蓬莱・五

 

 

 犯され、弄られて、たわめられて、棄てられる。

 酷いオトコ、だった。

 冬の海で拾われて、その場でカラダを、無理矢理に引き裂かれて。館に連れて帰られてからも、繰り返し……。

 それに、俺が、意地を張れた時間は短かった。

 ……だって。

 怖くて、痛かったから。

 本当に辛かったからだ。暴力は、殴る蹴るの拷問ではなかった。時々はそんなのも混じったけど、多くは。

「……、ん……ッ、や……、め、て……」

 身体の芯に、絡みつくような、性的な抑圧を伴っていた。

 夕暮れから、散々に嬲られて深夜、疲れ果てた俺を抱き締めたまま男が眠りにつく。その眠りはとても深かった。びくつきながら、ろくに深呼吸も出来ない俺とは、裏腹に。

 そうして、夜明け頃。

 目覚めたオトコは俺にもう一度、手を伸ばす。朝の男は夜よりも性急で乱暴で、俺は痛めつけられた。血が、流れることも多かった。……もっとも。

 夜は夜で、時間があるせいかじっくりと、喉から胸から腹を弄られて、苛まれることにはチガイ、なかった。

 俺が連れ込まれた離れには、老女が一人、つけられただけだった。着替えも食事も入浴さえ、俺は殆ど、その男と一緒だった。俺がそこに囚われていることを知る者は男のごく少数の側近だけで、俺は、秘密に、『オンナ』として飼われていた。すき放題に遊べる玩具として。

 ……どう、したらいいのかと。

 細い声で尋ねる。散々すきにされた夜、男の欲望を含まされ捏ね回されて撒かれて、じんじん疼く粘膜の痛みに耐えながら。優しく抱き締める腕がいつ、気が向いたというおれには予測不可能な、恐ろしく唐突な衝動で俺の皮膚に、爪を食い込ませるのかと脅えながら。

 そう。

 何よりも怖かったのは、男の衝動が俺にとって、理解の外だったこと。予想できないこと。優しく抱き締められて一度で終わって、眠らせてもらえる夜もたまにはある。けど、ナニが気に入らなかったのか夜明けまで一睡もできずに苛まれることも、ある。何処で男の感情が切り替わるかが分からない。理解、できないことが一番、怖かった。

 女の子みたいに抱き締められて。

 遊び女みたいに、それで悶えろと。

 要求されて、いることは分かる。ただ本当に、俺は知らなかった。どうしたら、そう出来るか。

 俺が尋ねると、おち子は俺の肩に腕をまわした。胸に抱き寄せながら、くすくす、喉奥で笑う。意地の悪い笑い方だった。怖い、感じだった。また傷められるのかと俺が、不意に涙を溢れさせてしまうほど。

「……スルんじゃ、ねーんだよ……」

 低い、声。

「あんたは、なるの。……オンナに」

 俺に抱かれて悦ぶ、俺が居ないと寝付けない、俺に放り出されたら閨で悶え狂う、そんなオンナになるのだと、恐ろしい宣告。

「なれるまで、あんた苦しいけどな」

 囁いて、優しく背中を撫でる手が、嘘だって俺は知っていた。俺が苦しむのを男は愉しんでた。泣いて縋って哀願すると嬉しそうに……、ますます酷く、俺に打ち込んで掻き回した。

「……あんたさぁ、俺んこと、随分ムシ、してた……、よな……」

 荒い呼吸とともに耳元になすりつけられる、言葉には憎悪が。

「時々、正月とかに、オヤジの前で顔、合わせても。俺んこと、見もしなかった、ダロ……」

 だって、お前は正嫡の跡取り。

 俺は妾腹の、しかも出生に疑いを抱かれている、庶子ともいえないような身の上で。顔を深く伏せている以外、俺にどう、することが、出来た……。

「どんな気分?」

 はっきり悪意で、男は俺に尋ねる。

「散々お高くとまって、目もくれなかった俺にこんなメに、あわされんのはどんな、気分……?」

 どうしてそんなことを尋ねるのか。残酷な意地悪な言葉と裏腹に、俺を抱き締める腕は切なくて、向けられる視線は悲しそう、にさえ見えて。

 どれが本当なのか、どうすれば、いいのか。

分からなかった。男のことが、少しも。

 だから一層、恐ろしかった。与えられる苦痛以上に。

 

 酷い、男だった。

 俺に散々、いやらしい真似をして、させた。止めてと泣いても手を止めてくれなかった。いつまでも俺が馴れないと怒り、金切り声の悲鳴をあげるまで俺のを、ぎゅうっと握って搾り取ったり、した。あの頃、晴れだけが望みだった。天気が良ければ男は海に出て行き、昼間は俺は俺自身を取り戻せたから。夜明けごとに、晴天を祈った。祈っているのが男にバレた、時。

「俺に抱かれてる方が」

 男は怒った。とても、静かに。

「マシ、ってメにあわせといて、やるよ」

 昼間。

 手足を縛られて、立ち上がることさえ出来ないように、全裸のままで。

 縛られて、座敷に放置、される。……だけでは、なかった。

「ヤメ……、テ……」

 ぼろぼろ、俺は泣いた。必死に縋った。男の手を、止めるために女の子みたいな口調で。

「オネガ……、やめ、勘弁し……、ユルシテ……」

 俺をそんな風に泣かせるのが好きだ、ってコトを、俺は知っていた。泣きながら必死に這って男に縋りついた。これはヤメテ。外して、くれと。

 ……細い、針。

 黄金の、それは淫蕩な道具。

 先端は微妙に丸くて、肉を傷つけないようになってる。天気のいい朝、男は障子をあけた明るい部屋で、俺の脚を披かせた。熱いほど明るい光にナニモカモさらけだされる。ひくっ、と震える俺を、掴んで。

「……い、ヤァ……ッ」

 前夜、掌で掴まれ腹で擦り合わされ、時々、口でされたり撫でられたり舐められたり、俺を玩具として支配する、為の道具として散々に、使われて神経が剥けた、俺の弱みの中心を、男の強い指先が掴み取る。そうして中央の敏感な溝を舌で辿り、じわり、染み出してくる粘液を潤滑に。

「ヤメ……、た、イィ……」

 びく、びくっと腰が震える。悶える。尿道を、微妙に性腺と重なった場所を硬くて冷たい金属に苛まれて。

「も……、ダメェ……ッ」

「まだイレたばっかだぜ」

 くすくす、楽しそうに、男は笑っていた。苦しみ、のたうち、喘ぐ呼吸を繰り返す俺を眺めながら。

「俺が帰ってくるの、いい子に待っていな?」

 待っていた。言われなくとも、とても、セツナク。

 太陽が翳って茜色の光が障子を染めて、世界が薄闇に包まれて夕餉の膳を持った男が、離れに現れる足音を。

 セツナク、いっそ妬けつくような渇きとともに、俺は待っていたのに。

「行儀、悪いぜ。……メシ食ってからな」

 着物の裾を乱して這い蹲る俺を肴に、男は夕餉をしたため酒を呑み。時々、俺にも。

「……、ァツ……ッ」

 飲ませた。俺の、後ろから。

「こっちのクチは素直で、カワイイねぇ」

「……、な……、ンでもす、ルから、ぁ……」

「上のは、ウソツキなのになぁ」

「オネガイ、おね……」

「なぁ?」

 嬲られて、遊ばれてようやく、湯殿に連れて行かれて。

 縄を解かれて、震える足を踏みしめて、殆ど男に、抱え上げられるように、して。

「……、見、ナイデ……ッ」

 犯される以上の、それは屈辱だった。俺には。

「……」

 男は答えない。興奮しきってることは目の色で分かった。俺の反応を愉しむ余裕もない、くらい。金色の針は頭が六角形に脹れていて、それに手がかけられて。

「ぁー……ッ」

 ゆっくり、引き抜かれる。

 半日、我慢していた、させられていたのが、零れる。

「イヤ……、ぃ……、見……、るな……ッ」

「キモチイイんだろ?」

 確かに、それは。

 痺れるような快感、だったけど。

「赤ん坊、みたいだね。……カワイイ」

 そんな風に言われて、後ろから抱き寄せられて、膝の上に座らされて、男のモノの、上に。

「ア……、ぁーッ」

 座らされる。痛い熱いので、柔らかな場所を抉られる。どうしてこんな真似するの。……なんで……。

「キモチいいって、ユエヨ……」

板張りの湯殿の床に俺を這わせて、腰を高々と引き上げて、その中で動きながら。生身の俺の肉を貪りながら、男は俺に、囁いた。

「死にそうに、俺がイイって、ユエ……」

 分からない。分からなかった。

「ホラ……、こっちもう、カタクなってる。……行儀ワリィのな……」

「ひ……ッ、ひゃ、や……ッ。オネガ……、ヤメ……ッ」

「白々しい、ねぇ……」

 背中に唇を這わされて、掌が俺の胸元に廻る。女の子と違う膨らみのない胸を、まるで女の子のそれをそうする、みたに優しくなぞられて。

「……ァッ」

 びくりと仰け反って、ひくひく零した俺の髪をしがみながら。

 男はどくどく、俺の中で脹れる。

 ……怖かった。

 

 怖かったから、逃げ出そうとした。

 外に出て行けないなら、中に居るまま、消えてしまえれば。

 そう、思いながら身体を丸めて、震えてばかりいる俺に男は、最初はイラついた。何度か殴られた。びくびくしながら脅え、悲鳴を上げる勇気さえなくした俺を男は持て余した。味噌倉に閉じ込められて、もう一度引き出されて。そんなのは、どうでも、良かった……。

 飼い猫なんだと自分のことを、理解してからは息するのが楽になった。とても。男も優しかった。俺は男の膝で甘えて鳴いて、可愛がられて喉をならして、お礼に男のモノを舐めて、身体に含んで慰めて代償に餌を、貰って生きていた。

 あのままだったらそれにりに、幸福に生きられたと思う。

 ……もちろん。

 権力者に目をつけられたオンナが、『シアワセ』になんか決してなれない、時代だった。

 俺はやっぱり、棄てられた。もう一人じゃ生きて行けなくなった後で。撫でられて可愛がられる掌に、懐いていく安息なしではいられなくされた、後で。

 ……だから。

 消えてしまおうと、思った。

 消えてしまい、たかった。

 

 お前は、ひどい男だったよ、啓介。

 残酷で、痛くて、熱くって。

 でもそう、一番酷いのは。

「ビジンのオンナノヒト、だと思ったのにさー」

 不平そうに、唇を突き出す相手に、俺は言った。オンナだよ、俺は、と。不審そうな顔の相手の目の前で、ひとさし指をつきたてる。

 俺は、あいつの、オンナなんだよ、と。

 男は、頷かなかった。

「いい加減、話にカタ、つけてくんないかなー」

 うんざりした口調で歳若い、まだ少年と呼んだ方がいいような彼が、投げ出すような最後通牒。

「そのヒト、どっちのオンナなの。須藤のなら、俺は犯して部下にもまわさして、どっかの漁夫に押し付けて復讐、しなきゃならないし」

「……それは勘弁してくれ」

 とりなすように、発言したのは丸顔の医師。俺が後を、つけてきた。

 繋がってる、としたらこの医師だと、思っていた。

 須藤の屋敷から逃げ出した啓介が、高崎に戻ってこなかった以上、行く先は一つしかない。

 そして高崎と、繋がっている糸があるとしたらこの、臣下というより友人だった、史浩という名前の奥医師だろうと、思った。

「啓介さんのオンナなら、ぜひとも情報を、漏らして欲しいしさ」

「……啓介」

 困ったように医師が声をかける。でも啓介は頑として、俺の方を向こうとさえ、しなかった。

 どう、して?

 俺は許して、あげたよ何もかも。お前を多分、愛してしまってるから。なのにどうしてお前は俺を、見ようとさえ、しないの。

「とにかく、今夜じゅうにカタ、つけて。明日になったら親父が帰って来る。あのヒト、容赦ねぇから」

 さっさと立ち上がり、少年は出て行く。心配しつつ、奥医師も。二人きりになって、虫の声がいきなり大きくなった。

 山近い、屋敷だった。

 俺は何にも、居えずに座敷の板張りに座りこむ。男も黙り込んだまま庭を見てる。俺を見よう、とはしない。

 ……お前は、ひどい男だった。

 さんざんされた、しうちの中でも、これが一番、酷いこと。

 俺のこと無視して、そっぽを向いて、まるで居ないみたいに。

 知らないフリ、するつもり、なのか。

 砂鉄が磁石に引き寄せられるみたいに、俺をお前から、離れられなくしたのはお前なのに。

 また、棄てるのか。……俺のこと。

 

 こんなにお前のことを愛してて。

 お前が居なきゃ、息も苦しいような、俺を……?