肩を組むように、絡みつくように縺れ合いながら非常階段を上る。二階は二間あるけれど入り口は別で、中も繋がっていない。鍵を借りている反対側は居酒屋の大将の住まい。そっちは店内から階段を上がるようになっている。今から使おうとしているこっちも本来は住居で、連れ込み専用に作られた訳ではない。

 だから広くて、廊下が長い。一番奥の寝室が遠い。

「っ、てぇ、逃げねぇって」

 ドアの鍵を開けて中に入って、チェーンを下ろした途端に男の、息が熱を帯びた。

「ちょ、フロ……ッ」

「いらねぇよ。待てねぇ」

「お前な、盛り上がるのは構わねぇが、ランボーすんじゃねぇぞ。……、逆らわねぇから」

「ん……」

 男はもうろくに口をきけない。着流しの相手を寝室のベッドに突き飛ばすように押し倒し、上体を起こすのに構わずその上に跨る。膝をたてているから重さはないが、身動きが出来ない。

 ばさばさ、衣服を脱いでいく男は目が据わっている。あぁ、これはもう、思い通りにさせるしかないなと二枚目は覚悟した。膝を浮かして踵をたてて、男がズボンを下着ごと脱ぎ捨てる。なんとなく正視しきれず目を伏せていたら。

「いまさら照れン、なよ」

 男が声を出した。喘ぎ混じりで無理をして。オールヌードの腕を伸ばして、仰向けに押し倒した相手の前髪を掻き揚げる。表情を見たくてしたことだったが、白い額に、またズキクンときた。

「レイプじゃ、ねぇな?」

「……ああ」

 そうだ、と頷く。いまさらそんな卑怯な逃げ口上は、女の子でもバージン以外には許されないだろう。

 帯を解かれる。素肌を重ねられる。男の熱が当る。体を重ねて唇もそうしながら、膝を割られて、股間も。

「ん……ッ」

「……ふ、ぅ」

 擦りあわされる。熱が、うつる。こういう愛撫を、昔見たことがある、田舎で。人間じゃない、蛇の。神社に奉られる注連縄そのものに、雄が雌にぎゅっと絡み付いて、全身で擦り上げて発情を促す。

技巧も何もない、けど本能に忠実で、即物的だから却って、全身が灼かれた。息苦しさに逃れる舌を無慈悲に追われて絡められ、飲みきれない唾液が喉を汚す。当った狭間をこすり上げられて無意識に膝を立てる。分かりやすいオンナからの合図を男は見逃さずに。

「……、ちゅ」

 唇を最後だけひどく優しく舐めて。

「ひ……ンっ」

 躊躇いなく、唇を下肢に滑らせる。

「ん……」

 率直だった。潔すぎるほど。恥も躊躇いもなく、サオとタマをぐちゃぐちゃに唇で舐めしゃぶられる。熱の宿ったカラダは当然、性感に悶えて、腰が浮いたところでぬめりを後ろまで、指先で導かれ湿らされる。

「……っア……」

 粘液でぬらした指先の先端を、そっと狭間に含ませる。緊張して尻がシーツから浮いたが、悲鳴には色艶がノっていないこともなかった。腰が浮けば前を男の顔に近づけることになって、男に深く、喉の奥まで飲まれる。

「ん……ッ」

 情熱的な愛撫だ。恥知らずなくらい正直に欲望をぶつけられて、オンナのカラダも発熱しかけている。膝を立てて男の頭を挟む。そのまま鈴口を吸われて背中をそらせば、まるで自分からソレを望んで、すがり付いている姿勢になる。男が喜んだ。見えないけれど分かる。絡みつく舌が粘膜がひときわ熱を帯びた。

「ん……、ッ、ン、ん……」

 悶える。喘ぐ。久しぶりに、こんな熱を感じた。深く息を吐いて、意識がふっと浮き上がった瞬間、先っぽ引っ掛けていただけの指先を深く、根元まで呑まされて。

「……、ぐ」

 もたない。

いまさら、舐められて発情する当然の反応を、恥ずかしがった、わけではなかったが。

「ちょ……、はな、せ……」

 最初からソレはないだろ、という気持ちで背中を曲げて、股間に吸い付く男の後ろ髪を掴んだ。男の気に触らないように指先だけで、機嫌を損ねないように気をつけながら。弱みを、今は優しいけれど怖い牙の生えた唇の中に含まれているから。

「……ん?」

 力の抜けた指に髪に触れられて男は気持ち良かったらしい。ちゅ、っと最後に未練がましくキスしながら、望みどおりに唇から開放してやる。もっとも。

「どった?」

 唇の代わりに頬ずりして、オンナの下腹と自分の頬とで、愛撫は続けている。

「……、く、から」

「いーことじゃねぇの。続けていい?」

「……、カンベン」

「なに言ってんの。ほらも、俺もあんまもたないから」

 我侭言わないでくれと、完全に降伏。跪いて頬を寄せて、下手に出た哀願。

 オトコのそれを、拒むと後が怖い。

「ハジメっから、コレかよ……ッ」

「うん。ずっとこうだよ。でもちょっと意外。ってぇか、ビックリ。……、きれーじゃん」

「……、お、ま……ッ」

 何が、なのかは、含まされた指先をぐりぐり、蠢かされて、伝わる。唾液ではない体液で前が濡れて、それがまたウシロまで伝って一層、動きがスムーズになる。

「ぁ、は……ッ、ん……ッ」

「アンタが、辛がってっから、てっきり……」

 過度の負担を掛ければそれに応じる形に肉体は変形する。絡み合う二人ともの指が刀の柄の形に左右、非対称に骨から歪んでいるように、生殖器も。

戦場で、前線で。命がけで金を稼ぐ切羽詰った擦れた娼婦たちを男は知っていた。枕専門の売春婦の花びら、同じく専門の陰間の狭間の、形が肥大し変形し、見るも無残になってしまったものを、見た事も使ったことも、あった。

「バージンたぁ、言わないけどサ、テイシュクなワカイミボージンぐらいには……、ってーか、言われたら信じたかもしんねーよオレ、バージンって……」

 漢字で喋れてねぇぞえオマエ、と、オンナは笑ってやりたかったが出来なかった。もう一度、唇の中に含まれる。びくっと全身で跳ねながら、震える息を吐く。

「ん……、ッ、」

 逆らわないで喘いだ。諦めた。それもある。けれどオトコの、世辞とも思えない褒め言葉に、馬鹿みたいに気が楽になったせいも、ある。

「……、ぁ、……、ア」

 ぎゅ、っと。

 膝で男の頭を挟みながら、零した。

「ん……、ッ、ふ……」

 残滓まで喉で絞られた。ビクビクしながら、二度も三度も、小刻みに悶える。

 相手に望まれる、吐精の快感が深い。溜まる体液、滓を吐き出すだけじゃない痺れが指先まで満たしていく。ぺろぺろ、ホントに恥知らずに、大事そうに愛しそうに、根元から先っぽまで嘗め尽くされて、そおっとクチの中から出された。

「……、は……」

 なんだか、もう。

 完全にほだされている。

 そんなにスキならスキにしろ、という、自棄とは違うがかなり開き直った、気分。

 けれとやっぱり、狭間をぐっと、押し開かれると、今更でも羞恥がわいて、頬に血が上るのが分かった。

「……、ちょ……、タ、ンマ」

「タンマ、なし」

 ぐいっと男くさい仕草で、手の甲で濡れた口元を拭いながら。

「オラちから抜け。マジ久々なら、ケツの下、枕敷いてやるぜ。バージンと思ってヤった方がよさげだな?」

「まさか、ジョーダン……。ハズカシーから、ヤメロ……」

 そんな扱いはかえって照れる。

 力の抜けた足首を掴まれて、拡げられて、狭間を晒してもう、何もかも男の思い通りにさせる気で目を閉じ、息を吐いた。

「まぁ、ナンだ。……オレがこっち久々で、加減わかんねーから」

 腰の下に枕を置かせろと男が言うのは、これから抱くオンナとのハジメテを失敗したくないから。

 尾てい骨のあたりに低い枕を押し込まれる。腰が浮いて楽はラクだが、歳のいかない生娘を抱くみたいな扱いに戸惑う。そっと指先で撫でられる。さっきまで散々、慣らされた場所は湿って緩んで、遠い記憶の快楽を思い出しかけてひくついていた。

「……、なぁ」

 姿勢をセットされる。うろこを膨らませた蛇が、こがれた坩堝を恋しがって震えるのが気配で分かるほど、近い。毒液がたらたら、牙の先端からもう、滴りはじめている。

「きづいてるか?」

 カラダを開かれて、最後の予告というか宣告というか、ヤっちゃいますよという挨拶に似た抱擁を受けながら、頬ずりしてくる男にオンナが小さな声でそう尋ねた意味を。

「ゼンゼン」

 男は早口で否定する。返しの速さは、気づいている証拠だったけれど。

「……」

 思いやりの礼に首をかしげて、自分からのキス。

「……」

 少し、苦い。が、文句を言える筋合いでもなかった。

「……、つかまれヨ」

 男に髪を撫でられる。優しく腕をとられて、肩に廻され、首にしがみ付いた。

「ん……、ッ」

 本当は。

 胸までぴったり重なる姿勢は、お互い響きが深すぎて、かえって苦しいのかもしれない、が。

「っ……、っ、ふ、ぁ、あ」

「……、すげぇ、……、ィイ……」

 ぎゅっと抱き合いながら、すると、繋がった狭間だけでなく、重なった胸から、も、何かが。

「……、っ、ア、ッ、……、ん、ひ……、ゥ」

「いて、え、か……?」

「……、だいじょ……、ッ」

 にじんでまじわる。汗だけではなかった。

「マジ、だぜ、ホンキ……、っ、この……ッ」

 口説き文句を耳元に囁こうとした男が、快感に言葉を続けられなくなって喘ぐ。オンナを抱きしめる掌にも汗が浮いて、下肢は溶かされそう。凶暴な蛇の牙で噛み付いて振り回して降参させるはずが優しく包まれて、鱗も牙も抜け落ちて、凶暴なコブラのつもりでいたのに、ペットの青大将みたいに。

「ん……、ッ」

 泣きながら喘ぎ悶えながら、愛してくれるオンナに優しく絡んで、懐いてしまいたい。

 突き上げながら言葉をなくした唇で、いちばん伝わる手段をとろうとする。息苦しさを嫌がってびくびく犯されるオンナは肩を竦めて顔を背けようとする。させなかった。背中から廻した片腕でアタマを抱きこんで、無理矢理に正面を向かせる。

「……、はぁ……」

 オンナの、もう吐息しか吐けない唇が震えている。潤んだ瞳の、目尻の艶は殆ど凶器だった。男が唇を重ねようと寄せて、でも。

 竦まれたから、しきれずに端を舐める。腰の動きは無意識、というよりもう、意思の支配下から外れている。止めようと例え思っても無理だっただろう。甘いオンナに喰らいつく。正気に戻れば恥ずかしいほど必死に。でもそう所詮、オトコはそのために生きてて、でも。

 それだけじゃない、ことを証明、するために舐めた。焔のように息を吐きながら、目尻や口元、耳たぶに喉までそうされて、オンナがたまらず背中を反らし自分から唇を開く。

 苦しかっただけかもしれない。が、男はそうは解釈しなかった。心から信じた。自分に向けて開いてくれたものだと。

 重ねる。絡みとる。もう、どう仕様もない。

 アタマもカラダも真っ白になっていく。

 絡み合いながら、熔けた。