初恋・22

 

 

 

 乗り込む前にもひと悶着があった。

 運転手として付いて来ようとしたルッスーリアを、彼らのボスは一瞥で断った。代わりに専属の運転手を呼ぼうとする銀色を阻み、言った台詞は。

「鍵を寄越せ」

 オレが運転すると彼らのボスが告げた途端、オカマの同僚が頬を紅潮させたのに銀色は気づいた。気づいたが気にしないで、バカ言うなぁと、大声で喚く。

「オマエに運転なんざさせられっかぁ!」

 喚かれた瞬間、ボスはムッとした表情。そのまなじりの端に傷心があることをオカマだけが気づく。

「だったらテメェが転がせ」

「あー。んじゃ、オレのクルマで行くかぁ?」

 銀色のそのあっさりとした提案に。

「……」

 彼らのボスは頷く。唇の端が笑っているのに、またオカマだけが気づいて驚愕した。ヴァリアーには公用車が難題も置いてあり、幹部用の送迎車と運転手も配置されている。が、オカマと銀色は私有の車も持っていた。オカマはデート用に、銀色のそれは貰い物。

隊員が緊張しながらきわしてきたのはマセラティスパイダー。銀色に輝くボディと赤を基調にした内装がひどくセクシーな高級車。

「行ってらっしゃい。ごゆっくりねぇー」

 銀色にドアを開けさせて助手席に悠々と腰を下したザンザスを、ブンブン手を派手に振りながらオカマは見送った。

 そうして自室に帰ると、そこにはお菓子を齧りながらソファに転がっている王子様が居て。

「センパイ、どーだった?」

 なんでもないような口調でルッスーリアに尋ねる。なんでもないフリをしてみても、呼ばれたルッスーリアが帰って来るのを待ち構えてていた事実で全てバレテいるのに。ここ数日、姿を現さなかった二人が心配でたまらなかったのだ、と。

「お出かけして行ったわ」

 王子様を安心させるためにオカマは気軽な口調で事実を教えてやる。

「スクちゃんの運転で、二人で」

「何処に?」

「ごはんでも食べに行くんじゃないかしら。詳しくは聞かなかったけれど」

 二人とも何処に行くかは言わなかった。二人で出かけること自体が目的なのだろう。同行者を拒んで、オレが運転すると言い出した彼らのボスはひどく若々しかった。

「けっこうボスって、可愛いところあるのねぇ」

 思い出してはぽわぁーんという気分でルッスーリアが呟く。王子様は意味がよく分からないが、あまり興味もない。

「センパイ、苛められてなかった?」

 殴られて無理やりに犯されて泣いていなかったかとそれだけが気になる。

「ほっぺはつるんと、キレイだったわよぉ。首の後ろに齧られた痕はちょっとあったけど」

 後背位でのセックスの最中、メスの背中にのしかかったオスが目の前の首筋をかぷりと噛みたくなるのは本能。ある程度は仕方がないこと。あの銀色のうなじは細くて白くて美しい。歯をたてたくなるのも無理はない。

「ボスとは普通に、仲良く喋っていたわ」

 ちらりと見えた歯形は鬱血だけ。食いちぎられてはいなかった。それはオカマの価値観では危害を与えたことにならない。愛情の発露だと解釈すべきく行為。

「笑っていたわ。ボスも、スクちゃんも」

 大丈夫心配しないのよ、と、オカマは優しく、王子様を安心させるために繰り返す。

「ボスはね、スクちゃんをお隣に座らせてドライブしたかったみたい」

「……ナニソレ」

「結局、スクちゃんがボスを隣に座らせてドライブに行ったわ」

「なに言ってんのか分かんねーけど、王子的には喧嘩してないならいいよ」

「いいわねぇスクちゃん。羨ましいわぁ。アタシもああいうことやってみたいわぁ」

「くねるなってキショいから。何していのさ、ルッス」

「特上から貰った車に、別の極上を乗せて走ってみたいわぁ」

 明日は大晦日。けれども今日は天気がよくて太陽が明るい。日向に居れば分厚いコートが邪魔になるほどの小春日和。

「いいお天気ねぇ。ドライブ、気持ちいいでしょうねぇ」

「ボスんこと一人で外に出して大丈夫かな?」

「あの二人だもの。構わないでしょう。私も今日はランチをお庭でいただくわ。ベルちゃんも一緒にどう?」

「王子ポレンタが食べたい」

「はいはい。固めに練って冷ましてからスライスして、チーズかけて焼いてあげるわよぉ」

 

 

 

 一方、ヴァリアーの本拠地があるとりでの山から、麓へ下りた二人は。

「なに食いたいんだぁー?」

 明るい郊外のバイパスを市街地へ向かって走っている。助手席の男が大きなミラーサングラスで目元を隠しているのは、瞳の色が赤いこの男には昼間の太陽がよくないから。銀色も同じく眼球を保護する為にサングラスを掛けているけれど、男のものより色は薄くてもレンズも細い。

「この車を、跳ね馬に」

「おーい、質問に答えろぉ」

「返せって言うのは狭量なことなのか」

 銀色の方を向かないままで男が言う。左手が義手である銀色の為に、コラムシフトに改造された特注車は改造費用を入れて一千万程度。ザンザスの専用車、フルストレッチリムジンに比べればちょろいが、それでも相当の高級車。

「何食いたいか言えぇ。何処行くか決められねぇじゃねぇかぁ」

「先に質問に答えろ」

「粋な男が言う台詞じゃねぇかもなぁ」

 銀色の返事を、オトコはフンと鼻先で笑い飛ばす。粋な男になど、なるつもりはない。

「この車は跳ね馬に返せ」

「イヤだぜぇ。気に入ってんだぁ」

「同じものを買ってやる。これはあいつに返せ」

「……」

 それは、もしかしたら究極に粋な言葉かもしれなかった。

「嫌なのか」

「わざわざそんな、追い討ちかけたかねぇなぁ」

 銀色は正直に本心を告げる。

「いっぺん貰ったモン突っ返すのはよっぽど嫌いになった時だろ」

「なってねぇのか」

「なってねぇよ」

「別れたんだろう?」

「別れたけど、嫌いになって別れたんじゃねぇ。それより好きなのが出来たっていう、それだけだぁ」

「……」

 男は微妙な表情で口を閉じる。アレよりオマエを好きだといわれているのは分かる。機嫌をとろうとされている。けれども嬉しくない。どうして、だろう。

「アイツぁオレに一回も悪ぃことしやがらなかったぜ。オレはすワガママ勝手ばっかだったのに長く続いたのはあいつが我慢強かったからだぁ」

「……」

「我慢強かったのはオレの方だ」

「なに言ってんだぁ?寝言かぁ?」

「てめぇが人妻と思ってたからモノのにしないでおいた」

「……」

 今度は銀色が微妙な表情で黙り込む。

「何が言いたい」

 唇の内側に言葉が潜んでいることに気づいた男が促す。

「言ったら殴られそうだからよぉ」

「いえ。気になる」

「そーゆーの我慢強いっゆーのかぁー?」

「でなけりゃ、なんだ」

「分かんねーけど、チガウなんかなんじゃねぇかってよォ」

「バカっていいてぇのか」

「まさか」

 銀色が即答する。そうして、よく分かんねぇよともう一度、言った。

「……」

 男が詩文の唇を舐める。車は市街地に乗り込む。銀色の美しい髪がキラキラと輝いている。教えてやろうかと男は思った。教えてやりたいような気分になった。世界が明るくて美しかった。

「……それは」

 銀色の違和感の原因、男自身の正体、長年の抑圧の原因を、教えてやろうと、した途端。

「あ」

 銀色が声をあげた。男がつられて対向車線へ視線を向ける。そこには車高の低いスポーツカーが停まっていて、中には二人の若者が乗っている。ボンゴレ十代目の雨と嵐の守護者。

 向こうもこっちに気づいた。ハンドルを握っていた山本武がやや驚いた表情で、それでもにっと笑って片手を上げる。隣の獄寺は更に積極的だった。サングラスの男に目線で会釈しつつ、銀色に向かってキスを指先で投げる。

「……」

 挑発されることに慣れていない男はサングラスの下で眉間に縦筋を刻む。

 懐かれることに慣れた銀色はすれ違いざまに片手を上げる。

「デートかよ。仲いいなぁ、オマエら」

落ち着いた口調で、聞こえもしないのに冷やかし、そうしてすぐ、隣の気配に気付いて声掛けた。どうかしたかぁ、と。

「これは違うのか」

 銀色にそう尋ねる男の、サングラスの下の表情は真摯。

「なにがだぁ?」

「これは」

 今の、自分たちは。

「デートしているんじゃないのか?」

「……あ?」