翌朝。

 お約束みたいにろくでもなく目覚める。

「……、ッ、テメ……、ッ」

 既視感があった。最初の夜にされたことだった。寝てる間に潤わされて拓かされて、抵抗できなくされる。目が覚めたのは苦しさからじゃなく、心地よさに膝を立てる自分自身の身動きにつられて。

「……、か?」

 すぐ横にある男の顔から笑い声。いま起きたのかって尋ねられる。いま起きたとも、悪ぃかよ。ああもう、チクショウ、このヤロウ。ヒトをいいよーに扱いやがって、ハラタツ……。

「ふりと、おもって、た」

 甘ったるい愛撫を続けて欲しくってタヌキ決め込んでいたと思っていたらしい。こっちを揶揄する様子もなく真面目に言ってやがるから余計に腹が立つ。いつか殺すぞ、てめぇ。

剣呑なことを考えながら、俺がしたことは重なってくる背中に腕をまわすこと。引き寄せられた腰を自分から浮かして、勝手な男が好きなことし易いよーに、あわせる。

 大人しくしてりゃ気持ちよくしてくれるって知ってるカラダはオレの意思以上にこいつに従順。素直さがお気に召したらしい。俺に触れる男の指先が熱くなった。素っ裸で重なって抱き合って、お互いナンにも隠せやしねぇ。……、アチィ。

「ヤるなっていわってことは、きょうやすみなんだな?」

 重なった熱に炙られながら尋ねられて頷く。昼には屯所に帰るが、勤務は明日の朝から。

「ゆーがたに、しろよセメテ……。へんじは?」

 息混じりの声で、耳元を舐められながら、脅しとも懇願ともつかない声を擦り付けられる。ゾクッと肩を竦めたのを、勝手に解釈した男が、うん、って嬉しそうに頷く。憎らしさが胸の中に余って、背中に思い切り爪を立ててやる。

「はは……、なぁ。マエは……、オレも……」

 力が抜けた俺の爪なんかろくに痛くないらしい。昂ぶりながら気持ちよさそうな男は俺を嬉しそうに撫でた。なに言いたいのか、言葉じゃなくて、なんとなく分かる。こいつは以前、まだ馴染まない頃、俺に抱きつかれるのをちょっと嫌がってた。

 捕らえられる、みたいな気がするからだろう。急所の首に腕を絡められンのが不本意だったんだろう。最初があれだったから離せとはさすがに要求されなかったけど、嬉しがってないのは感じてた。

 それが、今は、露骨に歓んでる。俺にしがみつかれて上機嫌、状況を物凄く愉しんでる。繋がる前に、肌を擦り合わせて、俺をちょっとでも深く喰らおうとする男の耳たぶを齧り返す。

「いきはいて、ちからぬいてろ。……、いたがる、なよ」

 最後は願う、みたいに言われて、こくんと頷いた。でも押し付けられる熱が怖い。口ほどにもなく竦み上がる。まだ先っぽしかイれられてねぇのにもう泣き出す。

「……、っ、って……、ろ」

 き、もちは、イイ。でも痛い。痛みの百倍ぐらい怖い。

「ろ……、よ、オマエ……、」

 男が喘ぐ。いい加減にしろよって脅される。俺が梃子摺らせてるせいで苦しいんだろう。触れてる熱が凝っていく。

 ……、あちぃ。

 自分から誘っといて泣いた。男が耳元、殆ど距離ゼロで舌打ち。でも本心じゃ歓んでることは分かってる。ホントのところはいい気分なのに誤魔化してやがる。

ヤられたオンナがすすり泣くのを、このサディストが嬉しがらない訳がない。犯されて、熱くて怖くて、見栄も強がりもなくして泣きじゃくるのは演技でもフリでもない。そんなウソにこの怖い男が、マジになる筈がない。

「しび……、れ、そ、ぉ……」

 心の底から気持ちよさそうな声。俺が苦しんでンのが気持ちいいんだコイツは。でも心の底からブルってるオスの感嘆に、勝利感みたいな満足を覚えて、それでじわっと、潤んじまうオレは性悪のメス。

 潤んだのを、男が気づかない筈はなくて。

 ひ……ッ。

 無慈悲なくらいの追い討ちを掛けられる。膝を掬われて、みっともないぐらいカラダを暴かれる。狙われる。射抜かれる。奥のどうしようもない、弱みを。

「……、ふぅ」

 ガクガク震えるオレを抱く、男は物凄く満足そう。

「あー、もーこの、しまりってーか、フルエってーか……」

 惜しみない賛辞。

「これだから……、シロートって、こえー。ナンでこんな上玉がフツーにアルイテんの。クロートさんなら札つけてあるから、こっちもカクゴが、イロイロあるのにさぁ……」

 深く、ぴったり奥まで全部、あちぃ大蛇を収め終えた男が息をつく。ちょっと余裕が出来たらしくって機嫌をとるみたいに後ろ髪を撫でられる。返事するどころじゃなくて、ふるふるしてると、頬を寄せられて宥められる。

「……か?」

 苦しいか、って、尋ねてくる声音が今度はマジ。

 苦しい。くるしいとも。だけど構うな、好きにしろ。てめぇに明け渡ししてるカラダだ。イキ果てるまで、すきなよーに、遊べ。

「ンなことゆーなら、ちからぬけ、って」

 焦れた男に両手で腰を掴まれる。指が固くて熱くて、それだけでゾクっとした。

「ナンか……、ぎゃくじゃね……?」

 ゾクっとした俺の身動きにつられた男が、俺の肩口に顔を伏せて喘ぐ。

「す、きなよー、に、されて、ンの、ってよ……」

 自分の方じゃないかと喘ぐ、男は正直で可愛げがある。

「なぁ……、おかわりしない、からさぁ」

 その可愛げと、舌なめずりするような恫喝のアンバランスに咽び泣く、怖さの中に、被虐の快楽があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不本意なくらい、底抜けに気持ちよく、オチて。

「フクチョーさーん、ケータイ鳴ってますよー」

 言われて目を覚ましたのは、既に日が高い。

「はい。邪魔なら外に出るぜ?」

 ぼんやり目を開けた手元に、脱いだ着物の袂に入れてた携帯を渡される。画面に出てる着信はザキの公用の番号。防諜上、名前の登録はしていない。

 俺が目配せしたら場を外すつもりらしい男に、必要ないってかぶりを振りながら電話に出る。

『どーも。どーしてられるかと思って』

 どうもしてねぇよ、寝てた。休みの日の午前中なんざそんなもんだろ。

『昨日はおかげさまで勝たせていただきました。お戻りの時は電話してください。迎えに行きます』

 いらねぇ。朝から仕事ならともかく、オフの日まで俺に付き合わなくていい。そもそも、オマエは休みじゃねぇだろ、仕事してやがれ。

『まぁそう仰らず、お帰りになる時でいいですから。じゃあ、またあとで』

 ザキが通信を切る。あっさりした引きかたは事件や事故が起こった訳じゃないらしい。帰り迎えに来るってのは人目につくなってことだろう。

「カノジョからの電話?」

 枕元に座り込んだ男が、無意味な近さで俺に尋ねてくる。

まさか。ザキだ。

「お仕事の電話ですか?」

 いや、ただの定時報告。夕べ行き先を告げずに出てきちまったから、連絡つくことを確認されただけ。

「ああ、そう。……なぁ、デート、どこ行く?」

 尋ねられ、黙り込む。夜明けの睦言の最中、そんなことは言われた。夕方に帰るって約束も覚えてる。けど平日の昼間、ヤロー二人で何処に行くってンだ。スーパー銭湯でサウナに入ってゆっりとかならしてもいーけど、肩に歯型ついてんぞオマエ。

「ちょいと美男のオニーサン、自分が噛んどいてそれはないんじゃねぇ?」

 軽く絡むと男は嬉しそうに笑う。夢中にさせた自惚れを刺激されてご満悦。それはいいが、さてどうするか。山崎がわざわざ電話をかけて人目につくなって言うのには理由がある筈。俺はあいつの怜悧さを信頼してる。

 天が落ちてきても地が裂けても、アイツは俺の味方。警告を無視したくはない。

 どうしようかと考えながら、差し出される煙草を咥えながら、じいっと男のツラを眺める。

「なに?」

 まぁ、ナンだ。美形とか二枚目とかじゃね。ぇが、そりゃあ目つきと天パのせいで、ツラの造りは悪くねぇ。もっともツラの百万倍くらい、盛り上がった肩と腹筋の割れた腹に価値がある。

……なんか、話せ。

 顔を眺めているうちにそんな気分になった。

「はい?」

 カラダ以外のてめぇのことを殆ど知らない。カラダは裸の熱量まで知ってるが、それだけってのも不均衡だ。

「えっとー」

 そんな露骨に警戒すんな。ヤバイ話はしなくていいし聞きたくもない。白夜叉時代のこととか攘夷戦争の仲間たちのこととかを聞きだそうってんじゃねぇ。

「じゃ、ナンだよ」

 なんでもいい。他愛無い話でいい。お前の話が聞きたくなった。酒場女の身の上話みたいのでいいから、他のヤツが知らないことを教えろ。

「突然、なに、言い出す、んだよ……」

 うどんより蕎麦が好きなのは知ってる。言葉は西っぽいのに意外だと思ってる。

「あー、うん。好きになったのは江戸に来てからだけど。俺が育ったトコじゃ小麦のほーがとれるし蕎麦粉って貴重品だから、ニハチとか十割とかの蕎麦、こっち来て初めて食ったんだ」

 他愛ない、そんな会話を糸口に、男が喋り出すのを聞きながら服を着る。

「おたくは当然、蕎麦派だな?」

 そうだ。美味い蕎麦が溢れてる東国に生まれ育って、まだ西の美味いうどんを知らないから当然。京都に出張したことはあるが、メシを楽しむような余裕はなかった。

「京都は西国でも別だろ。ありゃ京都共和国だ。おれ結構ながく居たけど、色々馴染めなかった。豆腐美味かったけど」

豆腐と水と、女がいい味なんだろ。

「誘導かよ。ひっかかんねーよ。昼飯、蕎麦でもとるか?11時までなら配達してくれっとこあるけど」

 悪くねぇ。

「はいはい。電話してくる。どーせオタクは海老の天ザルだろ」

いや、おろし。あるなら山菜、ないなら山かけ。

「渋い好みだねぇ」

 笑われる。笑い返す。電話を終えた男が台所で日をつけてる。じきコーヒーが運ばれてくるだろう。布団を畳んで押入れの中に収める。事務所の応接室に出てソファに腰を下ろす。膝の前にコーヒーが出てくる。

「髪に触って、いい?」

 尋ねられる。くくっと喉の奥で笑いながら頷く。

「でもさ、オタクも江戸っ子じゃないよね」

 違う。郷里は多摩で、郊外とも呼べないくらいの田舎だ。

「オタクとか沖田君とか見てるとさ、水がきれーなトコなんだろーな、とかって、思うねぇー」

 ツラを撫でられながら言われる。ツラのカワを褒められてるってことは分かる。

「なぁ」

 なんだ。

「メシ食ったらさ、お昼寝しましょ?」

 またカラダ知り合うのか。まぁ、それも悪くはない。

「ホントに聞きたいのは食い物なんかじゃないだろ」

 そうだ。

「聞かせてやるぜ、ダチは売らねーけどよ。抱かせていーこにしてんなら喋ってやる。戦争の、喧嘩の話でいいんだろ?」

 それはそれで興味がないでもない。俺が郷里の田舎でくすぶってた若い頃、てめぇはあの戦争の中心近い場所で暴れまわってたンだろ。さぞ面白い話があるだろうが、昔馴染みを庇いながらの話じゃ核には絡まない。

 それよりも、なぁ。

バージン、苦手なのはなんでだ?

「……はい?」

 てめぇに剥いて欲しがってるバージンが、てめぇの周囲には何人も居る。別嬪揃いでてめぇも気に入ってない訳じゃないのにどれにも手をつけた様子がない。それでいて俺をヤサに連れ込んで好きなようにした。性悪なオスの、落差の意味を考えると、そういう結論になる。

「いや……、別に、あいつらは、そーゆーんじゃなくて……」

 気持ちは分かるぜ。バージンやんのは男にも覚悟が要る。自分のことじゃない分、男の方が余計に緊張するかもしれねぇ。特に田舎の人間にとって生娘はみんな氏神の巫女。ハンパな気持ちでそれを破ったら、身内からも仲間からも総非難、顔を上げて大路を歩くことも出来なくなる。

「オタクの、ことも、別にバージンじゃないからイタした訳じゃないし、……その」

 男が喋る言葉より、しどろもどろに慌てまくってる態度を俺は愉しんだ。

 チャイナのことも、あんなに可愛がってたのに、熟れて美味そうになった途端に手放したな。光源氏になりきれねぇテメーの甘さをバージンたちは好きなんだろう。あいつらは威勢はいいけど怖がりで、本気で自分たちを食いたがってる野郎には近づいて来ねぇ。バージンを苦手な男のそばにバージンが集まるっていう需要と供給のアンバランスはそこんとこが原因。

「あいつらそんな、マジで俺んこと好きなんじゃねーよ。俺ぁオモチャだぜオモチャ。からかって遊んでるだけだ」

 かもな。けど女に絡まれて遊ばれてんのは悪いことじゃねぇ。あいつら嫌いな男にゃジュース一本買わせようとしねぇ。オモチャにされんのは相当のお気に入り。

「かねぇ。そんな捌けたことを仰るモテ男さんのほーが、よっぽどアレでナニなんじゃありませんかー?バージンどころか、キャバクラの蝶々たちにも絡みつかれて鱗粉かけられてんじゃん。ウヤマシーですよコンチクショウ」

 逆に絡まれる。誤魔化し方が分かりやすくてクスクス笑っちまう。笑った俺にほっとした様子の男に、バージンやって痛い目みたことがあるのかと、更に追求をしかけたところで。

「あ、蕎麦、来たみたいですよー。おなかすきましたねー」

 呼び鈴が鳴る。男がバタバタと玄関へ出て行く。続きはメシを食ってからにするかと、俺は茶を淹れるべく台所へ立った。