妓楼・10

 

 

 

 

 そういえば。

 他人の言うことを聞く男ではなかった。

 そうして自分に拒否権はなかった。

 何度目かに抱き寄せられて、オンナはそれを思い出す。物分りのいいフリをしたがる幼馴染と聞き分けのいい年下の、二人と長く深く関わって暮らしていたせいで忘れかけていたが、セックスについて自分はこの男の意思を受け入れることしか出来ないのだ、と、

「なぁ」

 思い出した。

「酔わせんの、もー止めてくれぇ。大人しくするからよぉ」

 嵐が一番強いけれど、基本的に大空の焔を持つザンザスは、オンナが本来持っている鎮静の雨の焔を爆発的に増殖させることが出来る。大空の焔を触媒にして劇的に増えた地震の焔に飲み込まれ、酩酊状態になって身動きとれなくされて、その上で肌を貪られた。

「まぁ、なんか、なぁ……。色々、イマサラだしよぉ……」

 オンナが自分に言いきかせるように呟く。ふん、という表情を見せただけでザンザスは口を開かない。ただし掌に溜めた朱に近いオレンジの焔は握りつぶした。言うことを聞くのならわざわざ手間をかける必要はない。ばふっと、極上の寝台にオンナを押し倒す。柔らかな肌を暴いていく。

「お前、もともと年増女、キライな方じゃなかったなぁ。三十近い娼婦の一人や二人、ヤったところでイマサラ汚れるよーな、トコ残ってねーよぁ」

 オンナの言葉に、ザンザスが今度は笑った。声を出さずに頬を歪めるだけの意思表示だったが、オンナが思わずつられて微笑むほどの引力で。

「少しは覚えてることもあるか」

 声にして言葉にまでした。うん、と、オンナは頷く。竹寿司の二階の部屋から山本が持ってきてくれた単衣の部屋着の、帯を自分から解きながら。

「そりゃ色々、それなりになぁ。お前のせいでひでぇ目にあって、心から恨んだぜ」

「順番に言え」

「んー?」

「何が一番酷かった。順番に言え」

「思い出したくもねぇ」

 十四年間のことをオンナは具体的に話そうとしない。目覚めた男は聞きたがるが、追求しようとするたびにイヤイヤとかぶりを振られて肩を竦められ、問い詰めきれないでいる。誤魔化しかたは上手くなりやがってと、男は呆れながら一時中断。そんなことが何度もあった。

「なんのハナシだったっけぇ。あー、だからよぉ、オレが色々、辛がるのは不遜な真似だぁなぁ」

「そうだ」

 単衣を脱いで下着を身につけていないオンナの腰をザンザスが引き寄せる。相変わらず細くて薄い。けれどさすがに曲線のアールは深くなった。以前よりよく腕に馴染む。

「誰のおかげで息してるンだ、テメェ」

 庇って助けてやっただろうと、耳元で囁かれてオンナもくすくすと笑う。

「その気まぐれの、せいでなぁ。死ぬ目にあったぜぇ」

「どいつに殺された?」

「死んだんだ、もう。お前が助けてくれたオンナはよぉ」

「そうしておきたい、訳があるのなら喋れ」

「ココに居るのはただの売女で、お前の人生とは無関係の女だぁ。そーゆーことで、いいかぁ?」

「自分はスペルビ・スクアーロだってこの口で言ったのを忘れたか?」

 銀色のオンナの戯言に、ザンザスは根気よく付き合ってやる。大人しく腕の中に居る限り、そう無茶をする気性ではない。メスには甘いマフィアの男だから。

「昔のことオレが覚えてっからつれーんだぁ。全部なかったことにしちまやぁ、たかが買春だぁ。なぁ……、いいよなぁ……?」

「なにが」

 いいんだ、という問いに。

「ちゅ」

 くちづけで返そうとして、でもしきれずに、オンナの男の唇の端を舐める。

「ちょっとだけよぉ、そばに、居ても……」

 いいよなと、まるで自分に言いきかせるように呟くオンナの唇は血の気がない。不安に青白く震えて、男の背中にそっと廻す、腕さえ緊張で血がうまく流れず、ひんやりと冷たかった。

「残念だったな。金を持ってない。買春は不成立だ」

「貸しにしといてやるぜ。ちょーどよく、自前商売になったところだぁ」

 年季に縛られ妓楼の主人に搾取される『現役』ではなく、個人事業主として妓楼内に部屋を借り、いわばテナント経営をする身の上。『商売』として身体を売れば収入の多くが自分のものになるし、客を選り好みすることも不可能ではない。

「好きにしろ」

 泣きそうな声を漏らしながら男に抱きつく、オンナの狭間は蜜で潤みはじめている。身体を重ねた男はそれに気づいて、声を上ずらせる。沈静の焔で酔わせ抵抗不可能にして抱いた時も濡れはしたが、こんな風に全身で息づきはしなかった。

「バレるウソなら、つかねぇ方がマシと思うが」

「ん……、ッ、あ……」

「テメェがつきてぇなら、好きなようにしてろ」

「あ……、ぁ……」

「どうせ、すぐ」

 そうでないことは知られてしまうだろう。周囲にも、自分自身にも。

「一つだけ、言っておく」

 銀色の草むらを指先でかき分け、絡みつく露の根源を求めて奥へ、指を沈めながら男が言う。語尾は掠れて、呼吸は浅い。大人しく腕の中に収まり、びくびくしている白い身体が美味そうでたまらない。

「風呂に入れば女は新品だ」

「はは……、オレよぉ、オマエのそーゆートコ、前は、す、っげぇイヤだったんだぜぇ……」

 指で掻き回されるたびにヒンヒンと鳴き声を、素直に上げる合間にオンナは言った。むかしのことは忘れたと言ったウソを直後に自分が破っていることに気づかぬまま。

「まさ、かぁ……。ソレで慰められる、とか、は……」

「慰めてねぇ。事実だ」

「オレの、バージンの、価値は風呂一回分かよぉ、バカヤロォ」

「バージンだけちょっとは別だ」

「なぐさ、めんなぁ……ッ」

 オンナが短く叫んだ、その瞬間に指が引き抜かれる。ひうっとのけぞる背中を抱かれて、指の代わりに既に鱗を膨らませた蛇が。

「ふ……、ぅ、ふ、ぁ……」

 オンナの柔らかなナカを食い荒らす。

「あ……、っ、あ、ァ……」

 重量感はみしりと重い。目を見開いてオンナは衝撃に耐える。痛い、というよりも圧迫で苦しい。もう何度目かだけれど、その何度かは麻痺していて筋肉も筋も弛緩していたのだと思い知る。それほどギチギチ、柔らかな粘膜を抉りながら、男は銀色のオンナを犯していく。

「う……、ぁ、あ……、ッ」

 喘ぎながら悲鳴混じりの声をあげることしか出来ない、細っこ意カラダをぎゅっと、男は自分の腕で絞るように抱きしめた。

「は……」

 そうしてたまらず息を吐く。吐いた空気の語尾に思わず色がついてしまった。それほど気持ちがいい。記憶の中のこのオンナはまだ熟れていなくて、痛がって苦しがって悦ぶどころか鼻の頭に皺を盛大に寄せ、こっちまで渋面をつくるほど景気の悪いツラをしてみせたものだった。

 が。

「……、う……、ぅ……」

 ぐにっ、ぐに、っと。

 まるで生き物のように締め付けてくるオンナの蜜壺を堪能しながら、首筋に顔を埋める。匂いを嗅ぐ。汗の甘酸っぱさに男はまた興奮して大蛇が頭を振る。あぁッと悲鳴をあげオンナはまた泣き出す。狭間の蜜もじゃくっとまた湧いて男の、オスを包み込んだ。

「わるか……、ねぇ……」

 味を褒める。この男が言う『悪くない』というのは『極上』という意味に近い。

 褒められてオンナはさすがに嬉しそうだった。オスの律動にあわせることに必死で口はきけなかったが、深みから甘い暖かな蜜が湧く。

 オスもそれきり口をきすがに耽溺に沈み込んだ。全部忘れて、自分たちだけになる。自分と相手の境界もだんだんぼやけて、分からなくなってきて。

 カラダから魂までとけあうような気がした。

 

 

 

 沈静の焔に酔わせて抱いたときも、終わって暫くは身動きをしなかったが。

「死んだのか?」

 嘲笑交じりに尋ねられてへらず口も叩き返せないほど、オンナは力が抜けきってぐったり。

「飲め」

 リビングの冷蔵庫から冷たく冷えたベルニーナを持ってきた男が、それをオンナの枕元に置いた。心配しているそぶりは見せないが、やっていることで内心はミエミエ。だから。

「……フタとってくれぇ……」

 ひんやりとした冷たさを感じて嬉しそうにしながらも、瞼を開けないオンナがそんな、甘ったれたことを言い出す。

「あぁ?ガキか、てめぇ」

 裸のままの男がベッドに腰かけ、自分の分を呷りながら怒鳴りつける。が、オンナはそれにも答えず目を閉じたまま。顔色は悪くないけれど疲れ果てた様子に男は舌打ちを一つ。そして。

「おら」

 意地でキャップは開けてやらなかったが三分の一ほど飲んだ自分のをオンナの顔の前へ突き出す。頬に当たるボトルに、再び意識を失いかけていたオンナか目を開け、ゆっくりとカラダを返してうつ伏せに姿勢を変え、ボトルを持ち上げてこくんと一口。それが呼び水になって自分がどれほど渇いていたか思い出したらしく、後は勢い良く、底まで一気に飲み干していく。

「……ふぅ」

 気持ちよさそうな息を吐き、そのまま、また、ごそごそと毛布の下へ潜る。部屋の冷房が少し、オンナには寒いらしい。

「おい」

 昼間の情事だったから時刻は夕刻前。眠るつもりになれない若い男は、置き去りにされかけ不満の声を上げる。

「寝るな」

「……んー」

「甘えんじゃねぇ、起きろ」

 毛布を剥ぐ。丸まった裸のオンナがふるっと震える。その白いわき腹や細い腰、伸ばせば長いが折りたたまれていると驚くほどコンパクトな手足には、昔の気配がほんのり残っていた。

「尻はもう、どうしようもねぇな……」

 しみじみ、という口調で若い男にそう呟かれて。

「あぁー?」

 カラダを益々丸めて目を閉じ、眠るつもり満々だったオンナが思わず声を上げる。なにほざいてやがる、と、吼えながら男を見ると、男は毛布を片手に真面目な表情で、じっとオンナを眺めている。

「その骨盤じゃ、尻はナニをどーしたってムリだ。微かな希望があるとしたら胸だな。まぁ、知ってるのよりゃ、少しはマシになってる」

「……あ?」

 オンナも自分がナニを言われているかは大体分かっている。はっきりけなされているだということは分かりきっている。が、男があまりにも真剣な表情なので、反撃しきれず眉を寄せるだけ。

「まず食って肉つけろ。中身の大部分は脂肪だ。寄せて上げてりゃ、そのうち気づいて気の毒がって胸に移動するかもしれねぇ」

「だから、ナンだよ。オレがオマエの好みじゃねーのは分かってるぜぇ」

 かつて側近を兼務していたオンナはボンゴレ御曹司の女の好みを知っていた。肌の柔らかい、熟れて甘い、旨も尻も丸く膨らんだ女を好んでいた。剥いて抱いて気持ちがいいタイプを。

残念ながらこのオンナは、服を着ているときはともかく、真っ裸にしてしまうと細すぎて、外見上はいまひとつ、男の好みではなかった。

「俺の好き女になりたかったって言ったじゃねーか」

 男は真顔で痴れたことを言う。妙なところで真面目な相手にオンナは、あぁ、と、呆れ半分でため息。

「……そういう意味じゃねぇよ」

 見た目はともかくセックスの味は褒められた。嬉しかったけれど切なくもなった。昔は幼くて何も知らず、この相手を愉しませてやることが出来なかった。出来るようになったのは目出度いことかもしれないが、どうせなら、これにそういう方に、変貌させて欲しかったなと、思って口走った台詞。

「とにかく、食え」

「そーゆー意味じゃねーって……」

 外見上のことを言ったのではない。もっとメンタルな、もちろん肉体上の意味も含めてだが、男と離れていた時間に蓄積した『経験』のことを呪って言った、つもりだった。

「まぁ、これでも奇跡の成長だ。あんまり高望みは、酷かもしれねぇな」

 起き上がったオンナの、それなりにふっくらとした胸に男が手を伸ばす。オンナはぼんやりしていたせいで避けるのが遅れる。拳銃を使う男の固い指先に膨らみが捕らえられる。

「や……」

 反射的に逃れようとするのをシーツに押し倒され、オンナが身悶える。さっきまで性感に浸りきって悶え狂っていたオンナのカラダには熱が残っていて、男に弄られてぷりんと、可愛く健気な張りを取り戻した。先端の色づきは凝って尖り、触れられるたびに透明な声を、漏らさずにいることが出来ない。

「う……、ぁ……」

 それが気持ちよさだとオンナも認めないではおれない。ビクンビクンと弄られるたびに全身を揺らし、そこからの痺れが全身に広がって、やがてぬるりと、狭間まで湿ってくる。

「う……、え、ぅ」

 自分のあんまりな『ちょろさ』が情けなくて、オンナは気持ちよさにだけでなくむせび泣いて嘆いた。が。

「味は、どっちも悪くねぇ。感度がいいのが一番おもしれぇ。総合点じゃいい女の範疇に入れてやらねぇでもねぇぞ」

 勝手なことを言われる。そんなレベルで嘆いているのではないが、そんな風にしか解釈しないこの男が救いでもあった。

「……げ、す……ッ」

 罵り文句を吐き出してみても、喘ぎ混じりの甘い声では、もともと他人の非難を気にしないこの男には、効き目が殆どない。

「き、チガイ、ゴーカン、マ……、スキモノ、ッ」

「オスがヤリたくなくなったら病気だろうが」

「いゆぁ……ッ」

 長い髪をシーツに散らしてオンナが抗う。本気の発情に入りかけているメスを押さえつけながら、男はオンナが背中に敷きこんだ髪を引き抜いてやる。ナニをする準備かミエミエの仕草。

「発情期のイヌかてめぇ……ッ」

「メスイヌが濡れて誘うんだ。仕方ねぇだろ」

「勝手……、ひんッ」

 じゅくっと、自分の蜜を押し退けながら大蛇が自分を犯していくのを、まざまざと感じながら。

「あ……、ぅあ、あ……、ぁ……」

 即物的でさばさばとした男の態度は演技かもしれないと、痺れる嗜好の中でオンナは考える。ドライなふりをして意外とウエットな気質だということは知っていた。養父との葛藤、そしてクーデター。昔のことを思い出しながら抱かれる。そのたびに、むかしに戻っていけるるような気が、した。

「……、よ、な……?」

 夢中になりながら、暫くはこのままそばに居てねいいよなと、繰り返し、尋ねる。

「だれのおかげでいきしてんだてめぇ」

 男の抱き方もさすがに穏やかで、喉の奥で笑いながら、それでも返事をした。

「いっしょうおれの、どれいにきまってンだろーが」