二人羽織

 

 

 知らないだろう、と思ったら、やっぱり知らなかった。

「……ナンだ、それは?」

 いかにも胡散臭そうに俺を見る。

「だから、かくし芸。Dの忘年会の、さ」

 レッドサンズの一年を締めくくる行事だ。今年は、来年からDに参加する藤原拓海も招いての親睦会もかねてる。全員がかくし芸を披露することになった。決めたのは史浩だ。広報部長は、宴会部長でもある。

「なんで、俺が……」

アニキは実に不服そうだったが、

「アニキと俺がしたら、料金10%オフ、だってさ」

 あの店、俺らのファンが多いから。そう言うと、しぶしぶ頷いた。大所帯を率いているアニキにはそれなりの苦労がある。走り屋たちに影響力があるから車関係で資金援助の申し込みは絶えないが、金銭には思惑がつきもの。不用意に受ければ不本意な影響力を行使されないとも限らない。そんなこんなで、資金を得ることも大切だが、出費を削るのはもっと、ダイジ。

「アニキ、かくし芸なんかないだろ?」

 言うと、むっとした顔をしたが、あるとは答えなかった。

「俺もない」

 歌も唄えないし手品も出来ない。名刺で割り箸を切ることも出来ない。

「芸なしが二人居たら、二人羽織って相場は決まってんだよ」

「……だから、それは、ナンだ」

「説明するより実演が早いから」

 こっちにおいでと俺が言うと、アニキはしぶしぶ、パソコンの電源を落として立ち上がった。

 

「……、け、すけ……ッ」

「んー?」

 連れ込んだバスルームで。

 アニキの腕ごと抱き締めて、背中から、スラックスの前を弄ってやる。

 わざとジッパーの上から。そっと撫でて、形を辿るように掌に包む。きゅっと握りこむと細い顎を上げて喘ぐ。……可愛い。

「な……、んで……ッ」

「だから、二人羽織って、こーゆーの、なんだよ」

 羽織の中で背中から重なったもう一人が、袖から腕を出しててさぐりで、前の一人の言うとおりに動く。失敗や戸惑いがご愛嬌の、誰にでも出来る即席芸。

「どーして欲しい?」

 後ろから、彼の耳元に囁く。ついでに耳たぶをぺろり、舐めて。

「好きようにしてやるよ?」

 

 全部、言わせた。

 抱き締めろとも、撫でろとも舐めろとも。そして。

 イレて、優しく揺らせ、とも。

 可愛いヒトを可愛がって、とてもシアワセだったけど。

 

 畳敷きの広間。その奥の、一段高くなった舞台で。

「水を飲ませてみてください」

 リクエストを受けて動くのはアニキの腕。アニキには何も見えていない。手探りで、俺の前のテーブルを探り、コップを掴んで。

「う、うぅ……」

鼻に、突っ込まれそうになる。

何一つうまくいかず、脅える俺がおかしくて会場は大受け。しかし、俺はそれどころではない。

「煙草を吸わせてみてくださいー」

 相変わらずぼーっとした口調で藤原拓海が言う。

「……、ちょ、ま……ッ」

 背中から伸びたアニキの手がライターを掴む。もう一方の手が煙草を。しかし。

「ひーッ」

 煙草を取り出さないままで、ライターの火を点ける。顔の近くで燃える火が怖い。箱ごとつきづけられ、俺はアニキの意図を察した。顎を伸ばして一本、歯で取り出してくわえて火に、向けようとしたが、

「ちょ、アニ、アニキィーッ」

 火が俺の前髪を焼きそうに近づく。

「ちか、かちすぎ、アツ、熱いって、ヒーッ」

 藤原が笑う。史浩が笑う。松本も、あろうことかケンタまで、腹を抱えて笑い捲っている。

「か、勘弁……、ごめんなさいーッ」

 俺が叫ぶ、意図を一人だけ正確に察したアニキの、手が。

 くしゃっと、俺の前髪をかきあげてくれた。