沢田綱吉の私室がある奥へ向かう、渡り廊下の手前に銀色のオンナは立っている。オトコのコートを手に持って。

やがてこの館の主人に、もう来ないでくれと言われてそれを承知した男が出てくる。オンナは笑ってオトコの肩に、持っていたコートを掛けてやった。

「ツナヨシ、怒ってなかったかぁー?」

 心配そうに尋ねられ、別にと答えようとしてふと気がつく。自分と一夜を過ごしたことがバレれば、コレはあの刀のガキに、もしかして怒られるのではないか、と。

「なんだぁー?」

 マフィアの情婦には貞操が求められる。特に強い男の『持ち物』は、不貞の代償が処刑であることも珍しくはない。美しいオンナはオトコの権勢の象徴で、そのオトコの見栄と名誉がかかっているから。

「てめぇは大丈夫なのか?」

 やっぱりこのまま、自分と一緒にヴァリアーに戻った方がいいのではないかと男は思った。思いながら尋ねた。オンナが長い睫を瞬かせて表情を晦ます。嬉しさを隠すために。

 この男は、いま初めて、オンナのためを思ってモノを言った。

「んー、まぁ、ちょっとはなぁー」

「ちょっとで済むのか?」

「怒られっけど、殺されやしねーよ」

「……」

 オンナの言葉がオトコの胸の、柔らかな場所に刺さる。とがめられるけれど許してくれるさという信頼が憎しみを通り越して羨ましい。自分のことは愛しているというくせに少しも信じないのに、あんなガキのことは頼って甘えているらしいのが、とてもとても悲しい。

「ひどく殴られるようなら逃げて来い」

 オンナのことが心配で言った台詞だった。が、口にしてしまったら我ながら未練がましく女々しく聞こえて、オトコは少し落ち込んでしまう。

「ねぇよ、そんなの。アイツは女に手は上げねぇ。まーちょっと、エロイことされるだろーけどなぁー」

 しらっとそんな事を言うオンナの口を引き裂いてやりたかった。

「ちゃんとするぞ」

@Aー?」

「ちゃんとセックスする」

 帰って来るなら望むやり方で抱いてやると、男は言っている。服を脱いで脱がせて、まともなセックスをする、と。

「はは。ごめんなぁ、気ぃ使わせて」

「気を使って言ってんじゃねぇ」

「気持ちよかったぜ凄く。んでも前も、雑でも、それなりに、相手がオマエだったから嬉しかったんだし」

「二度と雑には抱かねぇ」

「あのなぁ、ザンザス。オレが喰っちまた知恵の実はよぉ、セックスじゃねぇんだ」

 かすかに笑みながらそんなことを話すオンナの、正直さも率直さも心から愛している。こんなオンナはこの世に二人と居ない。世界中をどんなに探しても代わりが何処にも居ないのは最初から分かっている。

「セックスも、まービックリしたけどよ、一番でけぇのはヤマモトじゃなくってガキで、こう、手が……」

 小さな何かを抱きしめる仕草を、銀色のオンナはしてみせる。赤子を抱く仕草。仕草だけなのに微笑む表情は幸福そのもので、オトコはフクザツな気持ちになる。

「なぁオレさぁ、意固地で、ごめんなぁ。オマエが迎えに来てくれたのマジ嬉しいし、愛してんのはホントにオマエだけなんだけどよ、これ本能ってヤツでヨォ、どーしたって逆らえねぇ」

 母性本能、或いは庇護本能。返り血まみれの暗殺者が聖母ぶるのは滑稽だぞと、オトコは喉まで嫌味がでかかったけれど飲み下した。そんなことは本人が一番分かっているだろう。

「どーゆーだろーな、こーゆーの。たぶん、必要とされるキモチヨサに、オレぁ今、ハマっちまってんだ。すっげぇオマエそっくりなのに、オレが抱いてもキスしても文句言わねぇで嬉しそうに笑うんだぜ。可愛いったらねぇよ」

 うっとりしながらオンナは話す。オンナの悦びにオトコは同調できない。その子の父親が自分でも、子供は自分とは違う生き物。自分の子供をどれだけ愛しがられても、それで自分の寂しさが癒える訳ではない。

「……いわねぇぞ」

 抱かれてもキスをされても、俺も文句を言わないぞとオトコは告げた。オンナは意味を分からないらしい。特に追求もしてこないそっけなさが憎くて恨めしい。

 これ馬鹿な女だった。だから物事を、オトコは細かく説明したことがなかった。ごちゃごちゃ言わずについて来いというのが基本姿勢で、それに不満を漏らされたこともなかった。

「行けよ」

 オンナが促す。じき夜があける。明るくなってしまう前に消えろと言っている。自分の後にもう、このオンナは一緒について来ないのだ。

「みんなによろしくなぁ。特にルッスとベル。色々悪かったって、言っといてくれよ」

「……オレには?」

「さよなら」

 あっさり言われた一言にオトコは息を呑む。胸が押しつぶされそう。

「オマエと会えて、すっげー幸せだった」

 オレもだとオトコは言えなかった。今が物凄く不幸せだから。運命に触れるたびにどす黒い不幸に包まれるひどい人生の中、それでも生きてこれたのはいつでも隣にコレが居たから、なのに。

「帰って来い。待っている」

「帰れねぇから待たないでくれよ。美人で優しい女房もらって幸せになってくれぇ」

「勝手に切り落とすな」

 夜が明ける。行かなければならない。

「オレのことなんざパッと忘れて、なかったことにしちまえぇ」

「ムチャを言うな」

 こんなに愛しているのに。

「帰って来い。待っている」

 

 

 

 

 ビクン、という動きは、痙攣というより波うちだった。ソコから生じた電気のような快楽が神経の流れを通って末端まで満たし爪の先端で火花を散らす。バチバチ、と。

「ん……」

 痺れるような快楽を、気持ちの良さを肉体は貪る。そうして心はいっそう快楽に弱くて、甘い陶酔を与えてくれる若い男の、肩にぎゅっと、無意識にすがりついた。

「……うん」

 無我夢中にオンナの蜜を貪っていた若い男がオンナを抱き返す。ぜぇ、っと、正直に喘ぎながら。海外出張のせいで、この美味いオンナを十日も抱けないで、ひどく腹を減らしていた。

「あ、ァ」

 深々と繋がりあったカラだを一旦、離そうとして若い男が肩を起こす。動かないで、という風にオンナは細い悲鳴を上げる。肩に縋り付く腕に力を篭められて、若い男は苦笑い。

「ちょ、スクアーロ。そんな、締めねぇで」

 抜けないよ、と、ニヤケた顔を跳ね馬あたりが見たら絞め殺したくなっただろう。

「……」

 獄寺でさえチョーシに乗りやがってコイツ、と、デコピンしたくなったくせいだから。

「ちょ、シマり過ぎ、イテェって、いてて」

 よいしょ、っという仕草でオンナの細い腰に手を掛け、呑ませていた蛇を強引に引き抜こうとした若い男が反撃にあって悲鳴を上げる。このぉ、と、笑いながら胸元に手を伸ばし、プリンと膨らんで密度を増した旨の先端、朱鷺色の突起を指先で押しつぶした。

「ァ……ッ!」

 まだ全身が過敏になっていて、引き抜かれる刺激がひどく辛くて、動かないでと願っていたオンナが別の刺激にパッと掴んでいた肩を離す。両腕で胸を隠そうと抱え込み、背中を丸めて、ぎゅっと丸くなった。

「ヒュー♪」

 眺めていた獄寺が思わず口笛を吹く。冷やかしというより感嘆。銀色のオンナの仕草は初心な少女のようでひどく清純に見える。それでいてさっきまでオトコを迎え入れなき咽びながらのたうちまわっていたカラダは紅潮して美味そう。美しい肌が艶やかに冴えて、腕に潰され脇からのぞく胸の膨らみも、半身にひねったせいで狭間まで覗けそうな無防備な尻の曲線もよく熟れて、甘い透明な蜜が今にも、とろんと滴りそうだった。

 獄寺から見てもたまらない姿態だ。媚ているのではない無意識さが媚よりするかに妖艶に映る。山本にとってはたまらない嬌態。性欲を通り越した食欲を感じてしまうほど。

「イヤ……ッ!」

 オンナの腰から力が抜けた瞬間に楔を引き抜き自由になった若いオスは標的を変えた。顔をそむけるオンナの両手首をムリに掴み、力を入れて左右に開かせようとする。

「やめ、ろぉ……、やだぁ……」

 オンナは抵抗する。けれども組み敷かれた姿勢で仰向け、既に肩をシーツに押し付けられた状況の不利は如何ともしがたくて、ドマジのオスの力の前に、手首を左右に広げられてしまう。義手の左手は右手より少し粘ったけれど、

「ちゅ」

「ひ……ッ!」

 肘の内側、すべすべ柔らかな肌を吸われて、刺激にビクンとして、その間にシーツに、磔のようにされてしまう。

「ひぅ……、っ、ひ……、っく……」

 恥ずかしさに目を閉じていても分かる。オンナの拡げられた胸をオスの視線が灼いていく。熱を感じてしまうほど強く。アツイ。

「おっきく、なった、よなぁ、スクアーロ」

 息混じりの声で、囁くというより呻きながら、オスはオンナの膨らみに顔を押し付けた。

「っ、ぁ……ッ!」

「気のせー、じゃない、のな。むねおっきくなったよ、アンタ」

 それは子供を産んだせいかもしれない。多分きっとそうだ。けれども自分の愛撫の結果だと、オスは思い込みたかった。

「すげぇ、キモチイイ。かわいー」

 年上の女だ。けれど自分の手で『育った』と思うのはひどく嬉しい。ぷりんぷりんの胸に思う存分。頬と鼻先を押し付け感触を堪能する。子供がぬいぐるみを抱きしめるように無邪気に。ビクビクと震える可愛そうなオンナをわざと焦らして、たっぷり恐がらせて、そして。

「ヒ……ッ!」

 プルコリッ、とした、なんともいえない弾力の先端に、喰い付く。

「ひ、ぃ……、って……、ぁ……ッ!」

 舌でねぶって唇で吸う。気配りや優しさを、忘れてやりたいようにした。残った側を揉みしだこうと手を離したら、その手でオスを押しのけようとされた。逆らわれたことにカッとして前歯で先端を、かなり本気で噛んだ。

「……ッ!」

 痛かったらしい。それ以上にオスの真剣さが伝わったらしくて、オンナはふっと、全身から力を抜く。大人しくするから苛めないでくれと、そんな願いがオスに伝わってくる。

「ん、ン、っ、ぁ……、ぁ、あ……」

 従順にされたところで優しくしてやる心算など今夜のオスにはなかった。差し出される肢体を無慈悲に貪る。ぎゅっと掌で掴むように揉み、指先を跳ね返す弾力を味わい、片手では足りずに両手で蹂躙しながら唇でも舌先でも味わう。

「う……、ぇ……、うぇえ、……、ぅ……」

 自由になった両手でオンナが顔を隠す。そんなことをしても無駄なのに。いっそう凝って尖って色を濃くした乳首も、艶やかな声を漏らす唇の赤さも、刺激に濡れて潤んでしまう狭間も、何も隠せはしないのに。

「う……、ぁ……?」

 意地の悪い愛撫に泣いていたオンナはオスの所作に気づく。重なった狭間の蜜のにおいに負けたオスがオンナの膝に手をかける。もうお代わりかよ、早いぞてめぇ、と、普段なら口から出ただろう悪態もつけずに、オンナはボロボロと泣くだけ。

「おぉーい、てめぇ、いつまで待たせる気だぁー」

 代わりに呆れた獄寺が、そう声を掛けた。