悪いことをした訳ではない。

 休日の朝から旧知の人間を見舞いに行き、夕方には帰ってきた、それだけ。途中で確かに、なぜか病人の運転でドライブして海辺のリストランテで豪華なシーフードランチを食べたが、それだけ。

「……オマエが、怒る、よーな、こたぁ……」

 ナンにもしてねぇぞ、と、オンナは浅く喘ぎながら言った。

「すげぇ怒ってるぜ、オレ」

 腕の中に捕らえて抱きしめ、さっくりと楔で貫いて、逃れられなく繋げたオンナの耳元に、若い男は掠れ声で囁く。

「なん、にも……、してねぇ……」

「二人っきりで、会ったってだけでジューブン、裏切りだぜ、すくあーろ……」

 若い男の声は凄みがあって厳しい。けれどもオンナの頬を包む右手は優しく、髪を梳く左手はうやうやしい。目元や唇の端に落とされるくちづけには切なくなるような愛情が篭っている。

「お、マエ、との……」

「んー?」

「ヤクソクは、忘れて……、ねぇ……。オマエが、助けて、くれた、のは……」

 忘れていないとオンナは繰り返して。

「オレの子供産んでくれるっていう?」

 約束のことかと若い男が尋ねる。そうだと、涙をじんわり、浮かべながらオンナは答えた。

「泣かないで。苛めてるよーな気になっちまうのな」

「られて、るぞぉ……」

 年上のオンは意地を張らなかった。ふえぇ、という風に、表情を崩して若い男に縋り付く。カラダを押し開かれて犯されて、そのままゆっくり、本当にゆっくりと、揺らされるのは、怖かった。それは嵐の前。さぁ覚悟しなでかい津波が来るぜと、予告されているようで。

「オレさぁ、モトカレに会いに行くの、許してやれっほどおおらかじゃないのなー」

 優しく柔らかく、愛情こめてオンナを撫でてやりながら若い男が言う。それは銀色のオンナも分かっている。日本支部から帰ったばかりで、まだ腹を空かせている時期。本当ならガツガツ食いつくのに、嘗め回してねぶっている冷静さは怒りの裏返し。

 思うままに犯せば痛めつけることを自覚した上で、敢えて、優しく穏やかにしている、のだ。

「アンタだって分かってっから、オレにナンにも、言わないで行ったんだろ?」

「……、い、った、ろ……」

「知り合いのお見舞いに行ってくるってはね。それがディーノさんだっては教えてくんなかった。そーいや昔、リング戦の時、ディーノさんもトモダチの見舞いに行くとか言って、アンタのこと匿ってたっけ」

 若い男は古い話をする。するうちに、嫉妬に耐えられなくなったらしい。

「ぁ」

 ゆっくりと、腰を揺らして、オンナのナカに含ませた楔を抜き差し。

「ぁ……、ア……」

 細い悲鳴を上げさせる、若い男は、クスクス、楽しそうに笑う。

「アンタを、好きだよ」

 改めての告白。本当にこの年上の、厳しいけれど優しいオンナを、ずっと好きだった、幼馴染の恋人は他に居るけれどそれとこれとは別の話。

「助けてくれたのはアンタだ」

 困り果てていたのは自分の方。いろんな事が一度に押し寄せて、気持ちが萎えてくじけそうになっていた。自分だけではなく恋人のことも救ってくれて、心から感謝している。

「いま、も」

 ぎゅっと、細い腰に腕を回して、抱きしめる。

「ヒ……ッ!」

「縋り付いてン、だし」

 オンナが喘ぎ泣きながらのたうつ。苦しそう、だけれどカラダの反応はそれだけではない。唇と目元が紅潮して、狭間が潤んで熱を持っている。

「アンタ、の」

 お陰で今、息をしている。

「マジ、おれ、死にそう、だった、のな」

「ん、ン……、っ、ふ……ッ!」

 若い男の腰つきはバネが効いていて、オンナがたまらず悶えだす。深みを犯される心地よさに腰が浮いて、カラダを支える為に自分から相手に腕を回す。

「……うん」

 濡れて発情して抱きついてくれるオンナを若い男は、ひどく嬉しそうに抱き返した。

「もう、はなすの、ムリ」

 この優しさに癒されて息をしてる。

「オレ、んだ、から。アンタ」

 はぁ、と、若い男も心地よさに喘いだ。吸い付く肌も透明な声も、絡みつく義手の重さまで愛おしい。なによりも、自分を欲しがって、抱いて歓ばれているという事実が。

「すき……」

 喘ぎながら、男は本能に、溺れた。

 

 

 

 

 

 抱き合って繋がって揺れあって、お互いに相手を貪って与え合って。

 カラダをゆっくり離した後も、相手が自分の大切な一部のような気がする。

「ぴんくいろ、すげぇ、きれぇ」

 うつ伏せにぐったりシーツの上に伸びたオンナの、脇から覗く胸元の膨らみに若い男は目を細めた。そっと手を伸ばして、左の乳房を掌の中へ納める。発情の余韻を残した乳首は尖って硬くて、ふっくらとした手ごたえとの落差が男を、思わずニヤケさせる。

「……てめぇ、なぁ……」

「ぷりんぷりん。きもちいー」

「シモに口、つけんなって言っただろぉ、がぁ……」

「オレやめないから。アンタが、慣れて」

 若い男はオンナの肩を掴み、うつ伏せのカラダを仰向けに変えさせた。オンナは逆らわない。ヘタに拒めば逆に刺激してしまい、薮蛇になることをよく知っている。

「ちゅ」

「テメェがこんなにヘンタイたぁ、予想外だったなぁ……」

「ちゅ、ちゅ。ちゅーっ」

「爽やかそーな顔してやがるるくせによぉ。顔面詐欺師め」

「そーかなぁー?オレわりと、自制してっツモリなのなー」

「何処がだ。って、だから、シモにクチつけるんじゃねぇってるダロっ!汚ぇっ!」

 乳首から臍にかけての名残のキスは拒まなかったオンナだが、狭間の毛並みを舐められそうになって思わず手が出る。生身の右手で若い男の前髪をむんずと掴み、股座から顔を上げさせた。

「けちー」

「ケチじゃねぇ、不衛生だってんだぁ!こんなんで感染症になってみろ、恥ずかしくって、ビョーインにも行けねーぞッ!」

「おしっこ飲んでも病気にはなんねーんだぜ、スクアーロ」

「ハキハキとんでもねーこと喋るんじゃねぇっ!」

「アンタに言われるとナンかヘンなカンジー」

「だから、おま……、っ、ちょ、あの、なぁ」

「なめたい。なめるー」

「カンベンしろって、頼むから。せめてヤった、後は、も……、うぇ……」

 前戯の愛撫で狭間にキスを繰り返えされることはもう、諦めた。花びらの内側やクリトリスを優しく舐められるたびにビクンビクン、のたうつ欲情を貪る権利が、この若い男にはある。セックスだけでなく愛情も与えることは最初からの約束。愛されることを拒まないというのも当然、そのナカに入るだろう。

「泣かれるとオレ困っちまうのなー。アンタって時々、すっげーうぶいのなー、スクアーロ」

「うぶくて泣いてんじゃねぇ、情けねぇんだよッ」

 喚きあいながらも攻防は続いている。ぐぐ、っと、顔を伏せたがる男と阻止しようとする女の、力ずくの対決。

「オレがうぶいんじゃねぇ。テメェがド変態なんだぁ」

「えー。こんなの愛情の範疇じゃん。変態って言われンならもっと凄いことしてやんないといけねー気になるのなー。定規の先っぽで乳首グリグリとか、赤いリボンでお尻と胸とぎゅーっ、とかさぁ。……クリスマスにしよっか」

「やーめーろーぉー」

「あんな凄い人たちと付き合ってきたくせにヤワイとこ残ってんのは、すげぇ甘やかされてたのなー、スクアーロ」

「……、あのなぁ……」

 思いがけないことを言われて、オンナの手から力が抜けた。その隙に男はオンナの頑なに閉じられた太ももの、付け根の割れ目の頂上にそっと唇を押し当てる。当てただけで、捲ろうとはしないでおやすみを告げたのは、男にとっては優しいことだった。

「違うの?」

 そうしてその顔で、ニコッと笑って、動揺しているオンナの表情を覗き込む。

「ダイジにされて、きたんだろ?」

 尋ねる。喉を、舐める。言いたいだろう喋りなよと促す仕草。昔のことを決してクチにしないオンナだが、若い男はずっと聞きたがっている。

「セックスのやり方は変えねーけどさ、こんな風にしろとかって、ご希望があるならきくのな?」

「……重い」

「ああ、ごめん」

 若い男は優しかった。覆いかぶさっていた姿勢をずらして、横向きに背中から抱きしめる姿勢をとる。そっと胸に掌を当てたけれど、トップを刺激するのは止めてしてやった。

「眠い?」

 と、尋ねるのは、もーちょっとだけ話し相手をしてくれと願っている意味。

「オマエ、よぉ」

「なに?」

「いーのかよ、オレの部屋はっかり来て」

「それもしかして反撃のつもり?」

「そーじゃ、ねぇよ」

 すっと気になっていた。

「アッチがオマエの正妻だ。元気になったんなら、色々、あるんじゃねぇのか?」

 アッシュグレイの美女は何ヶ月も寝込んでいた。けれど元気になったのなら、そっちに本当は行きたいんじゃないかと、銀色のオンナは気遣う。

「アネゴからさぁ、釘さされてんだ」

「あー?」

「獄寺がモトに戻るまで、触らないでくれって。マジで死に掛けたからさ、アイツ」

 優しい銀色を抱きながら若い男は淡々と喋る。平静な口調だがかえって悲しみが伝わってきて、オンナは自分を抱きしめる掌に指先を重ねてやった。

「オレがハハオヤ殺しちまったみたいに、オレの子供があいつのこと殺すんだってさ、思って。……すげぇ悲しかった」

 可哀想に。

 まだ二十歳を過ぎたばかりの若さで、妻と子供を一度に失いかけた衝撃は察して余りある。

 けれど、でも。

「もとに戻ったんじゃねーのかぁー?」

 ショックを受けたからといっていつまでも竦みあがっている訳には行かない。そんなのはこのガキらしくないと思った。

「まだ。月が出てねーもん」

「……」

「獄寺さぁ、オレとセックスすんの、やっぱキライなんだよ」

「アッチ、まぁだ若いからなぁー」

「オレもなんか、怖いし。また孕ませて死にかけられんのヤだし。

もーさぁ、セクスレスでいいな、って」

「いーワケねーだろーがぁ、逃げるんじゃねぇ」

 銀色のオンナはいつも凛々しくて雄々しくて、この若い男に厳しくて優しい。

「ひらいてやんのはオトコの役目だぞぉー」

 自分も怖くても、自分も痛くても、宥めながら剥いて割ってやる義務があることを。

「分かってる、けどさぁ」

 若い男も理解してはいる。けれど。

「もちょっと……、待って……」

「間が空くと他人に戻っちまうぞぉー」

「分かってるけどさ、オレだってすっげぇトラウマで、殆どEDだったんだからさぁ。もちょっとリハビリさせてくれたっていーじゃん。もっと、優しくしてくれよ」

「あー、その台詞に騙されたぜぇ、チクショウメ」

「ウソついてねぇぜ?」

 誤解を怖れて男が上体を起こし、オンナの肩に唇を押し当てながら、言った。

「したいって、マシ何ヶ月も、思わなかったンだよ。アンタが抱きしめてくれるまで」

「ハン」

「マジだって」

 信じてくれない様子の年上のオンナに若い男は本当だと繰り返す。セックスの結果、生臭い血の海で恋人が息を止めそうになって、若い男は深刻なショックを受けていた。

「アンタがダッコしてくれて、オレ、すげぇ嬉しかったよ」

 ユー優しい腕に抱きしめられてやっと息が出来た。今も傷は癒えたという訳ではないけれど、外に向かって平気そうな顔をする意地の強さはなんとか取り戻せた。

「すげぇ感謝、してる」

「って、オレに言うぐらいなら、アッチをちゃんとしろー。明日は向こうで泊まれー」

「ムリ。獄寺、まだセックスできねーもん」

「出来なくても行け」

「ムリ。オレが我慢できねーもん。濡れないのに抱いて痛めつけちまうよ」

「だからって避けんじゃねぇ。度胸だけが取り柄だろーがぁ、てめぇはぁ」

「もちょっと、待って……」

 覚悟を決めるのに猶予をくれと、若い男は、乞う。