オフの日に飲み屋で会った。当たり前のように飲み比べになった。負けた方が二人分払う約束で。……負けた。

 徹夜明けだったとか空腹だったとか、負けず嫌いらしくそんな言い訳を口走りながらもマスターに告げられただけの金額は素直に払った。いつものように釣りは受け取らず店を出て、タクシー代わりに山崎を呼びつけようとしたところで。

『アイス食べに行こうよ』

 遅れて店から出てきた男が背後から、そう声を掛けてきたことは覚えている。

『冬の冷たいアイスも美味しいよ?フクチョーさんの奢りでいいからさ』

 犬猿の仲の相手が自分から誘ってきたことが珍しくて、多分財布を狙っているんだろうがまぁいいかと、男が案内する方へ歩き出したことは覚えている。アイス屋には行ったのか行っていないのか分からない。そもそもこいつが本当にアイス屋に行くつもりだったのかどうか、それも分からない。

 途中で酔いが回って、休んでいこうかという言葉に思わず頷いた。支えられて運ばれる間はすまないな、と、感謝の言葉さえ口にした。ぐらぐら揺れる頭を抱えているうちに、エレベーターに乗せられて廊下を支えられながら歩いて、ホテルの部屋に導きいれられて、ベッドに横たわる。

『吐く?』

 尋ねられる。かぶりを横に振った。嘔吐感はなかった。昼から殆どモノを食べていなかったから。一旦部屋を出て行った男がエレベーターホールの自販機からスポーツ飲料を買ってきてくれて、支えられて飲み干す。そのまま少し休むと酔いも、少しは醒めてきて。

『悪い。屯所に連絡して、ザキ呼んでくれ』

 動くのは億劫だったからベッドに横たわって、このままここで眠るつもりだった。ただ付き添いというか、迎えというか、世話を山崎にやかせるつもりで言った。

監察の山崎は側近で懐刀、プライベートの世話は職務外だが、呼べばいつでもすぐ飛んできて文句を言いつつ何でも言うことをきいてくれた。それが優しさではなく特殊な感情、ほれた弱みの結果であることを承知の上でずるく散々、わがままを言い散らしてきた。

『泊まるだろ?俺がついててやるよ』

 一緒に飲んだ責任があるから、と白髪頭の男が言った。気持ちはありがたいような気もしたが、山崎と違って慣れた相手じゃないから気詰まり、迷惑の方が勝った。酔っていたから、本当のことを言った。

『ひでぇ言いぐさじゃないソレ。銀さんにはそばについてられんのイヤで、山崎君ならなんでいいの』

 だってあいつは、オレに惚れてるから。呼べば尻尾を振りながら喜んで駆けてくるから。オレのカラダを触れるだけで嬉しそうだから、着替えさせろとか背中を撫でろとか、言い放題だから。

『あー、やっぱりフクチョーさんそっちのヒトだったんだ。まぁ、このカオなら……』

 男が何か言っていた。でも途中までしか覚えてない。飲んだ水分が全身に沁みてちょっと楽になって、男の台詞を無視して少し眠った。途中で服を脱がされる気配がして、濡れたタオルで肌を拭われて気持ちが良かった。てっきり山崎が呼ばれて来たんだと、そう思った。だから首も背中も、股も、足まで拭わせた後で、目を閉じたままぐいっと、肩を引き寄せて、隣に。

 寝ていいぞ、という意思表示。それがいつもの褒美。本番のセックス、粘膜の欲望より、犬コロが寄り添いあって眠るような、そういう近さの方が山崎とは落ち着くし好きだった。

 招きよせた男が服を脱ぐ気配。隣に滑り込んできて抱きしめられる。それから先が、いつもとは違って。

『……、ッ』

 目を見開く。

『誘ったのアンタだぜ?』

 声は、白髪の万事屋。

『やめ……、チガ……』

『今更人違いでしたとか聞けねーし』

『メロ……ッ』

『だからもう遅いって』

 冗談、じゃない。

『オカシやがったらコロスぞてめ……ッ』

『そういう脅しは服脱ぐ前に言ってくれないと』

 こうなってからじゃもう効かないよ、と、告げる男の声が笑っている。顔はよく分からなかった。部屋は薄暗く、こんな危機なのに意識はまだ半分眠っていて、身体はろくに動かなかった。

『俺はイヤ、山崎君がイイ、とか、腹立つこと聞いたし』

 そんなの、当たり前だろう。こんな胡散臭い万事屋と、四六時中一緒に居るザキが違うのは、あたりま……っ。

『はいはい、暴れたらまたまわっちゃうよ?』

 口調はゆっくり、でも押さえつけられる腕は相当に強引で、酔って緩んだ手足では敵わなかった。易々と膝を割られてクリームと指で慣らされる。粘性のそれがナンのクリームなのかも分からなくてパニクる。妙なモノ使われると後が祟る。問いただしたくても、もうそれどころじゃない。

『……、ヒ……ッ』

 悲鳴を上げて身体を強張らせた、瞬間。

『……あれ?』

 万事屋の、許しがたく茫洋とした声が、した。

『あれ、なにこのウブさ。山崎君と職場で毎日お楽しみなんじゃないの?あれれ?』

 そんなワケあるか、と怒鳴り返したくても、出来ない。指先咥えさせられただけでもう、体中が竦む。

『随分ご無沙汰?まさか処女じゃないよな?』

 好き勝手なことを言いながら指が深く食い込む。関節と爪の形まで感じる。足掻いた瞬間、指先が脱がされた服の袖に引っかかった。それを咄嗟に引き寄せて、噛む。

『ちょっと。なに水揚げされる若い妓みたいな真似してんの』

 男の声は半分呆れていた。でも芯のところは、けっこう悦んで嬉しがってるのが、分かった。指の差し引きが急に優しくなって、やがて引き抜かれる。

『オトコ久しぶりなの?』

『……』

『なら舐めてあげればよかった。クリーム塗っちゃったからもーダメだ。ゴメンネ』

『……』

『ホントきれーなカオしてんのな、アンタ。こっち向けよ』

 優しい声で誘われる。でもそんな声にだまされるほど気持ちはウブじゃない。懐柔されれば強姦じゃなくなる。なし崩しで合意の上だったことにされるのはどうしてもイヤだ。

『ゆっくりするけど、痛かったら言って』

 しない気はない男が、それでも紳士のフリをして抱きしめてくる。硬い腕と掌で撫でられても袖を噛んだまま、ぎゅっと目を閉じていた。