再度、連行された取り調べ室で。
「んじゃ、記入と記名お願いしやす」
セルフでよろしくと、ふざけたアイマスクをひきおろしながら本日の当直にして一番隊の隊長、沖田総悟は言った。
「はい」
言われた白髪頭の万事屋は大変に素直。
「気味悪ぃですぜ、旦那」
「銀さん超反省しています。ごめんなさい」
「謝るぐらいならしなきゃいいのに」
「過ちはよくあることだろがチクショウ。彼氏もちなら部屋に入れるんじゃねぇよッ」
「調子でてきやしたね」
「っては、まさか書けないし」
「書いていーんじゃないですかね」
「沖田クンもそう思う?」
「思いやすとも。居間のコタツでさし向かいで飯食った後で寝たンなら、キスぐらいされても文句言えねぇでしょうよ」
「だよねっ!」
しょんぼりのところに優しくされて、万事屋は若い沖田の手を握らんばかりの勢い。
「オレそんなに悪いことしてないよね。いや、そりゃ、ちょつとは悪かったけど」
「行儀は悪かったですが、人格攻撃を受けるほどでもねぇと思いやす」
「だよねっ!」
「でも意識のないのに手ぇ出すなってのは男の弁えってーか、遊びの鉄則じゃねぇですか。オレが知ってることをご存知ない旦那とも思いませんが」
「だからまだ出してないって。オレはそんな、不埒な本番しよーとしてたんじゃないよ」
「言葉じゃなくって、供述書に書いてくだせぇよ」
「寝てて同意がとれなかったのはそのとーりだけど、ナンかうらく美味そうに見えたから、キスで起こして、いいですかって、ちゃんと聞こうとしてたんだ、ホントにっ」
「それ以上、具体的なナニカニを拝聴すんのはご遠慮申し上げますぜ」
「帯といた訳でもパンツ引き下ろした訳でもねぇのに、あんな、人間のクズ見るみてーな目ぇしなくたって、いーじゃないですかー、だよなー」
口ではそう文句を言いつつ、手はガリガリと供述書に状況と動機と反省を書いていく。留置室の布団は薄くテレビもなくて、文句を言ったら二枚目の副長は私室に入れてくれた。夕食まで仕出しをたかってコタツで向き合って食べた。それは好意だったのに、裏切ってしまったのを、しまったと、万事屋も思っている。
「ザキが旦那をそんなふーに見ンのは仕方ねーんじゃないですかねぇ」
本人に弁明をする間もなく引き剥がされて、卑怯なことをした状況になっているのが不本意で悔しい。ちゃんと目が覚めるまで待って笑って、それから続きをするかしないかは流れ次第というつもりだった。
「なぁ、これって、親告罪だよな」
公の場所で面識のない相手にいたすことが前提の痴漢は迷惑防止条例によって被害届がなくとも罪に問えるが、強制わいせつは複数犯や被害者が十八歳未満である場合を除いて、被害者からの告発がなければ犯罪は成立しない。
「おれ訴えられんの?」
万事屋は真面目に尋ねる。さぁ、と、沖田総悟は不真面目に答えた。
「ウチの副長は、キスぐらいでギャーギャー言うほど純情でもねーと思いますが、カレシが騒げばこそっちの義理で、被害者面するかもしれませんねぇ」
「……カレシねぇ……」
たいへんビミョウな表情を万事屋は浮かべて。
「よくやるなあって、オレぁ思ってやしたんですが」
アイマスクごしに見ていたようなタイミングで若い椅子にもたれた沖田はそんな、ことを言う。
「旦那までこう引っかかったところを見ると、オレの認識のほーが間違ってたよーで。そんなにいい『オンナ』ですかね、あの人は」
沖田総悟は麒麟児で、子供の頃から規格外なガキだった。おかげで世辞に疎いところがある。色事にも年齢相応の興味があるとはいえず淡白を通り越して酷薄。サドが星の王子様としてメスに君臨するのは嫌いではないが、対等な相手とまともな恋愛とやらをする気はほんの少しもない。
だから身近な、家族のような距離に居る昔馴染みをそういう目で見たことはなかったのだが。
「旦那がイタそうは思うくらい美味そうだってんなら、オレも一回、試してみましょうかね」
とんでもないことをさらりと口にされて。
「……ええと」
万事屋は困惑。
「悪い大人の真似はしなくていいん、だよ?」
ずるい大人の言葉にニヤリ、若い狼は笑う。悪いことこそ真似をしたいワルガキらしい、実に活きの良い笑み。
同じ頃、別棟の奥では。
「オマエはオレを、責めちゃいけねーんだぜ」
気持ちのいいうたた寝を中断された二枚目が、物凄く顔色の悪い部下兼情人に、そう言い聞かせていた。
「もちろんオレも悪かった。でもオマエだけはオレにそー言っちゃいけねーんだ」
山崎は現行犯逮捕した容疑者を当直の沖田に引き渡した後で強制わいせつの現場となった真撰組副長の私室に座り込んでしまった。真っ青を通り越して真っ白な顔色をして呆然と畳を見ている。
「オマエに非難されちまったら、オレがマジで傷ついて立ち直れなくなる」
黒髪の二枚目は態度も口調も落ち着き払っていて、傷心や動揺の様子は見えないけれど、強制わいせつの被害を受けたことは事実。
「腹が立ってもオマエはぐっと我慢して、オレにもう大丈夫だぞとか気にするなとか、言わぇといけねぇんだ。それが男のみせどころだぜ。ほら、いってみろ」
「お」
「ん?」
「お、れがまだ、全然大丈夫じゃないです」
「困らせンな。つられて俺まで大丈夫じゃなくなっちまうだろ」
二枚目は年下の彼氏を宥める。
色恋に関する甲斐性とでこの二枚目の右に出る者は居ない。
「あんまり大げさにするな。なんか、すっげー、イヤなことが起こった気になっちまう。ちょっとした事故だ。よくある、なんでもねぇことだ。だろ?」
そんな風にたたみかけられると、自分が衝撃を受けることでこの人を傷つけてしまうのだと、山崎も気づかないわけにはいかなくなる。
「ええ、そうです。ただのイタズラで、旦那がふざけ過ぎただけで、よくあるマチガイです」
うたた寝の隙に覆いかぶさられて、そっと唇を重ねられたくらいは。
「オレが泣きそうなのは土方さんのせいじゃなくて、オレがヘタレだから、です」
「だから、畳に手ぇついて謝りたくなるよーなことを言うなって。まあとにかく、メシ食え」
昼間から万事屋の被害者を尾行していたや山崎の前に、取り寄せられていた折詰の弁当が置かれる。
「茶ぁ煎れてやるぜ。酒がいいか」
「食欲ありま、せん」
「女みたいなこと言うんじゃねぇ」
二枚目の副長は困った。
「食わせてやるから、口あけろ」
困っておわらないところがモテ男たる所以。
「口移しで」
呆然としていても、言うことはいう只者でなさが、山崎退という監察の真骨頂。
「喉がかわいて、ます」
「おぅ」
そこで茶を口に含むような無粋をする二枚目ではない。そのまま、ちゅっと、無造作に重ねてやる。
「……」
目を閉じ軽く首を傾げて山崎はそれを受ける。柔らかな唇が軽く触れた、瞬間。
「イっ、……、っ、てめ……ッ」
目の前が真っ赤になったのは、ちょっと前に見た光景がフラッシュバックしたから。攻守は違うけれど同じことをされていた。自分ではない男に。
「お……、ぁ……」
ガリ、ッと、柔らかな唇に山崎が歯をたてたのは本気の攻撃で薄い粘膜を裂いた。口元を押さえた二枚目の指の隙間から、だらだら流れる血の量はかなり迫力がある。
「まさかこんなので、誤魔化せるとは、思ってないでしょうね」
山崎は衝撃から立ち直った。落ち込んでいる場合ではない。
「アンタが悪いに決まってるでしょうが。オレと散々エッチぃことしといて、あっちでもこっちでも口説かれてるくせに、なんでそんな無造作に、男を部屋に入れンの」
真正面から責められて、返す言葉はなかった。