ギブス

 

 

 

 

 

 

「…涼介さん?」

 朝まだき。

 ようやく外が白みだした頃、日頃の習性で目が覚めてしまった拓海は、そっと隣に眠る人に呼びかけてみた。

 上体を起こし、後ろ抱きにしていた涼介の、端正な顔を覗く。

 紡がれる、規則正しい寝息。上下する胸。

 明るさを増しつつある室内で、仄かに肌が光を帯びる。

「涼介さんってば…」

 二度目の呼びかけは、確認に近い。返事がないことを確かめると、拓海は枕元に置いていたカメラに手を伸ばした。

 涼介を起こさないよう気を配りながら、無骨なカメラのファインダーを覗く。

 角度を決めて、ピントを合わせ――…

 レンズ越しに涼介の瞼が微かに震え、鼓動が一気に高まる。

 気が付いたときには、無我夢中でシャッターを切っていた。

「…藤原?」

 室内にフラッシュの閃光が散り、さすがに目を覚ました涼介が眉を寄せる。白い手が伸びてカメラを奪われるより早く、拓海はさっと背後へとカメラを隠した。

「おい――…」

「だって、涼介さんが悪い。」

 俺のモノだって、証明してくれないから。

 一息に言い張ると、さすがに涼介の顔が苦笑に歪む。

 彼の弟に二人の関係を言うの言わないのと、大喧嘩をしたのはつい数時間前のことだ。最初は拓海も本気ではなかったのだが、珍しくムキになる涼介が癪に触り、さんざんに言い合った後、半ば強引に体を繋いで今に至る。

 崩れるように眠りに落ちた涼介はきっと、自分がカメラを用意しているとまでは考えていなかったに違いない。

「ホントは、使う気なんてなかったんだけど。」

「どうするんだ?」

「啓介さんに見せて、涼介さんは俺のですって言う。」

「――ガキ。」

「ガキですよ、どうせ。」

 口を尖らせて主張すると、涼介は小さく吹き出した。

 ひとしきり笑った後の、呆れたような溜息。

 しかし長い付き合いは、彼がそう本気で思っているわけではないことを知らせる。

 黒髪の奥の瞳が、決して笑っていないことも。

「そんな脅しは、きかねぇぜ。」

「脅しなんかじゃねぇよ。」

 首だけ拓海の方に向けていた涼介が、その台詞にくるりと寝返りを打った。故意か偶然か、上に掛けていた薄いブランケットが落ちて、胸元が露わになる。

 今度は明らかな意図をもって、長い指先が肌に落された朱を殊更に辿ってみせた。

「…これ以上、何が欲しいんだ?」

「――こころ、かな。涼介さんの…」

 誰にも奪われていない、まっさらな状態の。

 続けようとして、言葉に詰まる。

 熱くなってきた目頭に、涼介がそっと唇を寄せ、赤い舌が覗いて、ちらりと目の端を舐めた。

「無理な相談だな、それは。」

「涼介さんっ…」

 耳元で囁かれ、吐息にかっと体が熱くなった。微かに笑った気配がして、鎖骨の辺りに鈍い痛みが走る。

「お前には、コレをやるから。」

 さらりと、肌が密着する。掌が動いて、昂ぶりだした拓海の部分を、スェットの生地ごしに包み込んだ。

「ズリぃ…」

 寄せられた体の意味するところを悟って、苦しげに拓海は眉を寄せた。

 ここまで、なのだ。

 自分の、許される範囲は。

 体は最奥まで晒してくれる涼介だが、これ以上踏み込めばそれだって危うい。

 そうやって、逃げる人が苛立たしかった。

 差し出される体を失うことが怖くて、引き下がらざるを得ない自分も。

 憎くて、そして哀しかった。