蹂躙・1

 

 

 衝撃で殆ど意識を失っていた人は、覆いかぶさっても殆ど反応を見せなかった。でも、そのまま腰を掴んで引き寄せて、契りを交わそう、とした途端、びくっと竦んで、バチッと音がしそうなくらいの勢いで目を開ける。

「……、気がつき、ましたか?」

 笑いかけながら、若者の内心は複雑。意識がないうちに手早く、抱いて犯してしまいたかったのが本心。けれど狭間に手を差し入れた途端、危機を感じた小動物のように、目覚めた相手の表情がやけに艶っぽくて、ぞくりと、キタ。

「寒くねぇ?」

 怯える相手を嬲るように頬を寄せる。深く息を吐いて、高ぶる自身の熱をなんとか宥めて。

 返事はない。当たり前だ。手首の拘束は解いたが、猿轡は嵌めたままだった。舌を噛んで自害できないように。、

「暴れねぇでくだせぇ、よ。……クスリ、打つよ」

 さっきまで随分と別の男を梃子摺らせていたから、機先を制して釘を刺す。隊の監察には容疑者取調べの為の自白剤として幾種類かの薬剤が常備されている。筋弛緩剤としても使われるチオペンタールは、静脈注射によって容易に即座に麻酔導入ができる。鎮痛作用には乏しく、手術時には全身麻酔薬の導入剤として使われるが、この場合、鎮痛は必要ない。

「オレは平気ですぜ。あんたがエグイことになっても」

 弛緩剤であるからには当然、そういう副作用もあるが。

「セックスなんてどうせエグイんだし」

 脅し文句は効果があった。アンプルから薬剤を吸い上げた注射器がまだ、ケースに収められたものの枕元に転がっているから。一時間ほども前、それを腕の静脈に擬されたこの人があんまり辛がるから、

『……アルコール注入にしませんか?』

馴れた手付きで注射器を構えた監察の山崎が進言した。

『下から挿れれば、即効ですよ』

 お気に入りだったジンが、今は主の居なくなった部屋から取り寄せられ、針を外した別の注射器に満たされる。抵抗というより緊張、ガチガチに強張ったカラダがようやくそれで解けて、そこから蹂躙が始まったのだけれど。

「土方さん、震えてンの?」

 大人しくなった腕の中の相手が目を閉じて、じっといたいけにしている。舌なめずりをしたいほどカワイイ。

「寒い?それとも、怖い?」

 後者であればいい、と思いながら尋ねる。怖がられるのはサディストの快感で、恐怖からの服従は性的欲望を刺激する。特にこういう、そそる相手からは。

「力抜いて。怪我するよ」

 お決まりの台詞を口にしながら、でも本当は相手の緊張が、イイ。粘膜の接触より精神的な耽溺の方が甘くて、証拠に交接を急がずに、言葉と愛撫で、獲物を嬲りにかかる。

「ダメですよ、イヤはきけない。アンタも分かってるでしょ。これ尋問だから。……ゴーモン、かな」

 優しく撫でられて気持ちを緩めたのか、そっと、こっちの機嫌を伺うように、かぶりを振ってみる相手の耳元に、囁く。

「フクシュー、かもね。……あんた、なんで裏切れた?」

 言葉にすると悲しみが胸に潮のように満ちて。

「あんたに、裏切られるなんて思わなかった」

 いや。予感は、かすかにないでもなくて。

 隊の外に休息所を持ちたいとこの人が言い出した時から嫌な気になった。極力反対したけれど、副長に甘い局長は物分りがよかった    。トシも男だ、秘密くらい作りたいだろう、と。

 それがそもそも気に入らなかったのはガキの独占欲。でも結局は予感のようになった。本気の悲しみが若者の胸に満ちて、じんわり、何度か既に、こぼした涙が滲んで来るのを、掌で払う。

「ひでぇ、よ」

 真性のサディストだけあって、悲しみに欲望が刺激され、耽溺も深いのだが。

「あんたは、ひどい」

 決め付けると、竦んでいた相手の強張りがほぐれる。口をきけないままそれでも、うすく開いた目の色が、何かを言いたそうで。

「……舌、噛みませんよ、ね?」

 聞きたい気持ちになったから、猿轡の結び目の手を掛けた。

「もぅさ、あんたしたたか、裏切ってくれたから、これ以上、俺らにひでぇことしませんよね?」

 糾弾の言葉に辛そうに頷かれる。約束だよと念を押して紐を解いてやった。数時間ぶりに開放された唇が空気を吸い込むよりも早く、重ねて塞いで、自分の息をのませる。

「ん、……、ン」

 反射で一瞬だけ暴れかけたカラダは、でもすぐに大人しくなる。唇を開いて受け入れる舌は今夜のはじめてだ。前の男は、拘束したままの罪人を犯した。

 若者も状況は殆ど変わらない。手首の拘束を解いたのは抵抗力がなくなったと判断したからだし、唇は無粋な布の代わりに舌で塞ぐ。そうしながら、暖かな狭間に手指を忍ばせる。閉じようとする膝の動きはかわいそうなくらい弱い。そのかわいそうさが、ビンビンと、クる。

「あ、ぁ……、ッ」

 呼吸を、継がせるふりで一瞬だけ解放してやった。本当は声を聞きたかった。そむけられる顔をゆっくり追いかけて、そうしながら、指先をそっと、深みに沈ませる。

「……、痛い、そうご……、イタ……」

 見栄も強がりもそぎ落とされた、切羽詰った本当の声。

「さわら、な、いで、くれ……。タノむ……」

 泣き声が、小鳥の囀りに似てカワイイ。掌に握りこんでいつでも捻り潰せる小鳥を、指を蠢かし嬲る。生死与奪が思うまま、相手のそう、イノチを握りこんで、いる。

「なに小娘みたいな声出してんのさ、アンタ」

 必死の哀願を切り落として、絶望に突き落として。

「それで俺を騙そうったってムチャだよ」

 ぐ、っと、ソコに指を力ずくで押し込んだ。粘膜は濡れてほぐれて、柔らかい。ついでにアツくって、まとわりついてきて。

「……、いーカンジじゃねぇ?」

 痛いなんてウソだろう、と決め付けてみた。反論はない。声も出せずに、唇が頼りなくわななくばかりだった。

 誘われて唇を重ね、怖がる震えをたっぷりと堪能。満足して離した時には半死半生、という風情でうち伏す。

「なに、ホントに辛いんですかィ?……コンドーさん、ひど……、凄かったよね」

 くすくす、喉の奥で笑う。

「あんたもわりぃよ。なかなかネを上げないから」

 男同士の喧嘩では、参ったとか負けたとか、声を上げさせるのが勝負の基本になる。沈黙は反抗で、無抵抗なだけでは許されない。セックスもそれに準じて、快感の嬌声でも痛みの悲鳴でも、とにかく何か、音を上げさせないと、征服したことにはならない。

「ムダな意地はるから、こんな目にあうんだよ」

 指の動きを止めてまた耳朶を嬲る。力を振り絞るようにして、抱いた相手はかすかにかぶりを振る。違う、と言いたいのだろう。抵抗ではなく緊張、心身への過度の重圧に何度も意識を失って、そのたびに頬を叩かれ、頭に水をかけられて目覚めさせられた。おかげでまだ髪が濡れていて、抱きしめると冷たい。

「……、のか?」

 自分を抱くのかと、そっとこぼされた質問に、

「うん」

 ナニを今更、という気持ちで頷いた。

「あんたが泣いても嫌がってもヤル。……他に、手段がさ、ないから。ねぇ土方さ……、ヒジカタ……」

 罪人らしく呼び捨てにする、自分の声の響きに、改めて思い知らされる。これは罪人、自分たちを裏切った。

「痛くてたまんないのも、苦しくって息が止まりそーなのも、こっちだ……ッ」

 それは少しも嘘ではない。

「ナンとかしろよ、ヒジカタ……ッ」

 激情が、一気に。

 自分でも制御できない激しさで何処からか沸きあがって。

「……、ッ」

「シネよ、チクショウ……ッ」

 ぐちゃぐちゃにされて、泣きたいのは、こっちだ。

「あんたこんなコトのタメに俺ら捨てたのかよ……」

 心臓が、殆ど止まりそうな、この辛い痛み。

 夜が明ければ醒める、悪い夢ならばいいのに。