会おうと敢えてしなくとも、普通にしていればそのうちに出会う。歌舞伎町が主要な縄張りである以上、どうしてもそうなる。
万事屋の主人は引き篭もりを止めて、真撰組の副長はパトカーでの巡回を徒歩に戻した。それだけでばったり、街角で再会してしまう。
「……」
「……」
お互いに顔を見合わせ、いち、にぃ、さん。
「ゲンキ?」
先に口を開いたのは白髪頭の万事屋。
「まぁまぁだ」
咥えた煙草を指に挟んで唇から離す時間分、黒髪の二枚目は有利だった。
「あぁ、うん。そだね」
元気そうだねと万事屋は少し笑う。目じりがこの男にしては弱気で、ほんの少しだけれど狼狽しているように見える。もう一度、煙草を咥えながら、黒髪の二枚目は相手の同様をじっと観察していた。
「オシゴト、ちょっと、さぼれない?」
「なんでだ」
「話があるんだけど」
「聞いてもいいぜ、ここでなら」
立ち話なら、と、二枚目は淡白に告げる。時間を割く積もりも込み入った話を聞く気もないとはっきり言っている。落ち着き払った拒絶の態度に男はやや鼻白んだ。
「……この前は、オゴチソウサマでした」
が、気を取り直して口を開く。夕暮れの歌舞伎町、夜のネオン街へ出勤する人々の流れのただ中で含みのある礼を告げる。
「どういたしまして」
落ち着き払って、食事と宿泊だけではないお礼を二枚目の副長は受けた。
「すっげぇ美味かった」
「そうか」
「美味さ、忘れかねてんだけど」
白髪頭の男にしては破格の正直な告白。
「……」
黒髪の二枚目は驚いたらしい。返事をせずに、まじまじと男を眺める。艶な目じりで見つめられた男はそっと目をそらした。負けを認めるオスの仕草だった。
「あんたは、気に入んなかった?」
まさかそんなことを尋ねられるとは、思わなかった二枚目は黙り込んでしまう。こんなにはっきり腹を見せられるとは思わなかった。
「……」
毒気を抜かれてしまうほど意外だった。マジかコイツ、という驚きで思考停止状態。けれど俯いた男がじっとしているのは返事を待っているのだと気づいて、何か言わなければならないと、妙に行儀のいいところのある二枚目は思った。
「味は、悪かぁ、なかったな」
落ち着いた声で返事が出来たことにほっとしつつ、短くなった煙草を携帯灰皿で消して新しいのに火を点ける。
「……そぉ?」
俯いていた男がほっとしたように顔を上げてほんの少し笑う。
「だけど前後がな」
二枚目がゆっくり告げると、男の顔色がさーっと変わった。血の気が引いていく音が聞こえそう。
「ごめん」
「謝ってもらわなくたっていいけどよ」
「ごめんね」
「まぁ、ナンてーか、だから、ちょっと、な」
「リベンジ、させてくんない?」
真っ直ぐに、はっきり懇願の口調で尋ねられて。
「……うーん」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかった二枚目は、わりとまじめに考えた。
「止めとく」
結論は迅速で明瞭。
「やっぱり怒ってんの?」
「そんなんじゃねぇけどよ」
「ウソだ。怒ってんだろ」
「しつけぇぞ、てめぇ」
二枚目は面倒くさくなってきたらしい。語気が鋭くなる。けれどもそれで怯むような相手ではなくて。
「オマエがホントのこと教えてくれないからだよ」
真顔で告げられて、二枚目もやや、態度を改めた。
「怒ってねぇのは、ウソじゃねぇ」
紫煙をふーっと吐きながら、本当のことを告げる。
「オレにも非はあるし、てめぇにも情状酌量の余地がある」
合意の上だった、少なくとも自分はそう思った、と、男が言い張ればその主張は認められるかもしれない。関係を承知したと『誤解』されても仕方がない状況でなかった訳ではない。
「だから、オレは怒ってるんじゃねぇ。ただ、テメェを、タチわりぃ奴だとは当然、思ってるぜ」
「うん。ごめん」
「けどな、二度目を止めとこうって思ってんのは、前後が酷かったせいでもテメェがタチワリィからでもねぇ」
「アンタさぁ、カレシ、居るの?」
「卒業ずみなんだよ、そーゆーのは」
二枚目がそう言う意味は男にもよく分かった。武門の若者にとって男色の習慣は珍しくないし非難されるものでもないが、大抵は元服と同時に卒業していく。
「あ、今は居ないんだ?」
ほっとして嬉しそうな顔をした男に。
「こんな歳になってもう一度、あんな遊びに、ハマる気はねぇ」
「ハマってたのって、幾つぐらいの時?」
「そーゆー訳だから、わりぃけど忘れてくれ」
「マジ、あんた、すっげぇ美味しかったよ」
男が惚れ惚れ、という様子で告げる。黒髪の二枚目は微苦笑。そうしてじゃあなと、手を振って立ち去る。
「誰が忘れてやるかよ、バァカ」
にこにこしながら手を振り返し、ほっとした表情で立ち去る二枚目に聞こえない声で、白髪頭の男は禍々しい台詞を口走った。顔は微笑を浮かべたまま。
「オレだってこーゆーのは年単位のご無沙汰だったんだ。ヒトをマジにさせた責任はとってもらうぜ、トシちゃん」
日暮れの雑踏の中に紛れていく後姿を見送りながら、呟く男の台詞は禍々しい。けれど表情は優しくて視線は愛おしそうでさえあった。どちらが男の本心か、そんなことは男自身にも分からない。どっちも男の中に居て、オンナの出方しだいで、どっちを表に出すかが決まる。
「いい腰、してんねぇ」
姿が見えなくなったから手を下ろして反対側へ歩いていく。ふふふと、上機嫌に笑う。
「彼氏居ないんだ、今は」
そんなことが何故だが物凄く嬉しい。馬鹿馬鹿しいほど有頂天になりそう。スキップをしたいような気分で男は足を運ぶ。るんるん、たいそういい気分だった。
「いーんじゃないの。可愛がってあげるよー」
確定した未来のような気分でそんなことを、鼻歌混じりに、いい気になってつぶやく。