謀り方

 

 

 深夜に差し迫る頃に、狙い済ましたように帰宅した。アシは置いていった。携帯も電源を落したまま。

 さぞかし帰宅を苛々しながら待ち焦がれているだろう。

「ただいま」

 玄関にも入らずに、自宅を外から眺めての言葉にも微笑が篭る。

 真っ暗な窓達の中で唯一。光を差込んでいるのは目的の部屋だったから。

 

 

 

 足音を忍ばせる必要はなかった。だけど、誰もいない家の中でじっと息を殺して生息している可愛そうな生物を驚かせたかったから。踏み締める床は4月だとは言え夜だと冷たい。

 随分な時間を掛けて2階へと上がった。普段考えられない程、ゆっくり上がる2階では。

 寂しい夜なら慰め合う相手が待っている。

 囁けば簡単に墜落してくる。

 抱き締めれば容易に堕落していく。

 どうしても欲しくて強請ったら許してくれた。一生傍に置いておくのを。

 それは言葉にはしないで身体に刻む。そっちの方がより、本能に訴えかけるだろう。傷が怖くて震えているあの人に、薬だと信じさせて毒を擦り込むようなもの。

 痛がる振りをして結構、感じているのも知っている。悶え震えて、事切れてしまうまで。

 この方法は止めたりしない。

 

 

「ひ…く」

 声を殺せずに泣く、その挙動からしてそそる。

 ぼろぼろと零れ落ちる涙を晒して、見詰める先には誰が存在する?

「け……ぃぃ」

 徐にドアを開け放てば泣き顔から一転、泣いた笑顔に変わる瞬間も。

 泣き疲れたのか動けずに腕だけ伸ばすのも。

「……ただいま」

 こちらから近寄る術に最大の効果を載せて、抱き締められるから良い。

「良い子にしてた?……ああ、そんなに泣かないで」

「けい、啓…っ」

 床に座り込んだまま抱き締めたから、立ち膝のオレよりか大分背も低くなる人。

 見下ろす美貌は、自分の胸に隠れて良く見えないけれど、しがみついた背中の指の強さで心細さを推し量れと言う事なのだろう。

 たった数時間。

 手を離しただけでこうだ。

 ここ最近手放さずにずっと抱いていたから、傍らに置いておかないと心配で仕様が無い。

「今日はもう何処にも行かないから」

「ホント?」

 わざわざ念を押す疑り深さ。

 苦笑して目尻に堪った涙を舐めた。頬に流れ出た既出の液体も同様に。

 

 心細さは増大していく。

 不安を道連れにして、身体と心を弱らせる。

 其れこそが最大目的。

 

 嵌りきって抜け出せないところまで調教できたら、もうこちらのものだ。

 既に行程の8割。後の2割は完全なる仕上げの為に、数日離れるだけだ。

 

 

 素直に任せる身体を包む服は、ボタンが外れかかっていたのでそのまま脱がせた。あちこちに散らばる痕跡は先程のもの。

 余りに無防備に差し出されるから、却って神聖さ、処女性を高めているよう。

 犯し難い域を乗り越えてしまえば、罪悪感など感じない。寧ろ冒涜する心地良ささえ抱ける。

「ひ……、ふ、ぅあ」

 まだ柔らかい内部に直接挿り込んだ。

 僅かな抵抗すら押し入る快楽に負けない。軋む骨、歪む襞、撓む熱―――

 眩暈を起して酸欠になりそうな程、欲しがる欲が伝わってくる。

「ああ……っ」

 そのまま呼吸が止まったみたく硬直してしまう身体を赦さずに、突き上げた。

「…ひ」

 動きと激しさと、間近に感じる尖る息。呼び覚まされた感覚が兄を蕩かして、意識覚醒させる。

「あ……啓…!」

 呂律の廻らなかった舌がはっきり。

 意思の欠片もない人形のような肢体が蠢き出す。

 

 今度は兄として、最愛の相手として抱ける時間が来る。

 中を抉った途端に入れ替わるのも卑怯なのか、欺瞞か、真実なのか。

 お互いに分かってはいないだろう。

「…ぅあ!」

 同時に涼介自身を苛めば答えははっきりと示されるからだ。

「やぁ…、ふ…―――!」

 逃げて逃れる身体を、上から圧し掛かる事で閉じ込めて。

 両面性を愉しむ。

 

 

 掌で転がされて、騙されているのは。

 うっとりと男を包んだ瞬間に、確実に笑う涼介かもしれないけれど。

「あ…い、い…っ」

 舌先に毒を移して、まず啓介を冒し尽くせ。

 それから、こちらに還元して来い。