海峡の東・12

 

  海峡の東・12  港で二人は見咎められて、役人に付き添われ王宮へ向かった。扱いは丁寧だったが逃げ出さないように見張りの、目は光っていた。着くとさっと奥へ招き入れられる。二人が会えたのは。
「よぅ……、お帰り」
 強面の軍人。けれど涼介には少し、表情が、緩んでいる。
「やはりあなたでしたか、将軍」
 睨み付けるような視線と、キツイ言葉に、
「全員の総意だ。奴の母方親族のな」
 須藤京一は椅子から立ち上がりながら、答える。
「あいつおいたか過ぎたのさ、あんた居なくなってから、荒れて」
「それを何とかなさるのが、あなたの仕事ではありませんか」
「なんとかしてみた結果がこれだぜ。まぁちっと、これで反省、するだろう」
「啓介はどうしてますか」
「知りたいかい?」
 将軍は笑いながら涼介に近づく。彼の襟に手を掛け無造作に、裂いた。
「なにをッ」
 叫んだのは史浩。
「……」
 俯き目を伏せて、涼介は騒がなかった。
喉にも胸元にも締まった腹にも、なんの痕跡もないのを確認して、
「よし、連れて行け」
 将軍は、部屋のすみに控えていた部下に指図。
「客人として扱え。丁寧にな」
 史浩は涼介を気にしながら、退室。将軍は指を鳴らして宦官を呼んだ。衣装箱と衝立を持った宦官たちがやって来る。
「着替えな。そんな服を着られてると、あんたじゃねぇみたいで落ち着かねぇ」
「啓介、どうしていますか」
「後で教える。とにかく、着替えな」
「……」
 何か言いたそうに、涼介は衝立の陰で着替える。その間に中庭に茶の用意がされて、将軍ともども、そこへ移った。
「二か月ぶりだな。元気みたいで、安心したぜ」
 てづから茶を煎れながら、将軍が言う。この無口な男には珍しい感慨。
「ちゃんと貞操も守っていたみたいだし?」
 その言葉に涼介の眉が上がる。あんたの知ったことじゃないと、開かない唇の奥で目が言っていた。
「あんた啓介に甘いからな。あいつが監禁されてるって聞けば」
「……監禁?」
「すっとんで返って来る、とは思ってたぜ」
「そんな事を、しておられるんですか」
「だから港に迎えを置いといた。けど男連れとは思わなかったな。……くわえこんだのかって思って、腹が立った」
「あなたが、どうして」
「あんたに惚れているからだ」
 煎れた茶に、毒見のために口をつけて、カップを涼介に廻す。ジンジャーの効いた、暑気払いにはいちばん効くといわれる生のミントティー。夏の涼介の一番の好物。
「あとでもあったらそのまんま、俺の後宮に連れ込むところだったぜ」
 将軍は笑ったが涼介は笑わなかった。美しい目でじっと将軍を見る。見られて将軍は、
「……なんだ?」
似合わないほど、優しく笑う。
「どうして、こんな事なさったんです」
「一言で言うと、あいつが恩知らずだったから。あいつの無茶な決起に俺たちは、いろいろ犠牲にして協力した。なのに相応の報酬も寄越さず、外征にばかり熱心で」
「嘘です」
「はっきり言うなよ。まんざら全然、嘘って訳でもねぇ。……建前だ」
「本当は?」
「母親との対立がエスカレートしてな。決裂する前の応急処置。あんたの健気な逃走も結局は、無駄になっちまったな」
「……母上は、どうして、こんなことをなさるんでしょうか」
 ようやく茶に口をつけながら、涼介は、呟くように細い声で言った。
「俺は母親が居ないからよく……、分かりませんけれど」
「……」
「子供のためなら何でもしてくれるのが母親でしょう。以前は、そうでいらっしゃったのに」
「……」
「啓介が宗主になってこれから、という時に、どうして」
「……オンナってそんなものらしいぜ」
 優しく言って京一は茶の二杯目をカップに注いでやる。
「ガキがこまくって守ってやらなきゃいけない時は体ごとで庇うが、そのガキがでかくなって自分の手から飛び出そうとしたら叩き落したい、らしい」
「啓介に、会いたいんです」
「……困ったな」
 将軍は、笑った。もちろん、笑って誤魔化せるような状況ではなかった。
「分かってくれてると思うが、俺がやったのは保護だぜ」
「……分かりませんでした」
「啓介に同母の兄弟は居ねぇが、うちは代々、宗主には女を嫁がせてる。継承権のあるガキに不自由はしないんだ。首、挿げ替えようって動きが出る前にブチ込んだのさ。塔に」
 そう聞いて涼介の目元がほんの少しだけ、和む。監禁軟禁といってもぴんからきりまであるが、塔の中、というのは極上の待遇。相手の身分を尊重したうえでの拘束。最悪は地下牢。そこは、牢死が目的の空間。
「あんたをあいつに会わせんのは……、刃物を差し入れることと同じだからな」
「どんな手段を使っても会いますよ、俺は」
「こっちだって悩んでんだ。あいつとお袋の決裂が避けられないなら、俺はどっちにつくか決めなきゃならねぇ」
「将軍らしくもない」
「あ?」
「御悩みになるなんて、あなたらしくないと、申し上げたんです」
 うっすら笑う、目元の艶やかさ。
「俺は一度、母上に譲って退きました。二度、同じ事はしません」
「あんたらしい言い草だ」
「俺は多分、将軍が考えているとおりのことを、します」
「……」
「止めたいなら、今、俺を殺してしまうことです。出来ないなら、あなたは啓介につくしかない」
「あんた、俺があんたに惚れてんの承知で喋ってるだろ」
「……こんな性悪に」
「あんたのことかい?冗談だろ」
「弱みを見せた、あなたが悪いんです」
「あんた本当に啓介以外の男のことはゴミみたいに思ってるな」
「そんなことは、ありませんよ」
「ま、ちょっと待ちな。こっちの親族らともまだ、交渉中だ。叔母上が故郷での隠棲に同意してくれりゃ、それで済む」
「するものですか、彼女が」
 静かに、けれど確信をもって涼介は断言した。
「あんたも、そう思うかい」
 将軍はため息。しかし、親族を代表する総家の次期党首としては、無為と思いつつ努力をしないわけにはいかないのだ。
「とにかく、ちょっと待ちな。あんたの帰還は誰にもバレてない。とりあえず俺の館に匿うから」
 涼介に、物いいたげに笑われて、
「ナンにもしやしねぇよ」
 言わなくていい一言を将軍はつけ加えてしまう。そう、それが、惚れた弱みというものだったかもしれない。


 塔には毎晩、女が運ばれる。
 若くて美しく、健康で愚かでなく、そして一番大切なことは、宗主の母方の血縁に連なる血統を持つこと。
 監禁中の宗主のもとへは、通信も差し入れも許されない。女も、秘密で刃物や毒、外部との連絡手段を持ち込まないために塔の下の水場でまず、身体を清められる。膣内も髪の毛の中も確認した後で、裸のまま麻袋に詰め込まれ宦官たちが数人がかりで塔の上部へ運び上げる。その日もそうして、女は運ばれた。
 ノックの音がしてドアが開いても、窓際に座った宗主は返事もしなかった。宦官が麻袋をあけて女を取り出す。その後、女が喋らないよう見張るため一人の宦官が残り、あとは全員が退室。裸足の足が絹の絨毯をきしませるかすかな音をたてながら、裸の女が、宗主の背中に歩み寄る。
「触るな」
 若い宗主は、厳しい声を出す。宗主が話すことは禁じられていない。
「俺に障るな。適当に着て、そのへんに寝てろ」
 女の足の動きは止まらず、宗主の肩に、指を這わせる。
「触るな」
 無慈悲に宗主は女の指を払った。
「乗れって指図された女にのって、ガキつくるなんざ冗談じゃねぇ。俺は、犬猫じゃねぇんだ」
 女は少し戸惑ったようだったが、やがて、意を決して。
「この……」
 ぎゅうっと、宗主に腕をまわす。
 振りほどこうと宗主は振り向き。
「え……」
 間近で、全裸で、微笑む『女』に絶句した。
「な、んで……」
 答えず『女』はぎゅうっと腕をまわす。抱き返して、そのまま、寝台へ移動する知恵もなく……、抱き合う。
「……ァ」
 着ていた服を『女』の体の下に、敷いてやる意識だけは辛うじて、残っていた。


 白い背中がうっすらにじんだ汗で艶めいて、ねじれる。
 細腰をきつく掴んで引き寄せると、甲高い嬌声。浮かせた胸元に差し入れた指が突起に触れるたび、深く含んだ雄をきゅっ、きゅっと締め付ける。
 情欲に塗れた息がうなじに吹きつけられるたびに、『女』の体の奥にも火がついて、どうしようもなく情感を、煽る。欲望につき動かされるままに肘を支えてに腰を差しだすようにして、少しでも深く雄をとりこもうと、のたうつ。
「……ッ、……ック」
 声は出せない。そのことか『女』の快感を苦しみに近づける。敷かれた服の袖を噛んで耐える『女』の姿に宗主が気づいたのは、そこがべたべたなるほど掻き回したあと。
「……」
 抱き起こし仰向けに姿勢を変えさせた女を一度、深く抱き締めた。肩を掴んでそこに顔を埋めるほど。だるい腕を上げて『女』も、それに答える。
 嵌めていた指輪を宗主は抜き棄てて、部屋の片隅に控える宦官の足元に転がす。宦官は拾い上げ会釈して、そっと部屋を出た。どうせ朝まで塔のどこかに居なければならないが、二人が会話をかわすことがこれで、できる。
「……ん」
 くちづけの合間にこぼれる息。
「ベッド、行こうぜ」
 宗主の誘いに頷いて『女』は立ち上がろうとしたが、途端に膝が、ずるりと崩れて絨毯に伸びてしまう。
「……誘ってるの?」
 かりかりに堅く尖った胸元に指を這わせながら宗主はからかうように、尋ねた。
「だって……、お前が」
「俺が、ナニ?」
「お前が意地悪、するから。すっごい久しぶりだったのに、いきなり……」
「俺だって久々だぜ?」
 意地悪に笑いながら、それでも内腿を撫でてやりながら宗主が、笑う。引きつったそこを優しく慰撫されてうっとりしていた『女』の表情が、やがて苦悶に近くなる。
「……も、ヤ……」
 細い声で哀願。そうして、宗主を引き寄せて。
「……シテ」
「ベッド、行こうぜ」
「行くけど、ここで……、して、から」
「我儘だな……、アニキ」
 それでも要求に応えて宗主は、素肌の脚を引き寄せ抱き締めた。
「ア、 ンッ」
「怒ってたんだぜ、俺は」
「ひぁ、……ッ、あ、ぁ」
「あんた捕まえたら裸に剥いて、ベッドに繋いで」
「あふ……、あ、も、……、め……」
「脳みそまで俺の精液塗れにしてやろうって……、思ってた」
「……し、て」
「なのにズルイぜ。自分から脱いで来られたら、ひでぇコト出来ねぇじゃん」
「して、ひ……、どい、こと」
「……ホンキ?」
「いっぱいして、たくさん……。俺、悪か、た……、から」
「ホントだぜ、ひでぇヒトだよ」
「あぅ、あ……、ひぅ、うぁッ」
「よくも長々、一人寝させやがってな」
「めん、なさい。ごめ……、ユルシテ……」
「許せねぇよ……、こんなイイのを、取り上げて」
「俺だって、俺も……、た、かった」
「したかった?」
 問いかけにこくこくと、激しく頷く。
「誰ともしてない、よな、あんたも」
「……ん。うんッ」
「自分でときどき、した?」
「ご、て……、動いて、け、すけ」
「答えてよ。……した?」
「……、とき、どき」
「何回ぐらい?俺と、どっちがいい」
「お前。お前が絶対……、イィ」
 答えと同時にしがみつかれて、宗主も限界を越えた。ぐいと引き寄せ、深く……、穿つ。
「アァッ」
 びくんと体を跳ねさせて、白い肢体がのたうつ。押さえつけてさらに繋がった場所に体重をかけて捏ねる。深い快楽にのたうつ体を抱きながら、
「責任……、とれよな」
 耳元に、なすりつけるように、呟く。
「あぅ、あんッ、うぅ……ン」
「俺もあんたがイイんだよ。……あんたじゃなきゃイヤだ」
 快楽の波にもまれながら必死に耳を傾ける。今……、すごく嬉しい事を言われた気が、した。
「責任とって……、ずっと隣に、居ろ」
 狂ったように頷いた。嬉しくて。そんな風に言ってもらえただけでもう……。
 生まれてきて、生きていて良かったと思った。
 幸せに生きてきたと……、思えた。


 夜が明ける。
 伽の女が、退室する時間が近づいてくる。
「……俺は、母上が、かけがえのないお前の味方だと、思ってた」
「ガキの頃まではな」
「俺より彼女の方がお前のためだって。……でも、違った」
「味方はあんただけだよ」
「……して、いいか」
 耳元で、小さな声で、涼介が囁く。宗主は動揺を見せることなく宗主を横目で、眺める。
「……ダメ?」
「俺の気持ちの中じゃあの女、とおに敵だったよ。あんたを殺そうとした時から」
「……うん」
 目を閉じ、キモチ良さそうに、涼介は弟の胸元に頬を寄せる。幸せなときが過ぎるのは早い。宦官が時刻を告げ、裸のままで涼介は運び込まれた麻袋に入ろうとしたが、
「待てよ」
 脱ぎ捨てた服の中から夜衣を拾って、宗主が彼に、着せ掛ける。
「……気をつけろよ」
「うん」
「京一に、触られんなよ」
「ん。大丈夫」
「すげぇ心配」
「舌噛むよ、ちゃんと。……されそうになったら」
「馬鹿」
 言って宗主は、彼の唇の隙間から自分のそれを、差し入れた。柔らかく絡み合う。名残惜しげに話した後で、
「死ぬなよ。……あとで仇、ちゃんととってやるから」
「……」
「何があっても、死ぬな」
「……うん」
 

 太陽が、顔を出して。
 涼介も宗主の姿も、朝焼けの朱に、染まる。