妓楼・7
シーツの上で起き上がった若い女は、まるで剥きたての白桃。
「はい」
十代の青臭さは消えた。が、ぴちぴちと張り詰めた若さが身動きするたびに、つるんとした柔肌から零れ落ちる。明るい部屋で全裸を人目に晒して堂々としている。体は美しく伸びやかに締まって、生命の輝きに満ちたその造詣は神々しくさえある。
「あ……、うん」
美しさに誘われて先に起きていた、普段は無愛想な雲の守護者が思わず、サイドテーブルからタバコを差し出しライターで火を点けてやる。長い睫を伏せ火を貰う仕草はあどけないほど素直で可愛らしい。ところどころ色づいた肌が不思議なほど猥雑ではないのは、シーツにぺたんと座り込んで紫煙を美味そうに吸い込む女の表情が明るく、うしろめたさがないから。
「何か、飲まない?」
「……、はは」
煙と一緒に、女は笑い声を上げて。
「なに?」
シャツの前をはだけたまま、灰皿を枕元へ持ってきてやった雲雀恭弥が柔らかくだが、笑いの意味を問う。
「なんかフツーの男みたいだぜ、オマエ」
アッシュグレイの前髪を揺らしてボンゴレ十代目嵐の守護者が笑う。髪の色よりやや濃い瞳は普段、斬り付けるように鋭いけれど笑うと明るくて華やか。
「まるで別人だ。天下のヒバリキョーヤ様たぁ思えねーな」
「安心しなよ。今だけだから」
「オマエみたいな突き抜けたヤローても弄ったメスにゃ優しくなるんだなぁ」
「本能だからね。今だけ、仕方ないさ」
あくまでも自己肯定、いつでもやりたいようにする、雲雀恭弥の凛々しさ。紫煙を天井に噴き上げながら目尻を細めて、若い女はそれを満足そうに眺める。そして。
「オマエさぁ、なんで俺のことヤんねーの?」
半分ほど吸った煙草を灰皿で揉み消しながら尋ねた。
「女子はボクにとって異種の生き物だ。あれらと遺伝子を融合させたくないから、生殖はしない」
「や、そりゃ分かってっけどさ」
「キミはその中ではかなり面白いけど」
「そーじゃなくって、ナンでオマエの、ソレで遊ばないのかって」
「コレ?」
シャツの袖から掌へ、すとんと雲雀は隠し武器を落としてみせる。そんな一種のサービスも普段の雲雀らしくはない。
「されたいの?マゾだね」
「されたいってーか、なんでされねーんだろーって不思議ってゆーか。他のにはヤってるらしいじゃねーかよ」
「沢田綱吉に侍った玄人女にはね」
ボンゴレ最強の守護者にしてボンゴレ十代目ボスの『寵愛』を一身に集める雲雀は怖い物なし。
「あれはしたくしているんじゃないんだ」
「ウソつけ。てめーがしたくねぇことをするモンか」
「綱吉には、あれでけっこう、優しい所があるから。相手をした女が誤解しないように、釘をさしておくのさ」
「……でけぇ釘」
「刺されたいの?」
「どんな風なのかな、ってキョーミは、ないでもないかもなぁ」
「しないよ、キミには」
トンファーを器用に掌から袖の中へ戻して、ベッドに近づき屈んで近づく男を、待ちながら女がまた笑う。
「なに?」
「きれーな顔してると思ってさ」
「興味ないな」
他人からの評価を気にかけたことがない雲雀は悪口にも賞賛にも無頓着。つくりものの人形のように整った顔をした男にキスされて、若い女は嬉しそうに笑う。
「して欲しいなら、アイツにして貰えば」
「……、めんどくせー」
「自分の男に手抜きすると後で後悔するよ」
どうでもよさそうに言いながら、雲雀恭弥の白い掌が若い女の形のいい胸に当てられる。
「あ……」
汗でかすかに湿った髪を左右に振って、女は素直に身悶える。張り詰めたふくらみは見た目より手ごたえがあって重い。
「たまには可愛がってる?」
「……盆と正月ぐれーは」
「そんなに相性が悪いの?」
「オマエと比べる、俺がわりーんだろーけどな……」
「可愛いことを言うと苛めるよ」
「苛めてくれよ。オマエにイジメられんのスキだぜぇ」
本気で、正気で真っ直ぐに、若い女は自分の胸に触れる男に向かって告白。
「俺ぁこーゆーのでいーんだ。苛められて遊ばれて弄られてオモチャぐれーが丁度いい。アイツぁ重すぎて、メンドイ……」
押されるままシーツの仰向けに横たわり、それでも尚、ツンと上を向いたままの乳首を男に弄られ、涙目になりながら。
「……ふ、っ」
仰け反って真っ白な喉を仰け反らせる女は実に健康的で、生き物としての尊厳に満ちている。
「キミに関しては、ボクが全面的に悪い」
強請られるまま抱きしめて求められる刺激を与えててやりながら、雲雀恭弥が囁く。
「ん、ん、ッ」
「分類を間違えた。十代目の女狙いの、あばずれと思ったのに」
「あー……、キモチぃ、……、そこ、っと……、ん、ッ」
「ボクの前で沢田綱吉に懐くことがボクに対する敵対行為だっていうことも理解しないくらい、ウブなお転婆だったとはね。しくじったよ」
「……、ふふ。……、はぁ」
「素人を弄っちゃったのは確かだ。責任はとるさ。好きなときに好きなだけ可愛がってある。けど」
「や、ダ」
可愛らしく喘ぎながら獄寺は手を伸ばし、雲雀恭弥の形のいい唇を塞いだ。くちづけをしてこない行儀の良さを、わりとスキだと思いながら、塞がれた男はその指を齧る。
「っ、テッ」
「せっかく好きな男が出来たんだ。真面目にそっちと、もっと仲良くしなよ」
「む、り……」
「な、ことなんかこの世に一つもない。しないだけだ」
「……、うぇ……」
「キミはいいオンナだ。気に入らない男が居るとは思えないけど。山本武は何か失礼なことを言ったの?」
「……」
「あっちも、もちろん相当にいいオンナだろうけど」
山本武には馴染みの遊女が居る。それがドン・キャバッローネの長い相手で、おかげで跳ね馬のディーノから時々、刺々しく応対されているとを、ボンゴレの幹部たちはみな知っている。裏社会に属する男にとって廓の中に馴染みが居ることは不名誉でもなんでもない。
むしろ『ちゃんとした』男であることの証明。忌避されるのは素人に手を出すことや、岡場所で安い売女を買うこと。公許の吉原で筋目のいい遊びをすることは恥でもなんでもない。ましてや跳ね馬の気に入っているオンナに、逆に気に入られているらしい様子は、箔にさえなるのだ。
「キミはアイツの、オンナごと気に入っていたようだったけど」
獄寺は裏社会に骨までどっぷり漬かって暮らしている。構成員として、戦力としての意味で。組織を軍隊に例えるならこれは軍人であって慰安婦ではないが、とびきりの美女である事実は粛然としてある。美しい女として男たちに愛を乞われて来たこれが、初めて興味を持った相手が山本武だった。
理由ははっきりしている。ドン・キャバッローネが長年執着しているオンナに気に入られている男だから。どんなだろう、と思うのは業界の人間として当然の好奇心。
「負けたの?」
単刀直入に尋ねられて。
「……勝負に、なんなかった、なぁ……」
悲しみの気配を漂わせながら獄寺は答えた。少しだけ甘えている。雲雀曰くの『生殖』はしていないが最初に肌を合わせた相手。優しくされて、それに馴れてもいた。
「なぁ、ヒバリぃ」
「なんだい?」
「オレがまだ、バージンだってったら、どーする?」
「別に、どうもしないけど。失敗したの?」
「……はは」
「ボクはそんなことは人生で気に留めるほどの要素でもないと思うけど」
「好きだぜぇ、ヒバリぃ」
「そんな悲しい顔をするくらいなら病院に行きなよ。付き添ってあげようか?」
「行った」
「どうだった?」
「どうとも、ないって」
「医者に見つけられる異常がなかったってことだね」
「やっぱオレ、お前と遊んでんのが一番、スキだ」
「死ぬまで遊んであげるけど、キミ今、本当に泣きそうだよ」
「……はは」
ぎゅう、っと。
縋りつかれてヒバリは女を、抱きしめてやったが。
「相手が違うんじゃない?」
冷静に事実を指摘もした。生殖をしたがらない奇形のオスであるヒバリはその機能不全に対する同情が薄い。というよりも殆どない。ノリで腕は廻してやったけれど、可哀想にとは少しも思っていない。
「だからボクにされたがったの?」
「……、ったらどーなんかな、とは思った……」
「しないよ。キミは沢田綱吉のオンナじゃないから、ボクが蹂躙は出来ない」
悪戯はしあって弄って苛めているけれど、それは女同士の共食いに似た自慰行為の延長。
「うまれてはじめて」
「なに?」
「男に、謝った」
「ふぅん」
詫びなきゃならないほど悪いことなのかなと、雲雀は相変わらず腑に落ちない表情。でも大した興味もなく聞き流す。
「別れたの?」
「……保留中」
「もとに戻っただけじゃない?」
「……だいぶちがう……」
「ふうん」
よく分からないな。
そんな表情で、それでも抱きしめてやる、ヒバリは本当に珍しく優しかった。