銀色のオンナは皮膚が薄い。昼間に泣いた痕跡が目の下を腫れぼったくしていて、冷やしてもひやしても赤みがとれなくて、夕食に同席した全員にバレてしまう。

「ああ、美味しいわぁ。魚料理はやっぱり日本人には敵わないわねぇ、悔しいけど」

 バレてしまうが誰も何も言わなかった。幸い、その夜の食卓には晴れの守護者である笹川了平とその『友人』として招き入れられたルッスーリアが居て、雰囲気は明るく、和気藹々としていた。

「いや、そんなことないッスよ」

 褒められて山本は嬉しいが照れくさそう。実は料理というほどのモノではない。今日も仕事が忙しく、冷凍の紅鮭のハラミの表面を塩胡椒して炙ってスライスして、カイワレと混ぜポン酢をかけただけ、というテヌキな代物。ちなみにカイワレは、種をウレタン

「……(もぐ、もぐ)」

 それでも雲雀恭弥がほかほかのご飯に山盛り載せて醤油を少したらし、モノも言わずに頬張っているところを見ると、確かに味はいいらしい。料理の腕ではなく素材の勝負だったが、銀色のオンナもチーズのフォッカチオを器用に半分にちぎって挟んで美味そうに食べている。

「全くだ!山本の料理はルッスーリアの次に冴えている!」

 笹川了平は二十歳を越えて背が伸び、実に凛々しいいい男に育った。気性の単純明快さは相変わらすだがそれさえ男らしいと、色気過剰のオカマをうっとりとさせる。

「あらいやん、そんなこと言うと、今度はウチにご招待しちゃうわよん♪」

「ぜひしてくれ!待っているぞ!」

 食事を作ってもらった後は自分が食べられるであろうことを、知らない歳でもあるまいと、その場の全員が思ったから黙っていた。純情の半面で小まめな気遣いを欠かさない笹川了平はオトナの男になってからは意外なほどもてる。

「ねぇねぇ、今日は泊まってもいい?」

 シナを作ってオカマは尋ねる。

「いいか?どうだ、沢田?頼むぞ!ルッスーリアと夜中に、積もる話をしたいのだ!」

 一応は家主である沢田綱吉の許可を笹川了平は乞う。いいよとあっさり、沢田綱吉は答えた。

以前と違って子供は九代目に『公認』された。自分の孫としてではなく次代を担うファミリーの一員としてだが、とにかく排除対象として加害される危険が遠ざかったのは目出度い。そうして沢田綱吉は山本同様、ヴァリアーのザンザスを少し気の毒に思っている。

「今、お客さんが居るから、泊まりはセンパイの部屋になっちゃうけど、それでいいならゆっくりしていって下さい」

 客間は複数あるけれど一応は赤ん坊から引き離しておこうかと、そんな気遣いをしてみたのだが。

「もちろんいいわぁん。ねぇ、それでね、獄寺クンの赤ちゃんに、食べ終わったらご挨拶に行っていいかしらぁ?」

「……えーと……」

 尋ねられた沢田綱吉はどうしよう、という表情。そっと銀色のオンナを見ると、いいんじゃねぇか、という風に頷く。

「そうだな、獄寺の子供はひどく可愛いぞ!俺たちも早く、あんな子供の親になりたいものだな!」

「いやん、了平ったらぁーん」

 くねるオカマは気持ちが悪いはずだが、なぜか可愛いくみえてきた最近の自分が恐いと、沢田綱吉は思う。そうして銀色のオンナが面会を拒まなかったことにほっとした。ザンザスが会わせてもらえなかった直後の、このタイミングには理由がある筈だ。

「ボクも行く」

 サーモン炙り丼を食べ終えた上、シェフが作った尋常なフルコースを黙々と咀嚼していた雲雀恭弥が声を上げる。護衛のつもりなのか単に赤ん坊を見たいだけなのか、この美形が考えることは分かりにくい。

「んじゃあ、後でみんなで行くかぁー?」

 赤ん坊の親権を半分持っている山本がにこにこしながら言った。わが子がもてるのを歓ぶ様子は典型的な親ばかだが、バカでなければ子育てなど出来ない。わいわいと食べ、後片付けまでみんなでして、普段はビアンキが住み込んでいる客間へやってきた皆を。

「ナンだよ、お揃いで」

 獄寺は機嫌よく迎えた。一同が赤ん坊を見に来たことは分かっている。わが子がもてるのを歓ぶ親ばかがもう一人。

「タケルなぁ、眠っちまったんだけどよ」

 言いながら抱いていた赤ん坊をルッスーリアに渡す。ダッコするかよ、という風な気軽な動作で。前回の時もそうだったが、獄寺はオカマには警戒心を見せない。昔、寂しい子供だったから、子供に優しい母性をルッスーリアの中から嗅ぎ分けているのかもしれない。

「んまぁ、この前よりも重くなったわねぇ。大きくなったのねぇ。このくらいの赤ちゃんは毎日、変わっていくものねぇ」

 体重は七キロに近くなって、睫や眉も生え揃ってきた。にこにこ、オカマは小声で話しながら赤子を抱き続ける。そっと額に唇を押し付ける。

「可愛いわぁ、ホントにほんとに、可愛らしいわぁー」

 そんな風に言って熱心に抱いてくれるオカマに、獄寺は、人嫌いらしくなく、笑って。

「アンタには、甥っ子みてーなもんだからよ」

「なぁにゴックン、そんな嬉しがらせ言ってくれちゃって」

「タケルがおーきくなったら小遣いやってくれよ」

 獄寺が食べた夕食のトレーを片付けながら、山本は背中でその会話を聞いて感心していた。頑なで意地っ張りの獄寺が子供の為ならあちらこちらに、よろしくよろしくと言っているのは殆ど奇跡。そんな様子を見ているとほんわか暖かい気持ちになって笑いがこぼれる。母親を知らない山本武は母性というものがひどく魅力的に映る。

 嬉しい反面、少しだけ無念さもあった。いまさら言っても仕方のないことだが、生まれないまま消えてしまった子供のことを惜しいなと思う。きっと可愛らしかった。きっと。

「もちろんよ。たくさんあげちゃう」

 オカマが答える。それは身内の一人として見守ってあげるという意思表示。オカマの腕の中で赤ん坊は、周囲の雑音を気にせずすやすやと眠っていたが、夢でもみたのかふにゃんと表情を変えた。笑っているように見える。

「あんたをスキだってさ」

 獄寺が言う。オカマはなんだかサングラスの下で、ほろっとしたように見えた。

 

 

 夜半。

「あー……、すっげぇ、締まる……」

 はぁ、と、オンナの素肌に熱の篭ったため息を落としながら、若い男は額の汗を、乱雑に脱ぎ捨てたシャツの袖で拭った。

「っ、てーか、絡む。キモチイー……」

 ばねのある腰使いを一時休止して、そんなことを囁く台詞は世辞ではない。熟れたオンナの柔らかな花びらは外側の花弁も内側の粘膜もオスを包み込み、息の根を止めようとするかのように絞り上げてくれて、時々こうやって『息継ぎ』をしないと酸欠になりそう。

「う、ぇ……、ひ、っく……」

 オンナは返事をしない。それどころではない。楔に繋がれて、優しいフリをするのが上手な凶暴かつ強壮な蛇に身のうちを喰らわれて、何度も蜜を貪られながらヒクつく。震えながら、それでも肌は温かみを帯びて潤んで、その感触はオンナを抱きしめる若い男をひどく喜ばせる。

「こっちも」

「ひ……、っ!」

「吸い付き、そぉ……」

 胸の膨らみに掌をそっと当てる。そっとでも目覚めたカラダには刺激で、オンナはカラダを捩じらせて悶える。若い男は思わずニヤケた。オンナの動きが内側にも伝わって、微妙な位置が擦られて気持ちがいい。

「あんたも……」

 気持ちいいんだよね、と、言って男はにやけながら掌を動かす。敏感になったトップを指先で弄られてオンナはたまらず、細い声を上げた。

 聞いたオトコが興奮する。含まされた蛇の頭が熱を帯びて膨れる。ヒイッと悲鳴を上げる間もなく、ぐっと、カラダを、傾けられて。

「あ……、ぁ、あ……、ア」

 オンナは嬌声を上げることしか出来なくなる。

「……うん」

 オトコも必死、命がけの勢い。掌の中の手ごたえの素晴らしい膨らみを揉み、ツンと尖ったトップを指先で潰す感触を楽しみつつ、好きなオンナを自分のモノにするために、動く。

「う……、っ、ぁ……、っ、う……」

 オンナも波にカラダの支配権を奪われる。自分から腰を浮かせてオトコの動きに合わせる。そんなことをされたオトコは有頂天、肘ですくって開かせたオンナの脚をムチャなくらい拡げて、更に深い繋がりを求めていく。

「あ、ヤ……、ぁ、や……」

 より生々しい刺激にオンナは泣き出してしまう。繋がりあった場所からの熱が全身を満たしていく。水気が行き渡ったカラダは本能の並みの動きに同調して揺れてゆすぶられて、だんだん高くなってくる波の中で揉まれて、そして。

「ア……」

「……、は……」

 命を注ぎ込む瞬間、オトコはぎゅっと、オンナを抱きしめる。オンナも無意識に抱き返す。深い場所での神聖な儀式。オトコはそのまま、暫く動かない。芽吹きを祈っているよう。

「……」

 浅い呼吸を繰り返しながらオンナはじっとして抱擁を受け入れる。愛した男はしてくれなかった種類の仕草を存分に与えられて優しさを注がれる。自分の中に足りない何かを補われているような気がする。

「……ん?」

「うん……」

 肌を接していると意思の疎通は言葉を必要としない。ちょっと休むかとオトコは尋ね、オンナは休ませてくれと願う。カラダを離して自由になったオンナは横向きに姿勢を変えた。まだ起き上がらないのは、オトコが肘をついて覆いかぶさったままだから。

「ザンザスと仲直り出来たって?」

 オンナのもつれた髪を、手櫛で梳いてくれながら若い男が言った。口調が優しいのは髪の縺れかたがいつもより激しいから。今夜のオンナは普段より甘い。興奮している理由は、自分に咎められることを恐がっているからだと、なんとなく分かる。

 嫌な気持ちにはならなかった。オスの機嫌をとろうとして発情するメスのカラダの構造を可愛いと思う。実際、これだけ、ヨガってくれて気持ちよくさせられると、怒ろうという気持ちの先端がとろっと溶かされてしまう。

「あいつ、ケッコンするんだって?」

 面会の顛末は沢田綱吉に聞いた。主人ではなく友人として、目簡易の立会い代理を務めた沢田綱吉は、なにもかもを正直に山本に話した。

「……おぅ」

「帰れなくなっちゃったのな。あんたがあんまり、意地を張ってるからだよ」

「なんだぁ、てめぇこんだけ使ってて、返品したかったのかよ」

「そんなんじゃないけど」

 血色が良くなって桜色をした肩に唇を落とす。しっとりした肌があんまり心地よくて、気持ちが昂じて、歯を押し当ててしまう。辛うじて力は篭めず、噛んだ訳ではなかった。

「まあ落ち着いて、ウチに居ようかってカンジ?」

「おれぁ最初っからその気だぜぇー」

「まぁね、そうだったけどさ」

 借り物かもしれないと思いながら、気持ちよさに溺れて抱きしめてきたけれど。

「でもさ、ザンザスと仲直り、出来てよかったのな」

「最初から喧嘩してねーし、仲直りなんてモノもねぇ」

「女の人の怒ってないとか喧嘩してないとかを信じるほど、オレもう、苦労知らずじゃないのなー」

「……ぷっ」

 若い男の言い方がおかしくて金色のオンナは笑ってしまう。笑って後で、そうだなぁと思った。自分よりずいぶん若いのに歳に似合わない苦労をしたのだった。

「あんたすっげー、ザンザスに怒ってたぜ」

「……かもなぁ」

「許してやったの?」

「……そーゆーコトに、なっかなぁ……」

「よかったじゃん、おめでとー」

 すり、っと、頬を擦り付けられながら。

「ザンザスも嬉しかったろーけど、アンタもずいぶん、ラクになるんじゃねーの?」

 天真爛漫。

「てめぇ……」

それは悪魔と天使をかねること。

「なに?」

「……なんでもねぇ……」