駐車場に停めた車の前に、銀色のオンナが現れたのは早かった。
「どーなった?」
ドアは開けずに窓を少し下ろした山本武が尋ねる。あっちに戻るサヨナラと、オンナが言い出しやすいように。
「どーにもならねぇよ。開けろ」
帰るぜ、と告げられた山本の心情はフクザツ。好きな女を連れて帰れるのは、個人的にはもちろん嬉しい。嬉しいのだが、でも。
「ザンザス、かわいそーなの、なー」
ふられた別の男のことを気の毒に思う気持ちも、偽善ではなくてあった。他人事とは思えない。
「あんたヒドイね、スクアーロ。あんな顔して迎えに来たヒトのこと、一人で帰しちまうんだ?」
「いいんじゃねぇか、好きなよーにして」
助手席に乗り込む銀色のオンナに後部座席から声がかかる。毛布に埋もれた獄寺は慣れない早起きと興奮した疲れでうとうとしていたが、目が覚めたらしい。
「ヤローの本気も情熱も一瞬だ。ンなのをマトモに受け取ってられっかよ」
「死ぬほどマジな覚悟してんのに、なんでそんな風に言うのかな。んな酷いことした、覚えはねーんだけど」
ぽやきながら山本が車を出す。縦列駐車の隙間をゆっくりと、大きな車はスムーズに動き出す。
「今頃ザンザス、呆然なんじゃねぇ?オレに会うと具合が悪くなるから見舞いに来ないでくれって、ビアンキのアネゴに言われた時のオレみたいに」
「んだぁ、イヤミかぁ?根に持ってんのかよぉ?」
「恨んでるってゆーか、今でも意味が分かんなくって、理由を知りたいと思ってンのな」
山本と獄寺が言い合う。獄寺の不幸から半年以上がたって、少しずつ傷が癒えてやっと、本心をお互いに、口に出来るようになった。
「文句いいに来るんだと思ったからに、決まってるだろーが」
羽織っていた毛布をたたみながら獄寺が答える。
「死ぬほど落ち込んでる時に、てめぇの泣きっ面まで見せられてトドメ刺されたかなかった」
「そんなこと、するワケないだろ。慰めたかった、だけなのな」
「疲れ果ててんのに、ウソくせぇ愛想笑いに付き合うのも面倒だったかもなぁー」
獄寺はハキハキ答えていく。
「ひでぇ……」
山本は低く呻く。
「ひでぇよ、獄寺」
「弱ってるときに会いたいオトコじゃねーんだよテメェは、オレにとって」
「どーゆーコトだそれ。信用してないのか?オレが弱ってるオマエに痛いことすると思ってるってのか?」
「おぉーい、声がでけぇぞぉー」
黙って聞いていた銀色のオンナが口を挟む。
「まー、なんだぁ。胸の中で泣いて貰えねぇ甲斐性なしは、誰のせいでもねぇなぁ」
「オレのせいなのかよ。悪いのは全部オレかよ」
「テメェのアッシュグレイはちっと依怙地だけどなぁ、陰険でもさほど性悪でもねぇ」
「さほどってナンだよ、ビミョーじゃねぇか」
銀色のオンナの台詞に獄寺は笑い混じりで絡む。構って欲しくてじゃれつく猫のような可愛らしさで。
「ツラの良さで帳消しになる性悪程度だぁー。いーオンナは多少悪くねぇと、世間の迷惑だからなぁー」
「アンタに言われっと照れるぜ」
毛布を膝に置いて獄寺がクスクスと笑う。この銀色に対してはいつも、獄寺は素直で柔らかい。
「悪いのは全部オレだって言ってみろ」
銀色が、教え子に、オンナとしてではなくアドバイスする。
「テメェは多分、アッシュグレイの気に触ることして嫌がられてんだぁ。ナニしたのかは知んねーが、ごめんって謝っとけぇ」
「ごめんって、謝って、許してくれんのはさ、アンタみたいに、優しいオンナだけだよ、スクアーロ」
すん、と、主人に向けて鼻を鳴らす犬のように甘えた声で、山本は悲しみを訴える。
「とにかくオレがやることは全部気に入らねぇんだよ獄寺は。昔からそーだったけど、ビョーキになってから益々意地悪でさ。謝ったら謝ったで、なんで謝るんだって言われて、よく分かんねーけどオマエが怒ってるからって答えたら、なんで怒ってるかも分かんねーで謝るな、って……」
言われた、と、嘆く山本に。
「あー。そりゃあ、アッシュグレイが言うのが正しいぜぇ」
銀色はあくまでも獄寺の味方。ひでぇ、と、山本武が情けない声を漏らす。でも、以前よりは、マシ。二対一でボコボコに罵られても。
俯いた獄寺が口も聞いてくれず、らしくもなく大人しく、じっと動かないでいられるより、遥かに。
「けどさぁ、スクアーロ寂しくねぇの?」
それだけが心配で大通りに出ながら隣をちらり、眺めて心配そうに尋ねる。
「アンタ、ホントはザンザスのこと好きだろ。せっかく迎えに来てくれたのに断っちまってさ、ザンザスって頑固そーだから、これっきりかもしれねーのな?」
一度でも、迎えに来たのが、奇跡のようなものだ。
「いーんだよ、オレは」
「アンタは良くてもアッチはすどーなのさ」
「アイツにもオレが居ない方がいーんだぜぇ、ホントは」
銀色はあっさりと答える。
「結婚するから?それザンザスがとっくに断ったんじゃね?アイツあんたと結婚したくて待ってたんじゃねーの?」
「オレぁなぁ、そーゆー、あり得ねぇ夢は見ねぇんだぁー」
「迎えに来たじゃんザンザス。それであり得ねーって、ひどいんじゃね?」
「まぁ、ちょっと予想外で、びっくりしだけどなぁ」
「嬉しかっただろ?」
「……まぁなぁー」
銀色がそっと微笑む。普段は鋭い表情をしていることが多いオンナで笑い方も凄みのあるものが多い。が、これだけの美貌がほころぶと、周囲がぱっと、明るく華やいだ。
わざわざ出向いてきて、帰るぞと言ってくれたのは嬉しかった。その行為に虚偽があるとは思わない。けれど。
「ザンザス、あんたが居ないと寂しくてたまんねーんじゃね?」
「オレが居ねぇと、いろいろ不自由なんだろ」
愛情からではなく必要上だと、銀色のオンナは思っている。
「ナンでそう信じてやんねーの。愛してるくせに」
「逆なんだよ。信用されてねーのはオレの方だぁ」
「……」
「……」
銀色が何のことを言っているか、山本にも獄寺にも分かった。リング戦の時にこの銀色は真実を話して貰えていなかった。だまされていることを承知の上で、それでもあにのオトコを愛していたけれど。
「許してやって、なかった、のな?」
ココロの中でそのことは傷になっているのかと山本が尋ねる。
「あいつはなぁ、ボンゴレだけしか、愛してねーんだよ」
自分のことなどは些事だ、と。
オンナが信じているのも、理由のないことではない。