指先の火花

 

 

 

ある天気のいい夕暮れ。

真撰組副長にして黒髪の二枚目、水商売の女とホモにはたいそうもてる男・土方十四郎は、怒鳴り散らしながら局長の部屋の襖を開けた。

奥の局長の私室ではなく表の執務室だったが、ろくに声もかけずに。近藤さん聞いてくれよこのバカヤローがよぉ、とか何とか、口走りながら。

何を訴えようとしていたかなんて、一瞬で消えた。

そこで罪深く息づく、時限式爆発物を見て。

「……うおっ!」

 あんまり思いがけなくて、一呼吸置いて驚く。

 驚いた後も、この俊敏な男にしては反応が鈍い。

 近藤勲の部屋は土方にとって自室も同然。そこにない筈のものが『ある』という事実をうまく、意識が認識できないでいる。

「失礼」

 目の前で立ち尽くす副長に軽く声を掛け、監察の腕利きは敷居を越え部屋へ入る。懐から電子聴診器を不審物に当てる。オレンジ色のカセットコンロ状の物体と時計の組み合わさった、見ただけでよく分かる時限爆弾。

「カウントしてます」

八畳ほどのキチンと整頓されたその部屋の中央、執務机の上に、あるのがそうだと、電子聴診器を耳から外しながら山崎が告げる。カセットコンロの中身が通常の燃焼ガスなら満タンに入っていても、この部屋のガラスが割れる程度の威力しかない。しかし。

「最悪、塩素酸ナトリウムならこの棟が吹き飛びます。隊士たちの避難をお願いします」

 聴診器同様、山崎が懐から取り出したのは一見、女の子がよく持っているソーイングセット。しかし小型爪切り、ごく薄いプラスチック板、針、極細の針金、テグス、ニッパーという爆弾処理の為の道具だ。

「五分たったら解体を始めます」

「分かった」

 危機感が伝染して、正気に戻った副長は局長室のマイクで非常事態『訓練』を宣告する。真撰組が選等集団として軍に準じるものである以上、緊急集合訓練も月に数度は行われる。

「総員、屯所西門横駐車場へ集合。装備の必要はない。非常要員は別に確保手配済み。三分で整列。非番のヤツもだ、布団部屋に転がり込んで済まそうと思うなよ見回るぞッ」

 鬼副長がマイクで凄む効果は絶大だった。ばたばたと隊士たちが駆けていく気配が廊下からも中庭からも聞こえる。それは一分ほど続いたが、すぐに屯所はしーんと静まった。

 まだ二分も経っていない。日頃の訓練と恐怖政治の成果だ。

「早く出て行ってください」

 汗で指先が濡れることを防ぐために手術用のごく薄い手袋を嵌めながら、山崎は緊張した声で背後の鬼副長に出て行けと催促した。目線は爆発物の監察を続けている。時計とボンベを繋いだリードの、順番を読み取ろうとしている。数が多すぎるから幾つかはダミーだ。そうして大抵、ダミーを断線すれば即、起爆するように細工されている筈だ。

 火薬と信管を分離されて爆発物を無力化させる爆弾処理は、敵陣への潜入さえ易々とこなすこの山崎が緊張する、殆ど唯一に近い仕事。

「行けるか。責任があるからな、見てる」

「邪魔です。気が散ります。行って下さい。うまくやれたら、べろチューしてください」

 ヘタレのくせに言葉は語尾まではっきり発音する。そうして台詞には遠慮というものが欠片もない。

「……そうか」

 珍しく素直に副長は頷き、専門家の指示に従って非難。

「あと四十秒で五分です」

「お前の舌が抜けるまでチューしてやる」

 

 風変わりな『カップル』の、それが別れの言葉となる事は幸いにしてなかった。

 しかし。

「……、ひ、じかた、さん」

「おぅ」

 殆どまつげが触れ合う距離になって、怯んだ山崎は細く声を掛ける。

「ナンで、いっつも、土方さん、は」

「えびぞりに逃げるな」

「チューするとき、襟首を締め上げるんですか……?」

「やってる最中、勝手に身動きされるのがイヤだからだ」

 真撰組副長は、いつもはっきりと男らしい。

「胸で喘ぎだしたら息は継がせてやる。それまではじっとしてろ」

「はぁ。……女の人の時も、こんな風にするんですか?」

「基本はな。でもオンナは顎が細ぇから、もちっとムードがある捕まえ方になる」

 こんな風に、と、オンナたらしの色男は実演してくれた。片手の親指と人差し指を顎下に添えて持ち上げるやり方なら、情熱の範疇。

 しかし男の、曲線が浅い顎ではそういう訳にはいかなくて。

「ひえぇぇえぇぇー」

 再び両手で襟首を掴まれ、山崎は情けない悲鳴を漏らした。

「てめぇのリクエストに答えてやってんのにひえぇぇはないだろーが。イヤなら止めるぞ」

「う、嬉しい悲鳴ですぅ〜」

「よし」

 ぷ、っと、横を向いて吐き出しされた煙草は絶妙のコントロールで灰皿の中に落ちて。

「目ぇ瞑れ」

「はいぃいいぃぃいぃぃぃ〜」

 仰向いて喉を晒し、案外ながい睫をふるわせているくせに。

「……」

 自分を引き寄せる相手の、半身に構える癖のある腰にそっと腕を廻す度胸がアンバランス。

「……」

 唇を舐めながら目尻の艶な真撰組の副長は、でも、何も言わなかった。

 警視庁内の爆発物研究班が作成した偽造爆発物を、見事に解体した指先は器用で繊細で優しくて、そのくせ帯電しているような刺激で、服ごしなのに触れられる腰の内側にピリッと小さな、火花を散らしていく。