蹂躙・10
熱い息が背中に落ちて、ぎゅつと締まっていた若い肌が緩む。固い鞠のような弾力で廻されていた腕も、硬さは同じだったけれど力が抜けて、少しは柔らかく絡む。
「……なぁ」
情事の後で疲れ果て、顔を隠すように背中を向けたまま動かない肩に背中から寄り添って顎を載せながら若い男は尋ねる。
「あんた俺のこと嫌いだったっけ?」
うまく気持ちを言い表す術をまだ知らない、言葉足らずな尋ね方は正直で、少し可愛かった。でも黒髪の美形は返事をしない。黙ってじっと大人しくしている。
「なんかさぁ、どんどん元気なくなってくの、見ててこっちがクルシーんだけど」
心配だということを伝えたいのに相手を責めるようになってしはまうのは若さのせい。似たような若者を知っているから、腹はたたなかった。
「呆れるぐらいさっさとうちに馴染んだくせにさぁ、今んなってナンで、そんなしょんぼりなの。俺がそんなに気に入らないワケかよ」
「……別に」
「ちょっと、こっち向け、よ」
無感情な一言だったが、この美形が久しぶりに聞かせた声だった。返事をしたことに気持ちを強くして若者は白い肩に手を掛け仰向かせる。見下ろされる位置を少し嫌がったが、すぐに諦めて目を伏せ、正面の若者から顔を背け、そのままじっと、大人しく横たわる。
いつもそうだ。静かで無抵抗。でも少しも従順でなく、最初から終わるのを待たれている気がする。誘い方は悪辣でも肝心の芯がまだスレていない若者は抱いている相手のそんな態度に耐え切れず心傷ついている。
「俺が弱みにつけ込んだから怒ってんの?悪かったけどさぁ、でもどのみちあんた美味そうでいただきますする気だったし。ちゃんとその前に口説いただろ」
勝手なことを言う若い男を、見つめる切れ長の目尻は潤んで、フットライトのかすかな光さえ弾いた。セックスの最中まぶしいだろうと天井の蛍光灯を消す。この若者の芯は、悪い気質ではない。
「気に入らないんなら文句言えよ。竦むほどひどい事はしてねぇだろ」
悲しそうに無気力に、そっと顔をそむけられるのが辛い。
愛しているからとは言わない。遊びには違いない。でも一緒に遊びたがった情事の相手が、まさかこんなに、しょんぼりするとは思っていなかった。
「俺が謝って元気出るンなら謝るけど」
そのいい方が可笑しかったらしい。美形が少しだけ、ほんの気配だけだったが口元を緩ませる。和んだ目尻の、艶にどきりと、して。
「……ごめん」
男は白旗を揚げる。
「あんたがイロ引っ張り込んだ、弱みにつけ込んで便乗してごめんなさい。イヤならもーしないから元気出せよ」
「だけ、か?」
「え、なに?」
「それだけか、お前は」
「……だけ、って、なに」
「そうか。なら、いい」
「なに言ってんのあんた」
訳の分からないことを言って勝手に何かを納得した様子の美形に若者は眉を寄せる。でも美形は、少しだけだけれど笑っていた。ずいぶん久しぶりに見たその笑顔につられて、若い男がそっと肩に手をまわす。抱けばいいオンナだ。
「ぐるかと、思ってた」
「俺のこと?誰と?おじさん?」
「お前で噛んでないなら、まぁ似たり寄ったりだが、少しはマシだ」
「だかにナニ言ってんだよ、あんた」
「俺を惜しいとか言って引き取っといて」
「あぁ、そりゃ追放して終わりじゃ惜しいさ。天下の真撰組仕切ってた副長さんだろ、あんた」
「だまされた」
「おじさんに?あの人さぁ、物腰優しいけど怖いんだぜ。知らなかった?」
「お前のおじさんが飼っときたかったのはヤローの方で、俺は餌だった」
「ヤローってあんたのイロ?ちょっと強かったけど」
「もう無関係だ」
「ひっぱり込んでたじゃん、部屋に」
「レイプされただけだ」
「……」
ぽかん。
そんな表情で、若者は口を開ける。
遊撃隊の若手ではピカ一の腕だが、中身はまだ素直だ。
「なに、じゃあナンで、俺のいうこと聞いたのさ」
脅した。
憎たらしい白髪頭の男がこの美形の、部屋から出て行くのを見つけて。
別れると約束したくせに破ったその情事を、黙っていて欲しかったら俺もベッドに入れろ、と。
「お前もグルだと思ったからだ」
手引きがなければこの幕府高官の私邸に忍び込めるわけがない。だから『手引き』はこの美形がしたと、若者は思っていたのだ、が。
「真撰組にこれ以上、迷惑かけたくなかった」
だから仕組まれ たみえみえの罠を踏んだ。撥ね鋏みに踵を齧られて痛かった。
「そーいやあんた、そーいえば、さぁ……」
最初の夜、疲れ果てていた。力が入らない無抵抗の体は貪りつくすには都合が良かった。他の男との情事に弛緩した肢体が甘くて、どれだけアイツと愛し合ったんだよと、からかいさえ口にした覚えがある。
抵抗して、拒みきれなくて、強姦された後だとすると、ぼろぼろだったことになる。
ごめんなさい、とか、俺はおじさんの片棒は担いでないよ、とか。そういう説明を若い男らしくすっ飛ばして。
「コロシてやるよ」
真面目に、そう告げた。本気で。
「あいつが今度きたら殺してやる。だから元気出せよ」
一生懸命の本気だった。
「俺あんた、したたかが好きだ」
言葉を若さで、また間違える。しょんぼり屋敷に逼塞しているような今より秘書としておじさんについていた元気な頃に戻って欲しい、という願いと、それはあんたを好きだからだ、という告白を混ぜてしまう。
「……すきだ」
間違ったことには自分でも気づいて、だから一番大事なことはもう一度繰り返した。
「すき……」
「やめとけ。手足折られんのがオチだ」
本気で抵抗した。でもかなわなかった。
「お前は知ってるだろ。あれも怖い男だぜ」
力ずくで押さえつけられて無理やりに犯された。
痛くて惨めで、我慢できなくて、泣いた。