山崎退。

 真撰組の会計課と内部調査課を兼ねる監察部門の責任者にして鬼の副長・土方十四朗の側近。懐刀とか腰巾着とかいうよりも、『奴隷』的なお気に入り。

 腕はいい。剣もそこそこだがそれ以上にそれ以外の利用価値が高い。諜報、潜入、そして爆弾処理。副長の身の回りの世話とくに料理。そして変装。とくに、女装。

「ちょ、待てぇ」

 化粧をして女装用の補正下着を身に着け、着物なり洋服なりを着るとけっこうな美女に化ける。美女ばかりを狙った人身売買目的の連続女子誘拐犯に『誘拐』してもらうことが出来るくらいには。

山崎の女装姿がすらりと美しい理由を、沖田総悟はその日、知りたくもないのに知った。顔立ちは目元パッチリなので化粧で化けやすいし、衣装は殆どが仕立てものだからだ。肩幅を誤魔化し腰に丸みをつけるべく、着物自体に綿や詰め物が入っている。その、一つを。

「はいはい、動かないでくださいね」

 沖田は着せられている。着せているのは喋っている山崎ではなく鬼副長の土方十四朗。

「沖田さんの若々しさを生かして、衣文はキツメにしましょう。もう少し引っ張ってください。はい、いいです。いい感じです」

口を動かす山崎の変わりにてきぱき、山崎の指示する位置で襦袢を合わせ腰紐を巻いて、その上からさらに伊達締めをビシッと沖田の、まだ完全に成長しきっていない細い胴に巻きつける。

「土方さん。アンタぁ、女物の長襦袢を着せるのがなんでそんなに上手いんでぃ」

「……姉貴が居るからだ」

 土方はさっきから無口だ。喋る唇の端にはいつもの煙草がない。山崎の持っている着物は正絹で、何万という長襦袢・何十万という代物。万が一にも焼け焦げを作らないためで、仕方がないが少し辛いらしい。

「土方さんは何をさせてもとてもお上手ですよ。着物は、俺が黒地に赤の蝶にしますから沖田さんは赤地に白でね」

「なぁ、山崎」

「赤はお嫌いですか?」

「嫌いじゃねぇけどよ。そうじゃなくって、なぁ、ボーイで勘弁しろィ」

 沖田総悟にしてはたいへん下手に出た丁寧なもの言いだった。しかし、返事は。

「ダメです」

 にっこりと、でもハッキリとした物言い。

「ボーイじゃ席につけないでしょう。俺の代わりにお客さんにお酒つくったり、煙草に火を点けたりしなきゃならないんですよ」

「土方さん」

「……なんだ」

「アイス買ってあげやかすから代わってくだせぇ」

「……いや」

 だ、と、最後まで鬼副長が答えるより先に。

「ダメです」

 断固とした口調で山崎が沖田の提案、というより、敵前逃亡を却下する。

「土方さんは骨格が良すぎます。きれいなカラダされていますが女装には向きません」

「……だ、そうだ」

「ちぇーっ」

「そんなに嫌がらないで下さいよ。やってみると楽しいもんですよ。沖田さんは若いし可愛いし、ちやほやしーされてお金もらえるんだからチョロイもんです。俺らは売り上げ競争に首を突っ込きなくっていいんですから。日当いいんですよ。年末手当と着物手当てついて補償額一万五千円です」

「……あ?」

 山崎の指示通りの着物を着付けられていた沖田が妙な声をあげる。

「ンだ、そりゃあ?」

「今日の沖田さんのお給料です。初会って言えばチップもつくんじゃないですか?オレのお客さん来たらそう言ってあげますよ。ああ、よく似合います。やっぱり着物は男の方が似合いますよねぇ。寸胴っていうか、この細腰は俺じゃないと有り得ないですから」

「おい、どーゆー店で働いてンだてめぇ」

「歌舞伎町ですからねぇ。膝とか胸とか触られるかもしれませんけど、かるべくオレがガードしますから」

「六時間で一万五千円か?」

「はい。沖田さんはオレの紹介で、スカウトと扱いですから。これが自分から面接に来た女の子とかだと六千円とかなんですよぉ」

「ちょい待て、その話だと、オマエは幾らだよ」

 帯までぎゅっと締め上げられ終わった沖田はよろよろしながら出窓に腰をかけた。土方十四朗が今度は山崎を着付けてやる。

「三万円です。でもこれでも、ちょっと人気者でして、チップ含んだ手取りは五万くらいいきますねぇ」

右の肩が固定されていて動かせない山崎は襦袢だけを右腕に通して、上衣はそのまま、懐手のような着付けを指定した。そうして、ナンか誰かに似ているなぁと自分で鏡を見て笑う。確かにその様子は、ドコなの隻眼美貌のテロリストによく似ていた。常態ではない。けれどかえって、そこがあざといほど艶やか。

「マジか?」

「本当かどうか、すぐに分かりますよ。不規則勤務のわりには指名客居るんです」

 あっさり具合が本当のことっぽい。

「さて、じゃあ行きますか。ここから出て、少し歩いてからタクシーに乗ります」

「え?店まで歩いてけるだろう?」

「ヤマちゃんは草履のそこが減るようなことはしないんです。水商売の女は見栄はってナンボです」

 そう言う山崎の唇は赤く麗しく、美しい女だけが持っている自負という名の高慢が透けて見えた。ヒュウ、と、沖田は軽く口笛を吹く。こちらも薄化粧を施された顔が、実に可愛らしい。

「見た目と口はまぁまぁのメスヌ゛タじゃねぇか、ヤマちゃん」

「源氏名、沖田さんはどうしましょう。そーちゃん?」

「ヤメロぃ」

「じゃあオッキーで。じゃ、行って来ます土方さん。帰りは午前様ですから、先にお休みになっておいてください」

「いってきゃーす。って、なぁんかダメオの亭主を養ってる女たちみてぇな気分。あぁ、最低最悪のクリスマスイブだぜぃ」

「……早く帰って来いよ」

 玄関まで見送りに来た土方十四朗は二人にそう言った。ぎゃはははーっと沖田が装いに反した馬鹿笑い。マジヒモの亭主みてぇとゲラゲラ、喉まで見せて大口を開けている隙に。

「はい。行って来ます」

 山崎は見送ってくれる『旦那』にキスをした。口紅が剥がれない程度の軽いものだったがちゅ、っと、はっきりと唇を重ねて。

「おーい」

 玄関から先に出て行った沖田が山崎を呼ぶ。さっと裾を翻して山崎が外へ出る。上半身を覆いつくすほどふかふかのシルバーフォックスのショールが離れていった瞬間、土方の手は無意識に、少しだけ動いた。

 引きとめようとするような形で。