薬の上に玩具まで使われて、滴も滲まないくらいに搾り取られて、空っぽになった後で散々に、されて。

 目覚めはだるかった。座敷の畳の上じゃなく寝室の布団の中で起きたけど、ちょっと起き上がれそうになかった。体が濡れた綿みたいに重くて、寝返りをうつのもしんどかった。

 隣には総悟が居た。俺が起きたことに気づいて指先で唇を撫でた。それだけで何も言わなかった。ちょっと、おかしかった。

 いつもならもっと煩い。おはようの挨拶の後で、起きれるかとか具合はどうだとか、朝飯はナニを食べるかとか尋ねるのに。もちろん尋ねられたい訳じゃない。疲れ果てていたから声を出したくなくて、黙っていられるとこっちが黙っていても返事をしろと強いられることがないから、助かった。

 暫く俺の隣にじっとした後で総悟が起き上がる。黙ったまま隣の部屋に行って、そこでなんかやってた。構わずに寝てると万事屋が呼ばれた。会話を聞いてたが、意味がよく分からない。まだなんか、変な誤解をしているんだろうか。

 どーでもよくなって眠った。仕事がちょっと気になったけど、それどころじゃなかった。途中で山崎を庭輪に突き落としたり万事屋にアイス食わされたりしながら。おれ自身に関するコメントを聞いて軽くショックを受けたりもしながら。

 男と寝てたのは別に後悔してないし恥ずかしいとも思ってない。武家や道場じゃよくやる遊びだろう。然るべき時期に俺は卒業したつもりだった。しきれていなかっただろうか。男を恋しがってるように見てるのか。抱かれたがってたか?

 万事屋のことは気に入らない。でも信頼感はある。本人を信頼しているんじゃなくて、世間ずれした認識の鋭さに感心させられることはままある。

俺も世間じゃ苦労人に分類されるらしいが、この万事屋とはレベルが違う。故郷から江戸へ出てきて組を作る過程で泥水も舐めたツモリだったが、戦争に負ける苦さに比べればそんなものはちょろい出来事だ。

 未亡人みたいに言われて身を慎めなんて諭されて。万事屋に言われると反発して腹を立てるより、そうかもしれないと自分を省みる気持ちが強くなる。俺はふらふらしていただろうか。俺が悪かっただろうか。

 布団の中でうつらうつら、しながらそんなことをぐるぐる考えていた。そうして、ビリビリした刺激に目を覚ます。

「よぉ」

 目の前に万事屋の顔があった。

「……なにしてンだてめぇ」

 思わず声が掠れる。ピリッとした刺激は胸の突起からだった。俺の枕元に座って顔を覗き込みながら、万事屋の手が布団と襦袢の隙間から入って、胸元を探ってた。

「コリコリしてんなぁって思って。昨夜、けっこー可愛がってもらったろ、コレ」

 人間、あんまり腹が立ちすぎると反応が遅くなっちまう。現実の認識とそれに対する行動へ映る狭間で固まった俺に、万事屋はちゅ、って。

 唇にキスをされても俺はぼんやりしてた。なにやってんだこいつ。からかわれているとしか思えなくて、マトモに反応したら馬鹿みたいじゃないかって戸惑う。万事屋が俺の反応を見てるから余計に。

 じっとしていたら。

「……、ちょ……」

 胸元から手が抜かれた。終わったつもりで起きようとしたら、今度は布団の中で手を探される。なんだよ、って思う間もなく指を絡められて、退いてくれ風呂に入るから、って言おうと顔を上げた、視界いっぱいに。

「……」

 浮かした肩を布団に戻された。なにされてんのか、今度は認識したが反応出来なかった。重なってくる唇はちょっと荒れてて、総悟のしっとりツヤツヤな感じとは違った。でも男って本来、こーゆー感じ、だったような気がする。慣れてた人の感触に似ていて、なんか懐かしかった。

「イヤがんねーの?」

 内側は暴かれないまま、離れる。

「イヤがらねーと、オタクが俺をスキだって誤解するぜ?」

 言われる。それを聞いて、なんか諭されてるのかな、って思った。こいつは総悟と仲良しだ。あいつを傷つけてる俺に色々、言いたいことがあるんだろうな、って思った。

「なぁ、万事屋」

「おぅ」

「どうすりゃいいと思う?」

 逆に尋ねる。俺は総悟と近すぎて、これだけ絡まっちまった後じゃなにをどうすれば解けるのか分からない。あいつが俺を本当に好きだとは思わなかった。セックスしたいだけ、カラダ使いたい、だけだと思ってた。

「鈍いね、オタク」

 否定しねぇよ。昨日の夜の、総悟の情熱をいまさら怖がってる。俺を好きとか有り得ねぇんだ。若いっていってもあいつも二十歳。男同士のお遊びに、今更ハマってどーすんだ。

「そういう意味じゃなくて鈍い。この状況で俺にそんなこと尋ねるなんて本当に、鈍い」

 この、って、……、ちょ……っ。

 今度のキスには抵抗した。冗談じゃすまない深さだった。覆い被さってくる男を押し退けようと足掻いた。でも男は重くて強くて、俺の顎を捉えた指先は硬くて、逃れられなかった。

「っ、は……ッ」

 胸で喘ぎだした瞬間、唇が離れる。隙間から息を吸い込んだ、と単にまた重なってくる。歯の隙間から舌が入ってくる。緩急つけられていいように吸われる。

 冗談じゃねぇ、って思った。繋がれていない方の手で男の肩を押そうとした。肘が上がった瞬間、男の手が俺の顎から外れた。でも俺が首を振るよりも早く。

「、ッ……っ」

 男の手が襟からもう一度差し入れられる。触れられて、ビクッと腰が跳ねる。冗談じゃねぇ、嬲られてたまるか、冗談じゃ……、ん……ッ。

「てめ……ッ」

 角度を変えるために唇が離れた隙に顎をつき上げた。不自然な姿勢からだったが、うまく先端にヒットしてヤツの頭がブレる。

「ドーブツかてめぇは。ふざけんなッ」

「イテ……」

 万事屋が口元を拭う。薄あかく手の甲に筋がついた。歯で口の中を切ったんだろう。たいした量でもなかった。

「退けッ」

「ふざけてるかどうかは、見りゃ分かると思うけど」

「どけって言ってんの聞こえネェカッ」

「オタク、ほんと……」

 人の話を聞かないで万事屋が手を伸ばしてくる。頬に触れられる前に掴んで逆手に捻りあげた。イタイタイタ、って悲鳴があがる。バカにしやがって。

 俺が手首を掴んだのにこいつは反応しなかった。わざと痛い目にあわされてる。このヤロウ、馬鹿にしやがって。まるっきりアレだ。女に無理にキスした後で、ビンタを敢えて避けない男みたいだった。

 腹を立てながら腕をとる。背中に回させて膝の下に敷く。組手の練習させるみたいに、それも無抵抗だった。なに考えてんだ貴様は。

「いやー。口説こうと思って待ってたのに、いつまでも眠ってるんだもん。でさぁ、トシちゃん、沖田くんと別れて俺とお付き合い、イテテテテッ」

「寝てんのはてめぇだ。腕引き抜いて起こしてやろーか?」

「痛い、イタイいですってば。お巡りさぁん、乱暴しないで下さぁい」

 俺は真面目に怒ってた。が、このバカがあんまりあっけからんとしてるんで、怒ってる俺が大人気ないみたいな気がしてきた。いや、つられてる場合じゃねぇ。

 これは強制わいせつだ。

「……あ。沖田クン、帰ってきた?」

 廊下から人の声がする。一人じゃない気配。なにを言っているかは聞こえなかったけど。

「離してくれねーと、アンタに襲われたって言うぜ」

「言えよ。信用してもらえると思ってンならな」

 台詞の途中で俺はぎくっとした。足音が聞こえてきた。総悟じゃねぇ。あいつは殆ど音をたてないで歩く。もっと重くて無防備な、この足音は。

 ぱ、っと、万事屋の腕を離した。

「開けるぞぉ、トシぃ。久しぶりだなぁ。寝込んでるんだってぇ、鬼の霍乱かぁー?」

 それがかえって、ヤバかった。押し伏せたままなら格闘に見えていたかもしれない。けど、布団の上で身体を返して起き上がろうとした万事屋と、その横で跳ね起きましたっていう姿勢の俺が、どんな風に見えたかは。

「あ、すまん」

 襖を開けた瞬間に強張って、謝りながらすぐ閉めた近藤さんの反応で、わかった。

「ちょ、近藤さん、ちが……」

 追おうとした。追えなかった。万事屋に寝巻きの裾を踏まれた。見事にコケてしまう。てめぇッ。

「アンタ仕込んだのあのゴリラ?」

 はだけた裾に手を突っ込まれる。ふくらはぎを掴まれる。怒鳴りつけようとしてギクッとする。俺を見上げる万事屋の視線がマジ過ぎて。真摯、って言葉を連想させるくらい。

「なんか悔しいね。アンタみたいな上玉をあのゴリラが好きにしてたって思うと」

 違う、って言おうとして、それじゃ反撃にならないことに気づいた俺は、今度は踵で万事屋のツラを蹴り上げながら。

「てめぇに触られるよりは、百万倍くらいマシだ」

 答える。起き上がる。仰向けとはいえ今度は足首まわして容赦なく横面を蹴ったから、万事屋は口を押さえて呻く。構わずに起き上がりもう一度、追いかけようとした。襖を開けた、瞬間。

「その格好で飛び出すの、やばいと思いますよ」

 襖の外に膝立ちの姿勢で控えてた山崎にぎくりと足を止める。

「近藤前局長にはとりあえず、応接室に通っていただきました。土方さんが起きれるようでしたら夕食でもと仰ってます」

「……総悟は?」

「今日は夜勤です」

「あ?」

 あいつは朝、出て行った。そうでなくても局長職は実働部隊のシフトには入らない。

「近藤前局長からご連絡入ってすぐ、外回りに行かれました」

「逃げやがったな……」

「遠慮されたんじゃないですか。前局長に、土方さん、色んなご報告があるんでしょ?」

「ねぇよ」

 総悟のことを近藤さんに云々、訴えるつもりはない。セックスに関してはもちろん、それ以外についても。総悟は一生懸命やってる。

「近藤前局長に、ちょっと聞かれました。沖田さんのことじゃなくて土方さんのことを」

 部屋に戻って着替えてた俺はぎくっとした。開けっ放しの寝室の布団の上から、万事屋がにやにや、眺めてやがんのには気づいたがそれどころじゃなかった。

「……なんてだ」

「何かあったのか、って」

「……どう答えた」

「特には、って」

「……」

 山崎と万事屋の視線に挟まれて、身動きとれなくなる。

「なに。トシちゃんの様子がおかしいから、ゴリさん心配して様子を見に来たわけ?」

「多分。それも近藤さん独断じゃないでしょう。オヤッサンか、もしかしたらもっと上の、土方さんが今年行かれる筈だった評定所の方から依頼、されたのかもしれませんね」

「おおー。トシちゃん大物になりあがっちゃってぇ」

「カラダいいよりアタマいい方が貴重品だから」

「組織ってのはいつもそうだよ」

「アタマがいい上に度胸が上回るぐらいあって、カナメが勤まる人は少ない。証拠に、書院番組頭は五十人ぐらい居るけど、目付は十人も居ない。うちの副長は多分、十年たったらそうとういいセン行く人です」

「たかるなら今って感じだねぇ」

「その人がねぇ、こんな若さでリタイヤして故郷に帰るとか言われたら、そりゃ大騒ぎですよ」

 一年後、退職するってオヤッサンに言ったのは何日か前。一応聞いとくって答えられて、まぁ一年も先の話だからって思って、ぼんやりしてたら外堀を埋められちまったらしい。

 チッ、って思ってる内心を、見てる二人には伝わったはずだ。俺がヤバイと思っていることが。

「……で、どう説明すんの?」

 万事屋のにやにやが気に触る。

「沖田さんにセクハラされて辛いから辞めますって仰いますか?公になれば、沖田さんには何らかの処分がおりますね」

「……」

 そんな、ことを。

 言えるならそもそも、俺は今、ここにこうしてねぇ。分かってるくせに聞く山崎を心の中で縛り首にした。

「喧嘩と仕事に飽きましたってゴリさんにも言うの?信じるかなぁ、無理と思うなぁ。俺だって信じられねぇもん」

「土方さんって頭がいいくせに嘘つくの下手なんです。剛速球で勝負するタイプですから。俺はまぁ、そこが好きですけど」

「俺も好きだけど、ソコよりもっと、格好つけのスタイリストなとこがスキかな。まぁせっかく誤解しやすい場面も見てもらったことだし、助けてやってもいいよ、トシちゃん」

 何が、だ。

「俺のこと、いいように言っていいよ。出入り業者と一回二回寝たらつきまとわれて、凄く困ってる、って」

 そんな情けないことを言えるか。

「まー情けない事はないけど、ホントのことよりマシなんじゃない?トシちゃん的には、さ」

 にやにや笑いが俺は本当に気に触った。

 が、背に腹はかえられない。

「条件は」

「今度、ゆっくり口説かせろ」

「ガセネタひとつを楯に寝ろってか」

「足開けっては言ってねーだろ。そんなピリピリすんな言い直すから。オマエの奢りで高い酒呑みに行こうぜ」

「……誰が何言ってきても天井見せンなよ」

「大丈夫。俺はトシちゃんと違ってウソ上手だから」

 それは、少し違うんじゃないかって気がした。こいつはウソをつくほど頭が悪くもない。本当のことをなかなか言わないだけ。

「ザキ。総悟を探して引っ立てて来い。今の話、聞かせとけ」

「了解です」

「んじゃ俺は帰るから。またね」

「万事屋」

「……なに?」

「あとで電話する」

 台詞に深い意味はなかった。が、万事屋がなんだか目を細めて、珍しく素直そうに笑って。

「うん。待ってる」

 手をひらひら振られたせいで、妙な感じになった。