初恋・10

 

 

 

 どうして、と、オンナは繰り返しオトコに尋ねる。

 おとこもいっそ、聞きたいくらいだった。どうしててめぇはこうも馬鹿なんだ、と。

 荒れた天候のせいでねそびれた夜。起き上がって寝酒を追加しようかどうしようか、ベッドの中でオトコは考えていた。酔えば眠れることは分かっていたが起き上がるのも面倒で、半端な気分のまま時だけが流れた。

 愚かな銀色はそんなオトコの部屋にやって来た。おぉい、無線を置いとくからなぁ壊すなよぉとがなり立てた。非常回線はもちんあるが、緊急時に多対一での双方向通信する場合はどうしても通信機の方が早い。

 オトコの寝室の、枕元までオンナは無造作にやって来た。自分がそんな風に思われていることを全く意識していない様子がオトコには妙に気に触った。舐めやがって、と、思った。

自身の感情が不条理であることをオトコは自覚していたが、気づかなかったことにした。腹立ちの勢いに乗った。手を伸ばす。オンナの腕を捕らえる。寝台に引き寄せられシーツに腰をぼふんと下さされても尚、オンナは事態を理解しなかった。

「なんだぁ?」

 きょとんとした顔で見上げられる。肩をシーツに押し付けてもまだ分かっていない。無防備さに何故か切なくなりながら、形のいい頭を押さえつけ唇を重ねた。

「……あ?」

 先端が触れた瞬間、色気のない異音が漏れてくる。構わずに深く噛みあわせる。閉じて拒む知恵もないらしい馬鹿は押せば引いて、これまた形だけはいい唇の内側を易々と許した。

「……、ッ」

 さすがに押し返そうとされる。伸ばされた右手を掴んでシーツに磔にする。長い睫が驚きに瞬く気配がした。目元を擽られて気持ちがよくて、オトコは笑ってしまった。

 苦しがる前にくちづけをといてやる。まだ呆然としているが、さすがに危機を理解したらしい様子で見上げるオンナに頬を寄せる。吹き出物を作っていることを見た事がない肌は吸い付くようだった。ガキだった頃はこの白い頬が気に触ってよく殴っていた。あれは性欲だったのだろうと今になって思う。抱けないオンナへの欲望を暴力でごまかしていた。

「ザン……?」

 なんだ、と答えてやるのも面倒で、するべきことをした。服を脱がせる。細長い手足を筒状の布から抜くのは多少、手間取った。バスローブだけで眠っていたオトコ自身は腰紐を解けばそれだけで済む。

「お、ぉい、……、なに……?」

 なに、じゃねぇだろうが。心の中だけで答えてカラダを重ね、抱きしめた。細い肢体が腕の中でしなる。思わず目を細める。細い。細いのにしたたかで、間接の可動角度が普通の人間より遥かに広いカラダは腕に物凄く馴染んだ。

「なに、……、ヒッ!」

 目覚めかけの欲望を擦り付ける。あがった悲鳴はまるで生娘だ。もっともオトコはバージンを抱いた事はなかった。御曹司だった時代は献上される玄人をさばくだけで精一杯だったし、ゆりかごの反逆とリング戦の後では虚無に落ち込んで情婦をつくる気分にはならなかった。

今でも特定の女は居ない。ボンゴレの後継者から滑り落ちてなお薄れない先代の愛情と当代の露骨な『お気に入り』の表明、そうしてヴァリアーの重厚な存在感に惹かれた同盟ファミリーたちが献上したがることはあるけれど、ヴァリアーの本拠地からなかなか出てこないザンザスとは接触の機会がない。

「ちょ、ザンザス、ジョーダンやめろって趣味わりぃぜッ。なんだよ、ヤりてぇんなら、街から……」

 呼ぶから、といいかけたらしい唇をもう一度、今度はさっきほど優しくなく塞ぐ。ヤリたいとも。ただし見知らぬ売春婦とではなくてテメェと。それを思い知らせる為に、舌を貪り、歯列の内側を舐めた。飲み込みきれない二人分の唾液がオンナの口内に溜まり、やがて唇の端から流れ落ちる。痩せぎすのくせして密の分泌は少なくない。

「あ……」

 二度目のキスから開放された後も、オンナはますます呆然とするだけ。唇の端から流れ落ちる雫に気を引かれ男が舐めてやる。既視感があった。昔この顔は見た事がある。ゆりかごの前、ほんの子供の頃、ナニカのきっかけで腹を立てたとき、殴って這わせてそれでも気が収まらず、唇で奉仕させたことが。

 ……あった。

 あの時、本当なら自分たちは、あのまま進んで他人ではなくなる筈だった。そうならなかったのはこのオンナが妙に慣れていて上手かったから。あーぁ、という不平そうな顔でオトコの蛇を咥え、もちろん娼婦のようにではなかったが、ちゃんと心得た様子で舌と唇を使った。

 その様子に少年だったオトコは怯んだ。オトコにはまだ、同性の経験はなかった。知っているらしい相手に知らないで触れて、知らないことを知られるのは嫌だと、少年らしい見栄でそう思った。お行儀のいい御曹司には、他人の持ち物に手を出す習慣がなかった。女の意思を気に留めた事はないけれど、男同士の仁義は守るのが習慣。

舐めさせて吐き出して、ソレで許してやった。唇を袖で拭った、まだ十四だったオンナに同い年の遊び相手が居る事は、後になって知った。なんだガキ同士かよ、と、苦々しく思ったのを覚えている。あんなガキなら遠慮することはなかったのに、と。

それから暫くしてイロモノのトラヴェスティート、女装の美しいフェイクを貢がれて経験した。手間はかかったが、味はまあ、悪くはなかった。

 前後が逆ならどうなっていただろうか。十何年も前のことを思い出しながらオトコはオンナの狭間に手を伸ばす。これを欲しいとあの時の自分は思った。確かに思っていた。でも他の男のものだから見逃してやったのだ。やっていたのだ……、ずっと。

 なのに自分から他のに食いつかせやがった。このオトコがその事件で受けた衝撃は本当に深かった。跳ね馬とその程度の付き合いだったのなら最初からそう言え。遊び相手に過ぎなかったのなら、もっと、ずっと、前に……。

 こうしていただろう。

 なんで、どうして?涙目でそう繰り返し問われてオトコは答えようとした。けれど十何年も前のことを今さら言うのは馬鹿げているし、これと刀のガキとの情事で自分がどれだけ傷ついたかを知られたくもなかった。傷つきはしたけれど好都合と言うか、契機にはなった。こうして『手を出す』踏ん切りがついた。

「別れろ」

 オトコの口から正直な要求が零れる。本当はずっとこうしたかったのだ。少年だった頃から。長い仲の相手が居たから我慢してやっていた。その我慢をもう、出来なくなったのはこのオンナのせい。

「跳ね馬と、ガキとは、別れろ」

 自分のものにする前に、口約束でもいいから筋を通しておこうとするオトコは男らしい。別れて俺のものになれと告げている。遊びではなく責任をとる、と。

「……、な、んで……?」

 怯えた表情が子猫のようで可愛らしかった。オトコがたまらず、思わず笑いかける。オンナは驚いた様子だったが笑い返すどころではない。

「オレのに、するからだ」

「なん、で……、こんな……?」 

 謂われない暴行を受けようとする少女のような物言いにオトコは複雑な気持ちになる。誘惑を仕掛け続けたのはテメェだと、怒鳴るというより訴えたくなってしまう。いつでも隣に居て、細々と身の回りの世話を焼いて、女房気取りだったクセに他の男の恋人という今までが異常だった。それをずっと耐えてやっていたのだ。なのに。

「いつまでも、他人じゃつまんねぇだろうが」

 ここ暫くの間に受け続けた衝撃の、なかで一番、痛くて重かったものを投げ返す。いつまでも他人ではつまらない。さその通りだ。全く面白くなかった。ヤっていいンならヤっちまうぞテメェ、というキモチの炎が腹の中に生じてユラユラ、揺れていた。真夜中の部屋でそれが今、天井につきそうに燃え上がってもう、収まりはつかない。

「ちからぬけ」

 早口で命令するとバカなオンナは言うことをきいた。愚かさを可愛く思う自身も相当のバカだと悟りつつ、オトコは。

「あ……、ぁ」

 カラダを進める。繋がる。侵略を受けた腕の中のカラダは咄嗟に暴れようとしたが、動いた瞬間に痛みが走ったらしくすぐに大人しくなる。ガクガク震えながら腹の中に蛇の頭を呑み込んでいく様は悲痛で、可哀想だった。顔色が青白い。

「あ……、ぅあ……」

 普段、生意気で威勢の良すぎるオンナがろくに息も吸えずに苦しむ様は可哀想だったがそそった。そそったが可哀想だった。力を抜けともう一度、繋がりを深くしながら屈んだオトコはオンナの耳元に囁く。そう強張るな、怖がるな。リラックスして抱き返せ。慣れたことなんだろうが。

他の男たちにそうしてやったように。

と、考えた瞬間、オトコの芯に思わぬ熱が宿る。跳ね馬とだけならば許せた。自分と出会う前からの仲だ。けれど新顔の刀のガキに、触れさせたことはどうしても許せない。

蛇を根元まで含ませる。細い腰と真っ白な下腹が震えている。見下ろしながら、このナカに自分が居るのだと思ってゾクゾクした。満足にほくそ笑みながら、突き上げを始める。

「ぁ、ア……」

本人の悲鳴とは裏腹に、絡みつく粘膜が甘ったれるようにうねる。視界が霞みそうな心地よさに溜め息。経験したことがないような締め付けは、まぁでも、当たり前だった。味がいいのは保障つき。美女ばかりを侍らせて社交界を泳ぎ渡るドン・キャバッローネが一番執着して、仲直りの為に見栄も体裁も捨ててボンゴレ十代目の助力を乞うた極上のメス。

「あ……、ぅ、あ、……、っ、て、ぇ……」

 痛がって苦しむオンナのカラダの手応えが良かった。鳴き声も心地よく聞こえた。当然の罰だ。テメェのせいでどれだけオレが苦しかったか、ちったぁ思い知りやがれ。最近の嵐だけではない。ずっとだ。ずっと前から、ずっと苦しかった。

「お……、ぅ、あ……」

 銀色のオンナが泣き出す。ぽろぽろ、透明な雫が零れていく。降参の白旗だと解釈したオトコは痛めつける律動を緩めてやる。目尻に唇を押し付けて涙を舐めてやる。泣き出した女はそうやって優しくしてやればみな、落ち着いて安心して、呼吸を深くして、カラダをひらいて、美味く食うことが出来た。

「……」

 銀色のオンナは泣き続けた。苛めすぎたかとオトコは少し後悔したが、正直なところ、それところではなかった。

「ヒ、ぅ、ァ、ッ」

 律動をまた、始める。気持ちがいい。腰からとろけそう。目の前では見慣れた美貌が見たことのない表情で聞き覚えのない声を上げている。甘い陶酔の声ではなかったけれど、サド気質のあるオトコ悲鳴も心地よく聞いた。

「あ……」

 ふるり、オトコが胴震いする。持って行かれそうになった。吐き出してしまいたくなったのを耐える。まだ、もっと。味わい足りていない。長年の鬱積を思い知らせるには、まだ。

「ン、ん……、ッ、ひ、ッ」

 深く抜き差しする、柔らかな粘膜ごしにコリっした、しこりがある場所を狙って。オスの生殖機能を司る前立腺を物理的に突く。機能的に健全なオンナは見る見る、前の蕊を勃たせた。

「……」

 その素直さにオトコが笑う。オンナはまだ苦しんでいるだけ。キモチの伴わない、生殖器だけの反応だった。それでもカラダにキモチは引き摺られていく。混乱しながら、従わされる。

「もっと」

 自分を蹂躙するオトコに。

「腰を揺らせ。……そうだ」

 意思ではなくて、本能が応えた。