『宝来・3

 

 

 優しくしている、という若者の自己申告は嘘ではない。

「その、コエひさしぶり……」

 暑いから、食欲がないから、夏ばてしているから。そんな理由で溜め息をついて抱きしめられても気持ちがノらないそぶりをすると許してくれていた。

抱きしめられてカラダを擦り付けられて、匂いを嗅がれてキスを繰り返して、促されるまま指先で包んで撫でてやれば許された。力ずくで無理には組み伏せられなかった。それは愛情といっていいだろう。オンナに嫌われることを恐れる若者の様子には可愛げがあった。その可愛げは一緒に寝るようになってから、セックスしてからはずっとこの若者の肩にあった。オンナが存在に気づくのには少し時間がかかったけれど。

 若い男の腕の中で目を閉じていれば、大人しくしていれば丁寧に扱われ大切にされて愛しているという証明の熱を伝えられる。

「ん、ッ、ッ」

 甘えるフリをして逃げていた。発情させられることから。隊長がすっきりしないのは嘘ではなくて、そのせいで禁欲は辛くなかった。でもカラダの中に澱は溜まっていて、掻き回されればそれが表面に浮き上がり意識を濁らせる。

「う、ぁ、ぅ……」

 芯に熱が妙に篭っていて苦しい。白い素肌を上気させながら、背中から貫かれて美形は声を漏らした。自分では苦痛のつもりだったけれど聞こえてくる声音は自分でも苦味より甘さが勝っていた。ハラの中に久しぶりの熱を咥えさせられている。表面を這う静脈の盛り上がりが脈打つ感覚まで伝わる気がして征服される錯覚に全身があわ立つ。

 耐え切れなくて目の前の肩に爪を立てた。

「感度良好、ですね相変わらず」

 見た目より遥かに固い感触の肩の持ち主は縋りつかれて嬉しそうに笑う。畳にぺたりと座り込んだ姿勢で若い男に背中から抱かれ、喘ぐオンナの瞼にくちづけを落とした。

 そんなたあいない刺激にさえ睫を震わせるオンナは確かに感度がいい。敏感を通り越して初心く思えるほど。海千山千、美味そうで強そうなのは雌雄に頓着なく食い散らかしてきたくせして尚、こんな風なのは詐欺だ。そんな筈がないことを知っているのに、自分『たち』のもののような気がする。

「かお、見せてください。ああ、大丈夫そう。よかった」

 俯いた表情を覗き込まれ精一杯に助けを求めたつもり。なのに安心したように山崎はオンナを支えてやりながら言った。化粧は落として女物の着物は脱いだ裸で、でも自分が抱こうとはせず、オンナの発情を感じて堪能している、だけで嬉しそうだ。

「……、っ、てぇ……」

 膝を畳について腰を浮かし、飲み込まされた蛇から少しでも逃れようとしながら細い息にのせて訴える。短い言葉は、背中のオトコが動き出そうとしたのは止められた。でも正面で瞼や生え際にキスを繰り返す山崎には通じない。

「そんなウソで若い沖田さんを惑わせるのは罪作りですよ」

 違う。本当に痛くて苦しい。男が舐めるのを止めたせいで眦から潤みが溢れて頬を伝い降りる。山崎は困った顔をした。でもそは苦しみから救ってやろうとしてではなく、見え透いた仮病を訴える子供に向かい合う優しい大人の表情だった。

「落ち着いて。深呼吸しますか?さぁ」

 不自然な姿勢で男から逃れようとしてがくりと畳に崩れそうなオンナの上体を受け止めながら山崎は言う。オンナの肩の向こう側では飢えた目をした若い男が、それでも健気に、様子を伺っているのが見えた。

「気持ちいいのは悪いことじゃない、って」

「……、ッ、ア」

「あなたに俺なんかが言うのは、身の程知らずだけど」

「ん……、ッ」

 焦れた若い男がそっとオンナを引き戻す。微妙な力加減で揺らされてオンナがまた啼いた。肩を捩って逃れようとする。もう深々と牙をたてられているのに。こうなってからそうすることは自分を食い尽くそうとするオスを刺激するだけだと分かっている筈なのに。

「あなたが言って欲しいなら何回でも言います。明日の朝まででも、世界が終わるまででも。気持ちいいのにどうしてそんな辛そうなフリをするんですか?俺まで悲しくなっちまいますよ」

 オンナはかぶりを振った。フリじゃないと言いたかったのだろうが、背後から伸びてきた指先が先に唇にたどり着き、呼吸のために開かれた隙間から固い指を押し込む。濡れた柔らかな粘膜を爪がかき回す。んー、っと、さっきまでより遥かにくぐもった声が漏れた。

「……やっちゃえばいい」

 また泣いて、涙を流して苦しそうにえずく美貌を見下ろしながら山崎が口走る。苛められたような態度を見せるオンナの様子が男心をそそる。それ以上に、これ以上、焦らしていても二人が辛いだけだと思った。

「腹の底の、泥を吐かせてあげればいい」

 辛そうに泣くオンナの頬にうやうやしく、キスをしながら山崎の指は狭間に伸び、繋がれたオンナの繋がれた場所を指の腹で撫でる。オンナは目を見開く。若い男の指を咥えさせられたままかぶりを振る。その動きが若い男の我慢の堰を切った。

「ヒ……っ」

 律動は最初から力強い。ナマの粘膜、内側に包まれる快楽は随分とお預けを食って、飢えさせられていた。足掻くオンナに腕をぎゅっと回す。繋がった芯だけではなく全身を包み込もうと胸をぴったり背中に押し付ける。当然、重なった腰も揺れる。刺激にオンナのカラダがまた跳ねる。活きの好さを素肌で感じて、若い男はいっそうたまらなく盛り上がる。

「あ、ヴ、ぁ……」

 指に絡まる舌が震えている。この声が好きだ。悲鳴も苦情も喘ぎに紛れた嬌声に聞こえるから。声の高低と強弱を聞きながら腰を使う。指とクマのアブラでで泣き出すまでほぐした粘膜はオスの欲望を打ち込まれてじゅくじゅく、濡れた猥褻な音をたてている。音とオンナの声がシンクロするのがリアルだ。本当に抱いている気持ちになる。オトコは満足に目を細める。

 このセックスを若い男は心から気に入っていた。春先に獲ったヒグマの脂肪を何度も湯煎して精製した膏は冷蔵庫では白い固体だが指で掬えばすぐに半透明のゲル状に溶け、暖かな粘膜に塗り込められれば浸透しそこに馴染む。

食用に利用可能、痔や火傷の治療にも使われるコレはセックスの潤滑剤としても秀逸。殺菌成分の入ったゼリーよりすぐに温まるし違和感がない。オンナのナカにもオトコの蛇にも浸透は早いが流れ去ることはなく、長い夜の間中、オンナを軋ませずにぴったりと繋がっていることができる。

「あった、か……」

 長くは、持たなかった。オンナの唇から指を引き抜いた。オンナの背後から腕を伸ばして、オンナの生え際にキスを繰り返す山崎を押しやる。押された山崎は素直に体を離す。逆らうのはヤバイと敏感に気がつく、勘のいい男だった。

「うぁ、あ、ひ……、ッ、……、ッ」

 唇が自由になってももう、そこからは嬌声しか出ない。抗議や罵りの言葉が聞こえてこないのにほっとして、若い男は一旦、突き上げ犯し捏ねまわして刺激し発情させる動きを止めた。

山崎が身を引いてあいた場所に押し伏せる。そこは畳ではなく毛皮の上。この若い男が頭を真横にすばりと切り落とした人食い熊の毛皮は栄養が行き届いていた証拠に、首から背中の半ば近くまで防寒のための細くて暖かな下毛がみっしりと生えている。

今は夏だが天然素材の毛皮にはまとわりつく不快さがなかった。そうしてふかふかのそれを裸のオンナの肌を優しく受け止めた。崩れる胸に腕を回す。突起が指先に触れ、思わず、きゅっと抓み上げた。

「ヒ……ッ」

 オンナが声を上げてまた跳ねた。そこを上手に、ナカを擦り上げる、と、オンナの背中が弓なりになったままで止まる。ふるふる震えながら。犯した場所がじんと熱を孕むのが分かった。今夜初めて自分を凌ぐ熱を帯びられ逆に暖められ、若い男は、もう持たなかった。

「き、モチ……、い、ぃ」

 噛み締めた唇の隙間から、せめて感嘆の言葉をこぼしてみる。苦しめているかもしれないと思いながら無茶なほど奥を穿つ。全身を揺らして応えてくれるオンナに下腹が痙攣するほど感じながら精を放つ。好きなオンナにそうする為にだけ、オトコという生き物は息をしている。

「……、はぁ」

「……、ッ」

 びく、びくっと、蛇は毒液を長く吐いた。そのたびにオンナのカラダは繰り返し、とどめを刺され白い背中を痙攣させて苦しむ。荒い呼吸を、収まらない発情を、隠そうともせずに若い男は蛇を引き抜くと、拘束していた腕を外してオンナを仰向けに。目をぎゅっと閉じて腕を上げ顔を隠そうとするのを許さず、手首を掴んで腕を広げさせ強引に唇を重ねる。

「ン……、」

 ほんの少しだけ暴れかけたが、オンナはすぐに大人しくなった。若い男の固い指先がオンナの頬を撫でる。涙の痕に髪が張り付いているの梳いて戻してやった。

 愛しい。

 でもそれだけでは、愛して貰えないことはもう分かっている。なぁ、と、口づけの合間に囁く。

「何すりゃアンタのお気に召す?」

 オマエの為ならなんでもするよ、というのはセックスが気持ちよかった男の定番の台詞。けれどこの若い男に限っては価値が違う。出来ることが普通の男ではない。人食いグマの頭蓋骨を真横に切り裂ける腕の持ち主だ。

「ナンでもアンタの、言うとーりに、するぜ……」

 愛しているのだ。他は何一つ、本当に興味がなくなった。この人の身体を抱きしめて首筋に顔を埋めて匂いを嗅いでいると安らぐ。本当にいとおしい。

「どーすりゃいいのか、おしえてよ」

 掴んだ手首を引いて腕だけでなく胸を拡げさせた。その空間に、懐の中へ飛び込む。幸福感に目眩を感じながら。