「ディーノさんと、いつデートすんの?」

 尋ねる声にはさすがの凄みがあった。

「しねーよ」

 それに少しも怯まない、銀色もただのオンナではない。

「ウソツキ」

「ヘナチョコがテメェにちょっかいかけたのかあー?」

「ううん。あんたが昼間、ディーノさんに笑ったのがすげぇ気になってるだけ」

「目聡いなぁ、てめぇ」

 それは本当に一瞬の出来事。仕事でこの館へやって来たドン・キャバッローネに、警備のタメに出向中の銀色のオンナは確かに笑いかけた。殴りつけて怪我をさせてしまった目尻に痕が残っていなくて嬉しかったから。

 跳ね馬は微笑まれて嬉しそうに笑い返す。けれど沢田綱吉と連れ立っていたから声も掛けずにそのまま通り過ぎた。ほんの一瞬、交わされたアイコンタクト。

「ディーノさんのこと、好きなのな?」

「キライじゃねぇなぁ。最初のオトコだしよ」

「……ふぅーん」

 そうでないかと、思ったことはあったが。

「幾つぐらいの頃?」

 はっきり言われて若い男はフクザツなキモチ。

「ガキの頃だぁ。すっげぇ、昔」

「ザンザスに会う前?」

「直前だったなぁー」

「それってどーなの、アンタ的には」

「ん?」

「タイミングよかったの?それとも悪かったのな?」

「どーかなぁ……」

 あの男と出会った。その直後に、ヘタレのことは、ばっさり捨てた。残酷な真似をしたと今になって思うが、だからといって昔に戻っても同じ選択をするだろう。なぎ倒される嵐のような恋。

「で、ディーノさんの、子供産んでみたい?」

「……」

「知ってるぜ、スクアーロ。アンタの開いちまったチャクラは、コッチじゃなくって」

「おーい、触んなぁー」

「ここ、なのな」

 若い男の指先が部屋着の中へしのび、すぐに抜かれて、下腹を押さえる。命が宿る小宇宙。

「また、産んでみたいんだろ」

 若い男の、低い囁きに。

「……」

 銀色は考え込んでしまう。直感と本能で生きている豪快なオンナだが、基本的には、真面目で真摯な性質。

「いろいろ」

「ん?」

「びっくり、したからなぁ……」

 自分の人生にこんなイベントが起こるとは思っていなかった。妊娠出産という、そんな世間並みの出来事とは無縁に生きていくのだと思っていた。セックスを繰り返してきた相手は居たけれど、配偶者でもなく恋人でさえなかった。自分は部下で、身分の低い情婦で、こんな祝福が与えられるとは夢にも思っていなかった。

「また、ってぇのは、面白いかもなぁー」

「きっと面白いぜ。今度はオレの産んで。アンタとオレが混じったらどんなだろ。すげぇ楽しみ」

「……おぅ……」

「なにその返事。遅いぜ?気がのらねーの?」

 と、尋ねる山本の、笑顔の中で目は笑っていない。

「正妻より先に愛人が孕むのはよぉ、ちょっと義理がなぁって、思わねぇでもねぇ」

「えー、そんなのタイミングじゃん。獄寺まだ病み上がりなんだから、元気なアンタが先に生んでくれてぜんぜんかまわねーし」

「まぁなぁ、オレぁババアで、あんまり後がねぇけどよぉ」

「こんなツヤツヤしといて、なに言ってんだか」

 ウエストのくびれに腕を差し入れて下腹に掌を当て暖める姿勢で、ラクに眠れる位置を調整しながら若い男が笑う。

「それ、オレより先にティーノさんの産みたい、理由のつもりなら聞かねぇぜ、スクアーロ」

「しつけぇぞぉ、テメェ」

「ディーノさんとアンタの子供は、そりゃキレイだろーけどさ。キラッキラの金髪でさぁ、女の子だったりしたらもう、たまんないカンジだろーね」

「コーフンすんなぁ、このド変態」

「でもさ、ほんとはザンザスの子供もっと産んでさ、ザンザスと一緒に育てたいんじゃね?」

 年上のオンナを、師匠でもある相手を、優しく抱いて暖めながら、若い男はそおっと、囁いた。

「なんでそーしねーの?」

「……あいつがンな真似、許すわきゃねぇからだぁー」

「それアンタの勝手な思い込みだろ」

 すり、すり。

 オンナのしなやかな背中に懐きながら、若い男は、不平そうな声。

「ザンザス、あんたのこと、ちゃんと愛してたのなー?」

 迎えに来たことをそんな風に言われてオンナはビミョウな表情。

 待っているから帰って来いと言われた。嬉しくないワケではないけれど、だからといって浮かれ気分にもなれない。忘れ去られて静かにしていたい。それが子供の為だから。

「好きなコからさぁ、邪魔だから居なくなってくれって言われンの、ものすっげぇ辛いコトなのな」

 つい数ヶ月前、そんな酷い目にあって死にたくなった若い男は、心からあの強面に同情している。

「気の毒にも、ほどがあるんじゃね?」

この銀色を匿った当初はリング戦での酷い男の印象が強かった。だからバレから子供が殺される、ヘタすりゃオレも一緒に始末させるという銀色の危惧をそのまま信じた。けれど、でも。

「なぁ、ザンザスが、アンタ庇ってえらい人たちとやりあうなら、オレ味方するぜ」

 この現状をみれば、銀色の危惧は間違いだと、判断しない訳にはいかない。帰りを待って、迎えに来て、奪い返しに来て、という一連の努力は涙ぐましいとさえ思えるのに。

「タケルはもちょっと、貸してて欲しいけど。獄寺がほんとに元気になるまで」

 肉体的な傷みもひどかったが精神的なショックも相当で、いつまでも容態の安定しなかったもう一人の女は、生身の赤ん坊をそばに置かれてから元気になった。これオマエんだぜと告げた途端に落ち着いて、元気に『なろう』という気力を取り戻した。それまでは、もう消えちまいてぇと呟くことさえあって、カラダより心の傷が深そうで、周囲は本当に心配した。

「ディーノさんもさぁ、ホントにアンタのこと好きそーだから、話せば味方に、なってくれんじゃねーの?」

「ばぁーか」

「うん、オレは馬鹿だけど」

「世間はてめーが思うほど甘かねぇんだよ」

「オトコはあんたが思うよりずーっと甘いのなー?」

「はは……。何処がだぁ。少なくとも、オレが知ってるガキはなぁ、匿う代わりにその夜から散々、好き放題なことやりやがった、ロクデナシだったぜぇ」

「下半身のロクデナシと上半身の純情は別なのなー」

 柔らかな肌を貪りたがるケダモノと愛したオンナを幸せにしてやりたい紳士は一人のオトコ中にいつでも一緒に居る。

「やって、られっかぁ……。死ねよ、コンチクショウ……」

 罵り文句を口走りながら銀色は意識を失う。すーっと眠ってしまったオンナを背中から、優しく抱いてやりながら。

「ずーっとホントは、ダッコしときたいぜ?」

 本心を囁く。柔らかさと弾力を備えた手ごたえのいいカラダだ。手足の長いスタイルはモデル並み、顔立ちも素晴らしい美人。何せボンゴレ十代目の最有力だった『王子様』に、少女の頃から愛されてきたオンナだ。上玉でないわけがないのだ。

「獄寺とアンタと交互に、時々は並べて、可愛がれたらオレ、すっげー幸せなオトコじゃん」

 上玉というならボンゴレ十代目の嵐の守護者も相当のタマ。容姿の良さの上に強さの箔までついているのはこの銀色と同様。ボンゴレのドン・ナ(女主人)に選ばれてもおかしくなったオンナだ。そういうのを二人、手に入れている現状が贅沢で幸福だということは分かっている。

「でもさ、帰りたいなら帰してやるぜ・ザンザスがちゃんとアンタのことダイジにしてくれるンなら」

 大事にしてくれるんじゃいのかなー、気が山本はしている。あの男なりにちゃんと愛していているんじゃないかな、と、思っている。

「アンタのおしりの、バージンもらったし」

 自分の腿の辺りに当たるオンナの、可愛い尻の感触ににやけながら性悪の若い男は呟く。嫌だと泣いて怯えて震えるのを獄寺と二人で、一晩かけて宥めて緩ませて抱いた。この性悪自身も初体験だったけれど、ぬるりと絡みつく前とは違う、つるんとしたひだひだはけっこう具合が良くて、あぁ、コッチを好きなオスが居る筈だよなぁと、奇妙に納得した。

 ザンザスとの『密通』の罰だったから一回きり。恐い許してくれと繰り返し訴え、泣きながらしゃくりあげるのをなだめすかして犯すのは面白かった。相手のノリが良くないと楽しくない山本は、自身にレイバーの素質はゼロだと公言しているのだが、案外そうでもないかもしれない、と。

 自身の性癖を見直す気分にさえ、なった。

「絆は永遠だしさ」

 一緒に暮らした半年は消えない。

「あんた天使だったよ」

 獄寺と一緒に沈んでいた地獄から救い上げてくれた。