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 出来事の多い夏だった。

 負け知らずだったレッドサンズの遠征に、こともあろうにこの俺が黒星をつけ。

雪辱戦で、アニキまで負けた。

 アニキの負けは俺にとって自分が負けたことよりも遥かにショックだった。

  それ以上に俺を苛つかせたのは負けたアニキのほくそ笑み方。性質の悪い女が獲物を見つけたような、淫らがましい顔。

 藤原拓海、という名前の若い、才能を。

この人が狙っていることに、俺は気づいた。たぶん、本人が自覚するよりも先に。

 だって俺にはこの人が、俺のdesire。

 ごく簡単に同調し征服され支配される、俺自身の。

誰も自分の欲望には勝てない。

誰も自分の悪いクセだけは治せない。

自覚してなお修正のきかない欠点。それこそが、おそらくは最も純粋な自己。

 

苛つくことの多い夏だった。

一番愛してるオンナがひどく不安定で、俺までそれに引き摺られた。

オンナの不安定は心細いとか寂しいとかじゃない。

それとは逆の方向で、強気で戦闘的で攻撃的になってる。

その矛先が向いたのは俺じゃなかったけど、夜っぴて舐めて磨いた美しい爪を、向けてもらえないのも大概、腹の立つことで。

苛つくままに、オンナの身体に俺の飾りを入れた。左胸の先端の、金の輪に触れてると安心した。

そんな俺の内心をあざ笑うように現れたのは、県外からの遠征隊。

群馬制覇を高らかに宣言し、レッドサンズが仕切ってる赤城にわざわざ、出てくるだけでも大した度胸だ>

が、それ以上に、俺をかき回したのは迎え撃つアニキの態度だった。

待ちかねていた、とまでは言わない。でも来るのを予想していた落ち着きで、相手の頭と話した。

抱いた腕の中では俺の、最愛のオンナ。でも外に出せばレッドサンズのナンバーワンで、赤城の帝王。

王者同士の対決に俺は口を出せない。ヒルクライムはやる予定だがあくまでも、前座だ。

ベッドでは抱いている人の、外では背中を見てるだけしか出来ない皮肉。

あっちのヘッドと喋ってるのに口は挟めない。雄の群れでは序列は秩序そのもの。はみだせば追放される。いくら弟の俺でも。

そいつ、誰?

あんたの何を知ってるの。

強い口調も視線もいつものあんたじゃない。

 流し目で掠めるような挑発。

 自信満々な強気はいつもだが、いつもはもっと隠してる。必要以上の反感を買わないように。

 なぁ、答えて。

 返事してくれよ。

 背後に控える配下の一人として、彼の背中を眺めながら心の中でどんなに訴えても、彼は振り向きもしない。

売られた喧嘩をきちんと買って、見送る背中は力に満ちて、表情に出しちゃいないが高揚してることに、俺だけは気がつく。

いつでも来い、と高慢に挑戦を、彼が受け取り。

 応じるようにランエボの派手なバックファイアー。

誇らかに吼えあう群れのボス同士の、交わす威嚇の咆哮が夜空に響いていく。それを、俺は、彼の後ろで聞いているだけだった。

 

 いつものように携帯の、着信記録をチェックする。

 自分のじゃない。アニキの。

ノックもせずにアニキの部屋で、アニキの机の上にあったのを勝手に取り上げて。

パソコンを弄ってたアニキは横目でそれを不愉快そうに見たが止めろとは言わない。俺が聞きやしないことを知ってる。

記録はチームのメンバーや学校関係。見覚えのあるのは一瞥するだけで飛ばす。

不審な番号は見つからない。ほっとしたような妙に期待はずれなような、複雑な気分で携帯を、戻そうとした時だった。

掌の中で携帯が震える。咄嗟にパソコン画面から目を上げて手を伸ばしてくるアニキの、足をひっかけて床に押し伏せる。

簡単に思い通りになったのは、下手に逆らうのがヤバイと察しているからだろう。

実際おれは、ヤバイ気分だった。

今、この人にさかなでされる真似をされたら、きっと取り戻せない真似をする。消えない傷を残しそうだった。

 うつ伏せにした背中から手指を這わせて床と胸元の隙間に差し入れる。

狙うのはいつもの決まった場所。左胸のトップに飾った、金のピアス。

びくっと震えて腕の中で、俺のオンナは萎縮しおとなしくなる。

撫でる動きを優しく変えながら通信ボタンを親指の腹で押すと、

『涼介か?俺だ』

 携帯を握りつぶさなかったのは、上出来だったと、俺は思う。

 名前を呼び捨てた上に名乗りもせず、自分のことを声で分かるだろうという傲慢。

幼馴染の史浩以外、この人を呼び捨てにする奴は居ない。名乗らない無礼は俺だけに許されていた。

両方を、こんなに自然に、よくも出来たものだ。

身体の下でアニキが声を出さずに背中をよじらせる。下手なことを言うな、というふうに。

『……違うのか、もしもし』

返事をしないことを不審に思った声が尋ねる。男っぽい声だ。回線で繋がった相手の容貌を思い出す。

俺より線が粗く太く、でも不細工じゃなかった。

「アニキに、代わる」

 言って携帯を渡した。身体の上から退く。ほっとした様子で受け取り仰向けに、なったところで腰に膝を乗せた。

はっと強張る体の線を撫でて、シャツのボタンに手をかける。

「俺だ。なんだ」

 名乗りもせず挨拶もなく、さっさと回線を切りたいのがみえみえの口調だった。

気にせず相手は話しているらしい。時々、あぁ、とかそうか、とか相槌を打ってる。

指でなく舌で撫でると、腰から身体をよじらせて耐えた。

「…、切るぞ」

 嬌声をこらえきれなくなった人は一方的に告げて回線を切る。

そのまま携帯を放り出して腕で顔を隠す。そんな事、したって同じなのに。

 あんたは何も、俺に隠せないよ。暴き出すまで俺が止めないから。

「あいつとどういう知り合い?」

「昔の知人だ」

 それだけじゃ答えになってない。胸の輪に指を引っ掛けて引くと、

「一人でサーキットやジムカーナ走っていた頃の」

「どれくらい、昔のだよ」

「免許を取ってからチームをつくるまで。五年前くらい」

「あぁ、ちょうど俺があんたを抱いた頃か」

 スラックスの前をはだけ、片手をしのばせる。柔らかく揉みたてると腰が揺れる。

「あの頃、あんた家に寄り付かなかったもんな。夜も週末もあっちこっち出歩いて、俺よく待ちぼうけくわされたっけ」

「……車に夢中だっただけだ」

「どーだか。なぁ、俺にやらせてくれよ」

「なにを」

「あっちのボスとのバトル」

「冗談。これ以上、負けは増やしたくない」

「俺が負けるって言うのかよ」

「あいつとは、俺で紙一重だ」

そんな言い方をされたらこれ以上、言い募ることは出来ない。この人にはまだかなわないことを、俺はよく知っているから。

「啓介ッ」

 諦めてゆだねていた身体が跳ねる。俺が胸の輪に左手の小指を差し入れたから。

もとが親指くらいの細い輪は彼の飾りを食んでいるせいで俺の小指の、第一関節までくらいしか来ない。それでも。

「嫌だ。離せ」

 俺の手を剥がそうとする。このままでセックスするのがこの人は本当に嫌いだった。

俺の思い通りに動かなきゃならないから。起きるのも反らすのも、向きも姿勢も。そうしなきゃ千切れちまうから。

「啓介…、逆らってないだろ。なんでも好きにさせてるのに」

「だってすぐ逃げるんだもん、あんた」

下着の上から形を変え始めたものを擦る。自分と同じこんな形に、おかしいくらい刺激される。

手ごたえが充実してくるのが嬉しい。片手を胸に残したまま唇を寄せようとする。

輪に通した指を引いたのは無意識、のふりをした、故意。

「ヤメッ」

 引かれた彼が身体を起す。俺の手を両手で抱えるようにして、まるで縋ってる形になる。

「逃げない……」

 刺激に濡れた可哀想な声。

「逃げないから、指、外してくれ」

「んー」

「啓介」

 上の空で舐めてしゃぶる。膝の間に身体をいれて閉じられないようにする。

五年間、殆ど毎晩、抱いている身体だ。扱い方はずいぶん慣れた。俺も、彼も。

でも距離は少しも縮まらない気がする。

愛しているのに、こんなに懸命に真摯に、この人の欲望に仕えているのにどうして伝わらない?

「……っ、や」

齧られる刺激にのけぞる背中。つられて動く俺の左の小指。逆らうように押すと悲鳴をあげてはじける。

痛みが刺激になるのか、いつもより早く、彼は上りつめる。

焦らさず開放してやった。時刻は夕刻。今日は峠には行かない。時間は、たっぷりある。

 濡れた狭間を指でしごきあげる。濡らしたそれをさらに奥へ、忍ばせる。

「ン、あっ……、っつ」

 柔らかな粘膜を爪先で、数えるように擦りながら進む。

中は本当に柔らかい。オンナの濡れた、けれどつるんとした壁とは違う。

あれは、雄を挟んで締め上げて絞るが、この粘膜は俺に絡みつく。証拠に指を急に引き出すと、

「ヒーッ」

 悲鳴とともに粘膜までが指を追って捲れる。女のアソコじゃこうはいかない。べつに、いかなくったっていいが。

 捲れた赤いそこにまで、くちづけたいのは、この人だけだから。

「ひっ、……、っ、やめ…、ヤ」

 もう一度、指を差し入れる。今度は乱暴に、一気に奥まで。湿った音が鼓膜を刺激する。

自分が放った欲望に濡れた内股を舐めてやる。真っ白な肌の下、筋が緊張したように震え出した。

「けい、すけ、……、イヤ」

「ウソツキ」

じゃあなんで、こんなに腰を揺らしてるの。俺の指を、あんたのイイトコに促すみたいにして。

ウソの罰に指を増やす。今度はろくに湿らせもせずに。

同時に奥のしこりに爪をたてると、悲鳴をあげながら白い喉がさらされる。

視界の端にそれが写って、一気にこっちのテンションまで上がった。

指を引き抜く。片手で、彼の右ひざを抱える。やりにくい。

威嚇のように左を引くと、脅えて彼は膝を開く。狙ったそこは震えて俺を、まってるくせに拒むそぶりで窄む。

「力、ぬいてろ」

乱暴に言ってもう一度、右ひざを押し上げた。差し出すように腰が浮く

。咥え込まされる熱を予想してか、いれる前から彼は目を潤ませた。

「ッツ、う……、ア…」

まだちょっと、濡らし足りなかったけど。

軋みながらもなんとか、彼のその場所は俺を受け入れた。

「ん……」

左手で胸元をくすぐる。彼は首を傾げて俺の、自分が両手で包んでいた左手を舐める。

苦しさを散らせるためと分かっていても可愛い。

奥までズルリ、含ませて、そのまま暫く待った。彼が慣れて緩めて、俺を包めるまで。

「この手、外して……」

「まだンなこと言って」

「って、ていいから」

「ナニ?」

「縛っていいから、指は外して、くれ」

 濡れた瞳で哀願。可愛い。けどこんなのは今だけ。

腕から放せばそんなことあったかって顔で俺に背を向ける、残酷で強靭で性悪な愛しい人。

「ホント?」

 貝殻のような耳元に、唇をすりつけながら囁いた。

「本当にしていい?」

「あぁ。……だから」

 応えの代わりにギュッと摘んだ。

「ひ、イヤーッ」

 同時に下を、キツク突き上げる。

「イヤ、イヤ、い……、イタ…」

 絶えかねた涙が流れても、震える唇の隙間から哀れに揺れる舌が見えても。

 可哀想って思わないんだよ。なんで、かな。

 たぶん、あんたが俺より強いから。本当に痛めつけられてるのは俺の方だから。

 愛して、いるのに。

「手ェ離せ」

 欲情にかすれた低い、我ながら凶暴な声。

 涙に完全に濡れた瞳が俺の方を向く。かすかに首が横に振られる。拒絶というより、哀訴に似た動きだった。

たかが手だ。でも今、彼はそれだけで自分を守ってる。犯されて揺らさせて尚、胸元を庇うその手が俺には気に入らない。

身体だけ投げ出され食いつくうちに何か、もっと、大事なものを誤魔化された気がする。

「見たいんだ。離せ」

 じゃなきゃこっちを噛み千切る。

 脅しは言葉じゃなくて、本当に軽く噛み付くことでした。先端をかすかにだけど、食いちぎる。

皮膚とは違うつるんとした感触。それがぷつりと裂けて鉄の雫が滲む。かすかだけれど、死にそうに、甘い。

「……ッ」

 本気を察して彼の手が離れる。隠されていた果実はひそやかに実り、白い胸の真ん中で目に痛いほど、真紅に熟れて美しい。

唇を寄せて歯でリングをしごくようにして、俺は自分の指さえ外した。

両手で彼を抱え上げ、その実を唇に挟んで彼の、内側をこすり上げる。

「ン…、あ、あぁーッ」

 痛みを予想していたらしい彼は、濡れた舌の感触に安心したようにさえ見えた。

リズムにあわせて腰を揺らしだす。身体はそう、ずいぶんと合うようになった。でも。

「愛してるって言ってくれよ」

 キモチはかえって離れてく気がするのは、どうして?

「俺だけ愛してるって言って。俺が居なけりゃ生きていけないって」

「……ふ、」

 彼は苦しそうに笑って、そのまま答えてはくれなかった。俺も力づくの無理強いはしない。

白々しいウソを言わせても虚しいだけと、分かってるから。

「あいして、るよ……」

 代わりに自分が告白することで、せめてもの甘さを感じてみる。彼の肢体が視界を塞いで限界が近い。

彼がイく時のギリギリの締め付けが欲しくって乱暴に彼の、前をまさぐる。

胸の愛撫で昂ぶってたそれは俺に応えてすぐに震え出した。同じ律動で果てながら、

「大好き」

 囁くことしか、俺には出来なかった。

 

 それから。

 もちろん、縛って、犯してから。

 サニタリールームに連れ込む。床のタイルに湯を掛けて暖めてから、仰向けに寝せる。

 手首を縛られて彼は抵抗しなかった。

奥のくさむらにソープが塗りつけられ、そこをジャッと、ナイフの刃が滑っても、大人しく、されるがままになっている。

 それでも。

「変質者一直線だな」

 苦い口調の嫌味はとんできた。

「そう?セオリーじゃん。オンナが浮気出来ねーよーにココ剃っちまうのは」

「衛生の為だって言えばそれまでと思わないか?」

「ンなこと言うと、書くぜ、ここに」

刃で、名前を、この肌に。

痕の残る傷が可哀想だから、こんな半端なやり方で我慢してるのに。

一度だけ、ここにタバコを押し当てたことがある。

その傷はふだん、くさむらに埋もれて目に付かない。かき分け捜してようやく指先に触れる。

けれどもくさむらを剥いでしまえばすぐ分かる。変色したケロイドの痕を見るのは俺にも辛いことだけど。

自分の罪を思い知らされるようで。

「須藤にこの痕、見せたりしたらどーなるか分かってるな?」

一人じゃろくに歩けないほど痛めつけてようやく、俺は本題に入れた。

「気晴らしにオンナ抱くのは我慢してやるよ。俺の目に付かないとこでなら。けど雄、ここに」

何度も俺を受け入れて含まされ、ほころんだ奥に指を突き立てる。彼はびくっと竦んだが声はあげなかった。

「銜えみでもしたら、ぐちゃぐちゃにしてやるぜ」

「啓介」

「ん?」

「終わったら、貸せ」

俺の手にあるのは剃刀じゃない。狩猟用のでかいボーン・ナイフ。ガキの頃、喧嘩の脅し道具に持っていたやつだ。

幸い、使ったことはない。刃物を振り回すまでもなく俺が強かったからだ。

だから、この刃を、使うのはこの人に、今が初めて。

「いいけどナニするの」

「貸せ」

「手は放してやらないよ」

「貸せ」

 きつい要請。刃についた泡を洗い流し、柄を彼に差し出す。刺されるなんて少しも思わなかった。

もっとも、彼がしようとした事は、刺されるよりも嫌なことだった。

「ッ、馬鹿ッ」

 ふだんなら、彼に俺が言うことは絶対にない台詞。

 手首をそろえて縛られた不自由な姿勢のままで彼はナイフを、自分の心臓に押し付けた。

刺そうとしたんじゃない。表皮を滑らせて、突起を……。

ピアスごと乳首を削ごうとする。

腕を掴んで止める暇はなかった。白い指先にこめられた力は本物だったから。一か八かで、横面を殴りつける。

うまい具合に当たって、彼の手からナイフがとぶ。それが壁に当たって跳ねた音に、咄嗟に。

俺は彼の身体を抱きこんで庇った。

怪我なんかさせたくはなかったから。

たとえ自分は散々いためつけ、傷をつけたとしても。

それでも、愛していることは本当。

信じてくれなくても。

ナイフは俺の肩をかすめて床に落ちる。彼から手が届く位置だった。

はっとして掴んで、サニタリーの外へ放る。俺がそうしている隙に彼は、俺の下で身体をそむけて胸のピアスを、乱暴に外した。

その手からピアスを取り上げようとする俺。されるまいとする彼。決着は、彼がピアスを咥えて飲み込むことで決した。

荒い呼吸のまま唇を寄せる。歯の裏側や舌の下に隠していないかどうか、さんざん探ってから開放した。

「充分オモチャに、しただろ……」

 言い訳というほどの熱心さもなく彼は呟く。その頬にキスを繰り返しながら、俺は彼を抱き上げて立たせた。

濡れた身体のまま、裸のままで今度は俺の部屋、ベッドの上に放る。

そうしておいて枕もとから、取り出した小箱の中身を指で挟んで見せ付ける。

 彼の顔色が変わった。

「女が落としてったもので俺が、いつまでも満足してると思う?」

 用意したのはずいぶん前。

「だいたいあんた、金は似合わねぇし」

 透けるような真紅の宝石には、落ち着いたプラチナが相応しい。

 金の輪よりもひとまわり以上大きな、これなら俺の左の薬指の根元にきれいに入る。

輪には小さな札がついていて、そこに記された文字はK。俺のイニシャル。

「外せないようにしてやるよ」

 工具箱から取り出したのははんだづけの道具。

高校で機械科だった俺はこれだけは得意で、車のメンテしてても簡単な溶接は自分でしてしまう。

 嫌がって暴れる身体を組み敷く。胸に拘束と所有の欲望の、カタチを通す。

 溶接棒はあったけど、鉛はなんか似合わないから、俺の指輪を溶かした。

「アツ、熱い、啓介ッ」

 金属が熱を伝えて、震える素肌を俺はもう一度、抱いた。

 

翌日の夜、赤城山の山頂で。

 エンペラーを迎え、走りこみのためにコースをあけてやる、その手続きをする人を眺めながら、俺はそっと唇を噛んだ。

 おかしいと思ったんだ。笑っていたから。

 昨夜最後に抱いたとき、俺の名前をつけれたことを俺が喜んだら、彼は。

 ひどく意地悪く笑った。

 こういうことかよ。

 

「よく来たな、京一」

 

 須藤京一。

 俺がこんなに敵意をもっているのに、彼が。

 俺に譲ってくれなかった獲物の名前。