第三章・葛藤

 

 

 俺が苛めてんのかな。

 まさかってキモチともしかしたらって疑いの、間で揺れる。悩むことには慣れなくて、だんだん自分が不機嫌になっていくのが分かった。

 欲しかったのを手に入れた。ずっと欲しかったんだけど、そいつは以前、俺の、なんてぇか。

 父親じゃない。でも流儀上は子弟を越えて親子関係と言えないことはない、近藤さんのものだったことがあった。その頃のセックスを、俺は時々覗いてた。田舎の屋敷には鍵とかドアとかがなくって、部屋の仕切りは簡単な仕切りだけで、その気になれば情事を除き見る事は簡単だった。

 最初は偶然、見かけたのに過ぎない。俺は早熟だったからたいしてショックでもなく、へぇ、って思って見物してただけ。大人の隠しごとを見通してやる快感だったに過ぎない。子供だった頃は。何をしてるか分かっていたけど実感はなかった。

 そうじゃなくなったのは十歳を過ぎた頃。生々しい欲望が俺の中に育ちだした時期。悪戯の盗み見が生々しくて息苦しいものに変わってきた。

ミモフタモなく露骨に言っちまうと、精通したんで、オカズに出来るようになった訳だ。そうなって初めて、俺は自分が悪いことしてるって自覚した。でも気持ちよかった。想像じゃないモノに刺激されて吐き出すのは。

 実際にそうやって楽しめたのは長い時間じゃない。俺がオトコになるのと殆ど前後して、二人は関係を解消した。いや、ずっと仲良しだったし女房役だったけど、セックスすることは止めた。覗いてた俺が言うんだから間違いない。江戸に出てきてすぐだった。つまんねー、と思った。残念でたまんなかった。俺は。

「あんたと近藤さんのセックス、見るの好きだったな」

 抱きながら囁く。腕の中の頭を撫でて髪を撫でて、指先で耳たぶに触れる。外耳に触るとびくっとする動きが可愛いんだか憎いんだか自分でも分からない。食欲を感じる。

「真っ赤になって近藤さんに抱きついてる、あんた見てんの、すごい好きだった」

 告白をしてやってンのに無反応。ぎゅっと目を閉じる横顔は、喜ぶどころか悲しんでるよーに見える。なんでだ。

そりゃ、俺だってまさか、好きって言えば相手が即ラブモード入ってそーちゃん呼びされるとは思ってなかった。なかったけど、ちょっと、ここまでなのも、予想外だった。

 最初が強引だったとは言わない。でもキャラぶれるほどしょんぼりって何事だよ。強硬な抵抗とか悪態とかならまだ分かる。反撃は想定の範囲内。けど一人で悲しんで一人で落ち込んで、時々放心してる。

最初にヤった時は、わりと早めに大人しくなったくせに。かんじるの早くて、素直で可愛かったら、かわいがってやったのに。

 まだ艶々してんのに近藤さんと切れて寂しかったんだろなって、空き家のオンナに向かって男が思う、俗なことを考えた。抱いてやったら喜んで抱き返してきたのは俺の勘違いじゃない。全身しぼってキュン、って、絡みつかれて、すげぇ気持ちよかった。

「文句あるなら、言えば?」

 手を切るつもりはない。ないけど文句があるんなら聞くし謝れって言われればそうする。なのに、なんで、顔隠して黙って横向いてんの。そういう反応、イタイイタイって嫌がるバージンより萎える。

「イヤならイヤって言えよ」

 言われてやめるかどうかは別の問題だけど。

 これは口うるさい人で、ガキの頃から俺はギャンギャン怒鳴られながら大人になった。俺自身より先に俺の失敗に気づいて蹴り飛ばすことも多かった。俺には過保護だった。

 抱いたら口数が減った。俺とは殆ど喋らなくなって、俺以外とも必要なことしか話さないようになった。あんなに俺にはうるさかったのに自分からは俺を見ることもしないようになった。

「俺だって鬼じゃないんだから。疲れてるから今日は眠らせてって、可愛く言えたら寝かしてやるかもよ?」

 挑発と哀願を混ぜてみる。以前ならまず一撃されて、なぁにがかわいくだ、とかって罵られた。居間は返事もない。うなじを吸った俺の唇にはびくびくしてるくせに。

「何とか、言えってば」

 正直言って俺は参ってた。自覚はあった。可愛がってくれた近藤さんはそばから居なくなって、鉄拳制裁連発だったけど過保護だったこの人に無視されて寂しくてたまんなかった。あんなに俺に優しかったオンナが、抱いたらこんなに冷たくなるなんて思いもしなかった。

「ヤメロって言わないと酷いことするぜ?ん?」

 下肢の狭間を指先で弄る。近藤さんが昔してたように。近藤さんが弄ると縋りつきながら、くねくね悶えながら、キモチヨサそうに腰を浮かして、近藤さんになんか言ってたくせに。なんて言ってたか、俺には聞こえなかったけど。

「なぁ。……、仲良く、しよ……?」

 仲直りしようって本当は言いたかった。俺は打たれ弱いガキだ。俺が痛めつけた(らしい)オンナより遥かに傷ついてた。自分がやったくせに、勝手に。

 俺が傷ついてるのをオンナは気づいてくれてた。なんか言おうって素振りは時々見せた。そん時もそうで、唇が少し動いた。表情は隠したマンマだったけど。俺は手を止めて待った。でも結局、声にはならなかった。

 繋がるための準備を再開しながら悲しかったのは俺だ。唇噛み締めてたのはオンナだったけど。セックスが痛かったのも俺だ。ふるふるしながら、泣いてたのはオンナだったけど。

 せめて気持ちいいようにカラダは大事に抱く。俺はセックスに情熱がある方じゃなく、誰かを口説いてまで繋がりたかったことはない。これが初めて。

俺があんたを好きだってことはみんな知ってるよ。ずっと絡んでたのは、欲しいのに俺のものじゃなかったのが腹立っていただけ。開かせた膝を掬って思い切り両脚を開かせる。狭間は真っ赤。ちゃんと興奮してる。よかった。

含ませてた指を抜いておれ自身を宛がう。抱こうとした身体が衝撃を予想してちょっと暴れた。抵抗って言うより反射の痙攣みたいな程度で、深呼吸しながら待ってやってると収まる。寸前のおあずけは正直、頭クラクラするくらい辛いけど。

落ち着いたのか諦めたのか分かんない相手を抱きしめる。沈んで、いく。ちゅぷってなってぐにってなかってぬち、ってなって、すげぇ、キモチイー。男同士のセックスってみんなこんなに気持ちいいのかな。まさか。だったら女を欲しがるヤツがもっと少ない筈。すげぇ絞まって、全身、しなる。……すげぇ。

降伏してる俺をこの人は分かってない。なんで分かってくれないのか、時々、恨みそうになる。俺がバカだってことは知ってるだろ。どうすりゃいいのか言ってくれなきゃ、俺わかんねぇよ。

感動してる感嘆を伝える言葉を俺は知らなかった。愛情を伝えるのも、どうすりゃいいのか知らないまんま、大人になりかけた迷惑なオス。噛み付いて大人しくさせて組み敷いて開かせて腰を振ってるだけ。

甘やかされた馬鹿なガキだって自覚はある。でも俺を甘やかした責任があんたにもあるんじゃない?俺のどこが悪いのか優しい言葉でゆっくり教えろよ。納得するまで繰り返し、昔みたいに、怒鳴り散らしながら愛情いっぱいに。

「……、ッ」

 でも振ってるといい事はある。

「ん……、っあ……、ッ」

 イイとこ狙って繰り返し突き上げてやると、無反応でいられなくなった相手が悶えだす。カラダはわりと俺に馴染んでる。腰のの下に腕を差し入れて、浮かせて捏ね繰り回してやると全身でのけぞった。白い喉を俺の目の前に晒しながら。

 ちゅ、っと舐める。びくっとしたのは、キスマークつけられるとでも思ったのか。こんなとこにはつけるねーよ。つけるのはもっと奥の内側。いつも。

「あ……、っあ、ぁ……」

 抱いてる身体の熱が上がっていく。嬉しい。楽しい。商売女じゃ、なかなかこんな風にはならない。感じてる演技されても熱はごまかせない。抱いてるオンナよがらせる快感に骨の髄まで浸って、下腹が攣りそーなのにも耐えて突き上げを繰り返す。

「……、ッ」

 腕が、背中に廻される。シーツ握って震えてた指先が俺の頭を俺と自分の腹に挟まれてるこの人ノもピクピクしてて、カワイイ。

 抱きながら頬を寄せる。位置を自分から合わせて、キスは自分からしてくれる。辛そうにされて痛いセックスの中、この瞬間だけは幸福。苦さに混じった一滴だけの蜜が甘くって抱くのを止められない。

 だからさ、なんで。

 最初に抱いた時もキスはしてくれた。ちゅ、ってされて、……嬉しくて。久しぶりの特別だった。姉上が居なくなって以来、誰かとこんな風に、近かったことはなかった。

 いつも、みんな、俺を遠巻きにして、仲良くなってくれないんだ。俺に冷たい周囲に対して拗ねてた時期もあった。でも今は、俺がおかしいから、仕方ないんだって素直に思ってる。俺は剣に関しては天才だ。近藤さんとこの人が二人してそう言うからきっと。だから感覚っていうか感性が違ってて、黒い羊っていうか黒ヤギだって、昔、この人が笑った。

 仲良くしろとか協調しろとか強いられた覚えはない。ただ自覚しろってことは時々言われた。テメェはおかしいんだよ。って。そうか、俺はおかしいのかって分かって、俺が周囲を自分のリズムに巻き込もうとしなくなってからは、まわりもちょっと、変わってった気がする。迷惑かけて戸惑わせてンのは相変わらずだけど、でも。

『沖田さんだからなぁ』

 仕方ない、って感じに、呆れて諦めてもらえるよーになったのは受け入れられてるうちに入るだろう。俺が独りなのを受け入れたのと同様に。けどやっぱり寂しいのは変わらない。ずっと寂しかった。だから。

 オンナが欲しい。俺にだけ特別な態度で、俺を特別扱いする『俺の』オンナ。この欲望は俺にしちゃすげぇノーマルだと思う。最初の夜にキス、してなきゃ俺はあんたのこと、あきらめれたかもしんねーよ。でもムリ。もー駄目。『アンタに』キスされんのすげぇ、嬉しかった。

「ん?」

 ここ?って、ソコを先っぽで擦ってやりながら尋ねると。

「……」

 頷く。すがり付いてくる。唇の端を舐めてやると自分からキスしてきた。吸い返してやりながら目を閉じて、悦ぶトコをガンガン刺激してやる。腰を震わせながら全身で応えてくれる。

 ……愛しい。

 演技じゃない。ぜったい違う。

「は、ぁ……、ァ……」

 嬌声は細い。殆ど尖った息。腰を自分から浮かしてくれるおかげで支えてる必要がなくなった腕を、背中に回して全身で揺れ合う。弾力が女の子じゃない。柔らかく埋まるだけじゃなくて跳ね返してくる、この、感触、が、イイ。

「……、ン……ッ」

 ぎゅ、って、しながらされながら、お互い深く、熱を散らしといて。

「……、あー。……、きもちい……」

 熱が収まると同時にしらっとして、俺の感嘆にノーコメントなんてひどくねぇ?お気に召さなかったならせめてそう言えよ。腰振ってたくせにとか俺の背中を掻き毟ったくせにとか、興がノると膝まで立てるくせに、とかは言わねぇでおいてやるから。

「……」

 カラダを離してやってもすぐには足も閉じらんないぐらい、疲れ果ててんのは興奮したからだろ?俺が始末してるうちにヨロヨロ起き上がって、まず気にするのはシーツってのはどーだよ。血でも精液でも汚したって構やしねぇよ。どーせ業者のクリーニングに出してんだから。

 セックスの真っ最中は情熱的なくせに最中だけ。終ったら辛そうな横顔に戻ってまた黙り込む。紅潮して透き通るみたいだった頬が冷めてくると、はじめる前より青白い。夜はまだ冷える。裸の肩も腕も寒そうだったからセックスの前に剥いだ夜着を肩に掛けてやる。優しくしてやったのに礼どころか顔も向けずに余計に目を伏せられて、俺ぁどーすりゃいいんだか。