「はは、ははははは」

 ケタケタと愉快そうに、オトコは目尻に笑い皺を寄せて声をあげ面白そうにしている。

「出て行け。おい、誰か、そいつをつまみだせッ!」

 顔中を口にして怒鳴る銀色の鮫は今回、最高待遇でボンゴレ本邸へ迎えられた交渉人。必要なモノは何でもそろえるからと辞を低くして招いた相手だったが、しかし。

「……えーと……」

 ボンゴレ十代目の守護者たちは困って顔を見合わせる。オトコは、彼らがつまみだせる大きさではないし立場でもなかった。

見慣れない笑顔で楽しそうにしているのはボンゴレ九代目の養子にして最強部隊であるヴァリアーのボス、沢田綱吉とボンゴレ十代目ボスの座を真正面から争った、相手。

「あのなぁ、ザンザスッ!オレぁなぁ、すっげぇマジなんだぁーッ!」

 ガキどもがアテにならないと悟った銀色の鮫は、自分自身で男を部屋から追い出しにかかる。グラス片手にまだ笑っている肩に手を掛け、ふかふか三人がけのソファを独り占めしていた角から、力ずくで立たせる。

「待て」

 オトコはひどく機嫌がいい。銀色の鮫に逆らおうとせず素直に立ち上った。歩き出す前にグラスに残っていたウィスキーの残りを飲み干して、トレー片手に控えていた接待役の獄寺に渡す。

 シロートあがりばかりの日本支部の面々に対して、ザンザスは黙殺を貫くことが多い。その中で獄寺隼人だけが例外的に、かなり露骨な『お気に入り』。中堅マフィアの幹部の息子に生まれ恵まれた幼少期を過ごした獄寺隼人はボンゴレ本邸の絹の絨毯を踏むにふさわしい、正統派マフィアとしての振る舞いを弁えている、

だからかザンザスは、日本支部の他の連中には一目もくれなくても獄寺が頭を下げていれば立ち止まり頷く。今日もごちそうさまとこそ言わなかったが、空のグラスを返す時にほんの少しだけ口元を弛めた。

「オマエがナニをどー思ってよーが勝手だけどよぉ、今回だけは、オレの邪魔すんなぁーッ!」

 喚きながらオトコを部屋から追い出す銀色も珍しく、真剣かつ真面目な口調だった。

「わかった、うるせぇ」

 防弾の窓ガラスをビリビリ震わせる超音波にうんざり顔をしながら男はいい加減に答える。どう聞いても聞き流しただけ、本当に分かっている様子ではない。ないが、口先だけにしろ、イエスの返答をすること自体がたいへん珍しいこと。

「ホントに分かったのかぁ?」

 疑いを口にしながら銀色は男をドアから押し出そうとする。オトコはおとなしく押し出されたが、扉が閉まる前に銀色の腕を、逆に掴んで引きずり出した。パタンと重い扉が閉まり、二人揃っていなくなった、部屋で。

「まぁ、とりあえず……。ディーノさん、返事してくれて良かったね……」

 と、沢田綱吉が、呟く口調はかなり健気な『いいことさがし』だった。

「そっスね。途中のトラップにやられて死体になってなくってよかったです」

 普段、迫力があり過ぎて気づかれにくいが、ザンザスというオトコは相当の二枚目だ。それに間近で唇を弛められた動揺のまま、獄寺隼人は正直すぎる返答をしてしまう。

「そうだね。内側からロックした上で死なれるのが一番困るよね」

 と、そんな獄寺に同意をしたのは、ザンザスとは対角の部屋の隅に置かれたソファに座り皆に背を向ける位置で緑茶を飲んでいた雲の守護者、雲雀恭弥。

「ヒバリさん、獄寺クンも、キミら酷すぎるよ。ディーノさんオレたちの恩人じゃない。もっと親身に、助けようとしようよ」

 沢田綱吉が一生懸命に言う。

「はぁ、努力します」

 と、答えた獄寺隼人はまだマシな方で。

「気がノらないな。自業自得じゃない」

 愛弟子だった筈の雲雀恭弥は冷淡に切り落とした。

「いったいイマサラ、あいつはナニに、あんなに腹を立てているんだろう」

 ヒバリがソファから立ち上がり部屋の中央へ来る。テーブルの上に置かれた茶菓子が目当てだったらしく、醤油味の煎餅を手に取り、バリンと、健康的な音をたてて齧りながら。

「ボンゴレが疑り深くて偽善的で残酷なことなんか分かってたことじゃない。自分が散々、一役買ってきたくせにイマサラだよ」

それがどうしても分からない、という表情で雲雀恭弥は美しい顔を顰める。

「前代や門外顧問の走狗をしていたのは本人だ。利権目当てで、好きでしていたのに、いまさら自分がやけどをしたからって、騒ぎすぎだよ」

「あのさ、ヒバリさんが、言いたいことは、凄く分かるんだけど」

「だよなー。アイツ自身、ぜんぜんイーヤツとかじゃねぇよなぁー」

「獄寺君が、そう言うのも、分かるけど、でもさ」

「そういえばキミ、引っ掛けられかけたことがあるんだったね」

「おぅよ。すっげー真正面から大嘘つかれてだまされるとこだったぜ」

 ボンゴレからの使者として、縄張りと部下を譲るという甘い話を持ってきて、それにノったら闇に葬られるところだった。

「あの時は、でもディーノさんは、獄寺君が間違ったら逃がしてくれるつもりだったじゃない」

「そうでしたね。そんな風に逃がされたら二度と、イタリアで表通りは歩けなかったでしょうね」

「門外顧問がリングの偽物を持たせた時も、一枚噛んでいたよね」

「ジューブン酷いヤツだよなぁ、アイツ」

「ヒバリさん、獄寺君」

「だから嫌いって言っているんじゃないよ?」

 困り果てた風情の沢田綱吉に雲雀恭弥は美しい顔を向ける。

「ただイマサラ、いきなりキレる、理由が分からないんだ。キミは知っているの?」

 愛している美貌に尋ねられて。

「……はい」

 嘘がつけない沢田綱吉は答える。

「なにがあった?」

「怪我した部下を侵入者扱いされたんです」

「九代目の指示でキミの部屋に盗聴器でもしかけようとしてたの?」

「ヒバリさん、見てたの?」

「キミが最初は庇わなかったから、そんなことかなぁ、って思っていたよ」

「……さすがにね……」

 最初はとてもそんな気にはなれなかった。