知らない男だと思った。

詰襟の学生服を着ていたから。

家族以外が居る筈のないリビング。そこにそいつは、何故か居た。誰だと声を掛けようとした、瞬間。

「襟、きちぃよ」

 言いながら振り向いた、顔は、弟。

 ……あぁ、なんだ。

 出来上がったのか、制服。

 来月から、二つ歳下の弟は中学生になる。

「これ、サイズ違ってんじゃねぇかな」

 屈託なく話し掛けてくる弟に、俺の返事はでも、遅れた。見慣れたはずの相手がまるで、見覚えのない人物みたいに思えて。つい昨日まで、ほそっこい手足をして半ズボン履いて居たのに、制服に包まれた途端、大人の形に近づいた肩や背中、なんかを意識、してしまう。

「アニキ、見てくんねぇ?」

 言われてようやく、近づいた。襟にや指を這わせる。なんでだろう。……ドキドキ、した。

「な?きちぃだろ?首も曲げらんねぇよ」

「……こんなものだぜ」

「マジィ?うひぃ、じきに毎日、これかよ」

 慣れるまで大変そうだと弟はぼやく。じきに慣れるさと俺は答え、自室に引き上げた。ドアを閉める寸前に軽い足音が聞こえて、ぱたんと閉めたか閉めないかのうちに、

「アニキ、あのさぁ」

 制服を着たままの弟が、いつもどおりにノックもなしに部屋に入ってくる。着替えるためにクローゼットの前に立って振り向きもしなかったら、いきなり。

 脱ぎ掛けたシャツごと引っ張られ、投げ出されたベッドの上。

 にっこり笑って、腹の上に乗ってくる啓介。

 ……いつもの、こと。

 そう思おうとした。これはいつものコト。一年以上前から俺たちは、裸の身体を重ねていた。セックスというより撫であい舐めあい、キスをしあって、自慰の延長のような接触。……それに、焦れて。

 弟が、俺にヘンなもの、……挿れたりしたこともあった、けど……。

屈みこまれて、重なる唇。重なった、と思う間もなく下がすべりこむ。……いつもは。

おかしかった。今日は。角度を変えて探るみたいに何度も重ねられて、俺の隙間を舌先で舐められて。そうしてようやく、俺は自分が唇をぎゅっと、噛み締めるみたいにしていたことに気づく。気づいて、おずおず、ほころばせると、弟の舌が入ってくる。

驚かせないように、気を配ってるみたいにそっと。

なにかが、おかしかった。

 ベルトに手がかけられる。いつも大抵こんな時、積極的なのは弟で。俺は、スキにさせやっている、という姿勢を崩さなかった。それはイヤじゃなかった。気持ちがいいし、スリルがあってドキドキするし、それに。

 可愛い弟を、抱き締めてやると嬉しそうに、子犬みたいに俺に懐いてくる。それを見るのは、少しもイヤじゃなかった。

 ……けど。

「けいす、け」

 呼ぶ俺の言葉に弟は答えない。俺がナニを言い出すか、予想している頑なさで聞くまいと、俺のベルトを外し前を開く。

「……やめよう」

「ヤダ」

「やめよう」

 俺に下肢に顔を埋めたままの、弟の学生服の肩が見える。知らない男の肩みたいだった。俺にふれてくる手もいつのまにか、子供の柔らかいだけの指先とは違ってる。……ナンか、ヘン。

 とても、ヘンなカンジが、した。

「な、やめよ。また、今度……」

 させてやるから。そう、言おうとした瞬間。

「あ……ッ」

 なんの躊躇も前触れもなく、俺の、に食いつかれる。

「あ……、ナニ、っ、け……っ、ヒーッ」

 歯を、たてられた。もちろん痛いほどじゃない。前歯の並びを俺の、の先端に擦り付けるように軽く。でもそれが、俺には知らなかったほどの刺激。

 違う。

 違う。いつもの弟じゃない。まるで知らないヒトみたい。知らない……、オトコ、みたい。

「大人しく、しててよ」

 気持ちよくしてあげるから。弟のそういわれアニキとしてのプライドが疼いた。力ずくで押しのけようと起き上がりかけた、瞬間。

「イッ……、ッ、ッ、……ッーッ、」

 声も、出せなかった。

 悶絶、というのは、多分こういうことをいう。

 身体の中で一番敏感な場所にもう一度、歯をたてられた。今度はさっきみたいな、痛みより刺激がつよいカンジで、じゃなく、本気で。

 ……齧られた。

 噛み切られるかと、思った。

 竦んで震える俺の、後ろにそろそろ、指をしのばせながら。

「大人しく、してて。オネガイ」

 舌ったらずな喋り方は、確かに啓介、だったけど。

「アニキにイタイことしたくない。アニキも、されたくないだろ?」

 でも、俺が逆らったら、するのか?

 お前が、俺を……、脅すのか。

 それは前にも、されたコトあった。咥えられると身動きできない、無抵抗になる。気持ちヨスギルから。でも、いつもは俺の方にそれを、愉しむというか面白がる余裕があった。……けど。

 出来ない。今日は、それが出来ない。

 どうしてなのかは、分からないけど。

 俺には、そんな余裕が、なかった……。

「啓介、けーすけ、け……」

「……ん」

 弟の肩に爪を掛ける。引き剥がそうとして、蠢く。仰向けで膝裏を抱えられた、猫が腹を見せてるような姿勢でそんな抵抗は、ないも同様だったらしい。弟は歯牙にもかけずに舌先で、俺を嬲り尽くすことに夢中。

 ひくひく、俺は震えていた。抵抗を諦めて、楽になろうとして身体の力を抜く。そうだ、イッちまえば、いい。一度吐き出せば楽になる。久しぶりの快楽に身体が引き摺られているだけ、なんだから。

 はやく、吐き出してしまえば。

 そう思って、浮かせた腰を抱きとられる。自分から、脚をさらに、開く仕草に気づいて弟は俺の膝を離す。股間から音が漏れる。くちゅ、くちゅ、湿った、淫らがましい、音が。

「あふ、……ふ、あふぅ……ッ」

 弟の腕に抱き取られ浮かせた腰が、無意識に揺れる。膝が無意識に折れて、俺にぐちやぐちゃな快楽を、与える弟の頭を挟んだ。

 離すまい、とするように、きつく。

 無意識の、ふりをした意識。もっと……、深く、シテ……。

 アツくって、キモチいい。

 あぁ、そ、こ……ッ。すごい、イイ。……浮きそう。

 ひぅ、ひ……ッ、タ、痛いの、ヤ……、。

 イタカッタ……。……舐めて、痛くなくなるまで。

 そうじゃ、なくって、舌の先で、俺、……の、の……。

 さきっぽ……。

 夢心地で俺が達しようとした、瞬間。

「……ヤ……ッ」

 無慈悲な指が、俺を拘束する。

 膨れて腫れた先端を握り締め、俺に、漏らせるまいとして。

「イヤ、やだ、啓介、……はな、ハナシ……ッ」

 弟は答えない。乱暴に、残る片手で俺の膝を、うっとおしそうに振り払う。俺が、愛しがって絡めていた膝を。そして……。

「……ヒーッ」

 前を外しただけ。ジッパーを下ろして、取り出しただけの、を。

 押し入れられる。なんの馴らしも準備もしてないソコに。溢した俺の粘液と、弟の涎でべたべたに、汚れきっては、いたけれど。

「いやぁ、いたいぃー、いや……ぁー」

 動かないで、抜いて。

 手、外して、俺に、イかせ、て。

 願いはどっちも叶えられないまま、無慈悲に、揺すりあげられる。

 擦りたてられて、死にそう。

 痛かった。それは本当のこと。……でも、

 イタイだけじゃ、なかった。

「けぇすけ、……けい、すけ……、ぇ」

 なきじゃくる声しか出せなくなった俺の。

「キス……、して……ぇ」

 最後の望みだけは、そっと叶えられた。

 

 ……怖い。

「アニキ、居る?」

 歳下の弟が。俺と同じ制服を身にまとって、俺に無慈悲に、踏み込んでくるオスが。

 高校を、地元の私立ではなく、隣の市の進学校に決めた。弟は、別に何も言わなかった。……悪あがきだってことは俺にも分かっていた。

 どうせ、自宅からの通学。夜には家に、戻る。

 可愛がって、膝で育ててきた弟に、血肉を貪り尽くされる、夜は。

「……俺んこと、憎い……?」

 そっと囁かれる言葉。聞かなかったことにして快楽を追った。弟の、……というよりも、オトコの肩に縋り付いて、より深い場所を求め、喘ぐ。

「俺、早く大人になりたかった。……なって、あんたと、キモチヨク……」

 満足させたかったのだと呟く、たぶんその言葉に嘘はないのだろう。けれど。

「出来た途端に、これかよ。……ひでぇよ……」

 ろくにクチをきかなくなった俺。身体は深く迎え入れるけど言葉は拒みとおす。

「スキ。……ダイスキ。ねぇ」

 あんたも、そう言って。

 応じて俺は唇を開く。男の耳元に息を、吹きかけるみたいにして、

「……もっ、と……」

 強請る。余計なおしゃべりしてないで、もっと……。

 哀しげにおと……、オトコは眉を寄せ、それから。

 怒りまかせに、俺を攻め立てる。待っていた刺激を与えられ、俺はくねくね、悶える。

「……アニキ、あにきぃ……」

 なに、それ。

 誰を呼んでるんだ、お前。そんなに甘ったるい声で、縋りつくみたいにして。

 まさか、俺をじゃあるまいな?

 俺に、弟でなくオトコとして振舞ったのはお前。だから応じて、俺もお前から快楽だけを、受け取ろうとしているだけ。ベッドの中で雄になっておいて、出たら弟の戻ろうなんてそんなの、赦せない。

 ……赦せない、絶対に。

 俺がアニキと、……オンナの狭間で、こんなに苦しんで、いるのに。

 お前だけ、好きにするのなんか、絶対に。

「ヘンジ、シテ……」

 いや。

 含まされたモノをナカで絞って、それが俺の答え。くうっと極まりイキかけて、でもギリギリで、オトコは耐えて、さらに俺を、嬲る。

 ……イィ。

 凄い、凄く……、キモチ、イィ。

「……うん。俺も……」

 オトコが、呟く。言われなくても、分かってる。

 お前のソレ、今、身体のナカに、居る……んだから。

「でもナンか、カナシ……」

 虚しいでも侘しいでもなく、素直な、泣き言。

「スキ……」

 半分、鳴き声に紛れてお前が、俺の、ナカで弾けていく。

 あわせて俺も、快楽の海に失墜。お前いい、オトコ、だよ……。

「アニキ、アニキ……」

 俺のもう、弟じゃないけど。

「ヘンジしてよ。なぁ、返事してくれよ。……ください」

 答えないために目を閉じる。

 疲労の中で、失神じみた、眠りはすぐにやってくる。

 腕を、引き上げられるのを感じた。俺を抱き締める、のではなく俺に抱き締められるために、オトコが俺の、腕を自分の背中にまわそうとする。

 眠ったフリで、すべり落とした。

 抱いてやるのは、夢でだけ。

 俺の可愛いいとおしい、弟だった、お前だけ。

「……」

 おやすみの、言葉の代わりに目蓋にキスを。

 するような、オトコのことは……、知らない。