初恋・3
懐にぐいぐい、顔を押し付けるようにされて。
「……、なん、だぁ……?」
うとうとしかけていた銀色が目を開く。
「はなし、してくれよ。スクアーロ」
「あぁー?バカ言えぇ。疲れた……。ねみぃ……」
その語尾さえ寝息に紛れそう。それもムリはない。十歳近く若い相手の好きなように、望むだけの蜜を与えたオンナは本当に疲れきっていた。
「キチかった?」
「……おぅ」
「オレもちょっと、頑張りすぎて今、わき腹がつりそう」
若い男の正直な告白に。
「ぷ」
銀色のオンナは笑ってしまう。笑わされたら負けだということを知らない、初心で素直なところがあるオンナだった。
「でもす、っげぇ、気持ちヨカッタ」
抱きしめながら囁かれる賛辞に銀色はまた、今度は声を出さずに笑う。あれだけ『お代わり』をしていて、不味かったと言われたら立場がない。
「これっきりとか言わねぇよな?なぁ?」
「これっきりだ」
「ヤだ……」
「とかは、言わねぇが、まー、一応、忘れとけ」
「それどーゆー意味?」
「オヤスミ……」
「ヤダってば、起きて、説明してくれよ、なぁ。なあって!」
「会ったらヤって、みたいに、てめぇと、なんのは……、ごめん、だぁ……」
すーっと、その後で本格的な寝息。カクンと意識を失った銀色を、若い男は、もう揺すり起こさなかった。苦しそうではないけれど確かに疲れて見える。そっとその頬を指先で撫でて、唇で触れてみる。
「忘れねぇよ」
意に逆らう、言葉を形のいい耳元に囁いた。最中に舌を突っ込んだら泣き喚いてくれたことを思い出しながら。何処もかしこも敏感で、触れるところの殆どが性感帯といってよくて、抱いて、ひどく、愉して嬉しいカラダだった。
「あんたにも、忘れさせねぇよ」
けれども、カラダの味よりも。
「あったか……」
眠りにおちる前に、背中に廻して抱きしめてくれた生身の右腕が暖かい。今だけじゃない。ずっと、ずっと……。
「ずーっとさぁ、あんたも」
オレのこと大事にして、可愛がってくれたよな。
ほれ込んでいると囁かれた。才能に対してという注がついていたけれど、それも自分自身。死ぬほど厳しい師匠だけれど、涙が出るほど優しい時もある。
「……欲しい」
このヒトが欲しい。自分のものにしたい。それをどうすればいいのかはまだ分からない。わからないけれど欲しい。
「ディーノさんとはさぁ、会ってヤって、みたいなワケ?」
さっき聞いて引っかかった言葉を頭の中で反芻する。どういうことだか、わからないではない。オンナウケのいいこの若い男には年上の女からの誘惑が多く、女子大生やOLといった『オネーサン』の部屋の鍵がポケットから絶えたことがない。
約束の日に行ったら料理が用意してあって、食べて飲んで、抱き合って別れる。泊まっていけばと時々誘われるけど、父親の手前、それはしたことがない。花のようにキレイな彼女たちのことも好きだ。けれども所詮は仇花、お互いの人生に大した意味のある行為ではないと分かっている。
「それが不満なんだ、あんた」
半分寝ぼけて告げられた言葉の意味を、若さに似合わずしたたかに聞き逃さなかった、これは恐いところがあるオス。
安らかな寝息を漏らす、たいへん整った顔を見つめる。さらさらの銀髪は纏めて頭上に流されている。暗殺部隊としては世界的に高い評価を得ているヴァリアーのサブ。キツくてカタくて鋭くて、いつでも覚悟がいい。
「……おやすみ」
寝息につられて目を閉じながら、若い男は、夢心地で囁く。
喧嘩をしているらしいことには気づいていた。銀色の鮫は思慮が浅く、尋ねられれば大抵のことは答える。質問者がヴァリアーの仲間、中でも子供の頃から可愛がっていた王子様であれば尚更。
「センパイ、跳ね馬と喧嘩してんの?」
幹部が集う食卓で部下たちは好き放題に喋る。銀色の美形はおぉと、ターキーの手羽元を齧りながら答えた。意識の殆どを食べ物に向けながら。塩コショウしてバターでソテー、白ワインで仕上げた白いターキーは獣肉というより白身魚に近い食感で、シーフード好きの銀色の好物。
「あー、やっぱそーなんだー。昨日、ちょっと出先で会った、っていうか待ち伏せされてさー」
ティアラの王子様の曖昧な発言に。
「ヤベェとこ見られたんじゃねぇだろぉなぁ?」
銀色の鮫が敏感に反応する。この王子様は仕事で遠出した先の殺し屋を始末して『遊ぶ』癖がある。それはトラがチーターの仔を見つけ次第に噛み殺すことにも似ている。生存競争が競合する相手を排除しようとする本能に忠実な振る舞い。
「門外顧問あたりに密告されたら、庇いきれねーぞぉ」
しかし、社会生活が発達しすぎた人間の本能は壊れた。それに忠実に生きることは許されていない。ボンゴレと同盟関係にあり、かつ、家庭教師との関連でボンゴレ門外顧問と親しいドン・キャバッローネの口から『犯罪』をリークされることは、マズイ。
「見られてないよ。ひやっとしたけどさ。でさ、跳ね馬は王子にゴハン奢ってくれたんだけど、そん時に、ずーっとセンパイんこと聞かれて探りいれられたよ。なんで喧嘩したのさ?」
「つまんねーことでだぁ」
「どんなつまんないこと?」
「つまんねーったらつまんねーんだよ」
銀色の美形が珍しく口を噤む。ふぅん、という表情で王子様は自分の鴨を食べる。男はサーロインを口に運びながら、その会話が奇妙に気になって、記憶に残っていた。
数日後。
沢田綱吉からの、電話。
『遊びに行っていい?』
そんなことを言いだされ、呆れて溜め息をつく間に。
『ディーノさんが一緒なんだけど』
酔爺の意が酒でないことを自己申告されてしまう。
『キミにプレゼントがあるんだ。天空のライオンシリーズが手に入って』
欲しくて捜していた匣兵器の名前を出されて。
「……どれだ」
オトコは思わず口を開いてしまう。それは来訪を略式に承諾したことになる。
『ライオン。真っ白。キミによく似合うと思うよ』
「ドカスは売らねぇぞ」
ヴアリアーのボスとして一応、それだけは言っておいた。