瀬をはやみ

 

 暑い、真夏。

 それは分かってる。俺だって暑い。

 殺人的な陽光がふりそそぐ、真昼。

 それも分かってる。だからこそ、剥いで見たかった。

 ものみな萎れて、絶え絶えな呼吸を繰り返すだけのなか一人、涼しげにすました顔の彼から、藍色の衣装を。

 剥いで、真っ白な肌にかぶりつけば、少しは俺も涼しくなれる気がして。

「馬鹿……、俺だって暑いんだから」

 暑気に蝉さえ声をひそめそうな、昼下がり。あまりの暑さに城内の人間も殆どが昼寝中。ご多分に漏れずに俺も、城で一番涼しい天守閣を開け放って、夏布団を敷かせて可愛いヒトを引きずり込んだのだが。

「……暑い」

触れ合う肌が、互いの汗で湿る。ふだん、汗をかくことが滅多にない人のかすかな匂いに妙に興奮……、する。

「んー……」

 昼だから、全部は剥かなかった。涼しい麻の単を一枚、俺も彼も着たまま、でも、彼の帯は解いた。素肌に顔をすりつけるみたいに手と唇で辿って、わりと早めに、狭間におちる。

「……ん」

 びくっと浮かせて、まるで俺を、導くみたいに腰を浮かせてくれる。

 布団と彼の単との隙間に腕を差し入れて、細腰をぎゅうっと抱いた。狭間をぐちゃぐちゃに愛しながら。

「も、いいから……、シロよ」

 明るい昼の情事がスキ。彼が可愛いから。白い肌がよく見えて愉しいから。彼が、のぼりつめるのか早いから。

「ん……、もーちょい」

 一年ごとに江戸と国許を往復する俺。母親の関係で京の藩邸に詰めている事が多い彼。愛し合える時間は限られていて、その分、近くに居る時は濃くって甘い時間を過ごすと、決めている。優しくして優しくして、彼が耐え切れず泣き出すまで愛して。

「けい……、すけ」

「……ん?」

「し、てくれ。……おいで」

 自分から膝を開いて、俺を招くみたいに、差し出されるそこに、俺自身でなく唇を当てると、

「……ばか、ぁ」

 とうとうもれる、かなり本気の、悲鳴に似た嬌声。

「遊ぶだけならも……、しない」

「ねぇ、なんで返事くれなかったの?」

 彼のナカ、弱いところを弄りながら尋ねる。

「江戸から俺が何度も、手紙書いたのに、なんで?」

「……、し、た」

「一回だけだったろ。俺は、京屋敷に使いが出るたびに、ずーっと書いてたのに」

「だって……お前、いっつもおんなじこと、……、ッ、書いて、来るから」

「キモチは毎回、新しいのにさ」

「だって……、誰かに、読まれたら……、ん、困る、し」

「京でずいぶん、もててるそうじゃない」

「あ、ヤ……、そこ、いや」

「玄人に好かれそうなヒトだもんな、あんた」

「いやって、弄るな。……ダメ、って、ば」

「オンナにもそんな風に鳴いてやったの?」

「ちが……、い、やぁ、ッ、けい、や……、そん、なに」

 彼が泣きながら身体をよじらせる。甘い声を漏らしながら、足の間に埋まった俺の髪を掴む。けど爪はたてきれず、形のいい指が頭皮をきつく滑っていくだけ。本気ではがそうとしていないと、俺は判断して、続けた。

「ひ……、ッ」

 イキそうに痙攣するヒトの、

「い、やぁ……」

 根元をキツクつかんで、零させない。

いつもそうする。最初だけは、一緒に。そうじゃないと、ナンかちぐはぐな感じがするから。だから、最初だけは、

「啓介、けい……、し、て……」

 彼が必死で哀願する。俺をくわえこんで陥落させないと、自分も楽になれないと、知ってるから。

「俺、のこと、スキ……、なら、して……」

 泣きながら、そんな可愛いことを言われて。

「飽きて、遊んでるんじゃないなら……」

 ちゃんと抱いてと、言われて俺は、あっけなくオチタ。身体はもうちょい、もちそうだったけど、ココロの方が、彼のナカに包まれたくて。

「すっげー愛してるよ」

 分かっているだろうケドと、囁きながら。

「……あ、……。っ、あ」

 とろけて、ひたりと、俺を包み込むナカに沈む。

「んぁ。あ……、ん」

 愛せば潤んで、俺を飲み込む可愛いヒト。

「浮気、すんなよ」

「うん……、う、ん」

「あんたがナニしてるか、俺には筒抜けなんだからな」

「ん……ッく、あ……、け、いす、け」

「島原の、女のとこにはもう、行くな」

「……っ、くぅ、ん……」

「分かった?」

 問うとこくこく、必死に頷く。ちゃんと理解してとうしているのかどうか、ちょっと分からなかったけど。

「あんたは俺が愛してるヒトだ。……勝手にほかに、触らせるな」

 嫉妬まるだしの台詞をぶつけながら、キツク身体を抱き締めて、注いだものは、執着。

 

 日が翳り、世界が夜に包まれても、気温はいっこうに下がらない。

「……誰だ?」

 城内で最も奥まった一角。滅多な人間は入れないそこで、不意に聞こえた水音。手にした紙燭を掲げて誰何した声に、

「俺だ」

 かえってきたのは、ごく短い言葉。

「なんだ、涼介か。なにしてる」

「見て分からないか?」

 言われてみれば一目瞭然だった。立てって居るのは盤台所うらの井戸のほとり。手には桶、あしもとには水溜り。麻の単はびっしょりぬれて、前髪から水滴が滴る。

水浴びを、しているのはわかる。しかし何故、ここでそうしているかがわからない。

「暑いんだ」

 言いながら、手桶に汲んだ水をもう一度、頭から被る。肌にぴったり張り付いた着物越しにきゅっと締まった背中や腰の線が露骨に分かる。

「髪は拭いて置けよ。風邪をひくぞ」

「この陽気で、どうやって……」

 苦笑しながら、濡れ縁に上がってくる彼に、

「ひくって。うちの弘文も、夏風邪ひいてて、大変なんだからな」

 親ばか丸出しの言葉を告げながら、明りを差し出してやろうとする、横に。

「う、ワッ」

 唐突に出てくる腕。誰だという間もなくその腕の付け根が首が顔が、明りの頼りない輪の中に浮かぶ。この城の主人。

「馬鹿……、ぬれるって」

 水滴をしたたらせる彼は、座敷に引き込もうとする城主の腕に逆らう。強引に、けれど城主は座敷に彼を、連れ込んだ。音高く閉じられる障子。中からかつての親友、今となっては義兄でさえある彼の声で、

「宿直はいいから、早く帰れって」

 明るく告げられる。

「弘文、看病してやれって。……将来、藩主になる子供だから」

 とんでもない言葉をさらっと告げられて、思わず立ちすくむ史浩の耳に、

「……だって」

 普段とは別人のような、甘い囁きが聞こえてきた。

「居るなんて思わないから……、こんな夜中に、マジメに見回りしてる奴なんか」

 答える声は聞こえない。

「そんな、怒るなよ……、史浩だぜ?義弟だ……、あぁ、そっか……」

 くすくす、笑い声。

「違うさ、お前と史浩じゃ、全然……。ん。そう。……怒るなってば。狸に見られたよあうなもんだって」

 それ以上そこに居たら覗きになりそうな気がして史浩はため息もつけず、足音をたてないように、そっとその場を離れた。

 

 領地の視察、という名目の遠出。

 人のすまない奥山、川というより滝に近い、冷たい流れが大きな巌の間を流れ落ちる。

 巌の上に架設された、夏の間だけつかえる涼台。夏は涼しく、夜になると気温はぐっと下がって、肌寒さを感じるほど。

「秋までここに居ようか?」

 川音を聞きながら上機嫌の涼介に藩主はそう言った。本気だった。暑いのに弱い恋人が生き生きしていたから。

「出来るわけないだろ、そんなこと」

「俺がしたいって言えば出来ないこと、ないんだぜ。ここでは。あんたがしたい事、なんだってさせてやるよ」

「じゃあ一つだけ」

「幾つでも」

「俺を……、悪いオンナにしないでくれ」

 川の上に張り出した涼台から、美しい月が見える。

「お前を愛しているよ。だからお前には、オンナに誑かされて」

「みたいよ。あんたになら」

「義務と責任を忘れる男には、なって欲しくない」

「ナンかあんた、勘違いしてるみたいだけど」

 二人の膝前に置かれた肴の膳も酒器もとおに、わきにどけられて。藩主の頭を膝に載せて、優しく頭を撫でながら微笑む、月より冴えて美しい面輪。

「俺って、責任感があるわけでもなけりゃ、名君でもないぜ」

「お前は……、素晴らしい施政者だ」

「あんたに褒めて欲しいからフリしてっだけ。あんたが居なくなったら、すぐ、放蕩者に、戻るよ」

「……いいよ。放蕩して」

「マジ?」

「俺の、前でだけなら……」

「そんな優しいコト言うと後で後悔するぜ。……俺、ホントに無茶苦茶、悪い遊び、してるぜ?」

「いいよ。知りたいから」

 膝の上の頭を抱き締める。屈みこんで、覆い被さるように。

「お前がどんなコトしてきたか、知りたい……」

「ろくなコトじゃねぇよ?」

「それでも知りたい。お前のことなら、なんでも」

「……嘘、つかない?」

 掌を襟から差し入れて、涼介の胸元に差し入れながら藩主は念を押した。

「怒ったり、あきれたり、しねぇ?」

「しないよ」

「本当に?絶対?」

「うん。……なんでも、していい」

 指先で爪の先端で、みつけた弱みを嬲る。嬲られて涼介はしばらく、唇を噛んでいたが。

「……ッ」

 たまらず腰を浮かせ、立ち上がろうとしたとき。

「動くな」

 静かな声で、告げられて強張る。

「このまんま、襟、ひろげろ」

「……啓介。ッ」

「舐めてやるから、おりてこい」

 嫌だとは、涼介は言わなかった。言えなかった。好きなようにしていいと告げた直後だった。要求されるまま月明かりの下、自分で胸をつくろげる。指が震えてしまうのは羞恥か、それとも期待か。

「屈めよ。手ぇついて」

 這うようなその姿勢は、時々させられる姿。でもいつもは、男には背中から抱かれる。下から眺められ、嬲られるのは初めてで。

「……ア」

 興奮、した。

「あぁ、……ぁ」

 胸を舌と指で弄られる。それはいつものことなのに、上下の位置が違うだけでこんなに感覚が違ってくるのか。ひどく……、イイ。

 自由に動ける。押さえられていないから。そう、本当はこうやって。

「ひぅ……、う、ン」

 スキにして、みたかった。動かない位置の男の舌と唇に、自分の胸を押し付ける。もっと、して。甘くかんで、絡めて、吸って、可愛がって。

「……、あ、ぁ」

 思うが侭の愛撫をされているうちに、腰の奥に宿る、熱。

 慰めて欲しくて男の手を、胸からはがしてそこへ導こうとしたけれど。

「……」

 男は掌を動かそうとしない。慰められたければ自分から近づけと、言われなくても、分かった。

 我慢できた、時間はひどく短かった。

 羞恥に泣きながら欲望に負けて、自分から、男に差し出す、潤んだ場所を。

「っ、うン」

 強烈過ぎる刺激に泣きながら、零した。

「ンーッ」

 帯は解かれないまま、乱れた着物の合間から見える肌。

「っく、ん、ン……、い、ぃ」

 悪達者な愛戯に翻弄される呼吸。

「キモチいい?」

 尋ねられ、がくがくと頷く。

「……ガキの頃にも、来たことあったよな、ここ」

 父親が正妻を娶る前。母親が御国御前として、誰はばかることなく愛されていた、頃。

「覚えてる?」

 囁きかける罠に、

「……、さ、ぁ」

 呼吸を乱しのたうちながらも、彼は引っかからない。

「忘れた、かも」

「思い出せよ」

「んー、……どうしよう、か」

 はぁ、と熱い呼吸を継ぎながら、凄絶に微笑む美貌は、性質が悪い。悪いから、余計、キレイだ。

「お前、が……」

「俺が、なに」

「……って、くれたら」

「なにされたいの。してやるよ、なんでも」

「……ホント」

「勿論。あんたが、されたいことなら、なんでも」

 甘い優しい告白に、

「ほら」

 差し出される、小指。

「……覚えてるか?」

 答える代わりに、絡められる男の指。

 自分のごとを、涼介は唇に含んだ。

「愛してるぜ……、アニキ」

 瀬音に紛れて、告げられる言葉は。

「あんたのことを、物凄く」

 昔の誓いと、同じ声。

 

 

瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の

   われても末に あはむとぞ思ふ