蹂躙・6

 

 

 

 尋問は比較的紳士的に行われた。真撰組屯所の奥に隠された容疑者が協力的だったからではなく、さらに重要な証言を警視庁内部調査課の切れ者は押さえていて、真撰組もと副長の供述は、それを補完する価値しかなかったから。

 それでも日に三時間、五日間、課長自らが尋問に通った。ことは将軍に対するテロの捜査を通り越して、宇宙海賊村雨と攘夷派過激分子との連携が対象になっている。

「幕臣の中にも攘夷運動に参加していた者はたくさん居る。私もその中の一人だ」

 さらに踏み込んでこの切れ者は、かつて海賊・村雨に便宜を図っていた天人が居たことをネタに、支配者側に何らかの譲歩、それが不平等同条約の撤回なのか自治権の拡大なのかはわからないが、とにかく、政治的な取引を求めようとしていて、それでこんなに、この件に熱心らしい。

「思想にも流行があって、みなが異人討伐の熱気を孕む中、いやでもそれは実現不可能だと、言えた開国派たちの勇気には感服する。だがそれは今になって言えることで、当時は連中を日和見の腰抜けだと思っていた。私は温和な性質だったから」

 尋問の途中で休憩するかということになって、茶を煎れていたお供の若い剣客がそこで、ぶ、っと噴き出す。部下にちらりと、一瞥をくれて。

「本当のことだよ」

 これまた持参の湯飲みに、濃い目にたっぷり煎れた茶を飲みながら、偉い男は尋問相手の容疑者に向って告げる。

「わたしを過激派だったように言う者も居るが、天誅騒ぎを起こした事はない。殺人は犯罪だ。私は政敵を言論で看破できる自信があったし、天誅テンチューと口走っては商家からご用金を巻き上げる食い詰め浪人のやり方は趣味にあわなかった」

「……」

 容疑者は大人しく聞いている。若者に差し出された茶を、会釈して手錠のままで受け取り、指先を揃え俯いて口をつける。香りのいいほうじ茶だった。

「それが幸いして、将軍家に再出仕することが出来たのだが、そんな私でも天誅や商館大使館の焼き討ち騒動を起こした友人は何人か居る。知人はもっと居る。そういう時代だったからな。だから、疑獄が起これば即座に魔女狩りが始まる」

 茶菓のチョコレートを、かりっと、齧る内部調査課の責任者兼、遊撃隊の隊長は齧って茶を啜った。お供の若者も下座で、持参の茶碗に口をつけた。

「君を攘夷派との通謀容疑で検挙することは簡単だが、したくない理由はそこだ。真撰組の土方十四郎といえば世間にもそこそこ知られた名だが、攘夷過激派にはそれ以上に目の仇にされている。今度の襲撃事件の本当の狙いは長官でも将軍でもなく、君の失脚なのかもしれないと、現時点で、私は思っている」

 甘いものが好きではない容疑者は、それでも前に置かれたチョコに手を伸ばす。拘束された指で個包装に梃子摺っていたら、お供の若者、伊庭八介がさっと近づき、銀紙を剥いてくれた。

「君はどう考えているかね」

「自分をそんなに大物とも思っていませんが、隊を連座で処罰しないでくれれば感謝します」

「ならもっと切々と無実を訴えてくれないか調書が作りにくい。罰を受けて当然という態度は潔いが、自分の罪を認めたようになってしまう」

「……はい」

 休憩時間に注文をつけられ、素直に頷いた。包みを剥いたチョコを差し出され口を開ける。上等のカカオの香りが口の中に広がって、疲れた心身に、甘さがじんわりと沁みた。

「ところで君、クスリをやったことは?」

「ありません」

「ほう、珍しいな。私はあるよ若い頃。体を壊すほどではない、軽いハッパやチョコ(大麻樹脂)程度だったが」

「……」

「罰しようというのではない。尋問の仕上げに一応、薬物を使わなければならなくてね、既往歴があればしりたいだけだ。アップ系とダウン系のどちらと相性がいいのか、とか。本当にないのか?」

「ありません。酒なら、少しは飲みますが」

「まあそれならばダウン系だな。明日は、使う。覚悟しておいてくれ」

「自律神経が麻痺したりしますか」

「よほど深く酔えば。それほどキツく使うつもりはない。酒も限度を越えて飲みすぎれば泥酔で失禁することもあるが、普通の酔いではそこまでいかないだろう。クスリも同じだ」

「わかりました」

 

 

 アルコール、モルヒネ、ヘロイン、アヘン、という種類の、いわゆるダウン(抑制)系薬物は、外界に対する感受性を弱める効果がある。

服用後の最初の段階では、自我の防衛をゆるめ、普段抑圧している感情を吐き出すという効果を持っているので、尋問の補助的手段として使用されることも多い。

 容疑者の健康を考えて、それが使用されたのは空腹時を避けるべく午後の早い時間。末期がん患者の苦痛を取り除くためにも使われる医療用モルヒネだったが、薬物体験のない体には劇的に、効いた。

 効き過ぎて尋問が出来なくなり、苦笑とともに賓客は帰っていったくらい。

 効果が抜けて容疑者が意識を取り戻したのは、なんと九時間後。標準効力の三倍近い時間がたってから。目蓋を開いた後も暫くはぼんやり、自分を抱きしめる男の肩に、頬を預けていた。

「俺が、居たのが悪かったね……」

 抱きしめていたのは真撰組一番隊長、幼い頃から知っている若い男だった。あれ、と、艶な目尻のもと副長は戸惑う。別の男に、抱かれる夢を見ていた。

「近藤さんがボロボロのあんたを道場につれて帰って来た時、てっきり悪い奴らにマワされた女の子、見つけて助けて連れて来たんだと思った。一瞬だったけど。あの頃のあんた、そんな風に見えたよ。……まだ十代だったし」

「お、キタ?」

「うん、そう。……旦那じゃないよ」

 疲れ果て力の抜けたカラダを撫でながら、若い男は、なんだか辛そうにしている。

「男だって気づいて、ガキだったから、なぁんだって思った。でも近藤さんは多分、あんたを嫁さんにしたくって連れて帰って来たんだ。なのに一つ屋根の下にガキとジジイが居て、手を出せないうちにダチになっちまった。俺が居たのが、悪かったね」

「なに、お前、言って……」

「あんた              の別宅、山崎と片付けてきた。たまんなかった。あんたは食わないアイスとか旦那の着替えとか置いてあるのがさ。こんな風になるぐらいなら、いっそあんたが近藤さんのモノになっちまってりゃ良かったと思った。……のは、いいわけかな。俺が手ぇ出す、時間はあったのに」

 出会ったときはガキだった。けれどそうでなくなってから、あの銀髪の男に奪われるまでに、数年間の時間は与えられたのに。

「こんなイイオンナむざむざ、外の男に盗られた、俺がぼんやりだったよ……ッ」

 口惜しさに奥歯を軋ませながら、血を吐くような、声。

「旦那の前であんた、いつもあんな風だったの?旦那があんたを庇ってナイチョーに出頭する筈だよ。俺だってあんたがあんなにしてくれんなら、ナンだってしてやるよ」

「……」

 なんとなく。

 事態を悟った色男は口を閉ざした。

 夢を見ていたと思ったけれど、あれは。

「ナンだよ、あの色気。俺らとの最初の時は冷凍マグロみたいだったくせに、なんで……」

 馴染んだ情人に久しぶりに会って、随分甘えた真似もしたし、させた。夢の中ではこの現実の方が夢で、いやな怖い『夢』をみたと、情人に絡みつきながら訴えた。

 相手がなんと答えたかは覚えていない。

「すっげぇ、ヨかったけどさ。……意地張り通してた山崎が我慢できなくてとうとう食いつくぐらい」

 ちゅ、っと、うなじを吸いながら、若い男が苦い口調で言う。

「こんなオンナとあんなウチ、俺だってずっと欲しかったよ」

 くやしい。

 別の男にみすみす、渡してしまったことが、とても。

 すごく。

「なんで俺、ぼんやりしてたんだろ。やっぱダチだったから?山崎はねぇ、あんたが辛そうで可哀想だって。性的虐待は家庭内のが一番イタイって。ジョーダンじゃねーヨ。家族みたいなもんったってニセモノじゃん。そんなんで、あんたのことさぁ、セックスの対象にしてなかったのは、バカらしいことだったよ」

 顔を寄せて、唇を重ねて。

「あんたは俺と、家族みたいなダチのマンマが良かった?」

 問いかける。まだクスリの効果が残っているのか、ひどく素直に、黒髪の色男は頷く。

「ムリだよ、そんなの。あんたのナマの、匂いもぉ嗅いじまって勃った。……、もーむり……」

 若い男が、苦しそうに喘ぐ。

「あんたのことオンナじゃなくは見れない」

 告白は残酷なほど正直。