蹂躙・五

 

 

 

 優しい男だからセックスも柔らかいかと言うと、実は全然、そんなことはなくて。

「……、く……ッ……、ぁ」

 性癖と性格は別物だ。ただ日頃との落差という意味で、同じように振舞っても日頃優しい男は乱暴だと感じられやすいし。

「……、ダしてイイ?」

 ふだん無言で斬りつけてくるようなヤツは、そんなとんでもないことを口走っても尚、尋ねてくるだけマシ、という解釈も成り立つ。

「い、きます、ぜ」

 灼けそうな毒を腹の中に放たれて。

「……、っ」

 のた打ち回るのは、同じだとしても。

「あー、もー、ちょっと……、アンタって……。もー……」

 うわごとじみた息交じりの声が耳朶になすりつけられる。

「モテるだけ、あるよね……。違うよ……」

 抱けば相手に甘くなる男の性癖を、隠そうともしない正直さは美徳だ。一人前に慰める仕草で後ろ髪なんか梳かれて、重なってくる唇の中に苦笑を送り込んだ。

「……、どーだった?くるしくない?」

 軽く重なった唇はすぐにはずれ、組み敷かれた位置から見上げる王子様は、まだ軽く息を切らしながら尋ねてくる。

「くちあけが俺なの初めてダロ。ダイジョーブ?」

 何を聞いているのかと思ったらそんなことで。

「おまえ、けっこう……」

 硬い布団の上で肩を起こしながら答える。

「なに。オレけっこう上手い?」

「……見たカンジよりは」

「そぉ?」

 くすくす、嬉しそうに若い男は笑った。が。

「ホントはあれだろ。オレがガキだから、あんた扱いやすいだけ、だろ」

 怖い声になって手を伸ばしてくる。違う、というつもりでかぶりを振る。サド星の王子様にしては、そして最初の記憶に比べれば、随分丁寧で優しい。

 それに重さが、もう一人とは違う。あの硬い胸板で情け容赦なく捏ねられると、比喩ではなしに圧殺されそうで息が止まる。優しくしてくれ、なんて口が裂けても言えた義理じゃないから、尚更。

「近藤、さんは?」

 肩に額をすりつけてくる若い男の、背中に腕を廻して受け止めてやりながら尋ねた。騒動から殆ど連日、毎晩、『取調べ』られていたのに。

「ナンか、偉いサンたちと会合。ってーか、つるし上げられてんじゃない?あんたの不始末を」

「怪我、どんな風なんだ」

「オレも知んねーよ。近藤さん見せてくれないもん。一人で切り落として一人でオヤッチンとこに持って行ってた。……気づいた時は、俺も叫びそーになった」

 喋りながら柔らかな舌で鎖骨を舐められる。ぞく、っと腰にきて、無意識に浮き上がった。

「俺のを切って、くれればよかったのに」

「……あんたなら指よりコレ、切り落としたいな俺は」

 繋がったままの狭間に強引に掌を差し入れられる。きゅ、っと握りこまれて下腹が攣った。唇をわななかせながら目を閉じて、それでも無抵抗。カラダを差し出すように手足を広げて。

「まさかアンタが情事でコケるたぁね。女は見事にさばいてきたくせに。抱いて欲しかったんなら隊にいっぱい、イキがいいの居るじゃん。あんたに前膨らませてる奴ぁ多いダロ。……俺だって、ずいぶん、前から」

 目尻の艶なこの男がセックスの対象として有り得るのだと、そういう性癖を持っていると気が付いた時から。

「身内には手ぇ出さない、って主義はご立派だけどさぁ。そういう理由で俺ら拒んどいて、これはひでぇよ」

「お前と近藤さんの、ことを」

 手指に翻弄、されて身悶える。しなやかな肢体がくねる動きを、若い男は心から愉しんだ。本物の女ほど柔らかくはない。けれど締まった弾力は、時としてむにゅっとした腐肉に嫌悪を感じるこの若者にとっては随分、心地いいものだった。

「拒んだ、覚えなんかないぜ」

「誘わせてくれないのも十分な拒絶でさ」

「俺を欲しい、そぶりなんざ、一度もしなかったじゃねぇか」

「あんたが気づかなかっただけだよ。……舐めよっか?」

「……イヤだ……」

「じゃあこのマンマでね。ほら、チカラ抜かねぇと、また苦しいですぜ」

 最初の夜はひどく怖がって、泣きながら強張ったカラダは結局、とけないままだった。シタから強い酒を無理やり含まされて筋肉は弛緩した。けれど、何度抱かれても、発情はなくて吐精はしないまま、苦しんだだけ。

 一回ヤられると観念したのか、次からは比較的おとなしかったけれど、それでもなかなか、蜜はこぼさない。抱かれて感じてることもあるけど、膨らみだけで終わる。

「つ……、ん……ッ」

 こうやって愛撫してやっても、感じて悶えるけれどなかなか、吐き出すことが出来ないで苦しむ。白い肌に血の気がさしてきて、息が上がって、ぎゅっと閉じた睫の間に涙がたまってきて、喘ぐ様を眺めるのは最初たのしい。でも途中から、かわいそうになってくる。快感よりも苦しみが強そうで。

「ほら、ねぇ、もっと」

 力を抜いてと、繰り返す。よほど苦しいのか、縋りつくようにされて、憎しみよりも、愛しさが勝った。

「……、ひ……ッ」

 絡めていた指先をそのまま。

「い、やだ……、そ……ッ」

 繋がっていたカラダを離して、力の入らない相手を易々と押さえつけ、膝を開かせて、濡れた唇の中へ。

「ん……ッ」

 含んで舐めて、舌先を絡めて吸ってやった。促すように優しく。悲鳴に似た声が漏れるのを聞きながら、それでも暖かい口内に安心して、蕊が芽吹いていくのが可愛らしい。

「は、なせ、よ……、総悟、ハナセ……」

 狭間に埋めた頭の、髪を掻き毟られる。指に力は入っていなくって痛くも痒くもない。むしろ撫でられているようで楽しかった。くちゅくちゅ、そのまま、愛撫を続けてやる。女の花びらも舌で弄ってやったことなんかなかったけど。

「……、デる……。離せ……」

 この相手だと、カンジさせて悶えさせることがひどく楽しい。いくらでも可愛がってやりたくなる。

「な、せ、よ……、なぁ、も……、頼む、から……」

 切れ切れの哀願。細い腰が浮いて捩れて、膝ががくがく揺れている。出していいよのつもりでちゅーっと吸う、と。

「ひぅ、ッ」

聞いてるこっちが切なくなりそうな、鳴き声。

 仕方なく、唇を離してやった、瞬間。

「ん……ッ」

 若者の髪を掴んでいた指が解けて、自分で自分の蕊を包み込んだ。そのまま横向いて、痙攣。肩が震えて、泣きながら喘ぎながら、欲情と羞恥に染まりながらイク相手を、じっと若者は眺めていた。

「カッコつけなんだから」

 震えが収まるまで待ってやってからまた肩を抱く。横向いていた姿勢をうつ伏せにシーツに押し伏せて、背中から。

「それともホントに恥ずかしいんですかぃ?いい齢して小娘みたいに照れないてくださいよ。こっちまでつられちまう」

 本当は可愛くてたまらなくて、食いたいほど愛しい内心を、そんな言葉で誤魔化した。

「あんたのこと、渡したくなかったよ。あんたが俺をそーゆー相手の中に入れてない事わかってたから、言えなかっただけでさ。あんたが休息所を外に持ちたいって言い出した時は情けなくって泣きたくなった。外で休みたいくらいココがいやなのかって、思って」

「……違う」

 その会話は既に何度か、繰り返された。隊長以上は別宅を構えていいという内規のもと、軽い気持ちでそれを申告した男は、若者に吼える勢いで猛反対されて戸惑った。結局その希望は通って、屯所から徒歩で十分かからない下町の一角に、敷地は狭いが洒落た一戸建てを借りて、そこで。

「旦那とセックスするために家まで借りて、挙句にコレかよ。大笑いじゃねぇ?」

「……そうだな」

「カレシにダッコしてもらわねーと寝付けないタイプ?これそーゆーカラダ?オトコ欲しくって夜鳴きすんの?」

「……どうかな」

 拘置中の容疑者は言葉で嬲られても反論をしない。

「な、わけねぇ、だろーが……ッ」

 理不尽な真似をしている、自覚はあった、けれど。

「こんな辛そうなくせにッ」

「……ッ」

 無理やりに抱かれて、ぎしぎし、体中苦しそうに軋ませているくせに。

「ねぇ……」

 うなじを噛みながら、囁く。

「あんたどーなんのかな。近藤さんはナイチョーに、旦那を引き渡してくれって言ってる、らしーよ。重ねて四つにするつもりだったらどーしよ。俺あんたと旦那が一緒に死ぬなんてイヤだ……」

 白髪頭の飄々とした、あの男を、嫌いではなかったけれど。

「そこまであんたのこと、あいつに渡すのは、イヤだよ……」

「……俺もそりゃ御免だな」

 黒髪の色男が、笑いながら答えたのが若者の癪に触った。

「、ひ、ぅ……ッ」

「ふざけんじゃねぇヨ、ヒジァカタ……」

 語尾が剣呑に掠れる。

「ンなことになったらその前に、あんたのことだけ、叩き斬ってやル……」

 今にもそうしてやりたくて、盛り上がった気持ちは。

「……いいぜ」

 抱き取られ、みるみる角を溶かしていく。

「何されたって、文句言える身の上じゃないからな。でもお前がまた勝手すると近藤さんが困るだろ。自分で死ぬから、脇差差し入れてくれ」

「介錯なしは苦しいですぜ?」

「仕方ないさ」

 あっさり告げる相手を暫く、若者は抱きしめていたが。

「ねぇ」

 耳元に唇を寄せて、聞き取れるギリギリの声で。

「……逃げよか、俺と」

 本当の本心が、こぼれる。

 返事はない。

「近藤さんと俺は流儀上、親子だ。あんたは昔、俺らの間にするって入り込んできたけど……、ナンだろう。近藤さんの、後妻みたいなもん、かな」

「……なに言ってんだお前」

「ママハハに反抗してたけどホントは好きだったよ。よくある話じゃん。不義密通に親父は怒り狂ってるけど、ガキはやっぱり、母親を好きなんだ。一緒に逃げよーか。あんたが殺されるなんて、イヤだよ……」

「総悟」

「時間がたてば、きっと許してくれるよ、近藤さんも」

「なぁ総悟。ホントにいっぺんも、こんなこたしてなかったんだぜ」

「近藤さんと?」

「悪かったと思ってる。どんな処罰でも受ける。けどあの人と、このテのことは、一回も」

 なかった。求められた覚えさえ一度もない。

「だから理不尽に責められる筋合いは無いって思ってるんなら、あんたはバカだよ。そーいやアンタ、案外バカだったっけ」

「口きいてくれねーんだ」

 きかせてもくれない。謝ることも、まだ許されなくて、痛みだけ感じる。隊のメンツを潰したとかヤバイ立場に追い詰めたとか、そんな怒りは、もたれて当たり前だが。

「なんであの人があんなに苦しんでんだ」

「ちなみに俺も苦しんでますぜ、ヒジカタ」

 すり、っと、頬を摺り寄せて懐きながら。

「俺の理由は、あんたが旦那に人生やろーとしてるからだよ」

「やってねぇ」

「俺の命は隊と近藤さんのものだとかナンとか、格好つけといて裏切るから、憎まれンですぜ」

「愛してんのは、お前らだけだ」

「……信じねぇよ、ばーか……」