風呂敷包み。中身はぼたもち。重箱二段詰めの、一段目は粒餡、二段目は餡入りの黄な粉。大きさは大人の握りこぶしほど。

「わー、美味そうっス。何所のですか」

「や、山崎さん、茶が入りました、どうぞ」

「ありがとう。じゃあ、頂いていこうかな」

「おとりします。黄な粉と小豆、どっちがいいですか?」

「いや、それはいい。味見ではら一杯だ」

「……へ?」

「なんですか、これ、山崎さんが……?」

「うん」

「うめぇ。すっげぇ、上手っすねぇ」

「ありがとう。小豆炊くのに、半日かかったよ」

「いやマジ、これ美味いっスよ」

 肉体労働の男たちには甘い菓子も人気がある。大きなぼたもちの餡は小豆の粒がピンとたち、甘さもすっきりで、安い甘味料で誤魔化していない本式の透き通る味がした。

「土方さんが、食べたいって仰ったんですか?」

「そうだよ」

 真撰組発足当時からの幹部、山崎は、既に指折りの古株。でも年下の部下にも柔らかく丁寧な口をきくので若い連中には人気がある。

「もち米のぼたもちじゃないと食べないからね、あの人は」

「いいなぁ。オレもナンか、土方さんに作って食べて欲しいなぁ」

「お前が作ったんじゃ代行が腹壊すのがオチだぜ。山崎さん、ナンか、買ってこれるモンで代行の好物ってありませんか」

「金で買えるものはみんな、沖田さんが買い占めているからな」

 なかなか難しいぞと、山崎はお茶を飲みながら少し笑う。

「消耗品でよければ、煙草が一番だ。確実に吸ってくれる。ただし、封は切るな」

「フィルター舐めて渡しゃしませんよ」

 そんなことを話ながら、場の雰囲気が解けかけたところで。

「俺は、俺の時より沖田さんとの時の方が、敏感なのは真剣なんだと思っていた」

 しらっとした顔のまま、山崎が言った一言にその場が固まる。

「初々しいだろう、沖田さんとの方が。いい気持ちになって腰が浮いても、その後でどうしようって戸惑って困って、そっと戻そうとしたりして。……俺とは適当に愉しまれて、体だけで流されてる気がしていたんだ。でもそうだな、安心して、リラックスしてくれているんだと思えばそれも、悪いことじゃないな」

 ごちそうさま、と、地味だが腕利きの古参幹部は湯飲みを返す。

「自室に居る。何かあったら、すぐに起こしてくれ」

 オンもオフもなく、職務に精励する監察の責任者はそう言って詰め所を出た。へい、と、全員が揃って頭を下げる。皆の背中に、冷や汗が滲んでいた。

 

 

 

 

 痕がたくさんある。

 抱かないと分からないところに。

「……、ッ、、ぁ」

 背中から押さえつけた肩が捩れて逃れようと足掻く。ダブルのロングサイズ、広い布団に敷かれた肌触りのいいシーツの上で、黒髪に鼻先を押し付けながら真撰組の王子様は薄く笑う。抵抗とか逃げようとしているとかではない動きだった。

これは、身悶え。

「……、ふ……、ッ、てぇ……ッ」

 声をもう抑えきれないと思ったのか、噛み締めて息さえ漏らすまいと必死に耐えていた唇から言葉が漏れる。せめて嬌声は避けようとしたようだが無駄な努力。だって語尾が震えて不安定で、甘く掠れている。

「コレ、さぁ……、とらねぇの?」

 上気してはだが色づくと古傷が浮かび上がる。刀傷も幾つかある。そうじゃないのも。しっとりした皮膚の表面だけを引っ掻いて、書き残されている、名前は女名前。脇の下や二の腕の裏側、内腿の、柔らかい皮膚に、幾つも。

 ある意味で行儀が良かったから、玄人ばかりの筈なのに、源氏名ではなく本名らしい名前ばかりなのが、この人らしいとところ。マバボレされて、女の気持ちを裸にしてしまう。名前もそうなのだろう。

「女の名前は知ってたけど、ココにコンなの、入ってんのは知らなかったな。イレたの誰。万事屋の旦那じゃないよね。……近藤さん?」

「……、っあ……ッ」

「あんたやっぱり、近藤さん一番好きだったの?妬ける……」

 若者の台詞も最後は息混じり。潤滑用のゼリーを塗った指先を嬲っていた場所から引き抜く。ほっとして組み敷かれた二枚目は息をつくが、それが終わりではなく始まりということは分かっていた。

 ぎゅうっと、それでも、裸の若者は同じく、全裸に剥いた二枚目の背中に唇を押し当て、腕をまわして抱きしめながら。

「……かわいそうに」

 けっこう真面目に、本心から、囁く。

「こんなことされてちゃあ、ヤられりゃ負けるしかないよな。クリトリスにピアス嵌められた女の子みたいなモン?それよりきちぃ?……かわいそーに、ねぇ……」

「……、ッあ……ッ」

 指で熱心に慣らされた場所に若者が、繋がるための楔を含ませる。白い背中が悶えて捩れるのを眺めながら、目を細める若者にも余裕はない。絡み付いてくる粘膜。楔の先端、敏感な部分が絞られるような抵抗にあう。シーツに埋もれた黒髪のオンナの、後ろ髪を無意識に噛みながら、凄絶な快感に耐えた。イかされそうな圧迫に抵抗して腰を進める。

「ぅあ……、ぁ、あぅ……ッ」

 犯されるオンナは完全に泣きが入っていた。噛まれた後ろ髪を振りほどくように、首を振りながら悶える。若者は伸び上がり顎でその動きを押さえつける。びくつく動きを全身で堪能する。下腹から喉まで火花を散らしながらビリビリ痺れる快感が駆け上がって、到底それはセックスなんていう、お手軽な代物ではなかった。

「ん……、っ、ん」

「はぁ……、ハ……ッ」

 呼吸が、二人とも荒い。根元までようやく納めて、若者が目を閉じて喘ぐ。それでもオトコの健気さを振り絞って、肩を揺らしながら悶えるオンナの、黒髪のすきまに見える耳元に、倒れるように、唇を寄せながら。

「きもち、いい……」

 感嘆を伝える。頭がクラクラする本心を。若者の熱に芯を刺し貫かれて、更に耳元から息を吹き込まれて、たえきれず短い啼き声を上げた。

「……、うん」

 その、声を、オトコは承知の合図だと受け取って。

「ん、……、ッン……ッ」

 オンナの下腹に腕を通した。抱き寄せて、浮かせた腰を突き上げる。絡みつく柔らかさにくらくらしながら、それでも、オンナの内側に埋められた、ヨワミを狙って、角度を探っていく。

「い……、ャだ、そ、れ……、イヤ……」

 殆ど泣きじゃくりながら、寛恕を乞うオンナの鳴き声はオスを煽る。自分以外のオスがオンナに残した痕を抉る。粘膜の内側、前立腺の裏に、埋められた円状の粒。男根に真珠を埋めるのはよくある話だが、そんな場所に、こんなモノを、埋め込まれているなんて陰間だって聞いたことがない。手術が必要だろう。前に埋めるより遥かに大変な。

「……、に、ね……」

 かわいそうに。

 肘を掴んで引いて、上半身を捻らせた。体を寄せると涙で濡れた瞳を肩越しに向けてきて、その目の色は抗議というより、不安を訴えている感じで。

 安心させてやれる、優しい言葉を若者は捜した。けれど若者の語彙にそんな言葉はなくて、仕方がないから代わりにぎゅうっと、また抱きしめる。唇を重ねながら。

「ん、……、ンッ」

 楔を浅く引き抜いて、肩をぐい、っと、仰向けにシーツに押し付けて。

「、ッ、あ……、ひ……ッ」

 挿れるのは、バックからが楽だ。でも。

「……、うん」

 抱き合うのは正面からがいい。刺激に翻弄されて、何も分からなくなった人が、シーツでなくて、自分にすがり付いてくれる。そっと浮き上がった腰を、優しく抱きとめて。

「アンタ……、ホントに……」

 頬を寄せる。

 キモチがいい。命なんか、いつでも遣れるくらい。