「優しくってどーやってするんだっけ。随分そーしてなくって、やり方わすれて、出来なくなっちゃった」

 自嘲する声には嘆きと悲しみがこもってる。

「トシだけじゃなくて俺も入れ替えないと、やり直しとかってムリそう」

 若い男のを擦り付けられて熱が移る。灼かれそうでちょっとでも離れたくて捩った腰の隙間に指先を捻じ込まれる。

「……ッ!」

 強い指先は真っ直ぐ奥に入ってくる。固い爪が躊躇なく弱みの裏側を抉る。ガクガク、無意識にカラダが震えだす。

「ひ、じか、た……、さん……」

 痛い、怖い。

「……、すき」

 こいつ総悟なのか。総悟なら、ナンで俺にこんなことするんだ。なんで俺の、抱き方を知って、るんだ。

「そりゃ、もちろん、あいし、あってた、から」

 嘘だ、っていう俺の反論は許されずキスで唇を塞がれる。まだ若い柔らかな唇の感触にパニックを起こしそうになって暴れだす、その寸前。

「暴れんな」

 枕元から伸びてきた手に手首を掴まれてシーツに、肩ごと押さえつけられる。剣だこが盛り上がって指先が柄を握る形に曲がった、そっちの指には覚えがあった。

 ……万事屋。

 ……、だ、よな……?

「そーだって最初から言ってるだろ」

 だ、ったら……、助け……。

「ヤだぜ。もーオマエの泣き真似にゃ引っかかんねーよ」

 冷たく拒まれる。若い男の熱が昂ぶっていく。ぎゅっと目を閉じた瞬間、下腹に放たれる。あちぃ。

「……ふぅ」

 若い男が満足そうに息を吐く。頭の上で、万事屋がまた笑った。

「ヤっちゃえばいいのに」

「旦那の後なら、ありがたく」

「どーしたって俺にくちあけさせようとするね、総悟くん」

「泣くから、かわいそうで」

 頬を撫でられる。咄嗟に顔を背けた罰は、まだナカに喰わされてた指先をぐっと曲げられること。

 声も出せずに泣いた。

「ちょっとラリってますね」

「昼間に医者が来たんだけど、診察で暴れかけてさ。しょーがないから、ちょっとだけ弛緩剤。そんな非難がましい顔するな。仕方ねぇだろ、点滴打たないとって言われたんだ」

「まぁ、肌がきれーになってんのはそのお陰ですかね。目はどーでした?」

「相変わらずだよ。まだ焦点あってないって。人間の赤ん坊が三ヶ月くらいまで殆ど見えてないのと似てるって」

「俺らがストレス、かけすぎてんですかね」

「精神的じゃなくて器質的な症状だって、少なくとも医者は言ってたぜ。ぼんやりモノの形は分かってきてる。視神経の発達としては、こっちに呼んだ時点を出生とするとごく正常だとさ」

 三ヶ月を過ぎれば焦点があいだし追視できるようになり、六ヶ月前後から視力は急速に発達、八ヶ月くらいで立体視が可能になる。そして0.5程度の通常視力を得られるまでには二年くらいかかる。

「もともとここに居ないのをムリに呼んだんだ。どっかに負荷がかかる。眼球は保護したけど神経は脳の一部だから、もっと強い防御が必要だったんだろうって言ってた」

「人体実験みてぇでやすねぇ」

「人体実験だよ」

 男たちが喋る声が遠くで聞こえる。お、わった、んなら……、離せ……。ヌけ……ッ。

「総悟クン、あとしまつ」

「どーで、しょうね。ラリってんなら苦しめませんかィ?」

「甘いこと言うんなら代わりなさい」

「お手柔らかに願いしやす」

「いまさら優しくしたって手遅れだよ」

 若い男の指がナカから抜かれる。カラダの上で男たちが位置を替える。何をされるか、分かってるから竦み上がる。無慈悲に脚を、無残に拓かされて。

「……、ァ」

 唇に包まれる。心地よさより屈辱と恐怖が強い。柔らかい舌の向こうで時々触れる歯が怖い。びくっと浮いた腰の奥に指が捻じ込まれる。これは知ってる指。節が、立ってて、容赦が、なくて。

「相変わらず、俺の指より美味そうに呑みますね。ナンか、妬ける、なぁ……ッ」

 最初は笑ってた若い男の声が、最後はマジになって押さえつけられてたのが引き起こされる。上体を背中からぎゅっと抱かれて、右手は俺の、弱い左胸をまさぐる。

 ああ。

 悪魔どもに地獄に連れて行かれる。善がり狂うまで許されない。ヒトを苦しめて悦ぶ気狂いども。

「そんなに褒められると、期待に沿わなきゃいけない気分になりやすねぇ」

 悪態の代償は爪をたてられること。い、タ……。

「そん、な、タメイキつかねぇで……。がまんできなくなる」

 二人分の熱に灼かれて、何度もなんども、殺された。

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 うっすらとした明るさを感じて目を覚ます。

 音量を絞った有線のラジオが今日の晴天を告げていた。

 目を開けても視界はぼんやり、視覚は像を結ばない。ああでも、確かに前よりは少しマシだ。明るさの位置、そしてその光を横切って何かがうごくのはなんとんなく分かった。

「おはよーごぜーやす」

少し離れた室内から声がする。そっちに顔を向けた途端、眩しくて目を細める。カーテンを開いたらしい若い男が、足音をたてずに近づいてきて。

「ご気分は?」

 笑い混じりに尋ねられる。悪ぃよ。最悪だ。

「そーですかィ。でも顔色はやけにいいですぜ。ほっぺ艶々してるし」

声が近づいてくる。顔を寄せられる。頬を舐められる。逃げるのも拒むのも面倒でじっとしてた。

「旦那はヨタヨタ出て行ったのに。まー、俺もヒトのこたぁ言えなくて、わき腹が痛いンですけどね」

 喋りながら触れられる。指先が背中を撫でていく。ハッとした時にはもう手遅れ。

暴き、だされる。

……ヤメロ。

「しょんぼりしてんじゃねーよ。怪我させたかと思った」

 確認のために触れた指先は一瞬で離れた。生身を裂かれた記憶は生々しいのに、無事なのは逆に不思議だった。

「俺と旦那がそんなドジ踏むわけないけど。アンタのカラダならカワ捲ったウラの鱗の柄模様まで知ってる。まーとにかく、服を着ましょうか。朝から俺と運動したくなけりゃ」

 たわ言は無視した。だるい腕を上げて、右手の人差し指と中指を揃えて口に当てる。

「へいへい、煙草たばこ、っと」

 若い男はひどく嬉しそうにベッドから離れた。部屋の片隅でライターを擦る音。煙の香り。

「はい土方さん、くちあけて」

 促されるまま唇を開く。そっと差し出される吸いつけ煙草を上下の唇で挟む。手を添え紫煙を吸い込む。肺から血液を介して全身に、馴染んだニコチンの成分が広がっていく。

「……俺が沖田総悟だって分かった?」

 ニコチンは効いた。久々のせいか目の奥がクラクラする。

「ここが、いまが、あんたが知ってる五年後の江戸だって信じられやしたかぃ?」

 背中からそっと抱かれる。触れ方は貴重品を扱うみたいに繊細。俺に別人みたいに態度が刺々しい万事屋が現実だってことも、俺の背中にぎゅっと張り付く若い男が沖田総悟だってことも、出来れば信じたくなかった。

「灰皿、ここに置きやすよ」

 裸のままシーツに座り込む行儀の悪い膝の前に置かれた灰皿の、位置を確認する為に触れる。大理石の冷たさに指先が馴染んだ。これを、知ってる。

「俺も見覚えあるよ。あんたが部屋で使ってた。近藤さんの処刑延期と引き換えにあんたがここ来た後で、山崎が屯所から持ってきたんだって」

 そうだ。もともとは実家の嫂がなんかの土産で買ってきてくれたヤツだ。黒の地に白の菊模様がきれーに出てるのを磨き上げたそれは江戸でも滅多に見ないぜいたく品。

 ……って、オイ。

 オマエ今、とんでもねーこと、口走らなかったか?

「とんでもないコトとばっかりでしたねぃ」

 近藤さんが、どうしたッ!

「無事ですよ。仮赦免で多摩の道場に帰っておられやす」

 そう聞いてほっとした。全身から力が抜ける。ついでに煙草を、灰皿に押し付けた。

「そこにイたるにゃウヨキョクセツがありやして、まー順序だてていくと、接待で呑まされて酔わされて帰ってきたアンタを俺が、ふざけてヤっちまって」

 ……マジか。

「旦那とえらく仲良さげて妬いてやったンですが、抱いたらもー、腰が抜けそうに気持ちよよくってすっかり癖になっちまって、旦那に死ぬほど痛めつけられましたねぇ」

 夕べは、そんなふうじゃなかった。

「あんたも気が短いからねぇ、旦那が怒ったら逆切れした挙句に別れるとか言い出して喧嘩になったんですよ。俺のことは殴って許してくれたんですが、旦那はあんたが俺を許したことがそもそもすんげぇお気に召さなくって、いやぁ怒られましたねぇー」

 人事みたいにあっさり告げる、語尾が少し不安定に揺れた。万事屋はこいつを可愛がっていて、末っ子気質のこいつは万事屋に懐いてた。がっつり『怒られた』ことは、けっこうトラウマになっているらしい。

「俺を庇って旦那と別れたくせに、アンタは俺に、続きは抱かせてくれなくって。俺もアンタを、めちゃくちゃ逆恨みしやした」

 そんなこたぁどーでもいいから、近藤さんはどうした。

「あんたのその、色事は仕事の余暇って態度が俺らを硬化させたんですぜ。こっちは抱きたくてたまんなくってメシも美味くないのにしらっとしてんのが、すっげー憎らしくて」

俺に触れてる指先が熱を帯びる。その指を、耐えるみたいに、ぎゅっと握りこんで。

「風呂、入りやせんか。髪、洗ってあげやすよ」

 入るとも。その前にコーヒー。

「へいへい。目ぇ、ちょっとは見えるよーになりましたかぃ?」

 シーツの上に掌を滑らせて、毛布とは違う布を捜した俺に気づいた総悟が嬉しそうに言う。まぁ、ちょっとだけな。

モノの形はよく分からないが落ち着いて周囲を眺めれば光は分かる。形を見ようと必死になるのをやめれば、ぼんやりした色っていうか、濃淡は感じられる。見えなくなったと思って衝撃を受けてたが、そうじゃなく回復するんなら、よかった……。

「ホントよかった。俺も、すっげぇ嬉しい、です」

 そーかよ。どうせ性奴にするんだからいいだろって、アイツと言って、俺を怖がらせなかったか。

「そんなの不安の裏返しに決まってるだろ。男心を分かりやがれヒジカタぁ」

 分かるか、そんなもの。

「旦那がわざわざ天人系の医者呼んだのに暴れて弛緩剤打たれたんだろ。あんたの治療嫌いもホント困ったモンだよ。病院怖い、診断されんのイヤ、って、子供みたいなんだから」

 少し離れた場所から声と物音。コーヒーのいい匂いがする。

「……俺が子供の頃は、俺が具合悪いと殴って担いでアニキんちに連れてったくせに」

 ああ、やっぱりこいつ、紛れもなく総悟だ。

 故郷ではそんなことが何度かあった。付言するなら俺のアニキは地元じゃけっこう評判のいい医者で、つまりは病院に連れて行ったんだ。ついでにその数回は、おたふく風邪と麻疹と水疱瘡だ。

「外宇宙での白詛の治療も嫌って言って、すげぇ手ぇ焼かせた上に、まんまと逃げてくれたし……」

 ナンだ、そりゃ。

「病気。あんたが居た世界から暫くして流行った原因不明の流行病。アンタが発症したのは二年前。ほっときゃ余命半年とかって言われて、旦那も俺も、すんげぇパニックだった」

 なんだ、病気か。

 俺ぁてっきりお前らにノリで殺されて、どっかの山に埋められてンだと思ったぜ。

「殺してりゃ良かったよ。俺らが埋めたら骨くらい拾えた」