いぶせしと
おもふ心も
くちなはをかりのすがたと
しらばとけなん
気になる。
とでも云えば可愛らしいものだが。
其の様な単純な執着では無い事はうねる心が示していた。
苦しい。
気管の奥に何かを詰込まされた様に。
歯噛みして怨嗟の蠱毒に塗れた肢体は己でも持余し、少しでも浄化を謀ってみた処で微量たりとも殺がれる事は決して無い。
鮮血色の眩暈だけが一時の逃避への前兆。
狂踏の挙句、神降をしくじった巫女の様な瀕死の消耗。
凍えた指先は不吉な白さ。
痙攣して動かぬ指は僅かたりとも摑み止められず容易に避匿を許す。
嗚咽すら許されぬのなら冰の爪で喉を切裂き溢れる己の血潮で爪先を温めよう。
此処で。
此の場所で、温めて慾しいのはお前にだけ。
戻って来て、今直ぐに。
此処へ。
此の場所だけが、温め待っている唯一の安息地なのだとあれ程優しく囁き続けてきたのだから。
此処が。
此の場所は、二人で居なければ為らない汚れた聖地と云うのも痴がましい位の極寒の日常と絶対零度の非日常とが交わる平凡な空間。
気にしながら。
過敏な指先に刺さった小さな棘の様な刺激と譬喩すれば合うのだろうか。
吐く息と。
吸い込む息が。
こんなにも、するり、と肺の奥処迄満たす。
苦痛を訴えたくなる程清浄な明け方の峠の空気は服の隙間から忍び込み、狂気じみた速度に慣らされた肌の温度を少しでも上げ様と弄りに掛る。
乳白色の淡靄が視界を嫋やかに押し包もうとする彊迫。
禹歩を踏んで、仙酒に酔う神仙の様な満悦の漾虚。
炙られた末端の毛細血管は朱を浮かせて。
奔流の赴く儘に波打つ鼓動は全てを巻き込んで猶足りないと貪欲に慾する。
吐息まで体内を流れる粘着質の体液に湯煎の様に温められて、体内と同じ温度。
彼処で。
彼の場所で、肌膚に所有の焼印をいれ様と狙っているのだろう?
そうしないと、均衡を保てない弱さ。
彼処へ。
彼の場所だけが、蛇を思わす其の白膚の温度を確かめる事の出来る唯一の隠処地だと直観的に悟った。
彼処が。
彼の場所は、二人で荒し尽して廃墟同然になった処女地とも云うべき微温の日常と地獄の灼熱の非日常に揉まれ続ける悲哀の空間。